梓の非日常/終章・生命科学研究所 絶体絶命
梓の非日常/終章・生命科学研究所
(十)絶体絶命 その頃、梓は火に囲まれて身動き取れない状態だった。 幸いにも、研究室の片隅に置かれていた酸素ボンベとマスクを見つけて、それを口 に当てて呼吸を確保していた。とはいえ出口は火の海、他に逃げ場はないかと探した ものの、どこにも逃げ道はなかった。 「ふふ。さすがに生命研究所だけあって便利なものがあったけど……。八方塞がり旧 態依然ね」 生命の危機に陥っているというのに、落ち着いている自分を意外に思っていた。 「そういえば、飛行機事故の時もそうだったっけ……」 燃料切れで墜落するかもしれないと伝えられた時のことを思い出していた。 一度死んだことのある梓にとっては、すでに死の境地を乗り越えて、精神的に解脱 していたのかも知れない。 そしてさらに思い出したことがあった。 潜水艦を襲ってきた駆逐艦隊と、背後にある組織の影である。 「まさか……。この火事も、あたしを亡きものにしようと組織が放火した……と考え た方がいいわね」 火の回りが速すぎるのが、その推理の根拠だった。 「油かなんか撒いてから、火を点けたんだろうね……」 その行為もさることながら、その気配を察知できなかった、自分が不甲斐なかった。 「精神修養が足りないわね」 武道に生きる者としての、正直な気持ちだった。 「しかし……これまでかな……」 度胸を決めて火の海を突っ切れば、命が助かる確率はあるかも知れないが、無事で 済むはずがなかった。肌は火に焼けただれてケロイドとなり、見るも無残な姿となる のは必至であった。 そんな姿を人前に晒すくらいなら、いっそこのまま誰とも判断できないくらいに、 きれいに燃え尽きてしまった方がいいのかも知れない。 美少女を自覚している梓にしてみれば、そう考えてしまうのは当然のことだろう。 「今頃、絵利香ちゃんはどうしているかな……」 三歳の誕生日にはじめて出会った幼なじみの絵利香とのこれまでの思い出が次々と 思い出されていく。まるで死にいく人間がそうであると言われるように。そしてもう 一人……。 「慎二……」 梓が自覚している唯一の異性の親友ともいうべき人物である。 いつもまとわりついてうざったいと思うことがあるが、決して嫌味な感じではない ので、それなりに好意は抱いていた。 「な、なに考えてんだか……」 それにしても今まさに死の境地にあるというのに、自分のことではなく絵利香や慎 二のことを思い出されるのだろうか……。 「そういえば……。窮地に陥った時には、いつもそばにいたり、助けにきたりしてい たな」 城東初雁高校に入学当初に出会って以来、不良グループの二つの事件、飛行機事故、 洞穴遭難など……。
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