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2018年4月 7日 (土)

銀河戦記/鳴動編 外伝 レイチェル 後編

銀河戦記/鳴動編 外伝

エピソード集 レイチェル 後編  再びアレックスの孤児院時代に戻る。  アレックス・ランドールは泥ダンゴという奇襲作戦で、裕福チームを追い払って、遊び 場の確保に成功した。  少年達は川に飛び込んで、汚れた服を脱いで川の水で洗い始めた。きれいになった服を 川辺の岩に広げ石を乗せて乾かす。少年には洗剤を使って、きれいに泥を落として殺菌ま でするという裕福な人々のような事はしない。見た目に汚れていなければそれで十分であ る。  素っ裸になった少年達は、早速水遊びをはじめる。  川を泳いだり、浅瀬で水を掛け合ってジャレたりしながら、それぞれ自由に遊び回って いる。  そんな楽しそうな少年達を、川の土手に腰を降ろして眺めている少年がいた。  その視線は、一人の人物を追い続けていた。  気が付いたその人物が手を振って大声で誘う。 「おーい! レイチェル、君もこっちへ来いよ。一緒に遊ぼうよ」  レイチェルと呼ばれた少年は、大きく首を横に振って応えた。  ひ弱できれい好きなその少年は、合戦に参加しなかったし、川遊びも苦手だった。  やがて川遊びに飽きて水から上がってくる少年達に声を掛けるレイチェル。 「みんな、こっちに集まって!」  一同がぞろぞろと川岸を上がってゆくと、土手の上にシートが敷かれてその上に弁当が 広げられていた。  早速、靴を脱いでシートに上がって、その弁当にかぶりつく少年達。  勝利の後の飯はうまい!  レイチェルの料理の腕前は、同じ年頃の女の子が作るものとは比べようがないほど上手 だった。しかも有り合わせの材料だけで、舌をうならせるような美味い料理に仕上げてし まう。予算の限られた孤児院では贅沢はできない。レイチェルの存在は貴重である。 「うまいよ、レイチェル」  先ほどの少年が素直に感想を述べた。 「ありがとう、アレックス」  にっこりと微笑むレイチェル。  レイチェルは合戦には参加しないが、後方支援という形で間接的に参加していたのだ。  怪我をした者を治療したり、裂けた洋服を繕ったりして、自分のできる範囲で少年達の 仲間入りをしていた。 「レイチェルが女の子だったら、おくさんにしてあげるのにね」  誰かが言った。  レイチェルが女の子だったら。  その言葉は禁句ともいうべきはずだが、 「だめだよ。レイチェルは僕がもらうんだから」  と、アレックスが即応して、はっきりと断言する。  嬉しそうな表情のレイチェル。  このように屈託なく、思ったことを遠慮なく言い合う仲間達。  孤児院といえば、親に死なれたり別れたりして、身寄りのない子供達が寄せ集められる 施設である。  孤児にはどこか暗い一面があるものだ。  人格形成の大切な時期に親がいないのであるから、精神に幾ばくかの障害をきたしてい ても無理からぬこと。いつも泣いていたり、部屋の隅に固まって動かない孤児も多かった。  予算が限られ人員不足の孤児院では、孤児一人一人にまでは目が行き届かない。  悪戯な子供はますます増長して、施設の外で問題を起こしやがて犯罪者として、今度は 刑務所の中に収容される。結局何らかの施設のやっかいになるばかりである。  孤児院にはそんな子供が大勢いた。  いつもメソメソしていたレイチェルなども、いつもイジメの対象になっていたものだっ た。  しかし、アレックスが入院してきた頃から、孤児院は少しずつ変わっていった。  一人でいるよりも、みんなで一緒になって遊ぶほうが楽しい。  これがアレックスの信条である。  サッカーや野球などのチームプレイを必要とするゲームが大好きであるが、隠れん坊や 電車ごっこなど女の子でも参加できるような遊びも取り入れることも忘れなかった。  もともと元気な子供達は、すぐにアレックスの仲間入りしたが、一人でいる子供を見か けると、強引ながらも引っ張り出して仲間に入れて遊んだ。  仲間が集まって何かしようとすれば、やはり広い遊び場が必要である。しかし近くにあ る遊び場のほとんどが、裕福な家庭の子供達に占拠されていた。  これまでにも交渉を続けてきたが、毎日三食たらふく食べている裕福な子供達に対して、 満足に食べられず痩せこけている孤児院育ちの彼らには、体力的に勝負にならなかった。  孤児達は狭い孤児院の庭で、窮屈な思いをしていた。  ここで立ち上がったのがアレックスである。  体力に勝る相手に対して勝利するには、綿密なる作戦を立てて、その作戦通りに動く組 織作りである。  体力で押してくる相手には、組織をもって対抗する。  アレックスはいつも考え続けていた。  組織作りと作戦立案である。  ○まずは戦場(戦闘領域)と戦勝条件とを別表にして設定しておく。  ○双方がチームを作り大将を決めておく。  ○喧嘩は戦場の中だけで行われ、チームの三分の一以上が戦場から逃げ出せば負け。ま た大将が降参するか逃げ出しても負けとする。  ○負けたチームは、相手チームに遊び場を明け渡さなければならない。  ○上記の事は、協定書として二通作成し、それぞれ署名して交換しておく。そして紳士 として厳粛に守ることとする。  これがアレックスの考え出した内容である。  この内容をレイチェルと共に念入りに検討し、納得できる文章にして仕上げて協定書を 作成した。  この時のレイチェルの文章作成能力と協力的姿勢は大したものだった。たどたどしく口 述するアレックスの内容を文章にしたため、子供でも理解できる平易な言葉に直すことも した。  レイチェルがいなければ、アレックスは大いに頭を抱えて苦しんでいたに違いない。  やがて完成した協定書を持って、相手チームとの交渉に当たったのもレイチェルだった。  そして相手との交渉に成功し、署名の入った協定書を持ち帰ってきた。  交渉がまとまれば、合戦に向けての綿密な作戦作りである。  レイチェルは参謀として重要な役割を担うことになった。  アレックスが考え抜いた作戦の不備な点を指摘し訂正した。  こうして二人三脚で、数々の作戦を打ち立てた。  泥ダンゴ作戦を考え出したのもレイチェルだった。裕福な家庭育ちの者が衣服を泥で汚 されたら戦闘意思をなくしてしまうだろうとの発想は、きれい好きなレイチェルだからこ その名案であった。、  この協定の重要なことは、大将一人の力量によって、すべての勝敗が決定する要因があ ることである。  どんなに劣勢でも、大将さえ倒してしまえば勝ちである。  大将に一斉に飛び掛って全員で倒してしまえば良いのだが、相手にも慎重に大将を取り 囲んで敵が容易に近づけないようにするはずだ。  さらにもう一つ、相手チームの三分の一が逃げ出しても良い。  これが泥ダンゴ作戦である。  まさしく組織同士の戦い。  組織として行動するには作戦が大切である。  どちらがより効果的な作戦を編み出せるか?  作戦立案に長けていたのがアレックスである。  弱小チームが強力なチーム相手に勝つには、それなりの算段が必要である。力押しでゆ くか、頭脳でゆくか。  誰しもが思いもしなかった突拍子もない作戦を次々と繰り出して、負け知らずの連勝を 続けていた。  そうこうするうちに、アレックス率いる孤児院チームに挑戦状を突きつけてくる者はい なくなり、孤児院近くの良質な遊び場を確かなものにしてしまった。  裕福チームを打ち負かしたアレックスとレイチェルが、小高い丘の木陰で並んで語り合 っていた。 「アレックスはどうするの?」 「そうだな……。やっぱり同盟軍に入るよ。まずは士官幼年学校だね」 「アレックスが軍に入るなら、僕も一緒に入るよ」 「それがいいよ。そして一緒に連邦と戦おう」 「うん」  いつまでも孤児院にはいられなかった。  十四歳までという入院期限が定められていたからである。  孤児には、養子にもらわれてゆく先がなければ、軍に志願して入隊するという道しかな かった。もちろん放浪生活という手もあるが……、悪の道に陥るのは必定である。  そこでレイチェルが相談を持ちかけてきたのである。養子縁組のなかったレイチェルに は、軍に入るしかないのだが、念のためにアレックスにも確認したかった。  アレックスの方は、アーネスト・トライトンという命の恩人の存在がある。彼に拾われ て身元引受人になってもらったから、今のアレックスがある。あのまま緊急脱出ポットで 漂流を続けていれば、やがて酸素が尽きて死んでいた。  トライトンは優秀な軍人だった。  八年前には辺境周辺地域の警備艦隊司令官で中佐だったが、今では第十七艦隊の副司令 官で上級大佐となっていた。四十歳代前半でこの地位は、異例なほどの昇進の早さである。 それもそのはずで、彼の所属する艦隊は共和国同盟中でも最激戦区と言われるシャイニン グ基地周辺の防衛に当たっていたからである。  対面するは、バーナード星系連邦の電撃作戦によって、侵略され要所の位置に築き上げ られたタルシエン要塞である。航行不能な銀河渦状腕間隙にいくつか存在する航行可能な 宙域の一つ、タルシエンの橋を守る橋頭堡となっている。  タルシエンの橋を渡って自由に艦隊を往来させることができるようになった連邦軍は、 一方的な侵略戦争を開始した。共和国同盟は不利な立場となり、防衛のみの苦しい戦いを 強いられた。救いは豊富な資源だった。共和国同盟は、タルシエンの橋が発見されて以降 の新興開発地域である。未開発の地域がまだ残されており、戦闘によって失われた戦艦の 建造に必要な鉱物資源が無尽蔵にあって、いくらでも補充が可能だった。これによって両 国軍の戦力は常に相拮抗して勝敗がつかず、数百年に渡る気の遠くなる戦いを繰り広げて きたのである。  とはいえ、シャイニング基地の防衛は、今日を生き残れば、明日には一階級昇進してい る。  というほどの激戦区である。  アレックスは、そんな激戦区に身を晒しているトライトンの力になりたいと、常日頃か ら考えていた。身元引受人のトライトンの部下となり、艦隊を率いて少しでも手助けでき ないか。  実は、アレックスには養子縁組の話がいくらでもあった。頭脳明晰で成績優秀、仲間作 りの天才で人当たりの良い性格は、養い親となりたい人物達のもってこいの対象だった。  しかしアレックスは養子縁組をすべて断って、軍人になる事を表明して士官幼年学校へ の入隊志願を求めた。  レイチェルにしても、アレックスと一緒になら軍人になってもいいと思っていた。 「そろそろ帰ろうか」  立ち上がって、手を差し出すアレックス。  その手を取って立ち上がるレイチェル。 「孤児院まで競争だ!」  いきなり走り出すアレックス。 「ま、待ってよ。アレックス」  追いかけてゆくレイチェル。  小高い丘の上から駆け下りる二人の影が、一瞬重なったように見えた。

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