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2017年8月14日 (月)

思いはるかな甲子園/思いはるか(最終回)

 思いはるかな甲子園

■ 思いはるか ■ 『栄進高校のナイン、ダグアウト前に円陣を組みました』  山中主将が激を飛ばす。 「いいか。泣いても笑ってもこの回までだ。参考試合になったからと言って気を抜く なよ」 「はい!」 「見ろよ。浩二も観客席から観戦している」  と観客席で浩二の母親が抱いている遺影を指し示す。  梓もその姿を見て胸に熱い感情が沸き起こる。 「決勝戦を前に逝ったあいつのためにも、恥ずかしい試合はするな。全精力を掛けて 守れ、走れ。自分の所に飛んできたボールは死んでも取れ!」  山中が円陣の中心に手を差し出す。  全員がその手に自分の手を重ねる。 「いくぞ、ファイト!」 「おお!」  気合を入れる一同。  そして守備へと駆け足で散っていくナイン。 『さあ!栄進高校のナインが守備に付きます。九回の攻防戦が始まりました』 『真条寺君、マウンドに登りました。そして山中捕手に対して準備投球』  プレートを踏みしめてゆっくりと山中めがけて投げ込む梓。  スピードはないが確かなコントロールで山中のミットに収まる。 「よし!」  山中が手ごたえを感じながら、返球する。 『既定の3球を投げて、さあ!いよいよプレイボールです』  捕手の山中主将がマウンドに歩み寄り、捕球したボールを手渡しながら、 「すべて君に任せる。好きな時に好きなように投げろ!すべて俺が受け止める」 「わかりました」  にっこりと笑顔を見せる梓。 「いい顔だ」  梓の肩を叩いて、キャッチャボックスに向かう。  ミットをポンポンと叩いて構える山中。  梓は野手に向かって、人差し指を高く捧げて大声で叫ぶ。 「ワンアウト!」 「おおお!」  野手からも大きな返答が返ってくる。  前に向き直り、ロジンバックを手に取る。  城東の打者はすでにバッターボックスに入っている。 「プレイ!」  アンパイアの試合再開の合図が響く。 『さあ、真条寺君気を取り直して、セットポジションにつきました。ランナーはいま せんが制球という点でこちらの方が良いのでしょう』 『城東相手では、スピードは関係ありませんからね』 『果して試合の中断がどれだけ影響しているかはわかりませんが、ノーヒットノーラ ンを目指して投球動作に入りました』 『いえ、参考試合ですから、ノーヒットノーランというのはおかしいでしょう。記録 に残りませんし』 『そうです、失礼いたしました。参考試合ですので、ノーヒットノーランは成立しま せん』 「ストライク!」  審判の手が高々と上がる。 『第一球、ストライクです。コントロールは相変わらず抜群です。スピードはありま せんが、ボールが地面すれすれから這いあがるようにしてストライクコースを通る独 特の下手投げと、微妙なコースを巧みについて打者を翻弄。フォアボールと内野手エ ラーが四つありましたが、これまで、セカンドベースを踏んだ選手は一人もいません』 『三振! ツーアウトです。二人目の打者も見事討ち取りました。さあ、残すはあと 一人です。ネクストバッターサークルの沢渡選手、ゆっくりと立ち上がってバッター ボックスへ歩きます』  沢渡、帽子を取り主審に一礼してからバッターボックスに入る。  マウンド上では、梓が足先で地面をならしている。  梓に視線を送りながら、 「とうとう、ここまできたな梓さん。いや、浩二君というべきかな……梓さんの野球 センスは浩二君そのままだ。城東に対し、これだけ苦戦させられるのは、浩二君しか いない。やはり君の魂が、甲子園を目前にして逝った君の思いが、梓さんに乗り移っ ているのだろう?」  その背後に浩二の姿を感じている沢渡であった。 「しかし、僕は手加減しないよ。それが浩二君、君への手向けになると信じるからだ」 『さあ、今季高校球界随一と称されるスラッガー沢渡君に対して、どのようなピッチ ングを見せてくれるのでしょうか。第1球投げました』 「ストライク!」  主審の手が上がる。 『ストライクです。沢渡君ピクリとも動きません。ボールが返球されます』 『見ているだけなのに、こちらの方が緊張しますね』 『まったくですね。真条寺君、第二球を投げます。ストライク! 沢渡君、二球目も 見送りました』 『おそらく球筋をみているのでしょう。彼にはカウントなど関係ないですから』 『真条寺君、流れる汗をユニフォームの袖で拭いました。ロジンバッグを拾って、滑 り止めします』  空を仰いでいる梓。 「入院している時からずっとやさしく看病してくれたお母さん。いやな顔もせずにキ ャッチボールに付き合ってくれ、相談に乗ってくれたお父さん。これが終わったら精 一杯親孝行するからね。そして野球部のみんな、ありがとう。甲子園に行くのをあき らめてまで、このボクにすべてを預けてくれたみんなの思いを、野球にたいする情熱 を無駄にしてはいけない」  つと観客席の母親に視線を移す。 (母さん……。親孝行できなかったけど、この試合ぜひとも勝って、せめて安堵させ てあげたい」 「浩二がやり残した思いを、この一球に」  梓、ボールをぎゅっと握りしめて、プレートに足をかけてゆっくりと両手を振り被 る。 「この一球に、すべてをかける」 「浩二君、こい!」  沢渡もバットを握り締めて、打撃の体勢にとる。 『さあ真条寺君、最後の投球になりますか、足をあげて、投げました!』  一球入魂。全精神を注ぎこんだボールが梓の手から放たれ、地を這うように捕手の ミットへ、打者の沢渡の胸元へと走る。  カキーン!  するどい球音とともに梓の顔をかすめるようにライナーで飛んでいく。 『打ったあ! 球はセンター方向に一直線だ。これは大きい! ホームランか?』  センターの郷田が全速力で追っている。 「ちきしょう! 絶対に取ってみせるぜ」  フェンスをかけ登る郷田。 『なんと! センターの郷田君、フェンスによじ登りました。すごい執念です。しか し、届かないか? あ、ジャンプしました。取った、取りました。しかし勢いついた まま地面に激突だ!』  ホームランボールを補球した体勢のままグランドに落下する郷田。地面に激突し砂 塵を舞い上げたその身体はぴくりとも動かない。  観客席の人々が、フェンス越しに身体を乗り出して見つめている。  時折センターに目を移しながらベースを回る沢渡。 『郷田君、グランドに倒れたまま動きません。大丈夫でしょうか。そしてボールは?』  梓、倒れたまま身動きしない郷田を心配そうに見つめている。 「郷田君……」  郷田のもとに集まってゆく外野手とショートそして塁審。 『センター動きません。脳震頭でもおこしたか……あ、起き上がりました』  郷田、右腕支持横臥の状態からグラブを高々と挙げる。グラブの中に白い球が入っ ている。  塁審、手を挙げてアウトを宣告する。 『取った! 取りました、アウトです。ゲームセット、試合終了!』  県大会会場。  球場がわれんばかりの大歓声につつまれている。  飛び散る紙吹雪。 『ご覧ください、お聞きください!観客席の人達が総立ちで、マウンド上の真条寺梓 さんに対して、惜しみない拍手喝采を送っております』 『女性ながらも、九回を守って参考試合ながらもノーヒットノーランを成し遂げまし た。男である私も脱帽です』  浩二としてやり残したことを成し遂げた梓。 「ありがとう、みんな。これで思い残す事はもうない……」  空を仰ぐその瞳からは涙が流れ落ちる。  そして足元から崩れるようにマウンド場に倒れる梓。  薄れる意識の中で、浩二だった頃の記憶が次々と蘇り、そして消えていった。  部員達が全員、梓のもとに駆け寄っていく。  梓よ、今日の日をありがとう。  そして……。  さようなら、甲子園。  【思いはるかな甲子園】 了

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