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2017年6月 9日 (金)

夢幻の心臓 其の伍

 どんなに優れた生体接着剤をもってしても、一端切り開かれた皮膚には接合痕もしくは再生痕が必ず痕跡として残るものである。
 それに犯人が心臓を抜き取った後で傷口を治療する理由が理解できない。
 心臓が欲しければ抜き取るだけで良いはずである。何もわざわざ傷口を隠す必要もないだろうし、生体接着剤の入手ルートから足が付くこともあり得る。
「まあ、いいだろう……。ともあれ意見を述べることは非常に大切なことだ。発言しなければ何も進展しないからな」
 と、黙ったままの老刑事達を睨んだ。
 彼らは、上から命令されれば忠実にまめに働く。だがそれだけでしかなく、進歩的なことには動こうとしない。
 ノンキャリアである彼らに昇進の道は遠く、どんなに頑張っても警部補止まりであろう。警察大学校を卒業したキャリア組とは大違いである。国家公務員でもあるキャリア組は、初任でも警部補として任官し、現場に配属されれば自動的に警部となり、二三年も立てば警視に昇進するというのが、ほぼお決まりのコースとなっている。
 それが判っているからこそ、ノンキャリア組は率先して働くこともなく、上から命令されれば働くという、一種退廃てきな官僚ムードに支配されているのである。警察官という公僕としての責任を背負わされている割には報われない。非番時に電車で女子に痴漢行為を働いたり、スカートの中を盗撮したりして、ストレスを発散したくなるのも無理からぬことではないだろうか。
 会議は六時間という時間を無駄に消費しただけで、何の成果を上げることなく解散となった。
 外はすっかり暮れて夜となり、刑事達はさらなる聞き込みを命じられて、それぞれの分担区域へと散らばっていった。

 夜道を蘭子が警戒しながら歩いている。
「これまでの被害地域から考えると、この辺りが震源地だと思うのだけど……」
 きゃー!
 と、突如響き渡る悲鳴。
 急いで声のした方へと駆け出す蘭子。
 すると夜道を向こうから誰かがやってくる。
 街灯に照らされて、姿を見せた人物は喪服を着込んだ女性で、手に何かを持っていた。
 それは紛れもなく血の滴り落ちる心臓だった。
 喪服の女性は、蘭子には目もくれずに、古い屋敷の土塀の中へと消え入った。
 女性の消えた土塀を調べる蘭子。ごく普通の土塀で人が通り抜けられるはずはない。
 常識では考えられないことだった。
「やはり悪霊の仕業だったのね」
 次の行動に移ろうとした途端、懐中電灯で照らされ、
「こんな夜中に、何をしているか! 署まで来てもらおうか」
 警察官に取り押さえられた。
 早速、変死事件の捜査本部の置かれている阿倍野警察署へと、有無を言わさずに連行されることになった。
 取調室に監禁され、女性警察官立会いのもと、刑事課長の尋問が続けられている。
「こんな時間に出歩いていた目的は?」
 何度聞かされただろうか。
 答えないでいると、次々と質問を浴びせられて、またこの質問に戻ってくるという堂々巡り。仮に正直に答えたとして、思惑通りでないと、執拗に同じ質問を繰り返す。
 是が非でも自分がやりました、犯人ですと言わしめ、自白調書に署名させるのだ。いわゆる冤罪事件と言われる、人を人と思わずに人権無視が横行する、警察官の横暴であった。

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