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2017年8月

2017年8月31日 (木)

妖奇退魔夜行/血の契約 其の肆

陰陽退魔士・逢坂蘭子/血の契約 其の肆


 翌朝の逢坂家の食卓。
 TVニュースが昨夜の変死事件のことを報道していた。
「ミイラか……。やはり妖魔の仕業なんだろうな」
 父親が呟くように言った。
「間違いありません」
「そうか……。ミイラ取りがミイラにならないように気をつけることだな」
「はい」
 玄関の方でチャイムが鳴り響いた。
 智子が迎えに来たようである。
「はい。お弁当」
「ありがとう」
 母親お手製の弁当を受け取って、鞄にしまう蘭子。
 蘭子は毎朝弁当を作ってもらっていた。陰陽師としての仕事を抱えていると帰りも遅くなり午前様になることも多い。加えて本業の勉強もしなければならないから、家事手伝いや弁当作りすることができないからである。
 玄関に出ると、智子のいつもの明るい笑顔が出迎える。
「おはよう」
 お互いに朝の挨拶を交わして学校へと向かう。
「今朝のニュース見た?」
 早速の話題として取り上げる智子。
 天王寺という身近で起きた事件。
 学校中が大騒ぎとなることは予想に難しくないだろう。
 しかも今回は学校側も素早い対応を見せた。
 ホームルームにおいての校長のTV朝礼にて、日没後のクラブ活動の中止と夜間外出の自粛を求めたのである。
 事件が解決するまでの暫定的なものとはいえ、生徒達が納得するはずもなかった。喧々囂々(けんけんごうごう)の非難を浴びるのは担任である。
 一年三組の担任教諭の土御門弥生は矢面に立たされて困り果てていた。
 と、そこへ遅刻してやってきたものがいた。
 佐々木順子である。
「遅刻ですね」
「はい。済みませんでした」
 教室中が水を打ったように静かになっていた。
 皆の視線が順子に集中し、全員が言葉を失っていた。
 それもそのはずだった。
 今朝の順子は、あのシミ・ソバカスだらけの順子ではなかった。
 みずみずしいほどの艶やかな肌、気品の漂う美しい顔に変貌していた。
 本人もそれを自覚しているのか、決まり悪そうな表情をしていた。
 黙って席に着く順子。
 教室中が異様なほどまでに静まり返っていた。
 とりわけ担任の土御門弥生が、鋭い視線を投げかけていることに、蘭子は気づいていた。

 ホームルームが終わった。
 途端に智子が順子に飛びついた。
「順っ子! どうしたのよ、その顔」
 単刀直入に質問する。
「どんな化粧水使ったの? それともパック?」
「そ、それは……」
 答えられるはずがなかった。
 順子自身でさえ、朝起きて鏡を見て、驚きのあまりに固まってしまったのだから。

 まさか本当に美しくなるとは思ってもみなかった。
 それも、たった一日で……。

 しばし呆然として遅刻してしまったのである。
 稲荷神が願いを叶えてくれたとしか思えなかった。
 しかしこのことは口が裂けても言えないことだった。
 それが【血の契約】の条件でもあったからだ。

 登校することもためらわれたが、出席日数の関係で休むわけにもいかなかった。
 虐めにあうようになってから、学校を休みがちだったからだ。
 とにもかくにもその日の学校は、ミイラと順子の話題で持ちきりとなった。
 いつもは一人きりで寂しく過ごしていた順子に、取り巻きができるほどの人気者となっていた。
 しかし、それは嫉妬の対象となることをも意味する。
 物陰から伺うようにして、鋭い視線を投げかけるグループは一つだけではない。あちらこちらでひそひそと陰口が囁かれる。
 もちろん以前からいじめ続けていた例のグループも例外ではない。

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2017年8月30日 (水)

銀河戦記/第二章 士官学校 II

 第二章 士官学校

                    II  時代は、アレックスがまだ士官学校に在籍していた頃に遡る。  士官学校スベリニアン校舎。  小高い丘の上にそびえ立つ校舎からゆるゆるとした坂となっている小道。道の両側 にはポプラ並木となっており、そこここの木陰には腰を降ろして本を読んだり、数人 集まって談笑している学生達が、昼休みの短いひとときを過ごしていた。  そんな中を、一人の女子学生が、人探し風にきょろきょろとあたりを見回しながら、 足早に歩いている。やがて探していた人影を見つけたのか、アスファルトの道から、 生け垣を踏み越えて芝生の中へと踏みいっていった。 「やっぱり、こんなところでさばっていたのね!」  芝生の上で、帽子で顔を覆うようにして仰向けに寝入っていた人物がのっそりと起 き上がった。緑色の瞳を輝かせて来訪者の姿を確認すると、親しげな声でその名を呼 んだ。 「なんだ。ジェシカか」 「なんだ。ジェシカか、じゃないわよ。アレックスったら、また体育教練をさぼった でしょう。どうせどこかで昼寝してるんじゃないかと思っていたけど、やっぱりだっ たわね」 「で、わざわざ僕を尋ねてきた理由はなにかな」 「今日、模擬戦の指揮官が発表されるというのは知っているわよね」 「そういえば、今日だったかな。ということは決まったのか、模擬戦の指揮官」 「そうよ。聞いて驚きなさいよ」 「ふうん。驚くようなことなんだ」 「そうよ。誰だと思う?」  といいながら、アレックスの顔色を伺うジェシカ。 「なんか、意味ありげだな。誰なんだい」 「知りたい?」  なおもじらすようにすぐに答えないジェシカ。 「知りたいね」 「じゃあ、教えてあげる」 「うん」 「あたしの目の前にいる人よ」  といってアレックスの顔を刺すように人差し指を突き出すジェシカ。 「目の前って……この僕が?」 「そうよ」 「僕がか。落第すれすれの問題児が」 「ふふふ。驚いたでしょ」 「ああ、驚いたねえ」 「あたしも、発表を聞いた時は信じられなかったわ。でも事実よ」 「そっかあ……で、わざわざ知らせに来てくれたんだ」 「そうよ。その問題児を恋人に抱えているあたしとしては、これを機会に名誉挽回し てもらえるチャンスを逃して欲しくないのよね」 「名誉挽回ねえ」 「わかっているの? 今のままでは、卒業は難しいわよ。卒業できなかったら奨学金 も返さなくちゃいけないし、軍に入っても上等兵からよ」 「きびしいことを言ってくれるねえ」 「現実の問題じゃない。とにかく、校長がお呼びよ」 「校長が?」 「そうよ。模擬戦の話しがあるんじゃないかしら。はやく校長室へいかないと」 「わかった」 「ああ、それから。模擬戦の指揮官の副官として、パトリシア・ウィンザーが任命さ れたわ」 「パトリシア?」 「あたしの一年後輩よ」 「君の後輩?」 「そうよ。成績抜群で席次ナンバーワンの秀才よ。きっと、あなたのいい補佐役を務 めてくれるわ」 「わかった」 「さあ、時間がないわ。はやく行きましょう」  二人は立ち上がると、校舎のある丘への道を連れ立って歩きだした。  士官学校戦術専攻科三年生のパトリシア・ウィンザーが、校内放送で自分の名前を 呼ばれて校長室を訪れると、主任戦術教官が同席しており、単なる学校用事で呼ばれ ただけではないことを瞬時に見抜いていた。模擬戦闘の指揮官の人選について最終決 定権を有している人物であった。 「生徒会の仕事が忙しいところをわざわざ呼び立ててすまないね。まあ、掛けたま え」 「ところで、主任戦術教官がいらっしゃるところをみますと、模擬戦闘の件でしょう か」  パトリシアは応接セットに腰を下ろしながら尋ねた。 「うむ。流石にウィンザー君だ。察しがはやいな。およそ半年後に行われる今度の模 擬戦なのだが、当スベリニアン校舎からも精鋭の人材を選抜して、優勝を目指してた いと思っている。君を呼んだからには、もちろん参加してもらいたいのだ」  パトリシアは、三年生では席次首席という優秀な成績を常に維持していたし、品行 方正で学生自治会役員に推薦で選ばれるほど生徒達からの信望も厚く、教官達からも 一目置かれている良い子であった。 「ありがとうございます。ですが指揮官はどなたを選ばれたのですか」 「それなんだが、アレックス・ランドールが選ばれた。つい先程、彼にそのことを伝 えたばかりだ」  主任戦術教官が答えた。 「あの……アレックス・ランドールって、あまり良い噂を聞いたことがありませんが ……」  パトリシアは、噂にきくランドールの怠惰な日常を思い起こしていた。 「そう……。遅刻常習だわ、体育教練は欠課するわ。ろくなことはないんだが」 「そのような方に、このような重要な任務を与えるのですね」 「確かに授業態度は最悪なのだが、君も知っての通り裏の学生自治会長とよばれるほ ど、学生達からは人望厚く、人を集めて行動を起こす時の能力値は高い。なにより学 科の中では、戦術シュミレーションに関してだけはだんとつのトップだ。その他の教 科の分を埋め合わせてなんとか落第を免れているようだが」  パトリシアも学生自治会役員であるが、表の学生自治会長であるゴードン・オニー ルの裏で采配を振るっていることを知っている。采配といっても、文化祭や学園祭、 各種パーティーの主催において、出店などの縄張りや、施設の使用許可などの事実上 の決定権を有していたのである。  また学期末などに提出される彼の戦術理論レポートは、誰もが考えつかないような 独特で、一見実現不可能な作戦でありながら、実際の戦術シュミレーションでは見事 に仮想敵を看破して満点に近い成績を修めているのであった。一度彼とシュミレーシ ョン対戦したことがあるが、見事な戦術を見せられ完膚なきまでに全滅させられてし まった。だからパトリシアも、彼の戦術理論だけは必ず目を通すようにしていたし、 さらに改良を加えることによって彼女もまた戦術シュミレーションで連戦連勝を続け ていたのである。しかし二番煎じであることは否めなかった。その彼の副官として実 際に模擬戦のメンバーに選ばれることは、彼の戦術理論を肌で感じることのできる最 高の機会といえたのである。 「つまり授業の全体的な成績ではなく、彼の戦術能力に賭けるというわけですか」 「その通りだ。ここのところ隣のジャストール校舎に大きく水を開けられているから ね。ここいらで一矢を報いたいところなのだが、今年の四回生は頼りない奴ばかりで、 致し方なくランドールを選ぶしかなかったのだ」 「致し方なくですか」 「そういうことだ。そこで彼一人では心細いので、君に副官として搭乗してもらいた くて呼んだのだよ」 「喜んで、搭乗しますわ」 「そうか、そう言ってくれるとありがたい」

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2017年8月29日 (火)

妖奇退魔夜行/血の契約 其の参

陰陽退魔士・逢坂蘭子/血の契約 其の参
 その夜。
 帰宅途中の女性が襲われ変死を遂げるという事件が起こった。
 事件現場は物々しい警戒体制が敷かれ、パトカーが何台も出動して道を封鎖していた。
 何事かと集まってくる野次馬達。
 付近一帯の住民達への聞き込み捜査が開始される。
 現場責任者として府警本部から、殺人担当の我らが井上課長が派遣されていた。
 野次馬の中に巫女装束をした蘭子が現れる。
「こりゃ、近づいちゃいかん」
 仕切りロープをくぐろうとする蘭子を警察官が制止する。
「責任者の井上課長に取り次いでください。呼ばれてきたのですから」
「呼ばれた?」
 怪訝そうな表情をする警察官だったが、蘭子の声を聞き分けた井上課長がやってきた。
「その娘を中へ入れてやれ。私が呼んだのだ」
 許可を得て、仕切りロープをくぐって事件現場に足を踏み入れる蘭子。
「やあ、わざわざご足労いただいて感謝する。我々の手では解決できない事件が起きてね」
 被害者が科学では解明できない摩訶不思議な変死を遂げていたからである。
 そこで蘭子に陰陽師としての協力を依頼してきたのである。
「まあ、遺体を視てくれないか」
 と、鑑識に命じて遺体を覆っている布を取り除けさせた。
 その遺体は完全に干からびてミイラ状態となっていた。
 首筋に鋭い爪痕があって、そこから全身の体液を吸い取られたような感じだった。
 その衣装と体型から若い女性と判断はできるが……。
 さらに慎重なる観察を続ける蘭子。
 やはり【人にあらざる者】の仕業に違いないと結論するしかないだろう。
 頃合を計って井上が口を開き、
「もういいか?」
「はい」
「よし、行政解剖に回してくれ」
 と、鑑識官に指令する。
 遺体に再び布が掛けられ、担架に乗せられて護送車で運ばれていった。
「こんな街中でいきなりミイラ騒ぎだ。エジプトやインカならまだしも、ここは現代日本だぞ。あの遺体はまぎれもなく日本女性だ」
 井上課長は憤慨しきりの表情だった。
「やはり【人にあらざる者】の仕業と思うか?」
「間違いありませんね」
「そうか……」
 深いため息をついて、肩を落とす井上課長。
 事件が起きたからには解明しなければならぬ。
 犯人がいるのならば検挙しなければならぬ。
 しかし……。今回の事件は明らかに【人にあらざる者】の仕業だろう。
 人間が手出しできるようなものではない。が、遺体がある以上は何らかの結論は導き出さねばならぬ。
「またもや迷宮入りだな……」
「お察しいたしますが、事件はこれで終わりというわけではなさそうです」
「同じような事件が今後も続くというわけか」
「そのとおりです」
 蘭子は学校内にあった祠のことを話した。
 呪符が剥がされ【人にあらざる者】が解放されてしまったことを。
「難儀だな……」
 頭を掻く井上課長。
 おもむろに内ポケットから煙草を取り出し口に咥えて、百円ライターで火を点けた。気を落ち着かせるように紫煙を吐き出し、ポケットから携帯灰皿を出して吸殻をしまった。
「さてと、蘭子君。君を呼んだのは他でもない。今回の事件には【人にあらざる者】が関わっている事は確実だし、君の話からすれば同様の事件が今後も起こりそうだ。陰陽師としての君に協力を要請したい」
「判りました。ただし、夜の行動の自由を保障してほしいですね。不審人物として問答無用で連行されたりしたら仕事になりませんから」
「承知している。その巫女装束を着用している君を見かけても一切手出ししないように全署員に通達を出しておくよ」
「そうして頂くとありがたいです」

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今日のストーカーは誰?(庭写真)

インターポット

テーブル席に仲良く男女が座っていると大概それを窺うように
ストーカーする人物がいるのはなぜ?

2017年8月28日 (月)

銀河戦記/第二章 士官学校 I

第二章 士官学校

                     I  アレックスが無敵艦隊とまで言われた第一空母機動艦隊を退けて、トリスタニア共 和国同盟始まって以来の大戦果を挙げたことは、翌日のニュースのトップで大々的に 報じられることとなった。  旗艦空母四隻を撃沈。五人の提督を葬る。同盟の英雄。  議会は、勲章を授与することを決定した。  各新聞、TVは連日で報道を続けていた。  主力空母四隻を含む連邦軍の艦隊の主要艦艇を多数撃沈させ、ナグモ中将以下多く の司令官クラスの将軍を葬った功績にたいして、共和国同盟は少佐への三階級特進と 第十七艦隊所属特別遊撃部隊の司令官に任じた。本来なら大佐クラスの評価に値する 功績点を挙げたのであるが、少尉がいきなり大佐に昇進するにはあまりにも無理があ るため、とりあえずは一個部隊を指揮できる少佐の階級にとどめ、艦隊運用の実務を 経験させながら一年期末ごとに自動的に昇進させることとなった。  これらの決定は、異例のスピードで行われたが、同盟の英雄を称えることで、敗走 を続ける同盟軍の将兵達や国民の士気を高めるためのものであった。  一方、アレックスの出身校である士官学校スベリニアン校舎では、連日ひっきりな しに報道取材の記者が訪れていた。アレックスのことを調べようにも士官学校でたば かりで、他に行くところもなく卒業校のスベリニアンを取材するしかなかったのであ る。  記者達が右往左往する中、生徒会役員のパトリシア・ウィンザーと、彼女をお姉さ まと慕う一年下のフランソワ・クレールは、五階にある生徒会室の窓から下界の騒々 しさを遠巻きに覗いていた。  パトリシア・ウィンザーは、蒼い瞳と肩甲骨の下あたりまである金髪を有していた。 前髪を眉のあたりで切りそろえ、耳にかかる髪をピンク色のリボンで軽く後ろで束ね て垂らしていた。身長百七十二センチ、バスト八十八、ウェスト六十二センチ、ヒッ プ九十二センチという魅力的な理想的に近いプロポーションをしていた。そのサイズ を知っている人物が二人いる。隣にいるフランソワと、婚約者であるアレックス・ラ ンドールの二人である。 「お姉さま、聞きましたか。学校側はアレックス先輩を特別表彰することに決定した そうですよ」  フランソワはパトリシアの一年後輩である。女子寮で同室になったのが縁で、お姉 さまと呼ぶほどになついている。身長百六十五センチ、バスト八十五センチ、ウェス ト六十一センチ、ヒップ八十八センチと、パトリシアより少し小さい。ウェーブのか かった肩までの髪をパトリシアとお揃いのリボンでまとめている。 「らしいわね。在校中は厄介者扱いしていたのにね」 「遅刻常習だし、無断欠課はするし、体育教練はさぼるし、それにお姉さまには手を 出すし」 「これこれ、最後は余計じゃなくて」 「だってえ」 「とにかくわたし達は婚約しているんですからね。わかってるでしょ」 「わかっているから、くやしいんだもの。こんな素敵なお姉さまを横取りしたから」 「でも助かったわ」 「何がですか」 「学校側が、わたしとアレックスのことを秘密にしておいてくれたから」 「お姉さまは優秀ですもの。学校がその脚を引っ張るようなことしないですよ。とは いっても、TV局のことですもの、根掘り葉掘りいずれ探りだすんじゃないでしょう か」 「そうね……」 「でも、正式に婚約しているのですから、知られたって構わないでしょう」  数日後の士官学校。  その日の報道陣の多さは最高だった。TVカメラが至る所にずらりと立ち並び、取 材の記者達の数は生徒数をはるかに越えていたと言っても過言ではないほどの盛況で あった。今日は、アレックスの特別表彰の日だったのである。それを実況放映しよう とするTV報道陣が殺到していたのである。英雄の表情を捉える最高の状況設定であ るからだ。  やがて士官学校スベリニアン校舎の上空を一機の上級士官用舟艇が護衛のジェット 戦闘ヘリ二機を伴って飛来した。一斉にTVカメラが空に向けられ、キャスターの声 が騒がしくなる。 「来た、来たわよ」  教室中は騒然となった。 「聞いた? アレックス先輩、少佐に任官されたそうよ」 「それで上級士官用舟艇に乗ってきたのね」 「配属希望。アレックス先輩のいる部隊に決めたわ」  生徒達は口々に噂話しに夢中になっていた。 「全校生徒は講堂へ集合してください」  館内放送が鳴った。  校舎のあちらこちらから生徒がぞろぞろと出てきて、教官とともに次々に講堂に入 館していく。  一方、生徒会役員であるパトリシアとフランソワは校庭の隅にあるヘリポートで、 花束を小脇に抱えて歓迎の用意をしていた。婚約者ということで別の人物にしたほう がいいのではないかとの指摘もあったが、生徒達がその事実を知っているものも少な いだろうということで、交替はなしとなった。 「お姉さま。少佐ということは、どこかの部隊の司令官になるんでしょ」 「第十七艦隊所属の特別遊撃部隊だそうよ」 「そうかあ。じゃあ、あたしが卒業したら配属希望先を、特別遊撃部隊にしようっ と」  上級士官用舟艇がゆっくりと下降をはじめ、士官学校の校庭に着陸した。昇降口が 開いてタラップが降ろされ、白色の儀礼用の軍服を着込んだアレックスが姿を見せた。 続いて大尉となったばかりのゴードン・オニールの姿もあり、彼も同校出身というこ とで同じく呼ばれていたのだ。カメラのフラッシュのまばゆい光が至る所で光ってい る。  全校を代表して席次首席のパトリシアが前に進み出て歓迎の花束を贈呈した。 「ようこそいらっしゃいました」 「これはどうも」  二人とも内心、笑いで吹き出しそうなのをこらえながらも、平然の表情を装って 淡々と花束を受け渡ししていた。フランソワはゴードンに花束を手渡していた。  講堂内。  ここにも沢山の報道陣やTVカメラが待ち構えていた。  緊張する全校生徒達が見守る中、アレックスとゴードンが入館してくる。 「気をつけ! 敬礼!」  生徒全員がアレックスに対して敬礼で迎えた。  アレックスは立ち止まって軽く敬礼を返し、講堂の壇上への階段を昇りはじめた。  壇上中央やや右寄りに配置された椅子に、係りの者に案内されて腰掛ける二人。 「これよりアレックス・ランドール少佐とゴードン・オニール大尉の特別表彰をはじ めます。まずは校長よりお話しがあります。校長どうぞ」  反対側の席より、指名された当校校長が立ち上がった。  壇上に立ち、こほんと咳払いをした後に、説教を始める校長。 「諸君もすでに承知かと思うが、こちらにお招きしたお二人は、我が校を去年優秀な 成績で卒業したばかりの……」 「よく言うぜ。在校中は厄介者扱いしていたくせにな」  講堂内のあちこちから笑いが沸き起こる。  パトリシアは、一年前のアレックスとの出会いを思い起こしていた。

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2017年8月27日 (日)

妖奇退魔夜行/血の契約 其の弐

陰陽退魔士・逢坂蘭子/血の契約 其の弐

 その祠の稲荷神が語りかけてくる。
『おかげで自由の身になれた。お礼におまえの願いをかなえてやろう』
 声は続いていた。
 というよりも、順子の頭の中に直接語りかけているという方がいいかも知れない。
「願い?」
『そうだ。何でも叶えてやるぞ』
 相手は姿が見えないが、神かそれに類するものだろう。
 本当に願いを叶えてくれるかもしれない。
 だとしたら……。

 美しくなりたい。
 シミ・ソバカスのない綺麗な肌がほしい。

 いじめに合うのはそれがため。
 願いを叶えてくれるというのなら……。

 順子はそれを言葉に出した。
『判った。その願いを叶えてやろう。ただし、それには儀式を執り行う必要がある』
「儀式?」
『なあに、簡単なことだ。願いを唱えながら、祠の中の狐の像に、自らの血を注ぐだけだ』
「血を注ぐ?」
『鞄の中にあるナイフで指先を少し切って血を流すだけで良い。自らの命を絶つことを考えれば容易いことじゃないか』
「どうしてそれを?」
 声の主は、何でもお見通しのようであった。

 鞄の中にナイフが入っていること。
 それで自殺しようとしていたこと。

 鞄を開いて中からナイフを取り出して指先にあてがう順子であったが、さすがに勇気が必要だった。
 そして気がついた。
 指先を切るくらいでこんなに躊躇してしまうような自分には、とても自殺などできないのだろうと。
 指先に力が入る。
 いつっ!
 鋭い痛みが走って、指先から血が流れ出す。
 そして願いを叶えながら、その血を祠の中の狐像に注いだ。

 美しくなりたい!
 と……。

『願いは聞き届けたぞ。血の契約により、おまえは誰よりも美しくなり、傷一つない肌を保つことができるようになるだろう』

 するとどうだろう。
 血を流していた指先の傷が見る間に治り、跡形すら消えてしまったのである。
 呆然とする順子。
 やがて立ち上がって、ゆっくりと校舎内へと入っていった。


 順子が立ち去った校舎裏。
 入れ替わるように蘭子がやってくる。
 異様な気配を感じ取って、校内を見回っていたのである。
「このあたりが特に感じるわね」
 ほどなくして、草むらの中の祠を探し当てる蘭子だった。
 そして剥がされたばかりと思われる呪符も見つける。
 当たり一帯に妖気が漂っているのを敏感に感じ取っていた。
 祠に封印されていた【人にあらざる者】が、何者かによって解放されてしまったらしいことを悟った。
 そして祠の中の狐像に付着した血痕。
 つい今しがた付けられたらしく、まだ乾ききっていない。
「血の契約か……」
 血の契約を結ぶそのほとんどが高級妖魔である。
 尋常ならざる戦いとなることは必定であろう。
「面倒なことになったわね」
 呪符を拾い上げて鞄の中にしまう蘭子。
 呪符にかけられた呪法を解析することで、何らかの手がかりが得られるかもしれないからである。
「何よりもまず、こいつを解放した当人を探し出す必要があるわね」
 この祠はどうするか?と一瞬迷ったが、中身がないものを持ち歩いてもしようがない。
 このまま置いておくしかない。

 狐像というと、誰しも稲荷神を思い起こさせるが、
「この狐……荼枳尼の狐のようだ……」
 荼枳尼(ダーキニー)とは、ヒンズー教やインド仏教において、人を惑わし食らう魔物とされている。
 日本では稲荷信仰と混同されて習合し、一般に白狐に乗る天女の姿で表される。

「誰!」
 突然立ち上がって辺りを警戒する蘭子。
 誰かがこちらの様子を伺っている気配を感じたのである。
 しかし、次の瞬間には気配は消えてしまった。
「妖魔……じゃないわね。誰だったのかしら」
 祠を解放した人物ではないことは確かである。
 ただならぬ者であることは間違いなかった。

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デートをこっそり監視するストーカーって感じ?(庭写真)

2017年8月26日 (土)

銀河戦記/第一章 索敵 V

第一章 索敵

                    V  ナグモの艦隊が奇襲を受けているころ、同盟軍第十七艦隊にとりついている連邦の 艦載機群は、一旦後方に退いて第二次攻撃の体制に入っていた。  そのさらに後方の安全圏に待機する小型高速艇。艦載機群の指揮艦には、航空参謀 のミノル・ゲンダ中佐が坐乗していた。 「中佐、大変です。我が本隊が敵の空襲を受けています」 「なんだと」  ゲンダはまさかの報告に、我が耳を疑った。 「アカギ、カガ、ソウリュウ、ヒリュウ他多数の艦艇が撃沈されたもよう」 「アカギが撃沈!? 長官は?」 「どうやら難を逃れて、ナガラに移乗なされたもようです」 「そうか……」  長官が無事と聞かされて一安心とはいえ、事態は急転直下にあった。  もしかしたら、別働隊に発見され奇襲を受けたのか。別働隊の存在など報告にはな いが、実際主力空母が撃沈されたことは否めない。果たしてこのまま、作戦を続行す べきか?  瞬時に判断はためらわれたが、次の報告がゲンダを動かした。 「敵艦隊の打電を傍受しました」 「なんだ」 「『これより反転して反復攻撃を行う』です」 「これ以上、艦艇を損失してはいかん。一刻も早く戻らねば。全編隊に伝達、撤退し て本隊の援護に向かう」 「了解しました」  トライトンの旗艦リュンクスでは、敵編隊が退却していくのを確認し、全員小躍り しながら喜んでいた。 「助かったな。全滅は免れたようだ」 「司令。今のうちに前面の艦隊を叩きましょう。数ではこちらが勝っていますし、敵 艦載機もいない」 「よし、反撃に転じるぞ。艦載機発進。全砲門、前面の艦隊に集中砲火を浴びせろ」  ようやく艦載機の発進命令が下され、待機していた艦載機は勇躍宇宙空間に踊り出 て、敵艦隊へまっしぐらに突進をはじめた。まるでそれまでの鬱憤をはらすかのよう な、猛攻撃を敵艦隊に浴びせはじめた。  前面の艦隊は自身の艦載機の護衛に守られていたとはいえ、同盟軍の圧倒的多数の 艦載機群の到来には太刀打ちできなかった。やがて身ぐるみはがされて無防備をさら すことになった敵艦隊はたまらず退却を始めたのであった。 「敵艦隊、撤退をはじめました」  フランクはスクリーンを指差しながら叫んだ時、一斉に艦橋の士官達は歓声をあげ た。それがあまりにも騒がしくて、フランク自身がそれを鎮圧するはめになった。興 奮がおさまるのを待つようにトライトンは言った。 「深追いの必要はないぞ。みな、よくやってくれた」 「一体何があったというのでしょうか。完全に敵は勝っていたというのに」 「わからんが……おい。もう一度ランドール少尉の通信内容を」  戦闘がはじまって小一時間ほどして通信士が傍受したアレックスからの打電された 通信が気になっていたからだ。  通信士は艦の戦闘記録から該当の通信内容を再生してみせた。 『これより、敵空母艦隊に奇襲攻撃を敢行する』 『これより、反転して反復攻撃を行う』  どちらも間違いなくアレックスの編隊からの打電であることを通信士は確認してい た。しかも後の文はまるで敵に傍受させるのが目的のように、第一宇宙国際通信波帯 を使用していた。それは救難信号や降伏勧告・受諾用の通信波帯として統一使用され ているものである。 「うーむ。敵の撤退とこの通信の内容から考えられることは」 「まさか……たった十数隻で……」  時間を遡ること一時間前、ヨークタウン上ではフレージャー提督が、ナグモの編隊 が急に退却をはじめるを目の当たりにして、怒りをあらわにしながら全艦に撤退命令 を下しているところだった。もちろんそれを進言したのはスティールであった。  今回の作戦は、ナグモ達が制空権を確保しながら攻撃を加え、フレージャー達が艦 砲射撃によってとどめを刺す計画であった。そのナグモ達なしには作戦は継続できな い。戦艦の数では敵の方が勝っているのだから。 「なぜだ。第二波の攻撃を開始すれば、敵を完全に看破できただろうに」 「助っ人に全面的に頼る作戦にはやはり無理があるのでしょう。自分達の都合だけで 作戦を放棄して退却されたのではたまりませんよ。下手すりゃ、こっちにが全滅して いたかも知れません。すみやかな撤退はやむを得ない決断、さすが提督です」 「負け戦を誉められても少しもおもしろくないぞ」 「しかし被害を最低限に食い止めたのですし、敵本隊にかなりの損害を与えたという ことで、ここはよしとしなければ」  その頃、ヒリュウが撃沈するを見届けて撤退の道を選んだ第一航宙艦隊、その首席 参謀タモツ・オオイシ中佐は、退艦時に怪我を負って入院した参謀長リュウノスケ・ クサカ少将のベッドを訪れることにした。 「我々は責任をとって自決すべきではないでしょうか。これは幕僚一同一致した意見 として、参謀長どのから長官に善処を勧告されたく、ご同意願いたくて参上いたしま した」  オオイシは参謀長が同意するのではないかと意見具申したのであるが、意外にもク サカの口から出たのは叱責の言葉であった。 「今は自決など考える時期ではない。第一航宙艦隊の任務は、生き永らえて戦い、き たるべき戦闘に勝利することである」  果たせるかなそれは、第二航宙艦隊司令のヤマグチ少将が残した言葉に相違なかっ た。 しかしオオイシが不服げな言葉を漏らすと、 「馬鹿野郎!」  と怒鳴って一喝した。  オオイシが退出したあと、クサカはベッドを降りて、従卒に抱えられながらも幕僚 連中の集まっている所へいき、自決を思いとどまるように諭した後に、ナグモ長官の 居室へ向かった。  ナグモはナガラの艦長室をあてがわれ、一人きりでいた。  クサカの入室に気がついたナグモは微かに笑ってはいたものの、異様な眼光に輝い ていた。 「長官は死ぬ気だな」  クサカは直感した。  そして幕僚達との一件を包み隠さず報告すると、自分は死して責任を取ることより も、敗戦の恥じを堪え忍びつつも、将来のために生きつづけるほうがより勇気ある行 動ではないかと思う、とナグモに言い聞かせた。 「そうは思いませんか、長官」 「わかった。万事君にまかせる」  ナグモは喉を詰まらせながらも説得をつづけるクサカに、涙を両目にためながら静 かにうなずいたのであった。  アレックスが旗艦に帰投すると、トライトン准将自ら出迎えに来ていた。 「ただいま、もどりました」 「ご苦労だった。君の口から直接報告を聞きたいところだが、見たところ相当疲れて いるようだな。報告書を提出して、とりあえずはゆっくり休みたまえ」 「はっ、では。お言葉に甘えまして」  アレックスは敬礼をして自室に戻った。ベッドに入るとそのまま死んだように眠っ てしまった。過度の緊張から解放されて……。  戦闘中は、極度の緊張から眠気を催す暇もないが、その呪縛から解放された時、そ れまでの疲れが怒濤のように押し寄せてきたのである。  トライトン准将の元には、アレックスの戦闘日誌と彼の乗艦していた艦に搭載され ているコンピューターの戦闘記録が解読されて報告された。その内容とアレックス自 らの戦闘日誌とが照合されて、敵艦隊にたいする戦果が判明することとなった。  アカギ・ヒリュウ・ソウリュウ・カガの主戦級主力空母を撃沈、重巡モガミ・ミス ミ沈没、その他多くの艦船に被害を与える。 「大戦果じゃないか」  報告を聞いたトライトン准将は小躍りしそうになった。まさか索敵に出した十数隻 の艦隊だけで、これだけの戦果をあげようなどとは誰が想像できただろうか。 「敵が撤退をしたのもうなづけますね」 「そうだな……」 「敵艦隊はミッドウェイ宙域より完全に撤退したもようです」 「主力旗艦空母四隻を失ったんだ。おそらく多くの司令官も失っていることだろう。 撤退も止むをえんだろうさ。これで連邦の同盟侵攻も半年から一年は延びることにな るだろう」 第一章 了

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2017年8月25日 (金)

妖奇退魔夜行/血の契約 其の壱

陰陽退魔士・逢坂蘭子/血の契約 其の壱

 少女は美しくなりたいと願った。
 それは叶えられ少女は美しくなっていった。
 しかし、そのために多くの犠牲者を生み出すと知ったとき、少女は自分の運命を呪った。


 阿倍野女子高校校舎内廊下。
 一人の女子生徒がおどおどしながら歩いている。
 と、突然。いかにも柄の悪い連中が現れて女子生徒を取り囲んだ。
「おい。ちょっと顔貸せや」
 無理矢理校舎裏に連れて行かれる女子生徒。
 くちゃくちゃとガムを噛んでいる者、煙草をくわえている者、反教師的な態度を示す連中に囲まれて、小さくなって震えている女子生徒。
「出せや」
 と、リーダー格らしき生徒が手を差し出す。
 多勢に無勢、逆らうことのできない生徒は黙って財布を差し出す。
 それをひったくるようにして受け取り中身を確認すると、
「何だよ、これっぽっちしかないのかよ!」
 と、怒りの声を上げる。
「それで、おこづかいの全部です」
「お、こいつ。口答えしよったで」
 腹を蹴られ、地面に平伏してしまう女子生徒。
「どうします? 安次郎に渡しますか?」
「援交かよ……。よせよ。こんなシミ・ソバカスだらけのブス女なんか紹介したら物笑いものだぜ」
「そりゃそうですけど」
「女なら誰でも、という男もおるで」
「信用問題なんだよ」
「そんなもんですかね」
「それにしても、こんなひどいブスはいないですよね」
「最悪のブスだな」
 ブスという言葉を語調を強めてからかうリーダー。
「本当ですね」
 一斉に笑い声を上げて同調するグループ。
 やがて女子生徒をその場に残して立ち去ってゆくグループ。
 地面に平伏したまま泣いている女子生徒。

 生徒の名前は佐々木順子という。
 顔にできたシミ・ソバカスが原因で陰湿な虐めにあっていた。
「どうしていじめられなきゃならないの……」
 順子は運命のいたずらを恨んだ。
 何度自殺しようかとも思っていた。
 鞄の中には手首を切るためのナイフが忍ばせてある。
 しかし勇気を出せずに、未だに自殺には至ってはいない。
 やはり命を絶つには、恐ろしさの方が先に立ってしまうからだ。

 魂って本当にあるのだろうか?
 死んだら身体から魂が抜け出して、天国や地獄へ行くことになるのだろうか?

 考えても仕方のないことであるが、どうしても思い悩んでしまう。
「死にたい……」
 結局、たどり着く思いは一つであった。


 と、突然のことであった。
『そんなに、死にたいのか』
 どこからともなく声が聞こえた。
 あたりを見回すが人影はなかった。
『死んでどうなる?』
 また聞こえた。
 声のした方へと意識を集中する順子。
『こっちだ』
 声はうっそうと茂る草むらの中から聞こえてくるようだった。
 這うようにして草を掻き分けていく順子。


 草むらの中、朽ちた木の根元に隠れるように小さな祠があった。
「こんな所に、祠があるなんて……」
 学校の敷地内にひっそりと安置されている祠。
 何かいわくのありそうな雰囲気であった。
『どうした? ここに祠があるのがそんなに不思議か?』
 こんどははっきりと聞こえた。
 まるで祠の中から聞こえてくるみたいだった。
 祠の扉の合わせ目には、何やら文字のようなものが書かれた札が貼られていた。
『済まぬが、その貼られた札を剥がしてくれないか』
「お札を?」
『そうだ』
 恐る恐る札を剥がしていく。
 札を剥がした途端だった。
 扉が勝手に開いて、中から一陣の風が吹き抜けた。
 何かが飛び出してきたように感じた。
 祠の中には木像の狐が安置されていた。
「稲荷神?」
 稲荷神は屋敷などの片隅や、最近ではビルの屋上などに祀られることの多い、ごく一般的に日本で見られた風習の一つである。
 学校の敷地内にあっても、何ら不思議はないというわけである。
 ただ、この祠は長い間忘れ去られ、風雪に朽ちるままになっていたというところであろう。

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2017年8月24日 (木)

銀河戦記/第一章 索敵 IV

第一章 索敵

                     IV  連邦軍第一空母機動艦隊旗艦アカギの艦橋は、突然の敵編隊の出現で騒然となって いた。 「な、なんだ。どうした」  チュウイチ・ナグモ司令長官は、いまだ事態を飲み込めていなかった。 「攻撃です。敵から攻撃を受けております」  アカギの艦隊参謀長リュウノスケ・クサカ少将が状況を説明した。 「攻撃を受けているだと!?」  なおも信じられないという表情でクサカを叱責した。 「護衛艦は何していたんだ」 「そ、それが。突然現れまして」 「応戦しろ!」 「はっ」 「迎撃の艦載機はいないのか」 「そ、それが全機敵艦隊攻撃で発進中です」  その瞬間、艦橋の目の前に爆撃機が現れた。 「伏せろ!」  全員が床に伏せると同時に爆風が吹き荒れた。  轟音と震動が艦内を揺るがし、艦橋は無残にも破壊された。隔壁が損傷し、風穴が あいて、すさまじい勢いで空気が流出する。その勢いに流されて数人の兵士が風穴か ら真空の宇宙へと吸い込まれて消えていった。 「ぼ、防御シャッター、降下!」  薄れていく艦内空気と暴風に、喉を詰まらせながら機器を操作して、緊急装置を作 動させるオペレーター。  一瞬にして緊急防御シャッターが降りて、空気の流出も止まり、徐々に平静を取り 戻しつつある艦内。 「大丈夫ですか。長官」  息、咳き込みながら、参謀の一人が長官の側によって安否をきずかった。 「あ、ああ……何とか無事なようだ。他の者はどうか」 「数名の者が、投げ出されたもようですが、艦橋は無事に機能しているようです」 「そうか……」  長官を助け起こすアカギ艦長のタイジロウ・アオキ大佐。 「アカギの損傷状況をすぐさま調べよ」 「かしこまりました」  アオキ大佐は、自分の部下にたいして命令を下した。 「やられましたね。長官」 「そうだな。まさか、たかだが十数隻だけで、敵中の懐の内に飛び込んで来るなどと は、誰も思いつきもしないだろう」 「しかし、実に効果的です。迎撃しようにも、戦闘機は出払っているし、こんな至近 距離での艦砲射撃は、同士討ちとなるのが関の山、敵の思う壺にはまります」  やがて下士官から、アカギの損害状況が報告されてきた。 「艦載機発進デッキ及び格納庫に爆弾が命中、回りは火の海となりもはや使用不能と なりました。誘爆により機関部も延焼中です。もはやアカギは退艦やむなしの状況で あります」 「退艦だと」  クサカ少将は艦長の意見に同意して長官に進言した。 「長官、ご決断を。ヒリュウはまだ健在であります。我々はヒリュウある限り戦いつ づけねばなりません」  クサカ少将が指差すパネルスクリーンには、艦載機に取り巻かれながらも奮戦する 空母ヒリュウの姿があった。  アカギの艦長、タイジロウ・アオキ大佐も同意見であり、口をそえるように進言す る。 「長官。どうか将旗を移して指揮をおとりください。アカギはこのアオキが責任を持 って善処いたします」  参謀達の進言にわなわなと拳を震わせながらも、ナグモは承諾するしかなかった。 「わかった……退艦しよう」 「ナガラに命じて、駆逐艦ノワケをご用意いたしました」  だが、幕僚達が最後の望みとしたヒリュウも、アレックス達の猛火を浴びていた。  その艦橋から、艦体が爆煙を上げながら炎上している様が、スクリーンを通して手 に取るように観察されていた。  第二航宙艦隊司令官、タモン・ヤマグチ少将はこの時すでに決断を下していた。 「残念ながら、ヒリュウの命運もこれまでと思います。総員退去はやむをえません」  ヒリュウ艦長トメオ・カク大佐が承諾を求めた時、少しも騒がずに長官の安否を尋 ねた。 「長官はどうなされた」 「はい。無事軽巡ナガラに」 「よし」  そしてマイクをとって、全艦に訣別の訓示を垂れたのである。 「諸君、ありがとう。ヒリュウは見てわかるとおり母港に帰還するだけの力はすでに ない。艦長と自分は、ヒリュウとともに沈んで責任をとる。戦争はこれからだ。皆は 生き残ってより強い艦隊を作ってもらいたい」  その言葉を受けて、ヒリュウでは総員退艦の準備がはじまった。負傷兵、搭乗兵、 艦内勤務者の順で次々と退艦をはじめていく。  第二航宙艦隊の首席参謀であったセイロク・イトウ中佐がヤマグチ少将に近寄った。 「司令官」  その声に振り向くヤマグチ。 「おお、イトウ君か。君もはやく退艦したまえ」 「何か頂けるものはありませんか」 「そうか……では、これでも家族に届けてもらおうか」  ヤマグチはかぶっていた黒い戦闘帽子をイトウ中佐に手渡した。 「誓って、必ずご家族にお渡しいたします」 「うむ。よろしく、たのむ。ところでそれをくれないか」  ヤマグチはイトウ中佐が腰に下げていた手拭いを指差した。  イトウはヤマグチの意図を察知して、手拭いを渡したあと最敬礼をして踵を返して 退艦するため元来た通路へ引き返した。  爆音は続いている。  ヤマグチは手拭いを使って艦のでっぱりに身体を縛り付けはじめた。  やがて友軍の手によってヒリュウは処分されるだろうが、爆発によって艦の外に弾 き飛ばされることを懸念したのである。ヤマト民族の誇りとして、ヒリュウとともに ありたいと思うヤマグチの軍人としての心意気の在り方であった。  第十戦隊の旗艦である軽巡ナガラには、司令官ススム・キムラ少将が乗艦していた。 将旗をこのナガラに移したナグモは、彼を捕まえて尋ねた。 「キムラ。このナガラでアカギを引っ張れんか」 「現在のアカギの状況からみて、残念ながら曳航できないと判断せざるをえません」 「そうか……」

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2017年8月23日 (水)

妖奇退魔夜行/すすり泣く肖像 其の肆


 二人が言い争っている間も、安子は虚ろな瞳で表情に変化は見られなかった。おそらく魂のほとんどを吸い出されて、肖像画に写し取られてしまっているに違いない。
「安子の魂を元に戻せ!」
「お断りしますね。もう少しで完成するものを。私の新しいコレクションの一つになるのです」
「許せないわ!」
 身構える蘭子。
「私を倒そうというのですか。できますかね」
 余裕綽々の稲川教諭。
 妖魔には実体を巧妙に隠している者が多く、かつ的確にその弱点を突かなければ倒せない。
 陰陽五行思想における万物は「木・火・土・金・水」という五種類の元素から成るという説がある。
 五行相生と五行相剋とがあるが、この際問題となるのが、五行相剋の方である。水は火を消し、火は金を溶かし、金でできた刃物は木を切り倒し、木は土を押しのけて生長し、土は水の流れをせき止めてしまう。水は火に、火は金に、金は木に、木は土に、土は水に、それぞれ悪影響を及ぼすというのが、五行相剋である。
「確かに、おまえを倒すことはできないかもしれない。しかし、これならどうだ!」
 蘭子の手元から何かが放たれた。
 するどく尖った針であった。
 それは壁に掛けられた稲川教諭の肖像画に突き刺さり、五芒星を形作った。
「その肖像画がおまえの正体だ!」
「ど、どうして判ったのだ?み、身動きがとれん!」
「おかしいとは思わないのか? これだけたくさんの少女の肖像画の中にたった一つだけ男性の肖像画があるというのは」
 稲川教諭の正体は、キャンバスに描かれた肖像画そのものだった。
 少女達の魂を肖像画に封じ込めたように、自分自身の魂を肖像画として永遠不滅の魂として生きる道を選んだのかも知れない。あるいは、霊能高い術士によって肖像画として封じ込められてしまったのかも知れないが……。
 肖像画の中から人を操って、肖像画を描かせて少女の魂を封じ込めて、次第に神通力を高めていったのだ。
 稲川教諭も、この肖像画に精神を乗っ取られた悲しい人物だったのである。
 金でできた刃物は、木(紙)を切り倒す。
 五芒星を形作る針が、肖像画の中の魂(妖魔)を封じ込めていた。
「業火の炎よ。悪しき魂を焼き尽くせ」
 蘭子の指先に青い炎が燈り、空中を浮遊するようにして、肖像画の描かれたキャンパスに燃え移った。
 悲鳴を上げて悶え苦しむ肖像画の妖魔。
 やがて肖像画は灰となり跡形もなく消え去った。
 すると、部屋の壁に飾られた少女の肖像画から、すべての魂が解き放たれていった。
 蘭子は、それらの魂を浄土へと導くように、浄化の呪法を唱えた。

 椅子に座ったまま自失状態の安子。
 稲川教諭も床に倒れてはいるものの自我を取り戻しつつあるようだった。
 安子の肖像画に呪解を掛けると、写し取られた魂が再び安子に呼び戻されて、意識を取り戻していった。
 静かにその場を立ち去る蘭子。
 やがて稲川教諭と安子が目を覚ます。
「先生、どうして床に寝ているのですか?」
「あ、あれ? いつの間に……。変だな」
「あたしも椅子に座ったまま居眠りしてたみたいです」
「そ、そうか……。とにかく絵を完成させよう。もう少しだから」
「はい」
 何事もなかったように会話を続ける二人。
 モデルの安子と、肖像画を描く稲川教諭。
 二人だけの時間が、静かに流れていく。

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2017年8月22日 (火)

銀河戦記/第一章 索敵 III

第一章 索敵

                   III 「私が指揮する限り、配下の将兵に無駄死にを強要させる愚かな戦闘は避けたい」  パネルの戦力分析図を凝視しながら呟くように言った。  その時、索敵機から連絡が入った。 「少尉。マザーグース三号機が敵艦隊を発見しました」 「よし、映像をスクリーンに映せ」 「は、ただいま」  数秒あってパネルスクリーンに映像が映しだされた。  パネルスクリーンを凝視するアレックス。明滅する光点は、同盟に対して全戦全勝 を続けて無敵艦隊の名を欲しいままにしている第一機動空母部隊の雄姿であった。向 かうところ敵なし、ナグモの進軍を止められる軍は同盟には存在しないといっても過 言ではないであろう、と噂される強敵である。  主戦級の主力空母が団子状の塊になっている。その塊にたいして護衛艦がぐるりと 取り囲んでいるという変形的な球形陣だ。 「普通、空母一隻を中心にして周囲に護衛艦を配する球形陣をとるのが普通なのに な」 「その分全体としての防御力は厚く強固です。戦艦はおろか戦闘機一機すら中心の空 母に接近することすら不可能でしょう」 「そうかな……一端中を割られてしまったらまったくの無防備といってよい」 「そりゃそうですが……」 「少尉。いかがいたしましょう」  アレックスは冷静に分析を続けていた。  スクリーンの分析図は二次元の映像として現されている。アレックスは頭の中に三 次元宇宙を想定して、そこに敵主力空母と護衛艦との位置関係およびその戦力とを、 正確な三次元座標に描き直していたのである。膨大な計算がなされて三次元分析図が 完成されていく。  やがて、アレックスは急に立ち上がり、 「見ろ!」  とパネルを指差した。 「空母と空母の間にはわずかながらも間隙がある。小部隊ならここを通過し攻撃を加 えることが可能だ」 「攻撃って、まさか……」 「そのまさかだ。敵のど真ん中にワープアウトして総攻撃を敢行するのだ」 「無茶です。たった十数隻で何ができます」 「玉砕するのが関の山ではないですか……」 「誰が玉砕すると言った」 「ですが」 「我々の目の前に敵艦隊が何も知らないでいるんだ。しかも見たところ艦載機さえも 全機出撃させて、防御をすべて護衛艦に委ねているようだ。敵空母の懐に飛び込んで 戦いをしかければ、こちらに被害を被ることなく、敵空母だけを撃沈させることも可 能だ。敵戦闘機に邪魔されることなく、また護衛艦の攻撃も空母を盾にとって行動す れば無力に等しい」 「しかし、それでは索敵の任務から逸脱しはしませんか」 「ふ。確かに、私に課せられた任務は、索敵だが……敵艦隊と接近遭遇した場合、采 配はすべて一任するとの指令も頂いているのだよ」 「准将がそんな指令を?」 「つまり、索敵を続行するもよし、中断して引き返すもよし。しかし、一任されてい る以上、敵艦隊と一戦交えても可、と判断しても構わないのではないか」 「それは、過剰判断ではありませんか」 「ぐだぐだ、いってんじゃねえよ。一任されている以上、何やろうと勝手なんだよ」  その時索敵の指揮から戻ってきたゴードンがアレックスに同調した。 「みんなはどう思う?」  アレックスがオペレーター達の意見を確認した。 「やりましょう! 隊長」 「賛成です」  オペレーター達から黄色い声が返ってくる。全員一致で賛同だ。何せ全員士官学校 同期卒業生で、アレックスの人となりをよく知っているからだ。 「このまま引き返しても友軍の敗走は必至です。下手すりゃ全滅して我々の帰る場所 がなくなっているかもしれません。この機会を逃せばそれこそ無敵艦隊の呼称をみす みす許すことになり、今後ナグモの進撃を止めることは出来なくなるでしょう」 「よし、決定する。我が小隊は敵空母艦隊に総攻撃を敢行する」  作戦が決定されれば、もはや部下に口出しは無用である。  小隊の全艦に作戦が伝達され行動は開始された。 「いいか、敵艦隊中心部に突入したら、ありったけの攻撃を加えるんだ。ミサイルの 一発たりとも残すんじゃない。全弾を撃ちつくし、全速力で駆け抜け、そしてワープ で逃げる」 「了解」 「全艦、ワープ準備だ。艦載機は発進準備のまま待機。いつでも発艦できるようにし ておけ」  フライトデッキでは、戦闘班長ジミー・カーグ准尉から、パイロット達への命令伝 達・注意がなされていた。 「いいな、目標は空母だけだぞ。護衛艦は相手にするな。戦闘空域に留まる時間は、 ジャスト五分間だ。艦載機は発進後、五分以内に必ず戻ってこい。一秒でも遅れたら、 その場に置いてきぼりにするからな」 「まもなく、ワープアウトします」 「往来撃戦用意。艦載機、エンジン始動準備。着艦口が開くと同時に発進せよ」  アレックスの戦闘指示を受けたオペレーターの声が艦内にこだまする。 「艦載機発進デッキの空気を抜きます。整備員は総員退去してください」  ノーマルスーツに身を包んだ係留係員や管制誘導員を除いて、平服の整備員達は艦 載機から離れて待避所に移りはじめた。フライトデッキから空気が抜かれていく音が 次第に小さくなっていく。真空中では音が伝わらないからである。 「ワープアウトです」  艦内にオペレーターの声が響いた。  もはや引き返すことのできない状況に突入したのである。 「艦載機、エンジン始動!」  戦闘機の乗員及びフライトデッキ管制員に対しては、ヘルメット内にある送受機に よって無線で指示が伝えられていく。 「よし、着艦口開け!」 「艦載機、全機発進!」 「エドワード編隊は右舷側。アックス編隊は左舷側を攻撃せよ」 「エドワード、了解」 「アックス、了解しました」  敵空母艦隊のど真ん中にアレックス達の部隊が出現した。 「全艦、砲撃開始」  アレックスはワープアウトと同時に戦闘開始を命令する。  全艦から一斉に攻撃が開始される。  着艦口から次々と艦載機が発進して、回りの空母に取り付き攻撃を加えはじめる。 まず戦闘機が敵空母舷側の砲塔を破壊、続いて雷撃機による魚雷攻撃が加えられる。 これらはすべて球形陣の内側それも空母を盾とするような最内側で行われていた。護 衛艦の射程に入ってしまう外側よりには決して移らなかった。  艦船も負けずに粒子ビーム砲を敵艦にお見舞いした。真空中を切り裂くような閃光 が走り、標的に当たった瞬間そのエネルギーが解放されて敵艦を粉々に破壊した。さ らには空母と空母の僅かな間隙を縫うようにミサイルが放たれ、周囲の護衛艦を餌食 にした。  こうなっては護衛艦はまるで役に立たなかった。撃てば司令官の搭乗する旗艦空母 を、自らの攻撃で撃沈させることになる。そして唯一攻撃可能な戦闘機は一機も存在 しない。 アレックス達は、畳み掛けるように攻撃を繰り返し、周囲の主力空母を 次々と破壊していった。

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2017年8月21日 (月)

妖奇退魔夜行/すすり泣く肖像 其の参

 安子にとって幸せは長くは続かなかった。
 二人の関係が学校側に知られるところなり、稲川教諭は三ヶ月間の自宅謹慎となった。
 せっかく良い雰囲気になったというのに、このまま会えないままとは寂しい。安子は稲川教諭の自宅へ密かに通い始めた。
 とはいえ、危ない関係になるということではなかった。
 日がなキャンバスに向かってデッサンを続ける日々が続いていた。
 この頃から安子は体調を崩す日々が多くなった。突然めまいを覚えたり、一日中だるさを感じるようになっていた。
 日に日に痩せていく安子。
 はた目にもその異常さが良くわかるものだった。
 安子の変わりように、クラスメート達が忠告する。
「安子。稲川先生の自宅に通っているみたいだけど、やめた方がいいんじゃないの?」
「そうよね。後ろめたい気持ちがあるから、精神的に疲れてきているのよ」
「そうは言うけど……」
「モデルやってるってことだけど、まさかヌードモデルじゃないでしょ」
「とんでもないわ」
 恋は盲目。何を言っても無駄のようであった。
 このままにしていては、取り返しのつかないことになる。
 ついに蘭子が動き出した。

 稲川教諭の自宅前。
 蘭子が姿を現す。
 ベランダを見上げたかと思うと、まるで忍者のように軽々と塀を飛び越えてベランダに乗り移った。
 そこからは部屋の中がよく見えた。
 折りしも稲川教諭が安子の肖像画を描いている最中だった。
 壁には所狭しと肖像画が飾られている。中に一つだけ稲川教諭の自画像と思しき額がひときわ異彩を放っていた。
「もうじき完成だよ」
「ええ……」
 答える安子は意識朦朧として虫の息同然のようであった。
 突然、窓が開け放たれて蘭子が姿を現す。
「そこまでにしてくれる?」
「君は逢坂君じゃないか」
「いつまで講師ぶっているつもり? 正体を現したらどうなの?」
「何のことですかね」
「では、これではどうです」
 蘭子が封印を解く呪法を唱えると、壁に掛けられた肖像画から魂が飛び出し部屋の中を舞い始めた。すすり泣いたり、涙を流す肖像画もあった。
「ほう……。陰陽師というわけですか」
「おまえは、人の魂を絵に写し取り、封じ込めてしまう妖魔だ」
「まるで悪者のような言い方ですね」
「そうではないのか?」
「私は、女性達の願いを叶えてあげているだけですよ」
「願いを叶える?」
「永遠の若さがほしい。いつまでも若くありたい。そんな女性達の願いを、肖像画にして叶えてあげているのです。肖像画になれば永遠に年をとりませんからね」
「それで肖像画に魂を封じ込めているのか」
「肉体は老いさらばえ朽ちてしまう。それを防ぐことは不可能です。せめて美しい時の姿を肖像画として残し、魂を写し取って封じることは罪ではないでしょう。本人の希望なんですからね」
「希望なんかではあるものか! そう思っているのはおまえのエゴだ。ここにある肖像画は嘆き苦しみもがいている」
「見解の相違ですね」

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2017年8月20日 (日)

銀河戦記/第一章 索敵 II

第一章 索敵
                 II

 一方、同盟の前面に対峙する敵艦隊。バーナード星系連邦軍の第七艦隊所属で、旗
艦ヨークタウンの艦橋では、F・J・フレージャー少将が指揮をとっていた。
「敵右翼への攻撃が薄いな。通信士、ナグモあて電令『右翼への攻撃を増強された
し』だ」
「はっ。直ちに」
「ナグモ達はよくやっているな」
「はい、このままいけば制空権を確保している我が軍が勝てるでしょう」
 艦隊首席参謀のスティール・メイスン中佐が報告した。
 深緑の瞳と褐色の髪が畏敬をさそう。
 深緑の瞳を持つものは連邦でも数少ない人種であり、かつて全銀河を統一したアル
デラーン一族の末裔を意味していた。
 今から四百年もの昔において、全銀河に繁栄した人類の中でも、アルデラーン一族
は数ある小数民族の一つに過ぎなかった。彼らも元々は蒼い瞳を持つ部族であったが、
ある日深緑の瞳を持つ子供が誕生した。それは突然変異であったのだが、成長したそ
の子供はまたたくまに一族を統率し、さらには周辺の国々への侵略を開始して、つい
には銀河の三分の一を治めるに至り、専制君主国家アルデラーン公国を建立したので
ある。始祖ソートガイヤー大公の誕生であった。
 その孫のソートガイヤー四世によって全銀河統一されて以来三百余年の間に、深緑
の瞳を持つ人間もその親族である皇族を中心として増えていった。すなわち深緑の瞳
を持つものは、分裂し勢力が縮小したとはいえ現在も延々と続く銀河帝国の皇族達と
どこかで血がつながっていることを意味していた。
「このままいけば、勝てるか……」
 そもそも今回の作戦を立案したのは、深緑の瞳をしたこの参謀であった。ミニッツ
がそれに賛同し、自らヤマモトを説き伏せてナグモの艦隊を借り受けたのである。
「熟達したナグモの戦闘機乗り達にかかっては、トライトンも流石に手も足もでない
というところです」
「君の作戦にも見るところがあるが、それを実現してしまうミニッツ提督の采配にも、
毎度うならされるな。ナグモなしでは机上の空論で終わってしまうところだったのだ。
しかし、我が第七艦隊と第一空母機動部隊のナグモとを連携させるとはな」
 フレージャー提督が感心するのも、道理があった。同じ連邦軍とはいえ、多種多様
な民族の寄せ集めであるミニッツらの艦隊と、単一血縁のヤマト民族を誇るヤマモト
の艦隊とでは、相容れない溝の存在があったのである。ゆえに時として反目しあい、
互いに戦功を競い合いながら、微妙なバランスの上に連邦軍は成り立っていた。
「しかし、あのヤマモト提督がよくナグモを差し向けてくれましたね。ミニッツ提督
とヤマモト提督は犬猿の仲だというのに」
「同盟への全面侵攻作戦も間近だからな。ここで、貸しを作っておいて、侵攻作戦の
総指揮官の椅子が自分に回ってくることを狙っているのだろう」
「彼が構想を抱いているといわれる『聯合艦隊』の司令長官の椅子ですか」
「そうだ」

 そのころ、フランク中佐の配下にあった士官学校出たてのアレックス・ランドール
少尉は、索敵のために出撃中で、丁度敵艦載機群の飛来した方向の宙域でその配下の
一個小隊を展開させていた。
 アレックスの乗る指揮艦「ヘルハウンド」の艦橋では、各種オペレーターが忙しく
機器を操作し、それぞれの任務をてきぱきとこなしていた。それらの中には男性の姿
は一人も見受けられない。
 アレックスは、士官学校同期卒業生の中から、ヘルハウンド艦長のスザンナ・ベン
ソン准尉を筆頭に、特に優秀な女性士官のみを選出して自分の乗艦する艦橋オペレー
ターとして配属させたのである。
 艦内には、エンジンや艤装兵器などから伝わって来る重低音が、常時うなるように
響いており、その中では女性士官の甲高い黄色い声は、明瞭にはっきりと聞き取れる
という利点も考慮されているのである。
 艦内スピーカーから、索敵機よりの報告が随時流されている。
「こちら、ガーゴイル七号機。サラマンダー応答せよ」
 それに対して、女性管制オペレーターが応対する。
「こちら、サラマンダー。ガーゴイル七号機、どうぞ」
「索敵飛行コースの終端に到着。レーダーに敵艦隊の反応なし。これより帰投する」
「サラマンダー、了解」
 一人の女性士官がすくっと立ち上がって、アレックスの前に立った。索敵編隊の指
揮官であるアレックスの乗艦「ヘルハウンド」の艦長、スザンナ・ベンソン准尉であ
る。
「索敵機第一班、予定目標ポイントの索敵完了。全機帰投コースに入りました」
「うむ。ご苦労」
 なおサラマンダーとは、指揮艦「ヘルハウンド」の暗号名である。

「索敵ポイントを変えますか」
 スザンナが次の指示を確認する。
「そうだな。艦長、第十四区域へ移動する」
「了解。第十四区域に移動します。面舵三十度、機関出力三十パーセント、微速前
進」
「索敵機第二班に出撃準備させておけ」
「はっ。かしこまりました」
 その時、オペレーターの一人が金切り声をあげた。
「隊長! 本隊が敵の奇襲を受けております!」
「なに……敵の勢力分析図は出るか」
 その声は、自分の所属する本隊が奇襲をうけているというのにもかかわらず、非常
に落ち着いていた。
 身長百八十センチ足らず、体重八十キロという平均的容姿はともかく、その深緑に
澄んだ瞳と褐色を帯びた髪は、同盟軍の中では異彩を放っていた。それは彼が孤児で
あり、銀河帝国からの流浪者の子供であろうとのもっぱらの噂であった。
「ただいま受信中です。まもなくスクリーンに出ます」
 数秒して前方パネルスクリーンに本隊と敵勢力の分布図が映しだされた。刻々と移
り変わる光点が示す本隊のデータは、宇宙空間を隔てて瞬時に伝わってくる。そこに
は敵の圧倒的優勢状態を現すデータが表示されていた。
 スクリーンを凝視するアレックス。
「戦艦、巡洋艦と艦載機の大編隊か……これだけの編隊が数隻やそこらの空母から飛
来したとは思えない。おそらく連邦の第一機動艦隊が近くに潜んでいるのだろう」
「第一機動艦隊というとナグモ中将率いるあの無敵艦隊ですか」
 小隊の副隊長を務めている同僚のゴードン・オニール少尉が発言した。
 くしくも准将と中佐と同じ会話となったことは偶然でもないだろう。それだけナグ
モ艦隊の存在とその動勢は、第十七艦隊の日常としての関心事であるからだ。
 ゴードンはアレックスとは士官学校からの親友であった。蒼瞳で金髪という平均的
な同盟軍カラーを所持していた。身長百九十センチ、体重九十二キロという体躯から
は想像できないほどのずば抜けた反射神経を持っていた。アレックスと同様に戦術用
兵士官とはいえ、戦艦を操艦できる腕前を持っていた。
「そうだ……ゴードン、君ならどこから攻撃をしかける?」
「そうですね。敵の出現点と航続距離から推測すれば、このあたりですかね」
 と操作盤を操作してパネル上に予想地点を表示してみせた。
「丁度我々の捜査範囲内ですね」
「ふむ……早速索敵機を飛ばしてみてくれ。指揮はまかせる」
「了解。索敵の指揮をとります」
 ゴードンは、艦橋を出てフライトデッキの方へ走っていった。
「少尉殿、よろしいでしょうか」
 艦長のスザンナ・ベンソン准尉が質問した。
「うむ」
「このまま索敵を続けていてよろしいのでしょうか?」
「どういうことかな」
「本隊は攻撃を受けているのですよ。一刻もはやく帰還して援護にまわるべきではな
いでしょうか」
「帰還命令は出ておるか?」
「いえ、出ておりません」
「ならばこのまま索敵を続行するまでだ」
「ですがたとえ敵を発見したところで、本隊が全滅していたら」
「だからといって、今更戻ったところでどうなるというのだ。たかが十数隻の小隊が
戻ったところで、体勢に影響はあるまい」
「それはそうですが……」
「いいかい。我々がなさねばならないことは、敵の情報をより正確に収集し把握して、
味方に伝えることなのだ。仮に本隊が全滅しても、索敵で得た情報と本隊の戦闘記録
を持って無事帰還することなのだよ。それによって、後に続くものの糧となりうる。
わかるかい、スザンナ」
「わかりました」
 スザンナ・ベンソン准尉。この女性艦長は、士官学校スベリニアン校舎時代の同窓
生である。アレックスとゴードンが特待進級卒業の栄冠を得たために、通常卒業の彼
女とは一階級の差が出来ていた。

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2017年8月19日 (土)

妖奇退魔夜行/すすり泣く肖像 其の弐

 数日後。
 阿部野橋界隈を歩いている安子を含めた一年三組クラスメート達。
「あった! ここだわ」
 稲川教諭が小さな画廊を借り切って個展を開いていた。
 狭い入り口をくぐってすぐの所に机が置かれており受付となっている。
「先生、来たよ!」
「やあ、よく来たね。まあ、ゆっくり見学していってくれ」
「はい」
 受付簿に記帳して中に入る一行。
 画廊の壁には肖像画をメインとして、風景画などが適当な感覚で展示されている。
 ゆったりと歩きながら鑑賞している一行。
 その繊細な描写に一様に感心している様子であった。
 ただ一人を除いては。
 蘭子は何かを感じているようであった。
 じっと肖像画を見つめて、その何かを探ろうとしている。
「この肖像画には秘められた謎がありそうね……」
「どうしましたか?」
 いつの間にか稲川教諭がすぐそばに立っていた。
 まるで気取られることなく近づいたことに驚く蘭子。
 いくら肖像画に集中していたとはいえ、気配を消していたとしか思えない動きである。
 ただ者ではなさそうであった。
「まるで生きているようですね」
「精魂を込めて描いていますからね。魂が乗り移ったとしても不思議ではないでしょう」
「乗り移る?」
「言葉のあやですよ」
 と微笑んで安子の方へと歩いていった。
 その後姿を見つめながら、何かが起こりそうな予感を覚える蘭子であった。

 放課後の美術準備室。
 椅子に腰掛けている安子を、キャンバスにデッサンしている稲川教諭。
 安子の奉仕モデルの提案を受け入れてのことである。
 絵を描く時の稲川教諭の眼差しは真剣そのもので、黙々とキャンバスに向かっていた。
「少し休憩しようか」
「はい」
 いつものように紅茶タイムとなる。
 稲川教諭が紅茶の準備をし、安子が電気ポットでお湯を沸かす。
 ティーポットに茶葉を入れ、熱湯を注ぎ十分蒸らしたところで、ティーカップに適量を注ぐ。
 芳しい香りが漂う紅茶に、コンデンスミルクを注いで、ミルクティーの出来上がりだ。
 コンデンスミルクにはショ糖が含まれているので、砂糖は入れないのが普通である。
 ちなみに常温保存できる茶色の台形の容器カプセル状に入ったミルクがあるが、これは乳製品ではなく植物油を加工したものである。
 と、稲川教諭に教えられた安子は、意外に思ったものだった。それまでミルクだと思ってコーヒーや紅茶に入れて飲んでいた。
 稲川教諭は茶葉にもこだわっており、ミルクティーが好きなせいもあって、ストレート向きのダージリンではなくて、ミルクティー向きのアッサムを好んでいる。
「おいしい!」
 一口すすって言葉をもらす安子。
 稲川教諭と一緒に過ごすこのティータイムは、安子にとっては心やすまるひとときであった。

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メインパソコンが壊れました((o(;△;)o))

メインパソコンが壊れました。

いきなり、うんともすんとも動かなくなり、CRT+ART+DELL コマンド使っても反応なし。
再起動もできません。
仕方なく、禁断の電源ボタン長押し、強制終了。
改めて起動を図るも、ディスプレイには何も映らない。
電源ONのLEDは点灯している。
冷却ファン回ってる。
CPUファン回ってる。
ハードディスクも回っている。
……
どうやら、CPUかマザーボードが熱暴走で壊れたか?
ハードディスクを取り出して、サブマシンで読み込んだところデータは正常で、ハードディスクは壊れていません。やはり壊れたのはマザーボードのようです。
このハードディスクにインストールされているwindows及び認証キーは、マザーボードの違う他のマシンでは使えないので、新たなパソコンとwindowsを購入するしかないです。
ともかくデータをすべて、サブマシンに移行することに。
それから各種ソフトの再インストール、再設定やらなんやらかんやら……。
使い慣れた辞書の移行もやって……

"p(・ω・*q)ガン(p*・ω・)q"バレ ※q(*・ω・*)p※ファイト!!
(-_-)/~~~ピシー!ピシー!
\(゜ロ\)ココハドコ? (/ロ゜)/アタシハダアレ?
疲れました_( _´ω`)_ペショ

2017年8月18日 (金)

銀河戦記/第一章 索敵 I

第一章 索敵

                    I 「ミサイルです! 三時の方向」  突然、オペレーターの声が艦内にするどく響いた。  指揮官席そばに臨時に据えられたテーブルの上のサンドウィッチを頬張っていたト リスタニア共和国同盟軍フランク・ガードナー中佐は、突然の奇襲攻撃を受けたのに 動揺しつつも、全艦に迎撃体勢を取らせるべく命令を下した。 「全艦、戦闘体勢」  宙を舞いながら指揮官席に飛び移るフランク。その途端、艦が激しく揺れて、危う く席から外れてしまいそうになるが、背もたれにしがみついて難を逃れた。  パネルスクリーンには、漆黒の宇宙に浮かぶ艦隊が次々とミサイルの攻撃を受けて 炎上していく様が映し出されていた。 「三時の方向、上下角マイナス五度の方角に敵艦隊を確認」 「距離、三・二光秒」 「六時の方向より、敵戦闘機急速接近中」  次々と報告がなされて、艦橋の空気は緊張の度合を深めていく。 「艦首を敵艦隊に向けろ。往来撃戦準備だ。最大戦速で敵艦に向かえ」  指令を受けてオペレーターが復唱伝達する。 「面舵、九十度転換」 「全艦、往来撃戦用意」 「最大戦速」 「こちらも艦載機を発進させては?」  副官のピーター・コードウェル中尉が進言した。中肉中背でどこをとって特徴を述 べることも難しいほど平均的な士官というところ。 「無理だ。制空権を先手に取られた。艦載機を発進させるために着艦口を開けば、そ こを狙い撃ちされて、内部誘爆を招くだけだ。今は防御に徹するしかない。しかし発 進準備だけはしておいて、いつでも出られるようにしておけ。高射砲で戦闘機を打ち 落としつつ、敵が一時退却して体制を立て直す間隙をついて出撃させる」  ややあってドアが開き、顎鬚を貯えた恰幅の良い軍人が、のそりと入ってきた。 「先に見つけられてしまったか」  それは、共和国同盟軍第十七艦隊司令官、トライトン准将であった。  その冷静な態度は、幾度かの戦闘を乗り越えて来たものだけが持つ、重厚な落ち着 きを持っており、彼が現れたことによる将兵達の表情の変化は、誰にも観察がたやす かった。それほど、部下の間では信頼に厚かったといえよう。  これほどし烈極まるといわれる最前線の戦場は他にないという宙域の防衛の任にあ たっている。毎日が戦闘の連続であり、後方に戻らない限り休息する暇もないという 激戦につぐ激戦で、艦船の消耗は全艦隊中最大である。ゆえに戦死する士官達も続出 する一方でその分昇進のスピードも破格であった。今日の戦闘を生き延びれば、明日 には一階級昇進していた。フランク・ガードナー中佐も、他の艦隊に所属していれば、 同盟における平均的地位にすれば大尉くらいがせいぜいであっただろう。トライトン でさえ、准将中最年少であることも明白な事実である。とはいえ、激戦区を生き延び 准将に昇り詰めるのは、よほどの運とたぐいまれなる才能との両方がなければあり得 ないことなのである。 「申し訳ありません。索敵の網からこぼれたようです」  フランクは指揮官席を准将に譲りながら釈明した。 「しようがないだろう。三次元宇宙をくまなく探すのは不可能だからな。敵艦隊の勢 力分析図を出してくれ」  トライトンは引き締まったその身体を指揮官席に沈め、スクリーンに目をやった。  ほどなくスクリーンに敵艦隊の分析図が表示された。索敵レーダーの捕らえた艦影 から、コンピューターが即座にその艦型と戦力を計算表示してくれる。 「敵艦隊は戦艦、巡洋艦を主力とする約七千隻」 「空母はいないのか?」 「分析図から見る限りでは、見当たりませんが。後方に必ずいるのではないかと推測 します。敵は第七艦隊のようですから、たぶんヨークタウンやエンタープライズが控 えているでしょう」 「それにしたって、フレージャーとてこれだけの大編隊の艦載機は、持ち合わせてい ないはずだ。となると前面の艦隊だけから発進したとは考えられない。艦載機はどっ ちから飛来したか」 「六時の方角からです」 「だとすると、そちらの方に別動の空母艦隊が待機しているということか……」  トライトンの目は、スクリーンの艦隊六時の方角にあたる部位をしげしげと見つめ ている。まるでそこに空母艦隊の存在を確かめているかのように。 「まさか、ナグモ空母機動艦隊ですか」 「そうだ。そっちの方も気にかかるが、今は目前の敵艦隊に対処することが先決だ。 全艦最大戦速で向かえ」 「はっ。全艦最大戦速。進路そのまま」

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2017年8月17日 (木)

妖奇退魔夜行/すすり泣く肖像 其の壱

 阿倍野女子高等学校美術準備室。
 キャンバスに向かって絵筆を動かす人物がいる。
 非常勤講師で美術担当の稲川教諭である。
『稲川先生、校長先生がお呼びです。校長室までいらしてください』
 校内放送を受けて、絵筆を置いて立ち上がる稲川教諭。
 静かに外に出て戸を閉める。
 誰もいなくなった美術準備室。
 閉め切った窓、淀んだ空気の中で、カーテンの隙間から淡い光が、キャンバスを照らし
ている。
 清純な姿をした少女の肖像画。
 まるで生きているようなほどに繊細に描かれていた。
 と、突然異変が起こった。
 肖像画の瞳から涙のようなにじみが現れ、水滴となって流れ床を濡らしはじめた。
 異変はそれだけではなかった。
 周囲の壁に飾られた肖像画がすすり泣きはじめたのである。
 その中にあってただ一つ男性の肖像画が怪しげに異彩を放っていた。

 数時間後。
 蘭子達が教室の中央に置かれた石膏像を取り囲んで、デッサンの授業を受けている。
 後ろ手に腕組みをし、生徒達の間を回りながら、指導をしている稲川教諭。
 一人が静かに手を挙げ、稲川教諭が歩み寄って小声で指導をはじめた。
 陰影についての質問のようだった。光線の当たり具合や陰影の濃淡について、より立体
感を出すにはどう表現したら良いかを尋ねている。
 生徒達の質問に対して、親切にアドヴァイスを与えている稲川。
「立体的に描こうじゃなくて、見たまま感じたままを正直に描くんだよ。技巧的に描こう
としないで自然にね」
「はい、わかりました!」
「こら、どさくさに紛れて手を握るんじゃない!」
「えへへ……」
 頭をかく生徒。
 この生徒の名は宮田安子といって、稲川教諭にほのかな思いを寄せていた。
 やがて授業終了のチャイムが鳴った。
「ようし、それまでだ。デッサン画の裏にクラスと名前を書いて提出。誰か集めて準備室
まで持ってきてくれ」
「はあい。あたしがやります」
 手を挙げたのは宮田安子だった。
 稲川教諭はさっさと準備室へと戻り、安子は生徒達からデッサン画を集めはじめた。
「あんたもマメね」
 安子が稲川教諭を好きなことを知っている友人が冷やかす。
「先生に気に入られたいからね」
「好きにやってなさい」
「へいへい。そうしますよ」
 何を言われても、意に介せずである。
 デッサン画を集め終わると、そそくさと準備室に入っていった。

 稲川教諭は紅茶を入れて飲んでいるところだった。
「みんなのデッサン画をお持ちしました」
「おう。そこの机の上に置いてくれないか」
「はい」
 指差された机の上にデッサン画を置く安子。
「君も紅茶を飲むか?」
「はい。頂きます」
 断るはずもなかった。
 稲川教諭は、もう一客ティーカップを棚から取り出して、ポットから紅茶を注いで安子
に渡した。
「ミルクを切らしているんだ。砂糖だけで我慢してくれ」
「砂糖だけでいいです」
 手渡れたティーカップに砂糖を入れてかき回しながら、壁に掛かった肖像画を眺める安
子。
「この肖像画は、みんな先生がお描きになられたのですか?」
「そうだよ」
「やっぱり、モデルさんを頼んで描いておられるのですか?」
「もちろんだよ。おかげでモデル料を支払ったらすっからかんだよ。絵具を買うのにも四
苦八苦しているよ。非常勤の給料ではきびしいね」
「あたしでよければ、ただでモデルをやってあげましょうか?」
「本当かね?」
「はい」
 次の授業の予鈴が鳴り始めた。
 ティーカップを机の上に置いて話す安子。
「また後でうかがいます」
「その時に話し合おう」
「そうですね。ごちそうさまでした」
 授業に遅れないように、あわてて準備室を退室する安子。

 一人になり、意味深な含み笑いを浮かべる稲川教諭だった。

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2017年8月16日 (水)

銀河戦記/序章

作戦を立てることは誰にでもできる。 しかし、戦争ができる者は少ない。 なぜなら、状況に応じて 行動することは 真の軍事的天才だけに 可能なことだからである。    ナポレオン・ボナパルト
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序章

 銀河系は、肉眼でも観察されるように恒星や惑星や星雲などのように星間物質が重 力収縮によって濃密に密集し形成された無数の星々によって構成されている。ところがそ れらの星々の間の一見何もないかのような空間にも僅かながらも重力収縮で残された希薄 な星間ガスが存在する。星間ガスは収束や拡散を繰り返しながら銀河面方向に流れている。 ところが、銀河の中心には巨大な銀河ブラックホールの存在があり、それが及ぼす重力と 銀河の回転により星間ガスの流れに波動が生じる。その波動によって、銀河には星の密集 した空間と星のない空間が渦巻状に並んで、腕とよばれる構造をなしている。
 この腕の発生は、地球上において重力・自転・温度差などの影響によって、大気が循環 しジェット気流が蛇行して低気圧や高気圧の発生が促されたり、熱帯雨林帯・中緯度乾燥 地帯などが発生したりすることを考えると理解しやすい。上昇気流の生ずる低気圧下では 雲が発生し、下降気流の生ずる高気圧下では雲が消失する。これと同様なことが宇宙規模 で恒星の発生と消失が繰り返されて、あの銀河の腕として観察されるのである。波動によ って生じた衝撃波が恒星を消滅させる結果として、星のない空間が渦巻状にできるという わけである。地球のような球体表面上での大気循環では、緯度の変化によって雲の発生に 違いがでるが、偏平銀河面ではそれが渦巻状に引き起こされる。

 人類が自分達の生まれた母太陽系を飛び出して、宇宙空間に進出しはじめた銀河開 拓時代、人々は銀河の腕に沿って星々を渡り歩き、その生息域を広げていった。星をも消 滅させるほどの衝撃波の存在や航続距離の問題によって、星のない空域は通常航法や当時 のワープ航法だけでは航行不可能であったからだ。いわゆる大河の激流の中を丸太の筏で 川を渡ろうとするようなものである。しかし、どんな激流でも浅瀬があったり淀んだ箇所 が必ずあるように、人々は永い年月を経てついに航行可能な宙域を発見したのである。そ こに誘導ビーコン灯台を設置したりしてより安全に航海できるような工夫が随所に施され るようになった。それらの橋を拠点として銀河は開発されていき、百年を経たないうちに 全銀河に人類は行き渡ったのである。

 大河を渡る橋は、時として戦争の際には重要な拠点となる。
 やがて勃発した第一次銀河大戦において、橋を制するものが戦争を制すると言われると おり、それらの橋をめぐってのし烈な戦いが繰り広げられた。
 すべての橋を手中におさめて第一次銀河大戦を勝利し、全銀河を統一したアルデラーン 公国の君主は、銀河帝国の成立を宣言し初代皇帝として君臨した。銀河帝国はおよそ三百 年の長きに渡って安定した基盤を確保していたが、大河を一瞬にして渡ることの出来るハ イパー・ワープドライブ航法とそれを可能にする新型ワープエンジンの発明によって、も はや橋は必要性を失い帝国の基盤も揺るぎはじめた。
 帝国暦三百五年、ついに第二次銀河大戦が勃発する。
 豊富な資源と経済力で力をつけてきたトランターを中心とした地方の豪商達が、帝国支 配からの独立を企てようとし、これを阻止しようとして帝国軍隊を差し向けたのがきっか けである。一時的には鎮圧されはしたものの、豪商達は密かに賛同する地域を集めて共和 国同盟トリスタニアを樹立し、軍隊を組織して帝国に反旗を掲げたのである。
 戦いはおよそ三十年続き、資源と経済力で優位にあった共和国同盟は、強力な火器と高 性能のハイパー・ワープドライブエンジンを搭載した最新鋭戦艦を続々と投入して、旧式 戦艦の帝国艦隊に圧勝し、ついに独立を勝ち取ることに成功した。
 敗れた帝国はその弱体化をしめしたことで、やがて軍事クーデターを起こした将兵達に よってさらに分裂、軍事国家バーナード星系連邦が誕生する。
 こうして銀河は、帝政銀河帝国と議会民主制共和国同盟と軍事国家バーナード星系連邦 の三つに分裂したのである。

 それから十数年後、バーナード星系連邦と共和国同盟との間に戦争が勃発、以来百 年の長きに渡って戦いが繰り広げられているのであった。


共和国同盟トリスタニア軍少尉(任官時)パトリシア・ウィンザーと、 ハイドライド型高速戦艦改造II式

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新たに追加で二本立てにします

私の愛読書に、SF作家アイザック・アシモフに「ファウンデーションシリーズ」というものがあります。
これに感化されて超大作銀河小説の構想を温めてきました。
そして、田中芳樹の「銀河英雄伝説」に出会って、一気に構想が出来上がってきました。

「銀河戦記/鳴動編」がそのタイトル。

それをホームページで連載していたのですが、管理権を奪われてサイトを乗っ取られてしまいました。

この際、このブログで最初から連載しようというわけです。

月水金を銀河戦記
火木土を妖奇退魔夜行

ということにしようと思います。

2017年8月15日 (火)

本日休業

本日休業です
明日から、妖奇退魔夜行を再開します。Sailer
機種=PC-9801VX21
ソフト=マグペイント

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2017年8月14日 (月)

思いはるかな甲子園/思いはるか(最終回)

 思いはるかな甲子園

■ 思いはるか ■ 『栄進高校のナイン、ダグアウト前に円陣を組みました』  山中主将が激を飛ばす。 「いいか。泣いても笑ってもこの回までだ。参考試合になったからと言って気を抜く なよ」 「はい!」 「見ろよ。浩二も観客席から観戦している」  と観客席で浩二の母親が抱いている遺影を指し示す。  梓もその姿を見て胸に熱い感情が沸き起こる。 「決勝戦を前に逝ったあいつのためにも、恥ずかしい試合はするな。全精力を掛けて 守れ、走れ。自分の所に飛んできたボールは死んでも取れ!」  山中が円陣の中心に手を差し出す。  全員がその手に自分の手を重ねる。 「いくぞ、ファイト!」 「おお!」  気合を入れる一同。  そして守備へと駆け足で散っていくナイン。 『さあ!栄進高校のナインが守備に付きます。九回の攻防戦が始まりました』 『真条寺君、マウンドに登りました。そして山中捕手に対して準備投球』  プレートを踏みしめてゆっくりと山中めがけて投げ込む梓。  スピードはないが確かなコントロールで山中のミットに収まる。 「よし!」  山中が手ごたえを感じながら、返球する。 『既定の3球を投げて、さあ!いよいよプレイボールです』  捕手の山中主将がマウンドに歩み寄り、捕球したボールを手渡しながら、 「すべて君に任せる。好きな時に好きなように投げろ!すべて俺が受け止める」 「わかりました」  にっこりと笑顔を見せる梓。 「いい顔だ」  梓の肩を叩いて、キャッチャボックスに向かう。  ミットをポンポンと叩いて構える山中。  梓は野手に向かって、人差し指を高く捧げて大声で叫ぶ。 「ワンアウト!」 「おおお!」  野手からも大きな返答が返ってくる。  前に向き直り、ロジンバックを手に取る。  城東の打者はすでにバッターボックスに入っている。 「プレイ!」  アンパイアの試合再開の合図が響く。 『さあ、真条寺君気を取り直して、セットポジションにつきました。ランナーはいま せんが制球という点でこちらの方が良いのでしょう』 『城東相手では、スピードは関係ありませんからね』 『果して試合の中断がどれだけ影響しているかはわかりませんが、ノーヒットノーラ ンを目指して投球動作に入りました』 『いえ、参考試合ですから、ノーヒットノーランというのはおかしいでしょう。記録 に残りませんし』 『そうです、失礼いたしました。参考試合ですので、ノーヒットノーランは成立しま せん』 「ストライク!」  審判の手が高々と上がる。 『第一球、ストライクです。コントロールは相変わらず抜群です。スピードはありま せんが、ボールが地面すれすれから這いあがるようにしてストライクコースを通る独 特の下手投げと、微妙なコースを巧みについて打者を翻弄。フォアボールと内野手エ ラーが四つありましたが、これまで、セカンドベースを踏んだ選手は一人もいません』 『三振! ツーアウトです。二人目の打者も見事討ち取りました。さあ、残すはあと 一人です。ネクストバッターサークルの沢渡選手、ゆっくりと立ち上がってバッター ボックスへ歩きます』  沢渡、帽子を取り主審に一礼してからバッターボックスに入る。  マウンド上では、梓が足先で地面をならしている。  梓に視線を送りながら、 「とうとう、ここまできたな梓さん。いや、浩二君というべきかな……梓さんの野球 センスは浩二君そのままだ。城東に対し、これだけ苦戦させられるのは、浩二君しか いない。やはり君の魂が、甲子園を目前にして逝った君の思いが、梓さんに乗り移っ ているのだろう?」  その背後に浩二の姿を感じている沢渡であった。 「しかし、僕は手加減しないよ。それが浩二君、君への手向けになると信じるからだ」 『さあ、今季高校球界随一と称されるスラッガー沢渡君に対して、どのようなピッチ ングを見せてくれるのでしょうか。第1球投げました』 「ストライク!」  主審の手が上がる。 『ストライクです。沢渡君ピクリとも動きません。ボールが返球されます』 『見ているだけなのに、こちらの方が緊張しますね』 『まったくですね。真条寺君、第二球を投げます。ストライク! 沢渡君、二球目も 見送りました』 『おそらく球筋をみているのでしょう。彼にはカウントなど関係ないですから』 『真条寺君、流れる汗をユニフォームの袖で拭いました。ロジンバッグを拾って、滑 り止めします』  空を仰いでいる梓。 「入院している時からずっとやさしく看病してくれたお母さん。いやな顔もせずにキ ャッチボールに付き合ってくれ、相談に乗ってくれたお父さん。これが終わったら精 一杯親孝行するからね。そして野球部のみんな、ありがとう。甲子園に行くのをあき らめてまで、このボクにすべてを預けてくれたみんなの思いを、野球にたいする情熱 を無駄にしてはいけない」  つと観客席の母親に視線を移す。 (母さん……。親孝行できなかったけど、この試合ぜひとも勝って、せめて安堵させ てあげたい」 「浩二がやり残した思いを、この一球に」  梓、ボールをぎゅっと握りしめて、プレートに足をかけてゆっくりと両手を振り被 る。 「この一球に、すべてをかける」 「浩二君、こい!」  沢渡もバットを握り締めて、打撃の体勢にとる。 『さあ真条寺君、最後の投球になりますか、足をあげて、投げました!』  一球入魂。全精神を注ぎこんだボールが梓の手から放たれ、地を這うように捕手の ミットへ、打者の沢渡の胸元へと走る。  カキーン!  するどい球音とともに梓の顔をかすめるようにライナーで飛んでいく。 『打ったあ! 球はセンター方向に一直線だ。これは大きい! ホームランか?』  センターの郷田が全速力で追っている。 「ちきしょう! 絶対に取ってみせるぜ」  フェンスをかけ登る郷田。 『なんと! センターの郷田君、フェンスによじ登りました。すごい執念です。しか し、届かないか? あ、ジャンプしました。取った、取りました。しかし勢いついた まま地面に激突だ!』  ホームランボールを補球した体勢のままグランドに落下する郷田。地面に激突し砂 塵を舞い上げたその身体はぴくりとも動かない。  観客席の人々が、フェンス越しに身体を乗り出して見つめている。  時折センターに目を移しながらベースを回る沢渡。 『郷田君、グランドに倒れたまま動きません。大丈夫でしょうか。そしてボールは?』  梓、倒れたまま身動きしない郷田を心配そうに見つめている。 「郷田君……」  郷田のもとに集まってゆく外野手とショートそして塁審。 『センター動きません。脳震頭でもおこしたか……あ、起き上がりました』  郷田、右腕支持横臥の状態からグラブを高々と挙げる。グラブの中に白い球が入っ ている。  塁審、手を挙げてアウトを宣告する。 『取った! 取りました、アウトです。ゲームセット、試合終了!』  県大会会場。  球場がわれんばかりの大歓声につつまれている。  飛び散る紙吹雪。 『ご覧ください、お聞きください!観客席の人達が総立ちで、マウンド上の真条寺梓 さんに対して、惜しみない拍手喝采を送っております』 『女性ながらも、九回を守って参考試合ながらもノーヒットノーランを成し遂げまし た。男である私も脱帽です』  浩二としてやり残したことを成し遂げた梓。 「ありがとう、みんな。これで思い残す事はもうない……」  空を仰ぐその瞳からは涙が流れ落ちる。  そして足元から崩れるようにマウンド場に倒れる梓。  薄れる意識の中で、浩二だった頃の記憶が次々と蘇り、そして消えていった。  部員達が全員、梓のもとに駆け寄っていく。  梓よ、今日の日をありがとう。  そして……。  さようなら、甲子園。  【思いはるかな甲子園】 了

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2017年8月13日 (日)

思いはるかな甲子園/声援の中で

 思いはるかな甲子園

■ 声援の中で ■  梓の父親が経営する会社の本社ビル。  その社長室の隅にあるTVからは、県大会決勝の実況中継が放映されている。  甲子園に出場したこともある父親だけに、県大会決勝の行方が気になるようだ。し かも対戦高校の一方の栄進高校には、マネージャーである娘が、記録係りとしてベン チ入りしているので、見ないわけにはいかない。ダッグアウトにカメラが向けられれ ば、当然娘の姿が映されるからだ。  その梓が、ピッチャーズマウンドに立ち、長い髪がほどけて女子である事がばれ、 アップで映し出されていた。  仕事を一時中断してソファーに座り、神妙な面持ちで実況を聴いている父親。  そのそばにいる社長秘書の麗香が口を開いた。 「社長、やっぱりお嬢さまですよ」 「ああ……」  父親は、梓が登板した時から気づいていた。どんなに変装しようとも、実の娘を見 間違えるはずがなかった。 「どうしてお嬢さまが、ピッチャーなんかやっているんでしょうか」 「まあ、梓にねだられて、練習相手をさせられたりはしたが……」 「ええ! 社長が、お嬢さまの練習相手をなさったのですか?」 「ああ……意外と、上達が早くてな。コントロールは抜群だった」 「なるほどね。社長は、お嬢さまには甘いですからね。投手としてのセンスは、父親 ゆずりというわけですか」 「そういうことになるかな」  自分の娘のことを誉められて、少し上機嫌になる父親。 『間違いありません。確かに女子生徒です。しかも、実に可愛い女の子です』 『栄進高校の行為が理解できませんねえ。女子生徒が選手として出場できないのは、 判っているでしょう。なぜ他の男子部員に投げさせなかったのでしょうか。白鳥君や マウンドの真条寺さんほど上手に投げられないかも知れませんが、少なくとも没収試 合は避けられたのです』  グラウンド上では、両校の主将と審判が、女子選手の参加についての経緯などを論 点として協議を続けている。  栄進高校の守備陣は一旦ダッグアウトに戻されている。  多くの人が持参しているラジオから、実況中継のアナウンサーや解説者の声が聞こ え、観客達が耳を傾けている。 「梓ちゃんに投げさせて!」  突然、絵利香が立ち上がって叫んだ。  カメラの矢面に立たされている仲良しの友人に対して、居ても立ってもいられなく なったのだ。  するとまわりにいた観客が同調して叫びだす。 「そうだ! 投げさせろ」 「なんで女の子が参加しちゃいけないんだ」 「ルールなんかくそくらえだぞー」 「ノーヒットノーランはどうなるの」  次々と広がっていく場内コール。  身を乗り出して応援している絵利香に、 「ありがとう、絵利香ちゃん」  声にならない感謝の言葉を送る梓であった。 『おおっと、場内から真条寺君に投げさせてというコールがかかりました』  観客総立ちになっている。 「やい! 城東学園。おまえらからも何か言ってやれ!」 「このまま、女の子にノーヒットノーランで負けるのがくやしいのか!」 「男なら正々堂々と最後まで戦え!」  中にはフェンスから身を乗り出すようにして、ダッグアウト内の城東学園に罵声を あげる観客もいた。 「沢渡君! 最後まで戦ってあげて」 「女の子に負けたままで悔しくないの?」  沢渡のファンかと思われる女子高生の声も上がる。 『これは、城東学園の応援席からも、試合続行のコールがかかりました。城東学園の 選手達、観客の場内コールに唖然として立ちすくしています』  場内割れんばかりの観客達の声援。 『これはすごい! 観客が総立ちでシュプレヒコールを一斉に上げています。これは 高校野球史上はじめてのことでしょう』 『これまでの真条寺君の真剣なプレーに感動した観客達が、次々と立ち上がって真条 寺君の続投を、試合再開を叫んでいます。かくいう私も、真条寺君のノーヒットノー ランの行方を最後まで見届けたい気持ちで一杯です。サッカーにしろ、柔道にしろ、 男女共に試合が設けられていると言うのに、高校硬式野球だけが男子だけという風習 を守っています。はたしてこれでいいのでしょうか、考えさせられる問題であります。 これを機会に女子選手による大会開催を、甲子園を目指せるような新しい組織作りを、 そして根本の大会規則を変えられないものでしょうか。私は思います。甲子園という 言葉は、野球に興味を持つすべての人々の関心事なのです』  解説者は独自の考えを持っているようだ。女子選手にたいする理解溢れる言葉の数 々であった。 『女子にはソフトボールがあるじゃないかという声もありますが、ソフトボールと野 球は似てはいますが、全く別のものと考えた方がいいものです』 『ソフトじゃなくても、全国高等学校女子硬式野球連盟というものが一応あって、第 一回全国大会が1997年から開催されています。しかしいかんせん参加校はたったの25 校です。とても話題に上がるような代物じゃないです』 『そうでしたか』  ダッグアウトにいる城東及び栄進両校の選手たちも鮮烈を覚えていた。  試合再開なるかは自分達にはどうすることもできない。  しかし決着はともかく最後まで戦いたいという気持ちは、すべての選手の胸の内に あった。 「女子ながらも、素晴らしい選手じゃないですか。チームのために身も心もボロボロ になっても、全身全霊を掛けてプレーする姿は、うちも少しは見習いたいものですね」  沢渡が感心するように言った。 「そうだな……。おまえがノーヒットに抑えられていることからしても、大した選手 だ。男子だったらプロのスカウトも放って置かないだろう」 「プロなら女子でもいいんじゃないですか?」 「うん?ああ、そうだな。プロの女子選手もいるにはいるが、活躍できていない」 「体力差はどうしようもないですからね」  改めて、梓の方を見つめる沢渡だった。 『場内、観客達の試合続行をコールする声はさらに高まっております。一向に消える 気配は衰えません。もしこのまま試合が中断されれば、暴動にさえ発展するかも知れ ません。あ、ちょっとお待ち下さい。ニュース速報が入ったようです……』  しばらくの静寂があった。速報を伝えるメモ書きを広げる乾いた音が聞こえる。 『お待たせしました。ニュース速報です。各ラジオ局やTV局には、真条寺君に続投 させてくださいという、視聴者達からの抗議電話が続々と寄せられており、大会運営 本部の電話も鳴りっ放しとのことです。この場内で観戦する人も、ラジオ・TVで観 戦する人も、思いはみな同じのようです』 『あ、運営本部から人が出てきましたね。審判達のもとへ歩いていきますよ。きっと 今のニュースの状況を伝達するようです』  運営本部の人間と審判達が話し合っている。 『あ、審判が放送室の方へ歩き出しました。結論が出たもようです。場内放送を聞い てみましょう』  場内が一斉に静まり返った。 『場内のみなさん。ご覧のように栄進高校の白鳥君に変わって登板した背番号11番、 真条寺君は女子生徒であることが判明しました。よって大会規定によりこの試合は没 収試合とさせていただきます。優勝高は城東学園高校に決定いたしました』  それを聞いた観衆達が再び騒ぎだした。 「なんだとー。俺達は金を払って入場しているんだぞ。最後まで試合を続けさせろ」  グランドに、空き缶などが投げ入れられる。 『みなさん、お静かにおねがいします。試合そのものは没収試合とさせていただきま すが、大会運営委員会と城東高校及び栄進高校のみなさんとも協議の結果、特例を認 めて参考試合という形で、このまま試合を続行することにいたします。ただし参考試 合ですので、記録には残りません。また、延長戦はなしで九回までの攻防とさせて頂 きます』 「よく言った!」  場内に大歓声が沸き起こる。 『お聞きになりましたでしょうか。試合続行です。参考試合にはなってしまいました が、引続き試合終了までこのまま真条寺君が投げます。観客や視聴者達の熱い声が審 判団をついに動かしたのです』 「えらいぞ! よくやった、それでこそ高校野球だ!」 『そうです。これは高校野球です。確かに甲子園に出場するということはナイン達の 夢です。しかしそれだけが、高校野球のすべてではありません。野球部のみなさんは、 この日のために血のにじむような練習を繰り返してきたのです。甲子園は、その努力 の報酬としてさらに戦う場を与えているのです。女子生徒がその中に入っていたとい うだけで、ナインのこれまでの努力をすべて無にしてもよいのでしょうか』  解説者が力説する声が、ラジオやTVを通して、場内の観客達に届いている。うな づいて耳を傾けている観客達。 『試合が再開されます』  投げ入れられた空き缶類を拾い集める場内整備員達。  一時ダッグアウトに避難していた栄進高校の面々がグラウンドに出てくる。

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2017年8月12日 (土)

思いはるかな甲子園/アクシデント

 思いはるかな甲子園

■ アクシデント ■ 『さあ、ワンアウト、一・三塁。絶好の先取点のチャンスです。さて栄進高校どうい う作戦にでるでしょうか』 『通常ならスクイズバントというところでしょうが、三塁ランナーはかなり疲れてい ます。これ以上、ピッチャーの真条寺君を疲れさせるわけにはいかないでしょう。や はりここはヒッティングが無難でしょうね』 『城東学園、一応スクイズにも警戒して、通常の守備に戻りました』 『疲れ切っている足の遅い真条寺君を。本塁でタッチアウトする体制ですね。たぶん 内野安打程度ではアウトになるでしょう』 『さて次の打順は、ショートの城之内君です。長打はありませんが、守備の甘いとこ ろを狙って確実にヒットしてきます』 『選球眼とバットコントロールがずば抜けているんです。甘い球は絶対見逃しません。 ただ、沢渡君や山中君ほど長打力はありませんからねえ。この場面ではつらいかも知 れません』  素振りをしながらバッターボックスに向かう城之内。梓の方をちらりと見て、 「梓ちゃんをホームに迎えたいが、内野安打や外野飛球程度ではアウトになるな…… 一発長打を狙うしかないか。たとえ梓ちゃんがアウトになっても木田が三塁に行けば 次の打者で何とかなるかもしれないし。よし、梓ちゃんからのサインはないし、自由 にやれということだから、思いっきり振りぬいてやる」  ゆっくりとバッターボックスに入る城之内。  堀米、梓の方をちらりと見てから投球モーションに入る。 『ピッチャー投げました!』 「絶対に梓ちゃんを返すんだ!」  全力で振りぬく城之内。  カキーン!  見事バットの真芯でボールを捕らえて、ボールは低空を一直線にフェンスへ直撃す る。 『打ったあ! ライナーでフェンス直撃です。これでは、守備でも抜群の沢渡君とて、 補球は不可能です』 『さすがですね、城之内君の打撃センスは抜群です、今のような長打力が身に付けば、 沢渡君にも匹敵するスラッガーになれるでしょう』 『真条寺君、楽々ホームインです。おおっと! 一塁の木田君、二塁を蹴って三塁に 走ります。これは無謀だ! 沢渡君から返球されて……アウト! アウトです』  三塁ベース上、砂塵を巻き上げながら頭から突入し、憤死した木田が倒れている。  やがてゆっくりと立ち上がって、ユニフォームについた泥を叩き落としながら 「うーん。やっぱり無茶だったか……」  とつぶやいてベンチに戻る。  梓が出迎える。 「惜しかったですね」  にっこり微笑んで健闘を湛えている。 「すまん。梓ちゃん」 「いいんですよ。それより、ナイスバントでした。あれが成功したから点が取れたん ですから」 「ありがとう」 「あ、キャプテンが打ちますよ」  バッターボックスに入る山中主将に手を振る梓。  前の三人に続けとばかりに意気込む山中であったが、惜しくもサードゴロに倒れて しまう。 「さあ、梓ちゃん。最終回だ、頑張ろう!」 「打たせていいからね。ばっちり守ってみせるから」  次々に梓の肩を叩いてグランドに駆け出す部員達。  後を追ってゆっくりとマウンドに向かう梓。 『さあ、最終回です。栄進高校、八回の貴重な1点を守りきる事ができますか。最後 の守りに就きます』 『真条寺君、グランド一周してかなり疲れていますからねえ。延長戦になっては持ち ません。この回をどう切り抜くか、見物です』 『それにしても、強打揃いの城東打線を相手に、七回以降フォアボールと内野のエラ ーで一塁に出した意外は、これまで誰一人二塁を踏ませていません。実に素晴らしい 投手です。このままいけば、ノーヒットノーランが成立するかも知れません』 『まるで去年のエース投手長居浩二君を思わせますね。これまでの試合運びをみてい ますと、長居選手とよく似た感じが伝わってきます。もしかしたら、甲子園を目前と して逝った長居選手の思いが、彼に乗り移っているのかも知れませんね。八回裏の攻 撃で見せた彼の執念は、鬼神迫るものがありましたからね。尋常な精神力ではとうて い成し得ないでしょう』 『さあ、城東は二番からの打順となります。佐々木君がバッターボックスに入りまし た。先頭打者として出塁し、逆転の足掛かりとなれるでしょうか』  梓、ゆっくりと投球モーションに入る。 『さあ、第一球目、投げました』  梓の手元から放たれたボールが打者の胸元に食い込むように進入する。 「ノーヒットノーランになんかされてたまるか!」  意地を見せた佐々木の打ったボールが梓を襲った。 『ピッチャー直撃だあ! あ、マウンドの端で、イレギュラーバウンドした。ボール は真条寺君の帽子のつばにあたって、弾き飛ばした。ボールはセカンドがカバーして ファーストへ。アウトです』  梓の髪が、帽子が飛ばされたはずみで、留めていたヘアピンが外れて、ふわりと垂 れ下がった。 『おおっと、これは! 真条寺君、帽子が飛ばされ、髪がほどけてしまいました。ず いぶん長いですねえ、腰のあたりまでありそうです』 『いや、あれは女の子ですよ』 『え? そういえば、小柄な身体つきといい、まさかとは思いますが、よくよく見れ ば確かに女子生徒のようです』 『試合が中断されます。ただ今、審判達が真条寺君の所に集まっております。どうや ら真偽のほどを確かめているようです』 『栄進高校の部員達もマウンドに集まり、主将の山中君が事情説明しているようです』 『城東高校の監督が呼ばれます』 『真条寺君が女子生徒ならば、これは没収試合ですね。ノーヒットノーランを目前に して非常に残念です。電光掲示板に八回表まで続いている”0”という数字ももはや 記録として残らなくなります』 『高校野球連盟の規定では女子生徒は出場することが出来ないことになっております。 ここまでの好投もすべて水の泡となってしまうのでしょうか。私個人の希望としては このまま投げさせてやりたいという気持ちで一杯です。しかしルールは厳粛です。野 球がルールにのっとって行われる以上、ルールを無視することは出来ません』 『それにしても栄進高校、去年の夏の試合といいこの大会といい決勝戦まできながら またもやエース投手不在のまま敗退していくのでしょうか』

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2017年8月11日 (金)

思いはるかな甲子園/執念

 思いはるかな甲子園

■ 執念 ■  さらに回は進んで八回の裏。  栄進の攻撃は九番の梓から。梓が出塁すれば、一番からの好打順が回ってくるとい う場面であった。得点は0対0。 「ここが最後のチャンスね。何としても塁に出なくちゃ」  バットを重そうに持ちながら打席に入る梓。 「ふん。女の子相手に変化球なんかいらねえや。ストレートのど真ん中で勝負してや るよ」  梓の様子を見て悟った投手の堀米は、捕手とのサインも交わさずに簡単にストライ クを放りこんできた。 「ちきしょう。女の子だと思って、ど真ん中に投げてきやがる」 『ツーストライク。ツーストライクです。真条寺君、後がありません。ピッチャー、 振りかぶりました。三球目』  梓は、それをカットしてファールで逃げた。 「しゃらくせえこと、しやがるな」 『ピッチャー、四球目を投げます。あっと! ファールです。真条寺君、ファールで 粘ります』 『しかしピッチャーの堀米君。もう少し間合いをとってじっくり投げたほうがいいで すよ。こうもぽんぽんと投げ込んでいては、なかなか討ち取れませんよ』 『おおっと、またもや、ファールです。真条寺君も、疲れきった身体に鞭打って頑張 っています』  次第に焦りだす堀米投手。相手は投手、しかも女の子を討ち取れない。 『堀米投手、一旦プレートを外して、ロジンバッグを手に取りました』  梓も合わせるように、タイムを掛けてバッターボックスを出る。 『タイムです。双方、一呼吸するように、それぞれ間合いを取っています。真条寺選 手、滑り止めスプレーをバットに吹きかけています』 『緊張して手に汗が出ますから、まあ自然でしょう』  その時、栄進高校側の応援席にちょっとしたざわめきが起こった。  長居浩二の母親が、遺影を抱えて入場してきたのだ。  それと知った応援団の一人が、観客に促し道を開けさせて、グラウンドが見渡せる 最前列に案内する。  目ざとくそれを見つけたアナウンサー。 『栄進高校応援席をご覧ください』  マウンドを映していたTV中継のカメラが、観客席を映すカメラに切り替えられる。 『去年の決勝戦を直前にして亡くなられた、長居浩二君のお母さんのようです』  カメラは遺影をクローズアップする。  アナウンサーの手元のモニターに映し出された遺影。  マウンド上で、今まさにボールが指から離れた瞬間を正面から捉えた、ユニフォー ム姿の写真であった。 『長居浩二君です。母親に抱えられて、母校の試合を観戦に、そして応援にきました』  応援席のざわめきによって、ダッグアウトの野球部員達も気付くこととなった。  もちろん梓も。 「母さん……来てくれたんだ」  目頭が熱くなり、涙がこぼれそうになる梓。  しかし今は泣いている場合ではない。  汗を拭うように、ユニフォームの袖で拭き取る。  そしてバッターボックスに戻る。 「プレイ!」  主審の声で試合再開。 『ファール!ファールです。真条寺君、相変わらずファールで粘って、絶好球が来る のをひたすら待つ戦法です』 『これは辛いですね。投手も打者も双方共に精神疲れます』 「ちきしょう。これでどうだあ!」  大きく振りかぶる堀米投手。 「コースと球種さえ判れば、このあたしにだって当てられるんだ。しかし、腕力のな いあたしが打ち返すには、フルスウィングで真芯を捕らえるしかない」  ピッチャーが振りかぶると同時に、打撃態勢に入る梓。  バットに全精力を注いで、渾身の力を込めてフルスウィングする梓。  カキーン!  そしてバットは見事真芯を捕らえて、ボールはレフト方向へ。 『打った! 打ちました。前進守備の外野の間を抜けて、ボールはフェンス際を点々 と転がっています。長打コースです。ランナーは一塁を蹴って二塁へ向かいます。が しかし足が遅い。レフトからの返球が早いか? いや、間に合いました。セーフです。 二塁打。二塁打です』 『彼は、ファールで粘りながらも、タイミングを計っていたんでしょうねえ』  グラブを地面に叩きつけて悔しがるピッチャー。 「ちくしょう! この俺が、女になんかに打たれるなんて……」  それを見た捕手の金井主将が、タイムをかけて駆け寄る。 「どうした? 堀米、おまえが打たれるなんて」 「なんでもねえよ」 「ならいいが……とにかく」  といいながら梓を見る金井。全速力で走ったので肩で息をしている。 「あれじゃあ、彼女はとうてい走れないだろう。バッター勝負で行こう」 「わかってるさ」  グラブを拾う堀米。 『さあ、打順は一番に戻って打撃好調の木田君の登場です。二塁打と単打二つを打っ ています』 『やはりここは、真条寺君を楽に返してあげる為に、ホームラン狙いで振り回してく るでしょうねえ』  二塁に達した梓に視線を送りながら、一番の木田。 「絶対に梓ちゃんをホームに迎え入れてやる。しかし梓ちゃんは足が遅い、しかも疲 れ切っているんだ。バントなんて姑息な手段は取れねえ、長打を狙うしかない……」  振りかぶって投球モーションに入る堀米。 「ちきしょう! 梓ちゃんが走れないことをいいことに、振り被りやがって」  ストライク!  梓、二塁上で息を整えながらも、敵の守備陣形を確認している。 「城東は、あたしが走れないと思ってる。となると警戒するのは、長打ということで、 かなり深い守備陣形をとっているわ。ワンアウトだから補球を確認しなきゃ進塁でき ないし、ヒットになっても、フライでタッチアップしても、あたしの足じゃ三塁でア ウトだ。やるっきゃないか……」  大きく深呼吸してから、バッターボックスの木田に合図を送る。 (なに! おい、嘘だろ?)  サインを見た木田が煩悶して再確認する。が、サインは変わらなかった。 (わかったよ。梓ちゃんが、そこまでやるというならな) 『ピッチャー、第二球投げました』  木田、ピッチャーの投球と同時にバントに構えた。  梓は、三塁へ突進する。 『あ! 木田君、いきなりバント! 真条寺君、走った。バンドエンドランだ』  打球は三塁線を転がっていく。 『これは、完全に球威を殺して、絶妙なバントになりました。サード、ボールを取り ましたがどちらにも投げられません。内野安打です。真条寺君、楽々三塁に達しまし た。木田君も一塁に生きました』 『バッターが打撃好調の木田君ということで、一打逆転を警戒して、深い守備陣をと っていた城東の野手達。その裏をかいてのバント攻撃でしたね。確か、木田君のバン トははじめてのことでしょう』 「へん。梓ちゃんに言われて、バントも練習していたんだよ」  鼻を鳴らしながら自慢気に呟く木田。  そして、センターから梓の後ろ姿を見つめながら感心する沢渡。 「さすが梓さんだ。守備の弱点を的確についてくる。しかも自分が一番疲れているは ずなのに、常に全精力を出している。見習うべきだな」

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2017年8月10日 (木)

思いはるかな甲子園/梓、登板

 思いはるかな甲子園

■ 梓、登板 ■  場内アナウンスが栄進高校の先発メンバーを打順に読み上げていた。 『栄進高等学校の先発メンバーをお知らせします。  一番、ファースト、木田考司君  二番、ショート、城之内啓二君  三番、キャッチャー、山中太志君  四番、センター、郷田健司君  五番、セカンド、武藤剛君  六番、ライト、安西次郎君  七番、レフト、熊谷健司君  八番、サード、田中宏君  九番、ピッチャー、白鳥順平君に代わりまして、真条寺梓君です。  以上です』  栄進高校の部員達が試合前の守備練習にグランドに駆け出す。  梓もピッチャーズマウンドに登って投球練習をはじめた。 『おっと、白鳥君に変わって登場しました真条寺君です。背番号11番、なんと一年 生です。手元の資料では、中学時代の記録は白紙になっております。どんな選手なの でしょうか』 『ずいぶんと小柄ですが、大丈夫でしょうか』 『投球練習を始めました』 『うーん。アンダースローですね。球威はそれほどなさそうですが、果して超高校級 スラッガー沢渡君率いる城東高校に対して、どこまで投げ切るか注目いたしましょう』  城東学園のダッグアウト。 「監督! あの真条寺ってのは、女子生徒ですよ」  梓に気づいた部員の一人が叫んだ。 「なに、本当か」 「抗議しましょう」 「そうだな」 「待ってください!」  動きだそうとした部員達を、沢渡が制止した。 「このまま黙って投げさせましょうよ」 「何を言うんだ」 「あの梓さんに打ち勝てるようでなきゃ、甲子園に出られても一回戦敗退するのが、 関の山ですよ。去年のレギュラー部員で残っているのは、僕と捕手の金井主将だけで す。いくら前年度優勝といったって、ほとんど実績はないに等しいですからね。選抜 だって一回戦で敗退したじゃないですか」 「そうかも知れないが……」 「それに仮に負けてもですよ、女子生徒であることを隠し通せないでしょう。身近で 見れば可愛い女の子だとすぐ判ります。ルール違反で没収試合となります。どっちに 転んでも僕達の甲子園出場は決まっているんですから」 「そりゃあ、そうだが」 「彼女との練習試合での雪辱をはらさなくては心残りになるというものです。栄進の 連中も、そのことを念頭に、彼女を送り込んできたんです。打ち崩せるなら打ち崩し てみろとね。これは奴等の、我々に対する挑戦状なんです。逃げるつもりですか?」  鬼気迫る勢いで沢渡が監督に進言する。 「わかったよ。おまえの好きなようにしろ」 「ありがとうございます」  監督に礼をのべて、梓の方に向き直る沢渡。 「さて、さいは投げられたよ、梓さん。君の戦いぶりをじっくり拝見させてもらおう」  グランドに二列に並ぶ両校。  一様に梓に視線を送る城東の部員達。 「城東学園高校の先攻ではじます」 「お願いします」  試合前の挨拶を交わしてグランドに散る栄進高校の部員達。 『ウォーミングアップが終って、いよいよ真条寺君第一投を投げます。試合開始です』  一番の金井主将が打席に向かう。 「おい。じっくり見て行けよ。前回のように短打で転がせ。ぶんまわしても外野飛球 だからな」  沢渡が助言を述べる。 「わかった」 『さあ一番の金井君がバッターボックスに入りました』  プレーボールの声が掛かる。 『真条寺君、ゆっくりとプレートを踏んで下手から……投げました!』 『金井君、見送ってワンストライク』 『球筋を見たようですね』 『さあ、二球目投げました。打ちました!セカンドゴロです。セカンドの武藤君難な くこれを捕って一塁へ、アウトです』  あっけなくセカンドゴロに終わる金井主将。  ベンチに頭を掻きながら戻る。 「キャプテン、何してるんですか」 「いやあ、悪い悪い。あまりの絶好球だったもんで、つい手が出ちまった」 「それが彼女の狙いなんですよ」 「わかった、次からはちゃんとやるよ」 『真条寺君。一回の表を難無く三人で終わらせましたが、その裏栄進の攻撃も三人で 終わってしまいました』  攻守を交代して移動する部員達。  梓が再び登場してマウンドに向かう。 『さて、四番打者の沢渡君の登場です。真条寺君、どんな投球を見せるでしょうか』  ゆっくりと振り被り、一球目を投げる梓。そして二球目。 『ツーストライクです。沢渡君、一球・二球と様子を見ましたか。打つそぶりも見せ ませんでした』 「なるほど、相変わらず絶妙のコントロールだ。打ち気をそそるコースをボールが通 るが、打点の直前で微妙に変化する。これでは内野ゴロが関の山だ」  ボールのコースをじっくりと観察していた沢渡が感心する。  梓が三球目の投球モーションに入る。 「しかし、この僕には通用しない」  沢渡、渾身の一撃で外野へボールを運ぶ。 「センター、右バック!」  センターに向かって指示する梓。  指定された地点の真下に走りこみ、打球が落ちてくるのを構えるセンター。  一・二塁間の線上で、打球が補球されるのを確認して立ち止まる沢渡。そして梓に 視線を送りながら引き返していく。  ベンチに戻ると、部員達の激励が待っていた。 「しかし惜しいですね……今のは完全に抜けていたと思いますが」 「まぐれですね」 「いや、違う。俺が打った瞬間に、彼女は球の行方も見ないでセンターに向かって守 備方向を指示していやがった」 「まさか」 「事実だ。彼女は打った瞬間の球音だけで、球がどの方向にかつどのくらい飛ぶかが 判るんだ。それを即座に外野に指示しているんだ。外野手にしても球の行方なんて見 ちゃいない、彼女が指示する位置にすばやく移動して、球が落ちてくるのを待ってい ればいいのだ」 「そ、それじゃ……」 「ああ、彼女がいる限り、外野飛球はすべて補球されてしまう。かといってあの絶妙 のコントロールと球速ではホームランするのも困難だ」 「球速が速ければ速いほど、ジャストミートすれば遠くへ飛びますからね。あれでは 腕力で強引に持っていくしかありませんから、外野飛球にはなってもなかなかホーム ランになりませんよ」 「どうしますか」 「球速はないんだ、じっくり見ていくんだ。ジャストミートを心がけて、ライナーで 転がせ。決して長打を狙って大振りするな」 「わかりました」 「しかし、外野に簡単に飛ばされる球威しかないのを、守備力で完全にカバーしてや がるとは……こんなにも天性の感覚を見に付けているやつは、今までにたった一人し かいないと思っていたが……」 「え? 他にもいたんですか」 「去年の夏の選手権大会県予選準決勝戦で三度ものノーヒットノーランを達成し、決 勝では我々と戦うはずだった、エースピッチャーの長居浩二だ」 「あ……」 「俺達は決勝戦を目前にして死んだ長居浩二の亡霊と戦っているのかも知れないぞ」 「よ、よしてくださいよ」  回は進んで六回表の三人目の打者をピッチャーゴロに討ち取る梓。 『おおっと、真条寺君よろけました。が、何とか体勢を立て直してファーストへ。ア ウト、アウトです。辛うじて間に合いました。スリーアウト、チェンジです』 『一年生ですからね、体力不足は否めないでしょう。一球も手を抜けない城東打線に 対し、精根疲れて果てていると思います。しかもこの暑さに、さすがに体力が持たな いでしょう。彼の体力がどこまで続くかが、勝負の分かれ道でしょうね』 『真条寺君、何とか六回の表を守り切りましたが、残る三回が心配になってまいりま した。しかし、これまで一人のランナーも出していないのは見事です』
今回もおまけの画像をどうぞ。 PC-9801VX21にマグペイントで描画。 16色MAG画像を256色GIF変換。 梓と絵利香のイメージ画像ですが、この二人は私の小説に頻繁に登場します。 ちなみに発売当初、PC-9801VX21, 433,000円で、今からは想像も出来ないお値段。 現在、オークションでは5000円台で出品されているようです。 かつて、NIFTY Serve というテキストベースのパソコン通信があって、会議室と よべれる場所があり、会員同士でわいわいがやがやと会話していた。 また付属として画像データ保管所があり、腕に覚えのある絵描き達が奮ってアッ プロードして見せあい批評しあっていた。 MAG画像形式は、盛んに使用されていたフォーマットでした。

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2017年8月 9日 (水)

思いはるかな甲子園/決勝戦

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■ 決勝戦 ■  夏の全国高等学校野球選手権大会の県予選がはじまった。  栄進高校は、一年生ピッチャーの白鳥順平を、守備でカバーしあって、記録係り兼 コーチとしてダッグアウトに入っている、司令塔の梓の作戦に従って勝ち進んでいた。  そしてとうとう決勝戦に駒を進めたのである。その対戦相手校は城東学園となった。  二年連続の決勝進出ということで、学校やOB会、地元商店街後援会が大々的な応 援団を組織して、決勝大会野球場へ乗り込んできていた。  県の決勝大会にはTV中継が入っており、各所にTVカメラがグランドや両校のベ ンチの様子を捉えている。アナウンス室にはアナウンサーと解説者が陣取って、実況 中継をしていた。 『さて、全国高等学校野球選手権県大会も大詰め、とうとう決勝戦に駒を進めました。 対するはくしくも去年と同じカードとなりました、城東学園高校と栄進高校です』 『プロのスカウトも注目の、超高校級スラッガー沢渡健児君のいる城東学園に、一年 生ピッチャーを盛りたてて勝ちあがってきた栄進高校が、どんな戦いを挑んでくるか が見物ですね』 『両校の応援席には溢れんばかりの人々が陣取り、甲子園に期待を膨らませています』  栄進高校のダッグアウト。山中主将が、うろうろして落ち着かない様子。 「遅い!」  イライラしている山中主将。 「順平の奴、どうしたんだ。もうじき試合が始まっちまうぞ」  学校から球場へバスで来ていた部員達。  そのバスの発車時刻になっても木下順平が来なかったのである。  電話連絡しても繋がらず、自宅では出た後だという。  仕方なく順平には、タクシーで来るようにと連絡要員に言付けて、見切り発車した。  いつまで経っても来ないまま、ついに試合開始直前となったのである。  その時、部員の一人が息せき切って入ってくる。 「大変です。順平のやつが!」 『ちょっと、お待ち下さい。あ、大変です。栄進高校のピッチャー白鳥君、球場に来 る途中で負傷したとの知らせが入ってまいりました。自転車で学校へ向かっていた所、 子供が路地から飛び出し、それを避けようとした際に転倒して、腕にひびが入ったそ うです』 『これは先の夏の長居浩二君の時の再来になってしまいましたね。実に不運としか言 い用がありませんねえ。白鳥君、軽傷で済めばいいのですが』 『さてエース白鳥君不在の栄進高校、誰をマウンドに送るのでしょうか』 『えーと。部員数が不足していて、ベンチ入り十二名でこの試合に臨んでいる栄進高 校です。控えの投手はいないようですが……』  病院で治療を終えた順平がダッグアウトに入ってきた。  肩から下げた三角布に、ぐるりと包帯を巻いた右腕が痛々しい。 「すみません、キャプテン。みなさん」  うなだれて言葉も弱々しい。 「事故はどうしようもないさ。まあ、ベンチで応援していてくれ」  事故の報告を受けていた山中主将が、順平の肩を叩きながら諭すように言う。 「それにしても……」  ダッグアウトから応援席に視線を移す山中主将。  栄進高校の甲子園出場を夢見て集まった大勢の人々。  このまま試合放棄となれば、黙っていないだろう。去年の試合後にだって、散々陰 口を叩かれたのだ。  なにより順平のことが心配だ。二度と立ち直れないほどの精神的ショックを被るこ とになる。来年、再来年のエースピッチャーとなる素質を失うわけにはいかなかった。 「梓ちゃん。君が投げてくれ」 「え? ボクが」 「一応、梓ちゃんを選手として登録してあるんだ。部員が少ないからね。髪をまとめ て帽子を深く被れば女の子とばれないかも知れない」 「しかし、ルール違反ですよ」 「そんなことは、わかっているよ」 「じゃあ……」 「栄進高校がここまでやってこられたのは梓ちゃんのおかげだ。これには誰も異議を となえるものはいないだろう。 「そうですよ。他の部員が投げてもコールド負けが目にみえていますよ。相手は城東 ですからね」  山中主将に答えるように武藤が賛同する。 「梓ちゃん。投げなよ、どんなになってもみんな恨みはしないよ」 「そうそう。女の子とばれちゃったりして没収試合になってもね」  みんなが異口同音に誘う。 「梓さん。僕からもお願いします。このままでは、去年死んだ長居先輩も浮かばれな いと思うんです」  最後に口を開いた順平。 「長居……」  その言葉が梓の心を動かした。 「わかった。みんながそこまでいうなら、ボク投げるよ」 「よっしゃー! 武藤、先発メンバーの変更を届けてこい」 「あいよ」  髪を掻き上げてまとめヘアピンで固定する。そして帽子を深く被って、はみ出した 髪の毛をその中に押し込む。 「うん。まあまあ、いけるんじゃないか」  準備が整った梓の姿を山中主将が誉める。 「しかし、城東の連中がどう出ますかね。梓ちゃんとは一度対戦してますから、すぐ にわかっちゃいますよ」 「そこは、彼らの野球道精神にかけるさ。梓ちゃんには破れているから、雪辱戦を挑 んでくることを期待しよう」 「野球道精神ねえ……」

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2017年8月 8日 (火)

思いはるかな甲子園/プールへ

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■ プールへ ■  とある遊園地のプールサイド。  その場内に開いているレストランのテーブル席でジュースを飲んでいる梓と絵利香。  この間、二人でショッピングした水着をそれぞれ着ている。  それを早く着てみたい為に、絵利香がプールに誘ったのである。 「梓ちゃん、それ似合ってるよ」 「ありがとう。絵利香ちゃんもね」 「うふふ……」 「ねえ、君達。二人きり?」  可愛い女の子がいれば、声をかけてくる軟派野郎はどこにでもいる。 「可愛いね、君達」  二人が困っていると、 「やあ、待たせたね」  そこには筋骨隆々とした武藤が立っていたのである。 「武藤先輩……」 「ちぇっ。男がいたのか」  といって退散する軟派野郎。  がっちりした体格の武藤に、食ってかかろうという男はいない。 「よかったね。たまたま俺達が居合わせてさ」  郷田が微笑んでいる。 「まったく。女の子のいるところ軟派ありですね。どうしようもない連中だ」  木田が、立ち去っていく軟派野郎の後ろ姿に軽蔑の表情で言った。そしてその視線 は郷田に移る。 「そういやあ、ここにも一人いたっけ」 「え? いや、僕は軟派ですけど、一応礼儀はわきまえているつもりです」 「そうかあ……」  他の部員の疑心暗鬼な表情。 「信じて下さいよお……梓ちゃんは、信じてくれますよね」  にっこり微笑んだだけで、答えない梓。  そして話題を変えるように、 「しかし、偶然ですね。同じプールに先輩方がいらっしゃるなんて」 「あれ? 俺達、絵利香ちゃんに誘われたんだよ。今日、プールに行くから、良かっ たら来てくださいってね」  驚いて絵利香を見る。 「絵利香ちゃん。なんで黙ってたの」 「ごめんなさい。つい、言いそびれちゃった。だって、さっきみたいなことだってあ るじゃない。殿方がいたほうが、安心だから」 「ところで、座っていいかい?」  立ったままで話している武藤が、紳士的に許しを請う。 「ああ、すみません。気がつきませんでした。どうぞ、構いませんよ」 「それじゃ、お邪魔して」  と腰掛ける武藤。他の部員達も椅子を持ちよって同じテーブルを囲んだ。 「ところで、キャプテンは来てないのですか?」 「はは、相も変らず出前持ちだよ」  寿司用の出前機を後ろにくっつけたバイクで、街中を走りまわっているその姿を想 像する梓。 「可哀想ですね」 「親孝行で有名なキャプテンだからね。ま、仕方がないよ」 「でも品行方正で、成績も学年で十番を下らないから、某有名私立大学への推薦入学 は間違いないそうですよ」 「へえ……キャプテンって、成績優秀なんだ」 「信じられないだろ。あの無骨で融通の利かない男がねって」 「うふふ」  まったくその通りと思ったが、口に出して言ったら失礼だろうと思い、含み笑いで ごまかす梓。 「ところで、二人とも可愛い水着ですね。とっても似合っていますよ」  軟派な郷田だけに、女の子の着ているものを誉める事は忘れない。こういうことに かけてはベテランの郷田、他の連中が口籠って言い出せない時でも、さらりと言って のける。 「ありがとう」 「ところで、泳がないんですか?」  聞かれて冷や汗の梓。  ぷるぷると首を横に振っている。 「まさか、泳げないとか?」  今度は縦に首を振る。 「あはは、梓ちゃんらしいや」  可愛い女の子が泳げないというのはよくある話しである。  じゃあなぜプールなんかに、とは聞くなかれ。微妙な女の子心理というものがある のである。もっともこれは、絵利香が誘い出したことなのであるが。 「俺達が教えてあげるよ。せっかくプールに来たんだから」 「絵利香ちゃんも泳げないの?」 「はい。それが、先輩方をお誘いしたもう一つの理由なんです」 「あはは、いいですよ。お安いご用です」  というわけで、彼らに泳ぎ方の手ほどきを受ける二人だった。  郷田は梓達の手荷物預かり係りを押し付けられていた。軟派野郎に、可愛い二人を 任せられないという、部員全員の賛同であった。日頃の行いのつけを払わされている というところだ。  浮き輪の手助けを借りて、武藤におててつないでもらって一所懸命バタ足の練習か らであった。 「そうそう、その調子ですよ」  と声を掛けながら付き合ってくれている。恐れさせないように決してプールの中央 へは行かずに、ヘリにそってゆっくりと動いてくれている。 (恥ずかしいよ……)  梓の心の内の内を察してかどうか、手を引く武藤はやさしく微笑みながら言う。 「案ずるよりは、産むが安しですよ」  その諺を使う場面が違うかも知れないが、本人が意識してるほど、周りの者は意外 と見てなくて無関心なものである。  と、本人は言いたかったのであろう。  絵利香の方はどうかと見てみると、きゃっきゃっと楽しそうに教えてもらっている。 彼らを呼んだ本人だから、こういうことには慣れているのであろう。  ひとしきり泳いだ後で、再びレストランのテーブルに戻る一同。 「あは、ちっとも巧く泳げないわ」  ころころと表情を変えながら楽しそうに、武藤達と談笑する絵利香。  そんな様子を眺めながらため息をつく梓。 (しかし、絵利香と一緒にいると、女の子っぽいことばかりに付き合わされるんだよ ね)  女の子同士仲良く一緒にと、誘ってくれているのだが。  スコート姿でアンダーがちらりの女子テニス部への誘い。ファミレスのウェイトレ ス。ウィンドーショッピング、その他諸々。今日は人目に水着姿をさらけ出すプール という具合である。  もっともこれは梓が意識し過ぎているだけで、絵利香のような普通の女の子ならご く自然な行動である。  梓の女の子指数は限りなく百パーセントに近づきつつあるが、今なお浩二の心が根 強く居座っている。それが女の子として行動する際に、拒絶反応を起こす元凶となっ ているのである。 「思いを遂げるまでは、女の子に成りきることはできないよ」  そうなのだ。甲子園出場を果たすまでは、男の子の心を完全に捨て去る事はできな かった。  もちろん女の子の梓自身が、甲子園を目指す事はできないから、栄進高校野球部の 面々に頑張ってもらって、夢を適えてもらうことである。  だから一所懸命に野球部の練習に付き合っているである。 「甲子園か……」 「梓ちゃん、ウォータースライダーやろよ」  と手を引いて誘う絵利香。 「わかったわよ」  野球に興味を持っていない絵利香には、とうてい梓の気持ちは理解できないであろ う。
本文とは関係ないですが、夏らしい画像をどうぞ。 16色MAG画像を256色GIFに変換しました。 今は懐かしきNECの初期16ビットマシン(80286)、PC-9801VXで「マグペイント」という ソフトで作画。4096色中の16色しか表現できず、ドット絵でいかにグラデーション 出すかが大変で、当時のグラフィックデザイナーは相当苦労していたようです。    当時のPC-9801でフルカラー(1670万色)を描画するには、「フレームバッファ」という 約14万円もする目が飛び出るようなグラフィックカードを使用する必要があった。 さらに8ビット時代なんてもっと大変。それでも画数やメモリ不足もなんのその、パ ソコンゲーム全盛期を闊歩した日本メーカーなのでした。 8ビットのイースやハイドライドをもう一度やりたいぜ。 PC-8801版の「イースII」のオープニングアニメーションにはぶったまげた。 有名なリリアの振り向きシーン、荘厳なるFM音源は、これが8ビットかと疑ったも のだ。 ちなみに「イースIIエターナル」では、新海誠がオープニングを手掛けている。

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2017年8月 7日 (月)

思いはるかな甲子園/ショッピング

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■ ショッピング ■  駅ビルを拠点として、北へ向かって直線的に続く、この街最大のショッピングモー ル。  数ある中でも、ファッション関連の商店が多い。  絶えることのない人の波の中に、梓と絵利香がいる。  ランジェリーショップやらファンシーショップを次々と回っている。  いわゆるウィンドウショッピングは見ているだけでも楽しいものだ。  水着売り場にやってきた二人。  時は夏。  新しい水着が欲しくなる季節である。  絵利香に誘われて買い物に付き合っているのであった。  とっかえひっかえしながら水着を物色している絵利香。  お目当ては可愛いワンピースの水着のようで、ビキニには見向きもしない。 「あ、これ。可愛い」  水着を手に取り、近くの姿見にかざしてみる絵利香。 「ねえ。これ、どう思う? 似合ってる?」  梓にも意見を請う絵利香。 「うーん。似合ってると思うよ」  とは言ったものの、似合うに合わないは主観的なものである。誰の目にも派手な柄 とか、布地が極端に少ないというのでなければ、本人さえ納得していれば、それは可 愛いと言ってもいいだろう。 「うん。じゃあ、これにするね」 「梓ちゃんは、決まったの?」 「ボクはいいよ」  梓は、絵利香が水着を買うというのに付き合っているだけで、買うつもりはなかっ たのである。 「何言ってるのよ。成長期なんだから、去年の水着なんか着れないわよ」 「あはん……そうか、泳げないからでしょね」  実は、梓はまともに泳げなかった。体育の水泳の授業で、その事実を知って茫然自 失となったものだった。小・中学時代は、お嬢さま学校だったせいか、水泳の授業が なかったからである。スポーツマンとして万能を誇っていた浩二にしてみれば甚だ納 得しがたいことであった。 「気にしないでいいわよ。わたしだって泳げないんだから」  クラスで泳げないのは、この二人を合わせて五名だった。  天は二物を与えずとはよく言ったもので、全員可愛さを売り物としているような女 の子ばかりである。 「泳げないからと言って尻込みしてたら、夏の水着シーンを演出できないわよ。男の 子達と海に遊びに行くことだってあるじゃない。水着になる機会はいくらでもあるわ よ。やさしい男性が『僕が泳ぎ方を教えてあげるよ』って、手ほどきしてくれるかも よ。そして恋がはじまる。どう?」 「あ、あのねえ……」 「というのは冗談だけどさ。持ってて損はないと思うよ。だから、ね。買いましょう よ」  絵利香は、どうしても梓に水着を買わせたいらしい。その新しい水着を持って、海 なりプールに一緒に行きたかったのである。 「わかったわよ。買います、買えばいいんでしょう」 「そうそう、女の子は素直が一番よ」 「何が、素直なんだか……」 「わたしが選んであげるね」  と言って 数ある水着の中から選びだして梓に薦める絵利香。 「はい。梓ちゃんには、これがよく似合ってるわよ」 「う、うん……」  結局。梓も水着を買わされることになってしまった。  梓達がアルバイトしているファミレス。  それぞれ紙袋を持った二人が、客としてテーブルについている。  どこかの喫茶店に入るくらいなら、自分達のお店の売り上げに協力しようというわ けである。もちろん繁忙時間帯は外してある。  やがてトレーに注文の品を持ってウェイトレスがやってくる。大川先輩である。 「お待ちどうさまです。クリームパフェは絵利香ちゃんね」 「はい」 「梓ちゃんには、チーズクリームケーキね」 「はい」 「では、ごゆっくりどうぞ」  といって一礼して、下がっていく大川。一応親しげな応対なるも、勤務中の私語は 謹むということで、マニュアル通りの扱いだ。他に客がいなければある程度の会話は 許されているが。 「これこれ、このパフェがおいしいのよね」 「相変わらず甘いものが好きなのね」 「うーん。太るとはわかっていながらも、やめられないのよね」 「女の子だね」 「お互いさまじゃない」  二人の前に、先程の大川先輩が、カスタードプリンを持ってきた。 「あの、これ。頼んでませんけど」 「これはわたしのおごりよ」 「え?」 「無断欠勤もなく一所懸命に働いてくれているから、お姉さんからのご褒美よ」 「ありがとうございます」 「遠慮なくいただきます」 「マネージャーがおっしゃってたけど、あなた達がいらしてから、男性の常連客が増 えたって。とても可愛い子が入ったから、助かったって喜んでらしたわよ」 「そ、そうですか? あは」  武藤ら率いる栄進高野球部のお邪魔虫軍団も、その常連客に入っている。 「それじゃね」  と軽くウィンクして待機場所へ戻る大川先輩。 「得したね」 「可愛い子ですってよ」  と梓を指差して微笑む絵利香。 「もう……その言葉使わないでって言ってるのに」 「梓ちゃんてば、可愛いと言われると、いつも拒絶反応起こすのよね。どうして?」 「どうしてって、言われても……。個人の能力の本性を見ていないというか、上辺だ けで評価されていると思うと、いたたまれないのよね。両親の血を引いて、可愛く生 まれただけのことを言われても」 「そうかな……。確かに梓ちゃんは可愛いけど、それだけじゃないでしょ。内面的な やさしい心が表面に溢れてきているって感じかな。ほら、可愛いけど性格が悪いって 子もいるし」 「おだてないでね」 「ほんとのことよ」 「この話しやめようよね」 「わかったわ……」  しつこく聞いていると機嫌を悪くする。適当なところで切り上げるのが、仲良しを 続けていくこつである。

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2017年8月 6日 (日)

思いはるかな甲子園/ソフトボール部の勧誘

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■ ソフトボール部の勧誘 ■  絵利香達と昼食をとっている梓。  教室に三年生らしき女子が入ってきてきょろきょろしている。  手近にいた一年生に何やら聞いている。  その一年生、梓の方を指さしている。  梓の顔を見つけると歩み寄ってくる。 「ちょっと、あなたが梓ちゃんね」 「え? そうですけど」 「あなた、野球部でピッチャーやっているそうね」 「まあ、そうですけど」 「ねえ、うちのソフトボール部に入部しない?」 「ソフトボール?」 「そうよ。山中君から聞いたんだけど、高校野球でも十分通用するんだって? だか らぜひともソフトボール部に入ってほしいのよ。もちろんレギュラーでピッチャーや ってもらうわ。どう?」 「ソフトボールねえ……やめとくよ」 「どうしてよ」 「だって、あんな子供の遊びなんかやる気ないもん」 「子供の遊びですって!」 「その通りだよ」 「言ったわねえ。だったら私達と勝負しなさい」 「勝負?」 「そうよ。勝負して私達が負けたらあきらめるわ」 「いいよ。勝負しても」 「ありがとう。じゃあ早速、放課後にグラウンドにきてね」  絵利香が質問した。 「ねえねえ、どうして勝負するなんていったの」 「だってそうでもしないと、いつまでもしつこく言いよってくるよ、きっと」 「だからって、もし負けたら……」 「負けないよ、ボク」  放課後。  ピッチャーズマウンドで、腕をぐるぐる廻して肩慣らしをしている梓。制服からジ ャージに着替えて勝負に挑んでいる。  近くのベンチに腰掛けて観戦している絵利香。 「さあ、いつでもいいわ。投げて」  バッターボックスに立って、催促する高木。 「いきますよ」 「いらっしゃい」 (野球のアンダースローしか投げた事ないはず。ソフトボール独特の投げ方はどうか しら?)  腕をぐるぐる廻し投げするソフトボール独特のアンダースローから放たれたボール は、あっという間に捕手のミットに収まった。 「は、はやい!」 「驚いてるわね。ソフトボール式の投げ方も練習していたんだよ」 「ス、ストライク!」  審判役の部員も目を丸くしている。 「まさか、こんな球が投げられるなんて……」  そして、二球目。  高木の打球はピッチャーゴロとなって梓のグラブへ、それを一塁に投げてアウト!  絵利香が微笑んで軽く拍手している。 「そ、それじゃあ、攻守を交代しましょう」 「わかりました」  マウンドを降り、絵利香にグラブを預けて打席にはいる梓。  代わってマウンドに上がる高木。地面をならしながら投球体勢に入る。 「わたしの球が打てるかしら、三年生でもたやすく打たせたことないのよ」  一球目ストライク。  にやりとほくそ笑む梓。一球目を見送ったのは球速とコースを読んだからである。  次ぎなる球を、こともなげに真芯で捉えて、軽々と外野へ飛ばした。あわやホーム ランというセンターを越えるヒットであった。  球速が速いといっても、硬式野球の速さに比べれば段違いである。マウンドとベー スの間の距離は短いし、大きな球が飛んでくるので、速いと錯覚してしまうだけであ る。  球が大きいのでジャストヒットポイントが狭いし、使用するバットも細いので、慣 れないとぼてぼてのゴロにしかならないが、じっくり見据えて、真芯を捉えてジャス トミートすれば必ず飛ぶ。  エースピッチャーが打たれたのを見て呆然としている部員達。  打球が飛んだ方向を見つめている高木。 「さすがだわ、豪語するだけのことはある。わたしの負けだわ」 「はい。お返しします」  とバットを捕手に預けて、 「じゃあ、帰りましょう」  と絵利香を誘い、すたすたと立ち去っていく梓。 「山中君いる?」  野球部の主将である山中のところにソフトボール部主将の高木愛子がやってきた。 「何だ、愛子か」  実は二人は幼馴染みであった。 「あんたのところの梓ちゃんのことだけどさあ」 「梓ちゃん?」 「そう」 「だめだ、貸さない」 「何も言ってないじゃない」 「言わなくてもわかるさ。県大会があるから、大会の間だけでもメンバーに入れたい から貸してくれ、っていうんだろ」 「さすが、山中くんね」 「18年もつき合ってりゃ、おまえの考えていることなど、お見通しさ。おまえ、梓 ちゃんと勝負して負けたそうじゃないか」 「わ、悪かったわね」 「とにかくだめだ」 「そう……お願いきいてくれたら、あたしのすべてを、あ・げ・る」 「うん。やめとくよ」 「そっかあ、他にはアイドル歌手〇〇〇のサイン入り色紙あげようかと、思ったのに なあ」  と、手にした色紙を見せびらかす高木。 「なに! 〇〇〇のサイン入り色紙」 「あんたの好きな歌手……だったわよね」 「し、しかし。これは梓ちゃんの意向にかかわることだし……」  色紙をちらちらとかざされて、つばを飲み込む山中主将だった。 「ええ? なんでボクがソフトボールの助っ人に入らなきゃならないのですか」 「だいたい。野球にしろソフトにしろ、チームプレーが大切なんですよ。ただうまい というだけで、ぽっと入った新人がすぐにチームに馴染むわけないです」 「しかしだね。あれだけの技量を持っているんだ……」 「キャプテン! ボクはソフトには全然興味がないんです。やめてください」  うだうだと言うので、ついには口調を荒げる梓。 「わ、わかった。ソフトボールの連中には、そう言っておくよ」  梓の断固たる態度を見せ付けられては、さすがに撤退するよりなかった。 「……というわけだよ。すまん」  高木愛子に報告する山中主将。 「まあ、仕方がないわね……。あの子の態度をみてると、断られるだろうとは思って いたわ。でも、まだ一年生だからいくらでも誘い出す機会はあると思うから」 「それで、例のものだけど……」 「ああ、サイン入り色紙ね」 「そ、そう……」 「いいわ。あげるわよ。一応、あの子に口利きしてくれたわけだし、わたし冷たい女 じゃないから」 「す、すまないね」

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2017年8月 5日 (土)

思いはるかな甲子園/その男、沢渡慎二

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■ その男、沢渡慎二 ■  J.シュトラウス2世「ワルツ/春の声」  BGMの流れるファミリーレストラン。  いつものようにフロアで客の応対をしている梓だったが……。 「ねえ。君、可愛いねえ。仕事が引けたらドライブ行かない?」  などと言いながら盛んにデートに誘おうとする軟派な客がいる。 「いやです!」  と、梓がきっぱり拒絶しても、 「いいじゃないかあ。ね、ね」  しつこく言い寄りながら、手を握って離さない。  客と店員ということで横柄な態度に出るのだ。何かいうと、俺は客だぞ! とばか りに居直ったりする。 「やめてください」  梓の声が悲鳴に近づいてくる。  その時だった。テーブル席でしばらく様子を見ていた少年が、すっくと立ち上がっ て、梓の所にきて、 「君、失礼じゃないか。手を離したまえ。ウェイトレスさん、嫌がっているじゃない か。何だったら、外へ出てやるか?」  といいながら袖をまくる。鍛えた身体に筋肉隆々と盛り上がった二の腕の太さは、 並み大抵の男子とは比べ物にならない。その首根っこを掴んで、片手で軽々と持ち上 げてしまうほどの腕力がありそうだ。 「……沢渡君!……」  何を隠そう。その少年は浩二のライバルだったあの沢渡慎二だったのだ。  沢渡の強い口調と姿勢に尻込みした客は、おずおずと退散した。 「君、大丈夫かい?」 「は、はい。ありがとうございます」 「あれ? 君、もしかして栄進の……真条寺梓さんじゃない?」 「はい。そうです」 「やっぱり。先日は野球のユニフォームを着ていたし、今日は可愛いユニフォーム着 ているから見間違えちゃったよ」  その時、マネージャーがやってきた。 「梓さん。何かありましたか?」  梓が絡まれているのを見て、絵利香が呼んだのであった。 「はい、実は……」  事の一部始終を話す梓。 「そうでしたか。しかし、慎二が人助けをするなんて、雨が振らなきゃいいけど」 「ひどい言い方だなあ。ウェイトレスさんを助けたのに、それはないだろ」 「慎二?」  相手の名前を呼び捨てにしたり、親しそうな表情で会話する二人に、首を傾げる梓。 「ああ、これ、俺の姉さんなんだ」 「こら! 姉を『これ』呼ばわりしないでよ。ところで梓さんは、弟をご存じなの?」 「はい」 「姉さん。応接室で話ししないか?」 「そ、そうね。そうしましょう」  お客のいるフロアで立ち話するわけにもいかないので、梓の担当を三園に任せて応 接室に移る三人。 「改めて紹介するわ。弟の慎二よ。私の方は、結婚して名前が変わっているけど」 「そうそう。どういうわけか血が繋がってる姉弟なんだよな」  持ち込んで来た食べ掛けの料理を口にしながら話す沢渡。 「慎二。食べるか話すかどっちかにしなさいよ」 「だって、料理が冷えたらまずくなる」  と相変わらず食べ続ける。 「ごめんなさいね。こんな弟で。食い意地が張っていて仕様がないのよ。世間では超 高校球のスラッガーとか評判の人間も、裏に回ればこんなものなのよね」 「こんなものとは、ひどい言い方だな。武士は食わねど高楊枝だ」 「馬鹿ねえ、言ってる意味が逆よ」 「え? そうなのか」 「ふふふ。弟はね、時々喧嘩騒動起こしたりする暴力的なところもありますけど、女 の子には絶対手を挙げないとてもやさしい子なんですよ」  二人のそんなやりとりを聞きながら、互いに相手をけなしてはいるが、実に仲の良 い姉弟だとわかった。 「姉さん。俺と内輪話しするために、ここへ来たんじゃないだろ?」 「あ、ああ。そうだったわね。つい夢中になっちゃった」  姿勢を正して梓に向き直るマネージャー。姉という態度から経営者側の表情に切り 替わっていた。 「さて、本題に入りましょうか」 「は、はい」 「今日はたまたま弟がいて、助けてくれたようだけど。今後も、客に絡まれたりする ことがあると思いますが、これに懲りずに働いていただけますか?」 「はい」 「ありがとうございます。変な客が来たら、まず私か店長に声を掛けてくださいね」 「わかりました」  超高校球スラッガーとしての野球男ということしか知らなかった沢渡の意外な一面 を見て感心する梓であった。 「ふう。ごちそうさん」  目の前の料理を平らげて、一息つく沢渡。 「それじゃ、姉さん。また機会があったら、飯食いに来るよ」  持ち込んだ料理の皿を手に取って、立ち上がる。 「ちゃんと自分のお金で食べに来てね」 「あは。梓さんも、今日のことは忘れて頑張ってください」 「はい。ありがとうございました」  手を振りながら応接室を出ていく沢渡。 「びっくりしたでしょう? 憎たらしい口をきくあんな弟だけど、なんだかんだ言っ てもやっぱり可愛いのよね。赤ちゃんの頃からおむつの交換なんかしてあげたりして、 すっかり情が移ってて、母性本能というのかな、こういう気持ちって何歳になっても 変わらないものなのね」  再び姉の表情に戻って微笑むマネージャー。
ファミレスのマネージャーのイメージイラストです。

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2017年8月 4日 (金)

思いはるかな甲子園/最終回の攻防

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■ 最終回の攻防 ■ 「タイム!」  たまらずに、山中主将がタイムを要求した。 「タイーム」  主審がタイムを宣言し、内野手が梓の元に集まってきた。 「どうした、梓ちゃん」 「どうやら、ボクの作戦が悟られたみたいです。打ち頃の球を放って内野ゴロに討ち 取る作戦はもう使えません」 「そのようだな。で、次の手はどうする?」 「撃たせて取る作戦には変わりませんが、これからはどこに飛んでいくか判らないの で、内野手の方に頑張ってもらわなければなりません」 「おう。まかせておけ。梓ちゃんが頑張っているのに、俺達が根を上げるわけにはい かんからな」  といいながら、ウィンクを返す郷田。 「じゃあ、しまっていこうぜ!」  肩を軽く叩いて持ち場に戻っていく部員達。  三塁方向に球が飛ぶと身構えているのに、一塁方向に打球が飛べば、反応が一歩遅 れてヒットになる。しかし、最初からどこ飛ぶか判らないと身構えていれば、すぐに 反応できるから、ヒットも出にくくなるというものである。  いつしか部員達は、梓の元で見事なチームワークを発揮しだしていた。個々におい てはエラーを出しても、仲間がそれをカバーして得点を許さなかった。  すべての動きは、父親が渡してくれた記録ビデオを参考にして、梓が意見具申して 日頃から練習に取り入れていたものである。女の子の梓が一所懸命に野球部のために 尽くしているので、当の野球部員も真剣にならざるを得なかった。練習をサボる部員 は一人もいない。 「ワンアウト!」  人差し指を示して野手達に、確認のコールを送る梓。 「おう!」  一斉に大きな声が返ってくる。  打席には九番の堀米投手が入っている。  打率は低いし、長打力もない。ここはスクイズを警戒しながら、本塁フォースアウ トを狙って前進守備がセオリーだろう。 (しかし……。投手同士、しかも女の子相手の勝負。あの負けん気の強い堀米君が、 素直にバントしたりはしないんじゃないかな……。きっと打ってくる! よし、勝負 よ)  梓の読みは見事に当たった。    打球はピッチャーライナーとなってワンアウト。さらに一塁に送ってダブルプレー となった。 「こんな女の子のチームにこうも手をこまねくとはな」  金井主将がぼやく。 「だから最初に言ったでしょ。女の子だからって侮らないようにって」  沢渡が答える。  回は進んで、最終回となっていた。  九回の裏、2対2の同点。  ツーアウト、一・三塁。三塁にはフォアボールと犠打で進塁した梓がいる。一塁に は、主将の山中。そしてバッターボックスには郷田が入っていた。  一打逆転サヨナラのチャンス。  郷田は、バッターボックスに入る前に、状況を再確認した。 「ツーアウトで、三塁が足の遅い女の子なので、バッテリーは油断しているはず。今 がチャンスだな。正攻法でいくならヒッティングだろうけど……」  郷田は梓からのサインを待った。  それはすぐに返ってきた。 「え? まさか……いや、だからこそ成功するかも……」  城東の堀米投手は左投げで、三塁は背中側の死角である。  しかも梓が足の遅い女子だと油断している節がある。  一塁ランナーの山中主将は、梓のサインを確認したジェスチャーで、右足でベース をとんとんと足踏みした。 「やるっきゃないか……」  郷田も確認の返答する為に帽子のつばを触った。  そしてバッターボックスに入った。  ピッチャーが投球モーションに入る。  と同時に一塁ランナーが駆け出す。 「盗塁か?」  進塁を助ける為にバットを振り回して捕手のタイミングをずらす郷田。  バッテリーは一塁ランナーに視線が行っていた。  捕手が二塁への送球体勢をとった瞬間、三塁を離れじりじりと前進していた梓が、 猛ダッシュした。ディレードスチールだ。 「本盗だとお!」  城東のベンチが総立ちになった。  本盗に成功しても、その前にランナーがアウトになればそれで終わりである。  しかし、一塁ランナーの山中は、盗塁のジェスチャーを見せただけで、半分も進ま ないうちに一塁へ引き返していた。  球だけがむなしく二塁へ送球される。だが、この時点でセカンドは一塁走者に気を とられ、梓の本盗に気づくのが遅れた。 「ホームだ! ホームに投げろ」  一瞬の惑いが勝負を分けた。  右利きの二塁手にとって、捕球体勢から送球体勢に移るのに身体を入れ替える必要 がある。  そのほんのコンマ数秒の差が本盗成功の鍵を握っている。  あわててホームへ投げる二塁手だがコースがずれた。  ホームへヘッドスライディングする梓。  二塁手からの送球を受けてタッチプレーする捕手だが、送球がそれて追いタッチに なってしまった。。  クロスプレーに全員が息を飲んだ。  しばしの静寂が覆った。  主審は、梓の手元とボールの行方を確認する。  梓の手はしっかりとホームベースを触っていた。ボールはミットからこぼれてベー スのそばに転がっていた。 「セーフ!」  主審は声高々に宣言した。 「ゲームセット!」 「やったー!」 「勝ったぞー!」  ベンチから部員達が小躍りして飛び出してくる。  梓のもとに全員が駆け寄ってくる。 「やられたな。女の子と思ってあなどっていた我が校の部員達の油断が勝敗を分けた」  胴上げされている梓を見つめている沢渡。 「二死、一三塁においては、ディレードスチールは常套手段だ。女子だと油断したの が命取りだった。ともかく完璧な俺たちの負けだ」  グランドに二列に整列する両校の野球部員達。 「2対3で、栄進高校の勝ち」  審判が勝ったチームの側の手を挙げて宣言する。 「ありがとうございました!」  一斉に帽子を取り、礼をした後でそれぞれ握手を求める部員達。  梓の前に、歩み寄ってくる沢渡。 「負けたよ。梓さん……と言ったっけ。完璧な我々の作戦負けだ」  と手を差し出す沢渡。 「ありがとう」  その手を握りかえす梓。 「県大会で会おう……といっても、君は女の子だから、選手にはなれないな。残念だ が……。それでもコーチとして采配を振るう事になるだろうから、作戦面で君と戦う ことになりそうだ。その時は、今日の雪辱を晴らさせてもらうよ」 「そうですね」 「それじゃあ、また」 「ええ」  くるりと背を向けて城東の部員達のもとへ戻っていく沢渡。  前哨戦ともいうべきライバル校との戦いは、梓の采配によって勝利した。  次なる戦いは、県大会予選へと向かうことになる。  頑張れ栄進高校!  頑張れ、梓よ!

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2017年8月 3日 (木)

思いはるかな甲子園/試合開始

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■ 試合開始 ■  栄進高校と城東学園高校の野球部員の面々が内野に二列に並んでいる。  当然のことであるが、城東部員の視線は梓に集中している。  この日のために特別誂えしたユニフォーム姿が眩しい。  長い髪をポニーテールにまとめて、飛ばないようにゴム紐の付いた特製野球帽を軽 く被っている。  練習試合だから帽子を被らなくても良いかもしれないが、一応マナーとしてのルール は守るべきである。  そもそも女子が参加していることからして重大なルール違反なのだが……。 「城東高校の先攻ではじめます」 「よろしくおねがいします!」  帽子を脱ぎ挨拶をかわす一同。  一斉に守備に散る栄進高校の面々。  マウンドに昇る梓。  正捕手の山中主将に向かって投球練習を始める。  城東側のベンチ。 「しかし、本気で女子がまともに投げられるのですかね」 「なめられたものですねえ、城東も」  じっと梓の投球フォームを凝視している沢渡。 「そうでもないぞ。あの女子生徒……素質がありそうだ。なかなか良いフォームをし ている。少なくともフォアボールの続出というのはなさそうだ。あなどってはいけな い」 「おまえのかいかぶりじゃないのか」  それには答えずに梓の投球に釘付けの沢渡。 「しかし、下手投げってのはやはり女の子ですね」  別の部員が、ほくそえむように言った。 「上からだと胸が邪魔で投げられないんだぜ」 「馬鹿野郎。そんな大きな胸してるか?」 「まさか、下手からの大リーグボール3号なんて魔球を投げるんかな」 「そりゃ、漫画だぜ」 「あははは」  腹を抱えて笑い出す城東のナイン達。  その冷笑を耳にしながらも、冷静に投球練習を続ける梓。 「あいつら! 梓ちゃんの悪口を言ってやがる。ちょっと文句を言ってくる」  郷田が飛びだそうとするのを、山中主将が制止する。 「よせ! そんなことすれば、よけいに梓ちゃんを傷つけることになるのがわからん のか」 「しかし……」 「いいか、やつらが梓ちゃんのことを何と言おうとも、梓ちゃん自身が動かない限り、 俺達は黙って見ているしかないのだ」 「やつらに言わせるだけ言わせていいのですか」 「そうだ。梓ちゃんを笑い物にさせたくなかったら、俺達がしっかりバックアップし て勝ってみせることだ。それしかないんだ、いいな」 「わ、わかりました」 「キャプテン、是が非でも勝ちましょう。そして笑ったあいつらを見下してやりまし ょうよ」  木田が意気込んで進言する。 「その意気だ。みんなしっかり頼む」 「おお!」 「始めてください!」  主審の一声で、キャッチボールしていた内外野からボールが返球される。  それぞれの定位置で守備体制に入る栄進の部員達。  ゆっくりと城東の一番打者がバッターボックスに入って、 「プレイ!」  試合開始の声がかかる。  身構える栄進高校守備陣の面々。 「さて、見せてもらいましょうか」  先頭打者である金井主将が打席に入った。  ゆっくりとした動作で投球動作に入る梓。  地を擦るような下手投げから繰り出されるボール。  ボールは地を走るような低い高度から、円弧を描くように捕手の山中主将のミッ トに吸い込まれる。 「ストライク!」  大きく手を上げてストライクコールをする審判。 「いきなりど真中かよ」  二球目、ぼてぼてのファーストゴロとなるが、運悪く内野安打となってしまう。 「うまい具合に球が死んでいたからな……」  一塁に生きた金井はラッキーだと思っていた。  二番打者の佐々木一塁手。  梓が右腕を後ろに廻して、指でブロックサインを送っている。 「五四三のダブルプレーか……」  内野手がそれを見て梓の意図を察知した。 「俺のところへのサードゴロだな」  サードの安西が身構える。  梓が相手の打ち頃のコースへ投げ入れてやると、打球は予想通りのサードゴロとな って、安西のグラブへ入り、見事五四三のダブルプレーとなった。  一塁上でくやしがる佐々木。  回は進み、城東打線は打ちあぐんでいた。何とか塁には出るが、三塁には到達でき ないでいた。ダブルプレーもすでに七個。 「なるほど、そういうことか」 「どうした? 沢渡」  一同の視線が沢渡に集中する。 「彼女は、俺達の好きなコースや癖を知り尽くしているみたいですよ」 「そうだな。そう言われればみんな初球か二球目に手を出している。打ちやすいから つい手を出している」 「それが彼女の付け目なんですよ。打った球は彼女の狙い通りのコースに飛んでくれ るというわけです」 「なるほど、よし!」  金井主将がタイムをかけて、バッターを呼び寄せて耳打ちしている。 「わかりました。やってみます」  バットを握り締めて再びバッターボックスに戻る打者。 「六番、ショートの浅野君か……内角低めが得意だったわね。サードゴロか」  沢渡が気づいた通り、梓は城東のメンバーの癖を知り尽くしていた。一年前の浩二 が調べ上げた記憶の断片と、梓自身が春の選抜試合の選考基準となる県・地区大会を 観戦して得たデータ、及びインターネット等からの情報からである。  サードにサインを送って、投球モーションに入る梓。  その瞬間だった。  打者の浅野は、右足を後ろに退いて身構えたのだ。 「え?」  驚く梓。  狙い通りの内角低め、浅野の癖からサードへ転がるはずだった。しかし、右足を退 いた為に、打線方向が右にずれて打球は、梓の足元を抜けてセンターへのヒットとな ったのである。  そして続く打者も、梓の思惑を交わして、打ち方を変えてきたのである。  連打を浴びる梓。  ワンアウト、満塁のピンチであった。

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2017年8月 2日 (水)

思いはるかな甲子園/練習試合

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■ 練習試合 ■  河川敷き野球グランド。  練習を続ける野球部員達。  副主将の武藤が指揮を執っている。 「よし、六四三のダブルプレー!」  おお! という内野手の返事。 「順平、内角低めに投げろ!」 「はい!」  ピッチャーマウンドに立つ順平が、指示されたコースへ投げ入れる。 「いくぞ、ショート」 「よっしゃー」  順平が投げ入れたボールを確実にヒットしてショートへ運ぶ武藤。ボールを確実に ヒットし、打ちわけのできる武藤ならではの練習方法であった。もっとも相手がバッ ティングピッチャーであり、コースも判っているからできる芸当である。順平にして も、指示されたコースに放りこむことのできる技力が、かなり備わってきていた。  グランドの隅で投球練習している梓。その相手役の捕手を務めていた田中宏にむか って、そばで見ていた山中主将が伝える。 「宏! 梓ちゃんをマウンドに上げろ」 「あいよ」  宏ボールを梓に軽く投げ返して、 「梓ちゃん、出番だよ」  それを受け取って答える。 「はーい」  それまでバッティングピッチャーをやっていた順平がマウンドから降りながら、声 をかけてくる。 「頑張ってください」 「うん」  軽く答える梓。  そして熊谷相手に投球練習を開始する。 「梓ちゃん、しっかりね」 「ファイト!」  部員達からも声援がかかる。  それに軽く手を振って答える梓。  順平は、球拾いのため外野の奥に回る。 「うーむ……梓ちゃんがマウンドに登ると、みんなの表情がしまってくるなあ」  バッターボックス後方で梓の投球を見ている武藤に山中主将が語りかける。 「梓ちゃんにいいところ見せようって魂胆みえみえですけどね」 「まあ、それでもいいさ。練習に身がはいってさえいればな」 「しかし、ほんとにいいんですかねえ。女の子に投げさせて」 「しようがないだろう、梓ちゃん以外にまともにピッチャーつとまる奴、いねえんだ からな。ピッチャーなしでどうやって練習しろってんだよ」 「そりゃそうですが……一応、順平はピッチャーなんですけどね」 「ありゃ、だめだ。まだまだ、バッティングピッチャーにしか使えん」 「やっぱし……」 「スピードとコントロールはまあまあになってはきているが、バッターとの駆け引き では、梓ちゃんの足元にも及ばない」 「そうですね。梓ちゃんはスピードはないですが、コースを的確についてきます。相 手が打ち気を起こさせるようなコースなのでつい手を出してしまいますが、手元で急 激に変化します。あれじゃ、なかなか打てませんよ」 「そうだな。相手の好きな打撃ポイントを知り尽くしていなければできない芸当だ」 「ええ。仮に当てても、球速がないですから真芯で捉えない限り、ぼてぼてのゴロか、 内野フライがせいぜいです」  がやがやとグラウンドに入ってくる城東学園野球部選手達。  その中には超高校級スラッガーと称される沢渡慎二の姿もあった。  今日は城東学園との練習試合だったのである。 「キャプテン。城東の連中がきたようです」 「おう、やっと来たか」  城東学園野球部は、マウンドにいる梓を見て怪訝な顔をしている。 「見てください、キャプテン。マウンドのピッチャー、女の子みたいですよ」 「おい、おい。まさか、女の子が投げるってんじゃないだろうな」 「……みたいですよ」 「ちっ。なんてところだ」  山中主将が出迎えて、挨拶する。 「わざわざお越しいただき、恐縮です」 「ところで女子が投げておるようですが」  城東の金井主将が質問する。 「はあ、何せ部員不足でして……お許し願えませんか」 「まあ……、練習試合ですから、それは構いませんが。大丈夫なんでしょうなあ、あ の子」 「その点でしたら、ご心配なく。選手としては部員の中でもピカ一ですから」  それを聞いていた部員達が陰口をたたいていた。 「ピカ一だとよ。女の子がピカ一なら他の男はなんなんだよ。くずってことじゃない のか」 「ははは」  その時、沢渡が進み出てくる。 「いいじゃないですか。やらせてみたら」 「沢渡」 「男にまじって女の子がどこまでやれるか、見てみましょうよ。どうせ練習試合だし、 せっかくやってきたんですから」 「まあ、そりゃそうだが」  城東の会話を聴いていた武藤が、山中主将に耳打ちする。 「やつら、梓ちゃんのことさんざん言ってましたよ」 「ふん。そのうちほえづらをかくことになる」 「といってもうちの守備がねえ……」  ぽろぽろと球をこぼしている内野手達。  頭をかいている山中主将。 「あったくう……みんな緊張しているな」 「仕方ありませんよ。部員不足でまともな試合してないんですから」  武藤が言う通り、部員が多ければ紅白試合として、実戦に即した練習ができるのだ が、総勢十三名ではどうしようもない。他校との練習試合が唯一の実戦経験となって いる。 「しかしまだ試合もはじまっていなんだぞ。今からこれでどうする」 「相手は、甲子園優勝高校ですからねえ……」 「馬鹿いえ、浩二が生きていれば、本当はうちが甲子園優勝していたかも知れないん だぞ」 「といっても浩二君一人で勝ち進んでいたみたいなもんですから。全体的な実力はど うも……」 「言うな!」 「何にしても、城東がよく遠征の練習試合を受けてくれたものです。優勝高ですから、 他の高校からの申し出が殺到していて、スケジュールが一杯でしょうに。本来ならこ ちらから相手校に遠征するのが常識なはずですがね」 「う……ん。俺も不思議に思っていた。マネージャーとして試合を申し込んできた梓 ちゃんの可愛さで押し切っちゃったのかな」  といいながら梓に視線を送る山中主将。

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追加補正しました。

 思いはるかな甲子園/父親の助言において、時代考察的に問題があったので、追加補正しました。  梓が父親から高校野球のビデオ映像を受け取る部分です。


 ところで受け取ったものは「ベータ方式ビデオカセット」であった。  今時の若者はベータってなに?  と、なるだろう。  父親の高校生時代、今から30余年まえには、スマートフォンはおろかデジタルカ メラすらなかった。  家庭用映像記録媒体といえば、VHS-Cかベータないしは8ミリビデオである。  重いカメラを抱えながら、子供の成長記録を撮っていた。  時代の変化には驚かされるものだ。  さて、ベータカセットであるが、これを再生できるビデオデッキはちゃんとある。  父親が無類のベータ信奉者だったので、書斎には豊富な映画ライブラリーがベータ で揃っている。  梓は、たまにそれらを借りて鑑賞するために、ベータデッキを自室に置いていた。  通常見ているブルーレイデッキから、ビデオデッキには切り替えスイッチを操作す れば良い。

2017年8月 1日 (火)

思いはるかな甲子園/父親の助言

 思いはるかな甲子園

■ 父親の助言 ■  J.シュトラウス2世「美しく青きドナウ」  とあるホテルのレストラン。静かなクラシックの音楽が流れている。  食事をしている梓親子。  フランス料理のフルコースに舌鼓を打つ梓。  父親は、社長令嬢としてふさわしいマナーや、身のこなし方などを経験させるため にホテルのレストランでの食事や、社交パーティーなどにドレスアップした梓を連れ 出していた。 「野球部に入ってマネージャーをやっているそうだな」 「うん」 「部員達とはうまくやっているかい?」 「うん。みんなやさしくしてくれるよ」 「だろうなあ。梓は可愛いからな」 「そんな……」  娘が野球部に入ったと、母親から知らされて少し驚いた父親であったが、野球のこ とに関しては理解があるので、マネージャーならと許していた。 「ところで今年の栄進高校は行けそうかな?」 「ん……、どういうこと?」 「ほら去年は決勝戦まで行ったじゃないか。マネージャーならその辺のことも把握し ているんだろう?」 「うん。でも、どうかなあ……」 「問題があるのかい」 「そうなの。ピッチャーがいないのよ。一年生の順平君にはまだ荷が重すぎるだろう し」 「そうか……。一年生じゃ、夏の大会を乗り切るだけの体力もついていないからなあ。 夏の大会は、技術力以前に体力が勝負を分けることも多いんだ」 「あたしが投げられれば、継投策で何とかなるかもしれないけど。女子は選手にはな れないから」 「もちろんだよ。去年のピッチャーがあまりにも強すぎて、控え投手を育てるのを怠 ったつけが、今になって回ってきたというところだろう」 「そうなのよ。お父さん、どうしたらいいと思う?」  梓は、甲子園に出場した事もある父親に、何かにつけて相談していた。野球には造 詣の深い父親であり、可愛い娘の相談には真剣に答えてあげていた。 「ただこれだけは言えるよ。野球は九人でやるものだ。まともなピッチャーがいなけ れば、他の野手全員でカバーしてやればいいんだよ」  その夜。  自室で勉強している梓。ドアがノックされる。 「お父さんだよ。入っていいかい?」 「うん。いいよ」  許可を得て、父親が入ってくる。 「こんな時間になあに?」 「お父さんが出場した高校野球県大会決勝と、甲子園一回戦の記録ビデオを持ってき たんだ」 「記録ビデオ?」 「ああ、参考になるかと思ってね。よかったらそれを見て、今後の練習に使えないか と思ったのさ」 「ありがとう、お父さん。じっくり見させてもらうね」 「でも、夜更かししちゃだめだぞ」  といって念を押しながら部屋を出る父親。 「はーい」  娘の部屋には居づらいものだし、長居をして気分を害されてもいけない。用件を済 ませばすぐに出ていって上げるのが、エチケットみたいなものだ。  父親が退室して、早速ビデオデッキにセットしてみる梓。 「お父さんの好意は受けてあげなくちゃね」  ところで受け取ったものは「ベータ方式ビデオカセット」であった。  今時の若者はベータってなに?  と、なるだろう。  父親の高校生時代、今から30余年まえには、スマートフォンはおろかデジタルカ メラすらなかった。  家庭用映像記録媒体といえば、VHS-Cかベータないしは8ミリビデオである。  重いカメラを抱えながら、子供の成長記録を撮っていた。  時代の変化には驚かされるものだ。  さて、ベータカセットであるが、これを再生できるビデオデッキはちゃんとある。  父親が無類のベータ信奉者だったので、書斎には豊富な映画ライブラリーがベータ で揃っている。  梓は、たまにそれらを借りて鑑賞するために、ベータデッキを自室に置いていた。  通常見ているブルーレイデッキから、ビデオデッキには切り替えスイッチを操作す れば良い。  梓は、甲子園に出たという父親に対して、尊敬の念を抱いていた。もちろん浩二と しても、自分が成し得なかったことで、思いは同じである。  TVの画面には、ピッチャーズマウンドに立つ高校時代の父親と、グランドを駆け 回る野球部員達が映し出されていた。 「ふーん……。お父さんは、打たせてとるタイプね」  ランナー一塁で、三遊間へのゴロの場面であった。  サードが球を拾って、二塁は間に合わないと判断したピッチャーの支持に従って、 ファーストへ送球する。  そこまでは当然の動きであるが、その他の野手達の動きに驚かされる梓であった。  ライトは一塁送球がそれた場合に備えて一塁ベース後方に回りこんでいるし、セン ターは二塁送球の際のカバーに入っている。そしてレフトもサードがボールを処理す るのを見届けてから、一塁ランナーを三塁で刺すためのカバーに入っている。ファー ストはランナーが一塁ベースを踏んだのを確認してから、離塁したランナーの後を追 う。  立ち止まっている野手は一人もいなかった。全員がボールを処理する守備のカバー に走りまわっている。ランナーがいない時には、捕手までが打者が球を打つごとに、 全速力で一塁カバーに走っているのだ。これは相当疲れるはずなのだが。  内野安打にしろ外野飛球にしろ、打球が飛んだコースと飛距離、ランナーとの位置 関係、それぞれに即応した完璧な動きを、すべての野手が見せていた。  ヒットを打たれるのはしようがないとしても、三塁打となるところを二塁打に、二 塁打を単打にするべき守備陣の動きであった。  プロなら当然の動きだろうが、高校生レベルでこれだけの動きは中々できるもので はない。 「うーん。相当の練習を積んでいるんだろうな……」  さすがに甲子園に出場するチームだけのことはあると感心した。 「全員野球か……」  ふと時計を見ると午前二時を回っていた。 「おおっと、いけない。今日は、これくらいにしておこう」  朝になって、寝不足の顔を父親に見せるわけにはいかない。夜更かしはだめと念押 しされている。  父親は、朝食時に娘の顔色などの健康状態を確認してから出社している節がある。 社長だから出勤時間には余裕があるのだ。

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