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2019年2月

2019年2月28日 (木)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 阻害剤(R15+指定)

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)

(三十一)阻害剤  それから数日後。  わたしは黒沢先生の元を訪れていた。  囮捜査のこととかをすべて話してみた。 「何か便利な薬とかありませんか? 妊娠阻害剤とかもありましたよね」  先生が、某製薬会社の社長ということで、そういった性に関わる薬剤を手に入れら れるのではないかと思ったからだ。 「おいおい。言ってることの意味を、良く理解して依頼してるんだろうな?」 「もちろんです。売春組織と関わるのですからね。万が一に備えたいのです」 「妊娠阻害剤はあるが、それを必要とするときは組織に囚われた結果としての性行為 もあるだろう。その状態で犯された後から薬を飲むことは不可能だと思うぞ。ピルを 毎日飲んでいれば妊娠はしないが、これも囚われた状態では飲用は無理だ。ピルの飲 用をやめれば即座に妊娠可能となる」 「事前妊娠阻害剤はないのですか? 飲んだら一週間くらいは妊娠しないというの」 「捕らえられて一週間以内で脱出できるか、救出されるかということか?」 「やはり一週間でしょう。証拠を掴むも掴まないにしてもね」 「ふむ……」  じっとわたしの顔を見つめる先生だった。  どれくらい意思が固いとかを推し量っているように思えた。 「まあ、いいだろう。捜査に協力しようじゃないか。産婦人科医として、女性の苦し みを放っておくわけにはいかないからな。売春が原因で望まぬ妊娠をした女性の中絶 手術をすることだけは願い下げだからな。覚醒剤にも効果がある催眠阻害剤と即効性 麻酔針仕込み髪飾りを進呈しよう」 「ありがとうございます。髪飾りは何となく判りますが、催眠阻害剤とは?」 「麻酔剤がどうして効くか知っているか? 薬剤師の君なら当然知っているはずだが」  もちろん知らないでどうする。  生物には体内エンドルフィンという麻酔作用を及ぼす物質を分泌する能力を持って いる。指などを切るとしばらくは痛みを感じるが、やがて傷が治っていないにも関わ らず痛みが無くなるかやわらぐはずだ。これは痛みの刺激に対してそれをやわらげよ うとして、身体の防衛システムがこのエンドルフィンを分泌するからである。痛みを 感じる組織にはこのエンドルフィンに感応する受容体(レセプター)があって、受容 体がエンドルフィンを受け入れると痛みを感じなくなるというわけである。また中国 古来の針麻酔という術法も、針の刺激によって体内エンドルフィンを分泌させて麻酔 作用を引き起こしているわけである。  受容体とは、細胞膜上あるいは細胞内に存在し、ホルモンや抗原・光など外から細 胞に作用する因子と反応して、細胞機能に変化を生じさせる物質。ホルモン受容体・ 抗原受容体・光受容体などをいう。アレルギー反応も同様のシステムで起きるもので ある。  これはもちろん女性ホルモンを呑んだ男性の乳房が発達することを考えればよく判 ることだ。男性にも女性ホルモン受容体があるからこそ、女性ホルモンで乳房が発達 するのである。  さて本題の人工的な麻酔剤だ。  麻酔作用を期待するには、何も体内エンドルフィンと同じ成分そのものでなくても 良い。要は、この痛みを感じる組織中にある受容体が感応し、期待する作用を及ぼす 成分であればいいのだ。科学的に論ずるならば、化学成分式に表されるところの、あ る特定の塩基配列を持つということになるのだが……。  細胞に作用する因子と、これに感応する受容体という関係から、本来体内に存在し ない体外から入ってきた物質に対しても、一様に効果を発することを利用するもの。  それが麻酔などの薬剤なのである。  麻薬や覚醒剤が人体に及ぼす作用も、同様にして説明できる。  では、阻害剤とは?  麻酔や覚醒剤が効果を発するのは、それに感応する受容体があるからである。なら ばその受容体を別の無害で長時間作用するもので先に埋めてしまえば、麻酔も覚醒剤 も効果を発揮することなく、そのうちに体外に排泄されてしまう。アル中の人に麻酔 が聞かないのも一種これのせいである。  簡単に説明すると、受容体を別の無害な物質で、先に埋めてしまえ!である。 「……ということです」  ぱちぱちぱち。  と拍手しながら答える先生。 「正解だよ。さすがは薬剤師」 「からかわないでください。つまり、事前に阻害剤を投与していれば、覚醒剤を射た れても効果を発揮しないということですよね」 「そうだ。しかし、覚醒剤が効いているという演技が必要になってくるかも知れない がね。しかも任務を考えれば、身体を汚されることも容認しなければならないのは、 君が妊娠阻害剤を求めるとおりに避けて通れないことだ。それでも君は、渦中に飛び 込もうというのだね」 「はい。敬も理解してくれました」 「そうか……。彼も納得の上でというなら、これ以上何もいうこともないだろう」 「ご無理を言って申し訳ありません」 「任務決行の日がきたら事前にここに寄りたまえ、最善の薬を用意しておこう」 「ありがとうございます」
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2019年2月27日 (水)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 正義とは(R15+指定)

特務捜査官レディー(R15+指定)
(響子そして/サイドストーリー)

(三十)正義とは  勤務時間を終えて、敬の車で帰宅するわたし。  助手席に座り運転席の敬を見ると、何か考えている風に黙々と車を走らせていた。  課長に対してはあんなことを言ってはみたものの、敬と二人きりになって冷静にな ってみると、やはり済まないという気持ちになるわたしだった。  いくら職務に責任感ある行為とはいえ、将来を誓い合った恋人としては、やるせな い気持ちになっていることだろう。敬も正義感の強い性格をしているから、同じ警察 官としてそれを拒むことが出来ないでいるのだ。 「ごめんなさい……」 「何を謝っているのだ」 「だって……」 「身体を張って囮捜査に出ようと言う君の考え方は賛成できないな。もちろん恋人と してそんなことはさせたくないというのは正直な気持ちだ。万が一失敗して組織に捕 らえられれば、麻薬覚醒剤を打たれ売春婦に仕立て上げられるのは間違いない。最悪 には我々に対する見せしめとして、陵辱された挙句にどこかの路上で裸状態の死体と なって発見されることもありうる。そうなって欲しくない」  わたしには反論する言葉がない。  敬が強く反対したら、それに従うつもりだった。 「しかしこのまま放っておけば、泣いて苦しむ女性達が今後も増え続けるのも事実だ。 同じ警察官として、君の正義感溢れる行動態度は理解できる。磯部健児を挙げるには、 その組織を壊滅しなければならないし、多方面からアプローチした方が、より確実に 包囲網を狭めることができるということも判っている。……君が後悔しないと確信で きるなら、思ったとおりにやればいいよ。俺は、君の意思を尊重したいし、たとえど んなことになろうとも、将来を誓い合った同士として見守ってあげたい」  考え抜いた末のことであろうと思う。  警察官としての正義と、恋人としての優しさ思いやり。  両天秤に掛けてもなお、自分達の事でなく、より多くの被害者を出さないために最 善を尽くすことの重大さを踏まえての意見だろう。 「あ、ありがとう……」  敬の言葉で、わたしの意志が固まった。 「とにかくじっくりと考えてから実行すべきことだよ」 「そうね」
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2019年2月26日 (火)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 響子とひろし(R15+指定)

特務捜査官レディー(R15+指定)
(響子そして/サイドストーリー)

(二十九)響子とひろし  ある日のこと。  敬が血相を変えて、わたしのところに飛び込んできた。もちろん麻薬取締部にであ る。  警察署内では、生活安全局の局長が覚醒剤密売と押収物横領の容疑で逮捕されて以 来混乱していた。そこで何かと言うと麻薬取締部の方にちょくちょく顔を出すように なっていたのである。本来地方公務員の警察官が、厚生労働省麻薬取締部にそうそう 出入りできるものではなかったのだが、先の両組織連携による生活安全局長逮捕の功 労者として、特別に許されていたのであった。 「大変だ! 響子が組織に捕まったぞ」  わたしは思わず、持っていた花瓶を落としそうになった。 「なんですって! 響子さんが?」  響子といえば、性転換した磯部ひろし君の女性名である。  とある暴力団の情婦として暮らしていると聞いていたが、組織に捕まったというこ とは対抗組織と言うことか。おそらく警察の暴力団対策課からの情報を入手したので あろう。 「ああ……。暴力団組長が狙撃されて、情婦として傍にいたから連れて行かれてしま ったそうだ」  なんてことよ。  情婦とはいえ、それなりに幸せに暮らしていると聞いていたのに……。  また不幸のどん底に突き落とされた……。 「それで相手の組織は?」 「最近、麻薬や覚醒剤密売で勢力を広げつつあった組織でね。響子のとこの組織と日 頃から抗争事件が絶えないそうだ。実は、あの磯部健児も関わっているらしい」 「なんですって?」  その名前を聞けば驚きもしようというものである。ずっと追い続けている張本人だ からである。 「沢渡君、私にも聞かせてくれないか?」  課長の耳にも届いたらしく聞き返してきた。  麻薬となれば当然この麻薬取締部の管轄の範囲に入るからである。  麻薬取締部としても、その二つの組織に関しては独自に捜査を進めていたからであ る。  もっとも女性のわたしは、捜査から外されていた。 「済まないね。真樹ちゃんみたいな若い美人が、捜査陣の中にいると目立っちゃうん だよ。令状取った後の強制捜査とかには参加させるから、我慢してくれたまえ」  尾行しててもすぐに気づかれるし、張り込んでいても通りがかりの若者から「お茶 しようよ」とちょくちょく声を掛けられてしまう。  捜査にならないというわけである。 「ああ、課長。実はですね……」  磯部ひろしこと、情婦の響子について事情を話す敬だった。  この件に関しては、斉藤真樹としては一切関わっていないわたしからは、詳しい内 容を言えるはずがなかった。一応、覚醒剤密売の捜査協力として小耳に入れたという ことにしてある。 「……なるほど、そういうことか。その事件のことなら私も知っている。磯部健児は 我々も追っているが、証拠が集まらないで困っているよ。暴力団を隠れ蓑にしている のでね」 「その磯部健児が絡んでいる暴力団の一派が、響子の旦那である暴力団組長を狙撃し たということです。その際に、響子が連れ去られてしまいました」 「となるとその響子さんが危ないな。その組織は、誘拐した女性に覚醒剤を打って中 毒患者にし、否応なく売春させているという噂も聞いている」 「そうなんですよ。響子は、俺達が手をこまねいている間に、覚醒剤の虜になってし まった母親を殺してしまったんです。彼女がこのような境遇に陥ったそもそもには、 俺達の責任でもあるんです。これ以上、不幸にさせたくはありません」 「私たちも協力しよう。覚醒剤が関わっている以上、黙っているわけにはいかないか らな。前回と同様によろしく頼む。そちらの麻薬課や暴力団対策課の情報が欲しい」 「判りました。一致協力して、磯部健児を逮捕し暴力団を壊滅させましょう」 「わたしも協力します」 「真樹ちゃんも?」 「だって、覚醒剤を使って売春させているとしたら、女性がいなくちゃねえ」 「おいおい、ちょっと待って。何を言っているのか判るのか? まかり間違えば」 「判ってます。しかし囮捜査でもしなければ、売春組織を完全に壊滅することは不可 能ではありませんか?内部深くに潜入して確たる証拠を掴み、黒幕共々一網打尽にし なくてはだめなんです」 「だが、ミイラ取りがミイラ取りになりやしないかね。私はそれを心配しているのだ よ。そんなことになっては君のご両親に合わせる顔がなくなる。売春行為に関しては、 この際目をつぶってだな……」 「売春は、麻薬捜査と直接は関係ないからとおっしゃるのですか? それじゃあ、官 僚腐敗制度の汚点ではありませんか。課長がそんなことおっしゃられるとは」 「い、いやそうじゃなくて……。君の事を心配してだな……」 「課長!」 「わ、わかった。ただ私の一存では決定できないから、上司に相談してみるよ」 「お願いしますよ」
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2019年2月25日 (月)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 取り調べ(R15+指定)

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)

(二十八)取調べ  お盆に乗せて注文の品を運ぶ役の女性警察官。 「巡査部長。ほんとうに構わないのですね?」  と確認する相手は沢渡敬。 「ああ、責任は俺が取るから、言うとおりにやってくれればいいんだ」 「わかりました。ちゃんと責任取ってくださいよ」  取調室に入っていく。 「あ、きたきた。待ってたわよ」  入ってきた女性警察官は、注文の品をわたしの前に置きながら、予定通りに盗聴器 をテーブルの端の下側に貼り付けたようだった。  もちろん局長に見つからないようにしているが、わたしも局長の視線が自分に向け られるようにオーバーなジェスチャーを入れながら話しかける。 「ここのクレープって本当においしいのよね。女子学生の頃、通学の途中にあるから 良く買い食いしたものだったわ」 「通学の途中? というと薬科大学か?」 「あったり!」 「そうか……」  考えている風の局長だった。  そりゃそうだろう。  薬科大学と麻薬課は切っても切れない関係にあるからだ。  薬科大学卒業者の一部は警察署の鑑識課に就職している。  局長と大学教授、そして鑑識課職員の間には黒い噂が立っている。大学教授が言い なりになる自分の弟子を鑑識課に推薦して、局長がそれを採用している。  横流しの秘密ルートがそこに介在していても不思議ではないだろう。いずれも多種 多様の薬剤が出入りするそこに、麻薬覚醒剤が不正取引されても発覚する確率は極端 に低くなる。  わたしはここぞとばかりに追及に入る。 「ところで押収した薬物はどうやって横流ししていますの?」 「何を言っているか」 「あらあ、わたしの組織では知れ渡っているのよ。押収し鑑識が済んだ薬物は封印さ れて一時保管された後に、厚生労働大臣の承認を受けて焼却処分され下水に流される。 もちろんその際には県や都職員の麻薬司法警察員や麻薬取締官が立会う。でもすでに その時点ではすり替えられているという。本物は巧妙に持ち出されて運び屋に渡され るという仕組み」 「貴様……。なんでそんなことまで知っている? 何ものだ?」 「事実だと認めるわけね」 「そんなこと……。貴様の想像だろう」 「あら、残念。認めたくないと……。でも、素直に認めたほうがいいわよ」 「勝手にしろ」 「まあ、いいわ。さて……わたしが持っていた覚醒剤は、今頃どうなっているかしら ね。本来なら鑑識が鑑定・封印して保管庫に入っているはずだけど。もうすり替えは すんだのかしら」 「何が言いたいのだ?」 「この警察内部における押収麻薬の取り扱いに関しては、すべてあなたが手なずけた 直属の麻薬課の職員が担当していて、密かに横流しを行っていたから外部に漏れるこ とはなかった。でもねそんな不正は、いつかは発覚するものよ。今日がその日なの」 「きさま! 何か企んだな」 「そうね。局長さんはいつも、すり替えたことが発覚しないように、証拠隠滅のため に急いで焼却処分にかけていたものね。たぶん今日当たりがその日だと思う。今頃別 の警察官が取り押さえに向かっているはずよ」 「馬鹿な。そんなこと……できるはずがない。私の命令なしに動くことなどできな い」 「あら、わたしは『別の警察官』と言ったのよ。警察官は何もあなたのところだけじ ゃない」 「どういう意味だ」 「そう。別の……司法警察官よ」 「ま、まさか……麻薬取締官か?」 「あたりよ。今頃、取り押さえられているでしょうね。麻薬覚醒剤の密売に関する刑 罰は、ものすごく重い。麻薬覚醒剤取引に関かれば、非営利でも十年以下の懲役。営 利目的で一年以上の有期懲役と情状酌量で500万円以下の罰金。あなたの部下も刑 を軽減することを条件に出せば、すべて告白してくれると思うわ」 「企んだな! そ、そうか……。沢渡だな。おまえ、沢渡の仲間か?」  その時だ。 「その通りだ!」  バン!  と、勢いよく扉が開け放たれて敬と、同僚の麻薬取締官達が入ってくる。 「沢渡! それにそいつらは?」 「麻薬取締官さ。局長、年貢の納め時だよ。貴様がすり替えを命じていた警察官は、 俺がとっ捕まえて吐かせてやったよ。ほらこのテープレコーダーにその時の証言が記 録してあるぜ」  と、マイクロテープレコーダーを見せた。無論、確実な証拠記録とするために、I Cメモリーレコーダーは使わない。 「それから……」  と、敬はテーブルに近づいてきて、盗聴器を取り出して見せた。 「盗聴器だよ。真樹との会話もすべて記録してある。いろいろと喋ってくれたから、 証拠としても十分に役立つことだろう」    同僚が近づいてきて、 「ほら、手帳だ。ここは、君が仕切るべきだろう」  と、麻薬司法警察手帳(麻薬取締官証)を手渡してくれた。 「ありがとう」  それを開いて局長に見せ付ける。 「司法警察員麻薬取締官です。局長、あなたを覚醒剤取締法違反の容疑で逮捕しま す」 「こ、こんなことになるなんて……」  がっくりとうなだれる局長。  将来を約束されたキャリア組から、重犯罪者のレッテルを貼られる身分への転落。  さぞかし無念だろうね。  しかしそれも自らが招いたこと。  わたしは、手錠を掛けて連行する。 「それじゃあ、敬。こっちの方はお願いね」 「ああ、まかせとけ」  こうして、わたしと敬をニューヨークへ飛ばして抹殺しようと企んだ、生活安全局 局長は逮捕された。  わたしと敬は、次なる検挙すべき相手に、磯部健児を一番に据えたのだった。  そう、甥である磯部ひろし、こと磯部響子を覚醒剤の罠に嵌めた張本人である。
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2019年2月24日 (日)

銀河戦記/機動戦艦ミネルバ 第二章 選択する時 VI

 機動戦艦ミネルバ/第二章 選択する時(日曜劇場)

 VI カサンドラ訓練所  退艦していく将兵を乗せた艀がミネルバから発進した。それを艦橋から見つめなが ら神妙な表情のフランソワ。 「結局残ったのはほとんどが訓練生ばかり……」 「前途多難ですね」 「何とかミネルバを動かせるだけの要員が確保できたのは幸いです」 「これもランドール提督の人望ですかね」 「若い士官それも特に女性士官の間では圧倒的な人気がありますね」 「らしいですな」 「何にもまして、中尉に残っていただけたことには感謝しております。本当にありが とうございます」 「いや、何。親父がケイスン中佐と一緒に設計した艦ですから、敵の手に渡すには忍 びないですからね。宇宙艦隊決戦の時代に、何を今更大気圏防衛専用の空中戦艦など と笑われて、後ろ指さされていた父の無念を晴らしたいと思いましてね。ランドール 提督は、ミネルバの重要性を見抜いて自分の部隊に組み込んでくれました。それまで は配属が決まらず宙に浮いたままだったんですよ」 「お父様は?」 「亡くなりました。エンジンの燃焼実験の爆発事故に巻き込まれて」 「そうでしたの……お気の毒に」 「いえ。とにかく、こいつで納得いくまで総督軍と戦ってみたい。最終防衛ラインを 守る役目として十分役に立つ事を見せ付けることで、笑った奴を見返してやりますよ。 それに、妹のやつがランドール提督の旗艦であるサラマンダーの艦長なんですよ。負 けてはいられません」 「そうでしたか……。あ、艦長じゃないですよ。スザンナさんは、昇進して旗艦艦隊 の司令官になってます」 「え? そうなんですか。親父が死んでからちっとも連絡を寄こさないから……。 ということは、少佐になったんですね」 「ええ、艦隊一番の頑張り屋さんですから。とにかく、共に頑張りましょう」 「もちろんです」 「艦長! 暗号通信が入電しています」 「暗号解読器にかけてください」 「現在解読中です」  やがて解読が済んだ電文を読むフランソワ。  リチャードが尋ねる。 「我々の次の任務を伝えてきたんですよね?」 「ええ、カサンドラ訓練所へ赴き、モビルスーツのパイロットを収容するように」 「カサンドラ訓練所ですか。敵の手に落ちている可能性は?」 「その可能性は少ないでしょう。現在の敵は第一次攻略部隊しか降下しておらず、主 要宇宙港や軍事施設の攻略が精一杯で、訓練所までは手が回らないはず。続く第二次 攻略でも国会議事堂や交通管制センター、放送センターなどの政治中枢部が目標にな っています。残存兵力の掃討は第三次攻略部隊以降になるでしょう。とはいっても時 間がないことは確かです。速やかに、命令を実行してください」 「わかりました。カサンドラ訓練所に赴き、モビルスーツパイロットを収容に向かい ます」 「次の定時連絡は、明後日の標準時一六○○時頃の予定か……」 「しかし何でしょうねえ……レイチェル大佐のことですよ」 「大佐が何か?」 「どこにいるか判りませんが、無線で指令を伝えるだけで、自身は安全な所に身を潜 めているだけじゃ」 「それはありません。大佐が指揮するのはミネルバだけではないのですよ。共和国同 盟の各惑星に散っている、第八占領機甲部隊メビウスの全軍を統括する任務をも担っ ているのですから。それが何より、我々が必要とする物資を調達して補給艦を手配し てくれているじゃない」 「それですよ、それ。一体どこから調達するのでしょう。秘密基地の存在は聞かされ ましたが、そこだけでは、トランター全域をカバーすることはできないでしょうし ね」 「だいぶ以前から、準備していたということですから、各地に秘密の補給基地でもあ って相当量の物資を備蓄していたとか」 「それは有り得るかもしれませんね」 「でしょう?」 「ともかく大佐には大佐の仕事があるだろうし、我々には我々の任務があります。与 えられた任務をまっとうすることです」 「判りました」
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2019年2月23日 (土)

銀河戦記/鳴動編 第二部 第二章 IV

第二章 ミスト艦隊

                 IV 「貴艦らがサラマンダー艦隊という証拠を見せてくれ。ランドール提督を出してくれ ないか」  彼らが確認のためにランドール提督を出してくれと言うのは無理からぬことだろう。  ニュースにたびたび登場する共和国同盟の英雄であるアレックスを知らない人間は いないだろうが、旗艦艦隊司令のスザンナやパトリシアを含めたその他の参謀達はほ とんど知られていなかった。 「提督はただ今会議に出席しておりまして、すぐには……。お待ちいただけますか」  まさか昼寝をしているらしいとは言えなかった。 「いいでしょう、三時間……。三時間待ちましょう。それを過ぎたら攻撃を開始しま す」  サラマンダー艦隊に勝てる見込みなどないはずだった。  さりとてこのまま通過を許すわけにもいかない。  万が一、戦闘を避けるために迂回してくれるかもしれない。  そういう思考が働いたのかもしれない。 「そ、それは……」  と、スザンナが言いかけたときだった。  通信に割り込みが入ってアレックスが答えていた。 「了解した。私がアレックス・ランドールです。これより貴艦に挨拶に向かうので乗 艦を許可されたい」  サラマンダー艦橋にいる一同が耳を疑った。 「提督の艀のドルフィン号のパイロットから出港許可願いが出ています」  オペレーターが報告すると同時にアレックスよりスザンナに連絡が届く。 「スザンナ。わたしが相手の艦に赴いて直接交渉をする。艀を出してくれ」 「まさか提督お一人で、ミスト艦隊に出向かわれるおつもりですか?」 「相手の所領内に侵入しているのだ。こちらから赴くのが礼儀というものだろう」 「判りました。一緒にSPを同行させます」 「それなら大丈夫だ。ここにコレットを連れてきている」 「コレット・サブリナ大尉ですか? しかし彼女は特務捜査官ではないですか……」 「射撃の腕前ならサラマンダーでは誰にも負けないぴか一だぞ」 「判りました。艀を出します」  出港管制オペレーターに合図を送るスザンナ。 「ドルフィン号へ、出港を許可する。三番ゲートより出港せよ」  一連のアレックスの行動について、驚きの感ある一同だった。  普段は昼寝するといって艦橋を離れたり、艦隊運用をスザンナに任せて自室に籠っ たりと、一見傍若無人とも思える行動をとるアレックス。  しかし、ここぞというときには霊能力者のように、先取りする行動を見せる。 「ミスト艦隊へ、ランドール提督自ら艀に乗って、そちらへ伺うとのことです」 「分かった。ゲートを開けてお待ちする」  発着ゲート。  係留されている格納庫から三番ゲートに移動を開始するドルフィン号。  その機体には小柄ながらもサラマンダーの図柄が施されていて、一目でランドール 専用機であることが判るようになっている。  やがて発進ゲートがゆっくりと開いていく。 『ドルフィン号、発進OKです。どうぞ』 『了解。ドルフィン号、発進します』  エンジンを吹かせて静かに宇宙空間に出るドルフィン号。  戦闘機ではないので、武装はないし高速も出せない、あくまでも艦と艦の間を移動 するための手段としての機体である。  静かにミスト艦隊の旗艦に近づいていく。  やがてミスト艦隊の着艦口が開いて誘導ビーコンが発射された。 『誘導ビーコンに乗ってください。こちらで誘導します』 『了解。誘導ビーコンを捕らえました。誘導をお願いします』  双方とも旧共和国同盟のシステムを持っているので、着艦には何のトラブルを起こ すこともなく、着艦ゲートへと進入に成功した。
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2019年2月22日 (金)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー おとり捜査(R15+指定)

特務捜査官レディー(R15+指定)
(響子そして/サイドストーリー)

(二十七)おとり捜査  というわけでおとり捜査の決行日となった。  船の科学館羊蹄丸のマジカルビジョンシアター。  目印のピンクのツーピーススーツ姿にて、前列から7列目の一番右側の席に腰掛け て、合言葉を掛けてくる相手を待つ。  運び屋が来るか、本人が直接来る。  それとも……。  ふと周囲に異様な雰囲気を感じた。  息をひそめこちらを伺っている気配。  それも一人や二人ではない。  逃げられないように出入り口を確保しているようだ。  やはり、そういう手でくるのね……。  一人の男が近づいてきた。  本人は気配を隠しているつもりだろうが、明らかに刑事の持つ独特の雰囲気を身体 に現していた。 「お嬢さん、お船はお好きですか?」  合言葉であった。 「ええ、世界中の海を回りたいですね」  合言葉で答える。  すると右手を高々と挙げて、周りの者に合図を送った。  ざわざわと集まってきたのは刑事であろう。 「そこを動くな!」  拳銃を構えた男達に囲まれていた。  明らかに刑事だった。  制服警官の姿もあった。  まわりを取り囲まれていた。 「やはりね……」  端から取引をするつもりはないのだろう。  麻薬密売取り引きの現行犯で逮捕しようというのだ。  わたしを逮捕し、取り調べながら入手ルートを聞き出して、直接相手と交渉するつ もりだったのだ。  それでなくても、奴には警察が押収する薬物を横流しする手段もあるから、 「持ち物を調べさせてもらう」  一人がわたしの脇においてあった鞄を開けて、中を調べ始めていた。  いくつかの透明の袋に入れられた白い粉末。  もちろん本物の覚醒剤である。  警察官はその一つを開けて、検査薬キット(シモン試薬及びマルキス試薬と試験管 のセット)で調べ始めた。  それは、試薬と覚醒剤を混ぜると反応して変色するというものである。学校の化学 の授業で、アンモニアとフェノールフタレイン溶液を混ぜて、アルカリ性を確認した ことがあるだろうが、それと同じ論理である。  以前はシモン試薬のみで行われていたが、抗うつ剤や脱法ドラッグにも反応すると いうことで、現在は複数の試薬で行って確実性を高めるようになっている。  試薬を入れた試験管の色が陽性を示していた。  それを声を掛けてきた男に見せていた。 「君を覚醒剤密売の容疑で逮捕する」  パトカーで警察署に運ばれるわたし。  女性警察官が終始そばについていた。  男性警察官の場合、「肩を触ったわ。セクハラよ」と訴えられる可能性があるから である。容疑者にも当然人権がある。  警察署裏口についた。  職員や容疑者などはそこから署に入ることになっている。  手錠を掛けられたまま取調室へ向かう。  女性の場合は手錠を掛けない場合もあるが、覚醒剤密売という重罪を犯しているこ とから、手錠は掛けられたままであった。  途中で、敬とすれ違う。  言葉は交わさなかったが、 「うまくやれよ」  とその瞳が語っていた。  取調室に到着する。 「局長が取調べを行うそうよ。しばらく待っているように」  女性警察官はそう言った。  部屋の中央にある対面式の尋問机? の片側の椅子に腰を降ろす。  部屋の中には、今のところ女性警察官が二人。逃げられないように戸口を塞いでい た。  やがて局長が姿を現した。 「君達は外で待機していてくれたまえ」  扉のところに立っていた女性警官に命令する局長。 「ですが……」  容疑者といえども女性となれば、必ず女性警官が立ち会うことになっていた。  意義を唱えてみても、 「出て行きたまえ、聞こえなかったのか」  と、強い口調で言われればすごすごと出て行くよりなかった。  二人の女性警官が退室するのを見届けてから、口を開く局長だった。 「さて、まずは名前・生年月日から聞こうか」 「そんなことよりも、覚醒剤の入手先をお知りになりたいんじゃなくて?」 「それもそうだが、一応決まりだからな」 「決まりと言いながら、女性警察官を追い出したのはどうしてですの? まさか、わ たしを女装趣味の男性とでもお思いになれたのですか」  例の女装仲買人のことをほのめかす。  局長の顔が一瞬引き攣ったようだが、 「いや、君を見れば本物の女性だと判るよ。女装者にはない、気品が漂っているから ね。正真正銘のね」  まあ……生まれたときからずっと、女性として育てられたものね。  言葉使いから仕草から、徹底的に母から教えられた。 「ただ他に聞かれたくない内容になりそうなのでね」 「そうでしたの……いいわ。名前は、斉藤真樹。誕生日は……」  素直に自分の身分を明かしていく。  どうせ持っていた運転免許証を見られているんだ。  隠してもしようがない。 「さてと、決まり文句が済んだところで本題に入ろうか」  局長の目つきが変わった。  警察官と言うよりも、検察官に近いそれは、「言わなければどうなるか判っている な」と語っている。 「入手先だよ」  やっぱりね。 「その前に昼食にしませんか? まだお昼食べていませんの」 「ふふん。さすがに、麻薬取り引きしようというだけあって、性根が座っているな。 いいだろう、食べさせてやろう」 「ありがとうございます。それじゃあ……」  というわけで、この当たりで一番手軽でお待ち帰りできるファーストフードを注文 する。
刑事ドラマやアニメなどで、白い粉をペロリと舐めて「麻薬だ!」というシーンが登 場しますが、あれはフェイクです。万が一「青酸カリ」だったりしたらあの世行きで すから、麻薬取締官や司法警察官はやりません。 名探偵コナン「ピアノソナタ月光殺人事件」やシティーハンター「冴子の妹は女探偵 (野上麗香)」の回などが有名ですね。
羊蹄丸は、2011年の閉館後に解体されました。
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2019年2月21日 (木)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 取り引き(R15+指定)

特務捜査官レディー(R15+指定)
(響子そして/サイドストーリー)

(二十六)取り引き  わたしは局長室に直通のダイヤル番号に電話を掛ける。 「生活安全局局長室です」  懐かしい声だった。  まさか本人が直接出るとは思わなかった。普通は秘書が出て取り次ぐものだが、お そらく所用で部屋を出ているのであろう。 「局長さんですか?」 「その通りです」  早速本題に入ることにする。 「実は覚醒剤を手に入れたんですけど、局長さんが仲買い人を紹介してくれるという 噂を耳にしまして」 「どういうことだ?」  局長の声色が変わった。 「隠してもだめですよ。警察が押収した麻薬を横流ししてること知ってるんですよ」 「それをどこで聞いた?」 「以前あなたのお友達に女装趣味の人がいたでしょう? その人から聞いたのよ」 「まさか……」 「うふふ。逆探知してもだめですよ。あなたの地位が危なくなるだけです。で、どう しますか?」 「どうするとは?」 「覚醒剤ですよ。とぼけないでくださいね。取り引きしませんか?」  しばらく無言状態が続いた。  対策を考えているのだろう。 「い、いいだろう。取り引きしよう。どれくらいの量を持っているのだ」 「そうですねえ……5700グラム。末端価格で4億円くらいになるでしょうか」  覚醒剤の相場は、密売グループが大量検挙されたなどの市場情勢によって変動する が、平成24年以降1グラム7万円前後を推移している。ちなみに密売元の暴力団の 仕入れ価格は1グラム8~9千円程度だというから、上手く捌ければぼろ儲けという ことだ。 「ほう……たいした量だな」 「もちろん、混じりけなしの本物ですよ」 「どうすればいいのだ。取り引きの場所は?」 「そうですねえ……。お台場にある船の科学館「羊蹄丸」のマジカルビジョンシア ターにしましょう」 「船の科学館羊蹄丸のマジカルビジョンシアターだな。日時と目印は?」 「日時は……」  取り引きに関する諸用件を伝える。 「わかった。必ず行く」  というわけで、局長を丸め込むことに成功して、電話を切る。 「やったな。後は奴が本当に乗ってくるかどうかだな」  そばで聞き耳を立てていた敬が、ガッツポーズで言った。 「乗ってくるわよ。何せ覚醒剤横流しの件を知っている人物を放っておけるわけない じゃない」 「そうだな」 「というわけで、課長」 「判っている。覚醒剤のほうは手配しよう。しかし5700グラムとは、ちょっと多 すぎやしないか?」 「だめですよ。撒き餌はたっぷり撒かなくちゃ釣りはできませんよ。それくらいじゃ ないと、局長本人が出てこない可能性がありますからね」 」 「判った。何とかしよう」 「お願いします」
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2019年2月20日 (水)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 新情報(R15+指定)

特務捜査官レディー(R15+指定)
(響子そして/サイドストーリー)

(二十五)新情報  その過程で手に入れた飛び切りの情報。  某警察署生活安全局局長が、麻薬課が押収して保管している覚醒剤を横流ししている。 「それは、ほんとうかね?」  彼女から得た最新情報を課長に伝える。 「警察のキャリア組が麻薬の横流しとは……世も末だな」 「課長……。あまり驚かれていませんね」 「ああ……。実は別のルートからその局長が麻薬の横流しをしている情報を掴んでい たんだ」 「なぜ、逮捕しないんですか?」 「何せ、警察という組織の中で行われていることだろう? その局長が横流しをして いるという情報はあっても、確証がまだ得られていないんだ」 「証拠不十分ですか?」 「そういうことだ。手は尽くしているんだが、なかなかねえ。縦割り行政の壁という 奴だ」 「そうでしたか……」  この麻薬取締部でも、あの局長には手をこまねいているということだ。  今回の覚醒剤取引のことをみてもわかるように二重・三重に防御策を施している。 「では、警察内部に密かに協力者を募るというのはどうでしょうか? 特に麻薬課に 所属する警察官をです」 「協力者? かね……」 「はい。実は、心当たりがあるんです」 「大丈夫なんだろうね。問題が起きたりはしないか?」 「問題が起きるのを心配して、行動に移さなければ、その間にも多くの麻薬患者が苦 しみ続け、新しい患者を増やしているのですよ」 「それはそうなんだが……」 「課長!」  私はいつになく高揚していた。  このまま放って置いては、ひろし君のような第二の事件が置きかねないのである。 「わ、わかった。その警察官? かね。一度内密に合わせてくれないか?」  ということで、課長に敬を紹介することにした。 「生活安全部麻薬銃器課の沢渡敬です」  敬礼して課長に挨拶する敬だった。 「君かね。協力者となってくれるというのは」 「はい、そうです」 「協力するということは、君のところの局長が何をしているかを知っているというこ とだね?」 「もちろんです。そのために命をも狙われました」 「ほんとうかね?」 「ええ、ニューヨークへ飛ばされた挙句にです」  敬は、ニューヨークで起きた事件を説明しだした。もちろんニューヨーク市警署長 のことは伏せている。 「……なるほど、日本では、事故にしても殺人にしても、警察官が死ねば必ずニュー スになる。それが地球の裏側で殺人が横行するニューヨークなら、単なる殉職として 済まされてしまうことが多いし、犯人捜査も全部向こう任せだ。もし、局長が手引き していたとしても手掛かりは闇に葬りさられるだろうしな」 「まあ、そんなわけで命からがら舞い戻ってきました」 「そこまでされたのに、よく警察官に復職でたものだ」 「局長を引き摺り下ろしたい一身ですよ。もう一度私を手に掛けようとすれば、逆に その首根っこを掴まえてやりますよ。局長も、それが判っているから、すぐには手を 出せないでいるわけです。でも水面下では何らかの手を打っていると思います」 「うーむ……。難しいな」 「そこで、ちょいと罠をしかけてやれば引っかかるかも知れません」 「まかり間違えば命を落とすことになりはしないかね?」 「ありうるでしょう。しかし、組織の上層部にいる局長を、その座から引き摺り下ろ すには、こちらもそれなりの覚悟が必要でしょう」 「で、具体的にどうするのだ?」 「局長を動かすには、やはり薬でしょう。だよな、真樹」  と言ってわたしに微笑みかける敬だった。 「ええ」 「おとり捜査か! しかも真樹君を使うのか?」 「そうです。わたしと局長は、たぶん……面識がありませんから」  黒沢先生の整形手術は完璧なまでに、他人に仕上げてくれた。気づかれることはな いだろう。 「しかし、いくらなんでも、それは……」 「課長! 何度も言わせないで下さいよ。局長を放っておいたら」 「わかっている! 君がそこまで言うのなら、まかせるよ。で、どうしたらいいんだ。 地方警察官と麻薬取締官との連携捜査となる方法だ」 「それはですね……」  乗り出すようにして、敬が説明をはじめた。
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2019年2月19日 (火)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 化粧指南(R15+指定)

特務捜査官レディー(R15+指定)
(響子そして/サイドストーリー)

(二十四)化粧指南  彼女の元に戻る。  化粧道具をちゃぶ台の上に広げ鏡を置いて、彼女に化粧の仕方を教える。 「産毛を剃りましょうね」  女性用剃刀で丁寧に産毛を剃り落としてゆく。これをやらないと化粧品のノリが悪 くなる。 「まずは下地クリームからね。化粧の乗りを左右する大切なことだから手を抜いちゃ だめなの」  というようにして、基礎からしっかりと教えながら化粧を施していく。  他人に化粧して貰うことなどはじめてなのであろう。  目を見開いてしっかりと、わたしの手の動きを追っている。 「初心者のよくやる失敗はね。クリームを塗りすぎることなのよ。ほんの少しだけつ けてね、よーく延ばしていくの」  ファンデーションやチークやら、ひとつひとつ懇切丁寧に指導してゆく。  彼女のほうも真剣に聞いていた。 「そしてここからが一番難しいアイメークよ。目は女性の命だし、一番視線が集中す るから、手を抜かずにきっちりと、ポイントを押さえていくの」  アイブロー、アイシャドーやアイラインなど、まばたきをするからせっかくの化粧 が落ちたり汚れたりしないように丁寧に行う。なんといってもぼかしのテクニックが 出来を左右するといってもいいかもね。  止めは口紅。リップライナーでしっかりと輪郭をとってから、中身を塗つぶしてい く。  まだまだやらなきゃならない事もあるけど、初めてなんだから取りあえずはこんな ものでしょう。 「はい。出来上がりよ」  と、鏡を彼女の前に差し出す。  どこから見ても本物の女性と見違えるくらいの完璧な化粧だった。 「これが、あたし?」  本人もあまりの変身振りに驚いて唖然としていた。 「ね? 素敵な女性になったでしょ。どこから見ても、まさか女装している人には見 えないわよ」 「あ、ありがとう……」  素直にお礼を言われた。  まあ、これで少しはガードが下がるでしょう。  取りあえず今日のところはこれくらいにしておきましょう。  何事も順序が肝心なのよね。  それなりの取調べ? を終えて、彼女を女性用の留置室に特別に入れてもらうよう にしてもらった。何せ化粧をしタイトスカートな女性用スーツを着ているのだ。通路 から丸見えの男性用留置室に入れるのは酷である。  翌日も取り調べ室に彼女と二人で差し向かうわたし。 「女性用の留置場に入れるようにしてくれのはあなたね?」 「だって、男性用の留置場って酷いじゃない」  最近の留置場における女性に対する扱いはかなり柔軟になってきているようだ。例 えば警察庁の留置場で説明すると、男性用の留置場は看守席から良く見えるような位 置にあって、室内が通路から鉄格子ごしに丸見えになっており完全にプライバシーが なかった。よく映画で見られるようなずらりと檻が一列に並んでいる監房とほとんど 同じである。それに引き換え女性用は通路からまず前室のような部屋があって個室の ような雰囲気のある造りになっている。  また男性が所持品をきびしく制限されているのに対し、女性の方は身だしなみに必 要な化粧品やくし・ヘアブラシなどを前室にある洗面所で使うことができる。  もちろん彼女のために化粧道具を留置所に用意してあげたのもわたしだ。  替えの新しいランジェリーも差し入れしてあげた。 「それじゃあ、今日もお化粧の練習しましょう。眉の手入れとマスカラをメニューに 入れたからね」    さらに数日間。  彼女を女性として扱い、まずは化粧の勉強から始まる一日の繰り返しだった。  そんなわたしの献身的な? 扱い方によって頑なだった彼女の心が少しずつ和らい できていた。  女装をはじめたきっかけや、衣装をどこで買ってるなどといった会話。  気楽に化粧やファッションなどの女性的な話題で盛り上がっていた。  そして……。 「いいわ。あなたには随分良くしてもらったから、一番知りたがっている情報を教え てあげる」  ある日突然、彼女がこう言い出した。 「覚醒剤の入手先は、某警察署の生活安全局の局長よ」  と、ついに白状したのである。 「麻薬課が押収した覚醒剤を、こっそり横流ししているの。それを運び人が受け取っ てわたしが仲買い人となり売人達に売り渡していたのよ」 「ありがとう」 「わたしを女性として扱ってくれたお礼よ。ここを出たらまた男性監房に逆戻りだろ うけど、ここにいる間だけでも自分が女性になれた気分を与えてくれたことに感謝す るわ」  彼女の言うとおり、留置場での捜査が終われば、検察官の起訴・不起訴の審議とな り、起訴となれば拘置所へ送られる。犯罪容疑者を前提とする拘置所は留置場ほど環 境はよくなっていない。 「起訴されても、せめて執行猶予がつくことを祈ってるわ」 「だといいんだけどね」  こうしてわたしの彼女に対する取調べは終わった。
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2019年2月18日 (月)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 取り調べ(R15+指定)

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)

(二十三)取り調べ(R15+指定)  レディースホテルの覚醒剤取引事件の仲買人の取調べがはじまった。  留置所において仲買い人と対面するのであるが、逮捕された当時の女装したままで、 なおかつ女性言葉を使うので、取締官もやりにくそうだった。そこでわたしが駆り出 された。  他の男性取締官に席を外してもらって二人きりで相対することにした。  まともに付き合っていても喋ることはないだろうと思う。  わたしは搦め手から攻めていこうと思った。 「ねえ、女装って楽しい?」 「何よ、急に」 「わたしにもね、女装が好きな人がいてね。よくお喋りするんだけど、女装する人に も何種類かあるそうね。気分転換に単に女装を楽しむ人と、女性の心を持っていて女 性になりたいと思っている人、MTFっていうそうね。あなたはどっちかしら?」 「それがどうしたっていうのよ。どっちでもいいでしょ」 「そういう風に女性言葉で話し続けているところみると、あなたは後者ね」 「勝手に思っていればいいわ」  と、あさっての方を向いてしまう彼女だった。  うん。  なかなか難しいわね。  どんな話題を持ってくれば、乗ってくるかしら。  とにかく話にならなければどうにもならない。  その横顔を見ながら、その化粧の仕方の下手くそさを思う。  女装している人にとって、何が一番難しいかというとやはり化粧であろう。  できれば綺麗になりたいと思っているだろうし、かと言ってなかなか上手くできな いものである。このわたしだって化粧をはじめたた頃は、母につきっきりで、実際に 化粧品を使って教えてもらったものだが、そうそう思うとおりにならなかった。  初心の頃に有りがちなのは、クリームとかを塗りすぎて、ついつい厚塗りしてしま って、仮面のようになってしまうことである。厚化粧になって何かするとひび割れを 起こしたりする。  この彼女も、そんな初心者のようであった。 「ところで化粧って難しいでしょう?」 「下手くそっていいたいのでしょう」 「そうね。女性のわたしからみると、確かに下手ね。はっきり言うわ」 「ふん。どうでもいいでしょ」 「ねえ。教えてあげましょうか?」 「な……」 「お化粧ってね。雑誌とか読んでの自分勝手流じゃ、なかなか上手にならないのよね。 プロなり美容師さんにちゃっと、化粧道具を使って習わないとね。まあ、わたしだっ てプロじゃないけど、それなりに勉強しているから教えてあげられるわよ」 「そんなことして、どうなるってんのよ」 「綺麗になりたくないの?」  彼女が一番気にしているところから、じわじわと攻め立てるわたし。  化粧が下手だと言われそうとうの劣等感に陥っているはずだ。そこへ化粧の仕方を 教えてあげると言われれば、多少なりとも心を動かされるはずだ。 「そんな化粧じゃ、注目されて女装者だとばれちゃうわよ。上手に化粧すると、誰が みても女性としか見えない自然なお顔になれるものよ」 「そうは言っても……」  彼女の気持ちがだいぶぐらついてきたようだ。  もう一押しよ。 「ね、ね。教えてあげるわ。ちょっと待ってね。今、化粧道具を持ってくるから」  彼女を残して、一旦取調室を退室する。  そとで待機していた同僚が話しかけてくる。 「真樹ちゃん。どう? 上手く言ってる?」 「うーん。今はじまったばかりという感じです。ちょっと化粧道具を取ってきます」 「化粧道具? 化粧直しするの?」 「まあ、まかせてください。中へは入らないでくださいね。せっかくの手筈が狂って しまいますから」 「あ、ああ。真樹ちゃんがそういうなら……」  それから女性用留置室へ行って、女性被留置者のために用意してある化粧道具を借 りてくる。化粧道具を意外と持っていない被留置者も多く、接見室での接見・差入の 際に化粧できるように用意してある。  留置場における社会復帰のための矯正の一環であり、出入り業者から化粧水程度の 化粧品は購入できる。
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2019年2月17日 (日)

銀河戦記/機動戦艦ミネルバ 第二章 選択する時 V

 機動戦艦ミネルバ/第二章 選択する時(日曜劇場)

 V 今後のこと 「結局のところ、このまま共和国同盟がバーナード星系連邦の一州になってしまうか、 それともランドール提督が解放に成功するか。って、どっちを信じるかに掛かってい るんじゃないの」 「冷静に勢力分析する限りでは、ランドール提督には三十万隻と同数に匹敵するとい われる機動要塞があり、マック・カーサーにはいずれ再編成される旧同盟の残存艦隊 百万隻と合わせて二百万隻にのぼる艦隊がある。仮に提督が防衛に徹するとすれば、 艦隊六十万隻相当、総督軍はその半分を自国防衛に回したとして残り半数の艦隊百万 隻との戦いになる。六十万隻対百万隻、提督の力量からして十分防衛可能な勢力とい えるだろう。しかしそれでは同盟の解放をするには至らない。そこでランドール提督 が反攻するとなると、動かせない要塞は無意味であるから正味三十万隻、対する総督 軍は持てるすべての二百万隻を動員できるから、三十万隻対二百万隻との戦いとなる。 よほどの奇策でも講じない限り勝てる見込みはないな……」 「それに解放軍にとってやっかいなのは、かつての味方同士で戦わなければならない ので、士気統制面で非常に不利益ということ。総督軍にとってはランドール軍はただ の反乱軍であるから、これを討伐することには何ら不都合は生じないのにたいし、解 放を旗印にするランドール軍には、旧同盟軍は味方でありまともには戦えない」 「現状のまま維持する限りは、ランドール提督の未来はないということか」 「勝算のない戦いはしないというのがランドール提督の性分らしい。にも関わらず総 督軍に楯突く限りは、何らかの作戦を用意しているに違いない」 「過去の例をとってみれば、継続してレジスタンス活動を維持し敵を追い出して国家 の再興を謀るには、対抗する国家の援助を取り付けられるかどうかにかかっていると いえる」 「対抗する国家?」 「銀河帝国だよ」 「そうか、帝国にとっては同盟が完全に崩壊してしまえば、次ぎなる獲物が自分達で あることを身にしみて感じているはず。そこに提督の望みがあるというわけか」 「銀河帝国と何らかの軍事協定を結ぶことに成功すれば望みも出て来る」 「そういうこと。ともかく提督には時間稼ぎが必要だ。そのためにレジスタンス部隊 として第八占領機甲部隊を各主要惑星に配置したのではないかと思うんだ」 「でもさあ、もし提督が同盟を解放することに成功すれば、俺達も功労者として二階 級特進とか勲章かなんかもらえちゃったりするのかなあ」 「可能性はあるんじゃない。マック・カーサー総督の首でも取れば間違いないかな」  議論白熱する乗員達であった。  それも議論に参加しているのは、若い士官達ばかりであった。  それはもちろん、アレックス・ランドールという英雄の存在がある中で、士官学校 に学んだ連中ばかりなのだ。  そのほとんどが、アレックスに対する熱い信奉があったのである。  一方その頃、フランソワは艦長室に一人 「果たして何人残るかしら……」  いくら反乱の狼煙を挙げたとしても、着いて来るものがいなければしようがないし、 故郷に弓引くことを強制することもできない。 「先輩なら、こんな時どうなさいますか?」  物言わぬパトリシアの写真に向かって問いかけてみるフランソワであった。  ノックの音がして、リチャードが入ってくる。 「あれから三十六時間が経過しました。現在時点の退艦希望者リストです」 「こんなに……」 「妻帯者を中心に七十余名に登る士官が退艦を申し出ております」 「仕方がありませんね。妻や子供を残していくわけにはいかないでしょうから」 「はい」 「リストの全員に退艦許可を与えます。退艦用の艀を用意してください。期限の十二 時間後に出発させましょう」 「わかりました」
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2019年2月16日 (土)

銀河戦記/鳴動編 第二部 第二章 III

第二章 ミスト艦隊(土曜劇場)

                III  重力アシストに突入して十二分、巨大惑星の背後から赤く輝く小さな星が現れた。  カリスの衛星ミストである。  デュプロス星系において人類生存可能な星にして、カリスとカナン双方の中に存在 する唯一の衛星である。  二つの巨大惑星は周囲の星間物質を飲み込んで、三つ目の惑星どころか衛星さえも 存在しえないはずだった。  ミストは、恒星系が完成したその後に、どこからか迷い込んできた小惑星を取り込 んで衛星としたと推測されている。  実際に、巨大惑星の重力の及ばない最外縁には、いわゆるカイバーベルトと呼ばれ る小惑星群がある。そこから軌道を外れた小惑星が第二惑星カナンに引かれはじめた。 そのままでは、カナンに衝突するはずだったが、たまたま内合を終えたばかりの第一 惑星カリスによって軌道を変えられて、その衛星軌道に入った。  それがミストが衛星として成り立った要因ではないかとされている。  ミストはカリスの強大な重力によって常に同じ表面を向けている。一公転一自転と いうわけである。  その地表はカリスの重力の影響を受けて至る所で火山が噴出して地表を赤く染め上 げている。地熱を利用した豊富な発電量によって人類の生活を潤していた。 「せっかくここまで来たのに。立ち寄りもせずに素通りとはね」 「仕方ありませんよ。それより、ほら。お出迎えです」  ミストから発進したと思われる艦隊が目前に迫っていた。 「ミスト及びデュプロス星系を警護する警備艦隊です」 「警備艦隊より入電です」 「スクリーンに流して」  スクリーンの人物が警告する。 「我々は、デュプロス星系方面ミスト艦隊である。貴艦らは、我々の聖域を侵害して いる。所属と指揮官の名前を述べよ」  相手は旧共和国同盟の正規の軍隊ではないとはいえ、節度ある軍規にのっとった警 備艦隊である。  いきなり戦闘を仕掛けてくるようなことはしない。  まずは自分が名乗り、そして相手に問いただす。  それに対して襟を正してスザンナが静かに答える。 「こちらはアル・サフリエニ方面軍所属、アレックス・ランドール提督率いるサラマ ンダー艦隊です。」 「サ、サラマンダー艦隊!」  さすがにその名前を聞かされては、驚愕の表情を隠せないようだった。  スザンナが共和国同盟解放戦線としてではなく、旧共和国同盟軍の称号を名乗った のは、敵対する意思のないことを伝えたいからだった。 「我々は、デュプロスに危害を加えるつもりはありません。ただ、通過を認めてもら いたいだけです」 「これまでにも貴艦らと同じように、周辺国家の艦隊が銀河帝国へ亡命するためにこ こを通過しようとしたが、ことごとく追い返したのだ。一度でも通過を許したことが 伝われば、同様のことが立て続けに発生するだろうからだ」 「でしょうね……」  スザンナが納得したように頷く。  バーナード星系連邦に組みして総督軍に編入されるか、共和国同盟解放戦線に加担 するか、そのどちらにも賛同し得ない国家や軍隊にとって第三の選択肢が、銀河帝国 への亡命であった。  しかし帝国へ亡命するには、最寄の星系であるこのデュプロスからもかなりの道の りを要するために、補給のために立ち寄る必要があった。
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2019年2月15日 (金)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー ピンチはチャンス!(R15+指定)

特務捜査官レディー(R15+指定)
(響子そして/サイドストーリー)

(二十二)ピンチはチャンス! 「まさか女性警官がこんなところまで出張ってくるとは思わなかったわ」  銃口をこちらに向けたまま、話しかける仲買人。 「ハンドバックを床に置いて、滑らすようにこちらに放りなさい」  こんな危険な現場に来る以上、ハンドバックに拳銃が入っていると考え、取り上げ ようとするのは当然だろう。  跪いてそっとハンドバックを床に置き、相手に放り出す。  真樹から目を逸らさないように、銃を構えたまま、ゆっくりと腰を降ろしながらハ ンドバックを拾う仲買人。  あ! ショーツが見えた。  下着もちゃんと女性の物してるんだ。  しかしショーツが見えるような仕草してるようじゃ、女装歴もたいしたことないわ ね。腰を降ろすときもしっかり膝を揃えて、優雅に落ちている物を拾うのよ。さっき わたしがやって見せたようにね。  ……なんて考えてる余裕はないか。  ハンドバックを開けて、中身を確認する仲買人。 「へえ、M84FSか……」  と拳銃が入っているのを確認し、さらには麻薬取締官の身分証を取り出して開いて みる。 「あなた、麻薬取締官だったの? へえ、女性もいたんだ。どうりで、こんな危険な 現場に女性警察官が? とは思ったけど。これからは気をつけなくちゃいけないわ ね」 「どうも」 「しかし顔を見られてしまったからには、ここで死んで貰うしかないわね」  わたしに向けられた拳銃のトリガーにかかった指に力を込めている。  その時だった。 「やめてえ!」  それまで震えて動かなかった売人が飛び出して、仲買い人の腕を押さえたのである。 「は、離しなさい」 「人殺しはやめて!」 「うるさいわね。ならあなたから死んで」  銃口の矛先が売人の方に向いた。  チャンス!  わたしはタイトスカートを捲し上げて(ちょっと恥ずかしいけど……)、ガーター ベルトに挟んでいたダブルデリンジャーを取り出して、すかさず仲買人の手を狙って 撃ち放った。  M84FSは見せ球である。それを取り上げれば安心して、隙を見せるだろうという心 理を付いたつもりだ。ハンドバックの中に銃などを隠し持つというのは、誰しも考え る。  実は隠し玉として、スカートの下にデリンジャーを用意していたのである。  ズキューン!  耳をつんざくような銃声が、化粧室内に反響する。 「きゃあ!」  悲鳴を上げたのは売人である。自分が撃たれたと思ったようだ。  デリンジャーから撃たれた銃弾は、見事に仲買人の持っていたM1919を弾き飛ばし た。  わたしのハンドバックも投げ出されて、中身の化粧品とかがそこら中に散らばる。  間一髪の差でわたしの射撃の方が早かった。 「ちきしょう!」  銃を弾き飛ばされ形勢逆転となった仲買人は、わたしに体当たりして突き飛ばすと、 廊下へ飛び出して行った。不意を突かれてわたしは尻餅をついていた。 「油断した」  起き上がりハンドバックを拾い上げて、売人に渡しながら、 「散らばったもの拾っておいてね」  と依頼する。  呆然としたまま、バックを握り締めて固まっている売人。  仲買人の手から弾き飛ばしたM84FSを拾い上げて、後を追いかけて廊下へ駆け出す。  途中、目に入った火災報知を拳銃の銃底でカバーを割って非常ボタンを押す。  ホテル中を火災報知器のけたたましい非常ベルが鳴り渡る。  これでホテルの外で待機している同僚達も踏み込むことができるだろう。  通常は男性が入れないレディースホテルも、火災という非常事態となれば警察官と して堂々と入れるわけだ。  ちなみに麻薬取締官も司法警察官ということを忘れてはいけない。  仲買人は上へ上へと逃げていく。  なぜ上に逃げるのか?  非常の脱出路があるのかも知れない。  となれば早いとこ捕まえなければならない。 「待ちなさい!」  と言われて待つ悪人はいない。  しかし、タイトスカートにハイヒールという姿のせいか走りにくそうである。  慣れないことはしないことね。  もちろんわたしは普段から着慣れているから、足捌きもスムーズである。 「もう少しで追いつくわ」  あ!  転んだ。  あはは、慣れないハイヒールなんか履いてるからよ。  なんて笑ってる場合じゃない。  すかさず飛び込んで、日頃の逮捕術を見せ付けるいい機会となった。  立ち上がり殴りかかってくるその腕を絡め取って逆手に捻りあげながら投げ飛ばす。  もんどりうって倒れた相手に、固め技から後ろ手両手錠を掛ける。 「はい! 一丁挙がり」  というわけで、ついに仲買人を確保できたのである。  どかどかと駆け上ってくる、明らかに男性用と思われる靴音が響いている。  やがて同僚達が息せき切って現れる。 「真樹ちゃん!」  わたしの姿を見て一目散に駆け寄ってくる。 「大丈夫だったかい?」 「怪我してない? ホテルの従業員が銃声のような音を聞いたらしいから」  仲買人のことよりも、わたしのことを心配してるよ。 「はい。しっかりと大丈夫です」  そしておもむろに仲買い人を見て、 「こいつが、仲買い人か?」 「はい。そうです」 「よし、良くやったぞ。えらい」  と頭をなでなでされた。
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2019年2月14日 (木)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 行動開始(R15+指定)

特務捜査官レディー(R15+指定)
(響子そして/サイドストーリー)

(二十一)行動開始  売人の後を追うようにしてレディースホテルに入る真樹。  泳がせ捜査の始まりだった。  売人を追跡しつつ、近寄る不審人物をチェックする。 「さあて、どんな奴だろうね」  仲買人の顔を知っているのは、売人だけである。  まだ時間があるのか、ロビーの応接セットに腰掛けていた。  彼女が観察できる位置の応接セットに腰掛け、ホテルを出入りする人物をチェック することにする。 「あたしの知っている人物は来るかな」  女性警察官時代に担当した麻薬課の犯罪者リストの顔写真が思い起こされる。もち ろん自分自身で逮捕した容疑者もいるが、そういう人物に顔を覚えられているとやっ かいだ。 「ばれたりしないよね」  顔を整形しているとはいえ、どことなく面影が残っているかも知れないし……。  この泳がせ捜査に関わらず、今後の麻薬取締においても、警察官なり麻薬取締官な りの顔を覚えられると、逃げられる確立が高くなって問題なのだ。  もっとも女性警察官時代においても、実は男性だったことを知る容疑者たちはいな いはずだが。  彼女はまだ動かない。  その間も、ネット手帳を使って、同僚達と連絡を取り合う。  まあ、他人目にはインターネットで調べものしている風に見えるだろう。 「あ、動いた!」  席を立ち、階段を昇りはじめる売人  エレベーターがあるのに階段を使うのは、精神を落ち着かせるためであろう。エレ ベーター内は閉鎖空間であり、息が詰まるものである。犯罪に関わるものは、すぐに 逃げられるような行動を無意識にとるものだ。 『今、移動をはじめました』  電子手帳に入力して、同僚たちに知らせる。 『仲買人がどこかで監視しているかも知れないから、慎重に行動してくれ。何かあっ たらすぐに連絡してくれ』  すぐに返信メールが返ってくる。 『了解しました』  電子手帳を閉じて、ショルダーバックに納めて、売人の後を追いかける。  警察時代にも囮捜査に何度も借り出された経験もある。尾行の方法とか注意点とか を叩き込まれた経緯があるから、その経験をここでも発揮すればいいのである。  まず一番大切なことは、それぞれの階の見取り図をしっかりと把握しておくこと。  取引の行われる化粧室を中心として、エレベーターや階段(非常階段含む)の位置 関係。通路がどのように繋がっているかなど。犯人の逃走ルートは確実に押さえてお く。  化粧室は、その名の通りに化粧をする所である。  一般的にはトイレも併設してあるが、化粧室だけというホテルもあるので、要注意 である。  敬とニューヨーク観光してた時に、急に用がしたくなってホテルに駆け込んで化粧 室に入って驚いたことがあった。  化粧とトイレは、はっきり区別しておいた方が良い。上品ぶって化粧室はどこです かと聞いたりなんかすると、ほんとにトイレのない化粧室に案内される。トイレに行 きたければトイレとはっきりと尋ねるべきである。  おっと横道にそれた。  何にせよ。トイレではなく化粧室でよかった。  化粧直しに念入りに時間を掛けられるから、売人や接触してくるはずの仲買人の観 察もそれだけじっくりと行えるからである。三十分くらい化粧直しに専念する女性な んかざらにいる。  もちろん直接眺めたり、化粧室内の大鏡で見ることはしない。あくまで観察は化粧 用のコンパクトの鏡を使って、こっそりとばれないように気をつける。  鏡の中の売人はおどおどとし続けであった。 (あーあ……。あれじゃあ、仲買人に何かあると察知されちゃうじゃない)  こりゃあ、それと判明しだい即座に行動に出ないと逃げられちゃうかも。  と思った時だった。  売人の表情が変わった。  来たみたいね……。  コンパクトの鏡の角度を変えて、入ってきた人物の顔を捉える。 (へえ、彼女が仲買人か……)  ちょっと背が高めの冷たい感じのする女性。 (化粧が濃いわね……)  一目そう思った。それだけでなく、着ている服にもどこかアンバランスで、今時の 女性はこんな着方はしない。ファッションに敏感な女性の目には異様な雰囲気だった。  まさか……女装してる?  緊張している売人は気づかないのかも知れないが、明らかに男性が女装しているよ うだ。  間違いない! 仲買人は女装した男性だ。  女性の服を着て化粧し、かつらを被っていれば、人は中身も女性だと思い込む。  よほどの男性的な顔や姿をしていなければ、堂々と正面を向いて歩いていると、意 外と気づかれないものだ。これが女装に自信がなくおどおどとしていると、注目の視 線を浴びてしまって気づかれてしまう。  この仲買人も、気をつけて見ていなかったら、見落としてしまうところだった。  取締りの現場に駆り出される麻薬課の警察官や麻薬取締官は男性ばかりである。危 険な仕事に女性を従事させることはできない。真樹のように志願でもしない限りは。  女装して、レディースホテルの化粧室を利用することで、安心して麻薬取引ができ る。 (考えたわね)  ゆっくりと注意深く売人に近づいていく仲買人。 「ひさしぶりね」 「は、はい」 「金は持ってきたわね」 「もちろんです」  バックを開けて中身を見せる売人。 「いいわ」  二人は小さな声で商談をしている。  仲買人は、声のトーンを高くし女性らしく振舞っているが、やはり男性の声だ。  売人は気づいていない。 「どうしたの? 震えているじゃない」 「そ、それは……」 「まさか! サツを呼んだわね」  気づかれてしまった。  仲買人は、バックを開けて中から拳銃を取り出した。その際に紙包みがこぼれ落ち る。  覚醒剤だ!  これで証拠は挙がった。 「さては、あなたね」  その銃口がわたしを捉える。  この化粧室には、その二人を除けばわたししかいなかった。 「言いなさい! あなたは誰?」  ばれてはしようがない。  彼女の持っている拳銃は、ベレッタのM1919(25口径)のようだ。小型ながらも 装弾数は8発の自動拳銃。対してこちらの持っているのはレミントン・ダブルデリン ジャー(41口径)の二発だけ。  破壊力はデリンジャーだが、弾数と命中精度はM1919の勝ちである。  絶体絶命のピンチ!  ……かしら?
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2019年2月13日 (水)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 泳がせ捜査(R15+指定)

特務刑事レディー
(響子そして/サイドストーリー)

(二十)泳がせ捜査 「さて仕事だ! そいつの機能説明しよう。と言っても、俺も聞きかじりだから詳し く説明できないがね。真樹ちゃんのことだから、試行錯誤ですぐに覚えてしまうだろ うね」 「そうそう。課内にあるパソコンの接続設定とかインストールとかできちゃうんだか ら」  確かに言われるとおりにパソコンとかPDAとかの扱い方には強い真樹だった。  初心者にありがちなのは、ソフトを動かしてパソコンを壊したりはしないか? と か、下手にファイルを削除して動かなくなったとか、余計な心配したり懲りて触るの が怖くなってしまうことである。パソコンは落としてハードディスクなどの機械部分 を壊すとかでなければ、ソフトを操作したぐらいでは壊れるものではない。ファイル の削除でも、ゴミ箱の中身を元に戻したり、WINDOWSならシステム復元を実行 すればある程度元に戻るものだ。 「たいしたことありませんよ。毎日のようにパソコンに触れている、今時の女の子な ら誰でもできますよ」 「まあ、そうだけど。時代の隔世を感じるね」  ともかくも一応、機能説明を受けて一通りのことは理解できた。 「それで肝心の奴の顔を知っているのは、我々の中にはいないので……」 「いないんですか!? それじゃあ、どうやって」 「まあ、最期まで聞け。以前に覚醒剤の売人を捕らえていて、刑を軽減するから仲買 人を教えろということで、協力してくれる奴がいる。その端末にそいつの写真画像が インプットしてあるから、顔を覚えておくんだ」  端末を操作して売人の写真を表示する真樹。 「ああ、これね。女の人」 「前から言っているように、奴に近づけるのは女性だけだ」 「そうだったわね。この女性に接触すればいいの?」 「いや、逆に知らぬ振りをして、そいつが奴と接触するまで待つんだ。いわゆる泳が せ捜査で、覚醒剤を買い付けることで奴と接触するように手筈が整っているはずだ。 そいつが奴と接触し、覚醒剤を受け渡したその瞬間を、麻薬取引の現行犯で押さえる のだ」 「捜査に協力する振りをして、その人が逃げたり逆に相手と結託したりしたら?」 「それはない。彼女が覚醒剤の売人になったのは、奴の属する組織に子供を人質に捕 られていて仕方なくやっていたのだ。現在子供はこちらで保護している。今回の件が 成功したら、執行猶予処分が付くことになっていて、収監されることもなく子供と一 緒に暮らせる」 「司法取引というやつですね。でも日本ではまだ法整備が整ってないですが」 「まあな、いわゆる裏取引というやつだよ」 「なるほどね……結局、当局も彼女を利用しているというわけね。それじゃ、組織と 同じじゃない」 「ち、違うぞ! これは……」  と反論しようとした時だ。 「あ、待って! 挙動不審な女性がいるわ。きょろきょろあたりを窺っている。あ、 この写真の人だ!」 「来たか!」 「じゃあ。あたし、行きます」 「おお、気をつけてな。何かあればすぐに連絡するんだ」 「判りました!」  車を降りて、ホテルに向かって歩き出す真樹。  胸元には、麻薬取締官を示す目印のブローチを付けている。  相手もそれに気づいて、おどおどしながらも中へ入っていく。 「さあ、これからが勝負よ」  と、振り向きざまに指を二本立てて、後方のバンの中にいる同僚にピースサインを 送るのであった。 「あの、馬鹿が……遊びじゃないんだぞ」  頭を抱えて、これからのことを不安に感じる主任取締官なのであった。
囮捜査や泳がせ捜査は、一般の日本警察官には認められていないが、麻薬取締官には 例外として認められている。 日本の司法取引については、2014年9月18日に法制審議会で審議されて、2016年5月 に改正刑事訴訟法で成立、2018年6月1日より施行。
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2019年2月12日 (火)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー レディスホテル(R15+指定)

特務捜査官レディー(R15+指定)
(響子そして/サイドストーリー)

(十九)レディスホテル  某レディスホテルの表玄関を見渡すことのできる、道路を隔てた側にあるビルの谷 間の路地にバンが停車している。その運転席と助手席には双眼鏡を構えてホテルのほ うを監視している怪しい人物がいる。  その一人が振り向いて、後ろの座席に待機している真樹に語りかける。 「大丈夫か? 真樹ちゃんにとっては、今日が初仕事だからね。震えていない?」 「大丈夫です。ご心配なく」  平然として答える真樹だった。 「銃はちゃんと持ってきてるよね。弾は入ってる?」  こと細やかに真樹の心配をする同僚達であった。  確かに麻薬取締官としては初仕事ではあるが、警察官としての経験なら豊富にある。  銃の取り扱いにも慣れている。もっともその時のはザウエルのP220だったが。 「ちゃんと持ってますし、弾も入ってます」 「それなら、大丈夫だね」 「相手が銃を持っていて、撃ってくるようだったら、迷わずに撃つんだよ」 「判りました」 「それから、これを君に渡しておく」  と、SONY製のPalm OS-5 200MHz ネットワーク手帳「PEG-NX80V」を手渡された。  無線LANと130万画素のカメラ及び手書き認識ソフトなどを搭載した通信機器である。 「こちらとの連絡は、このネットワーク手帳を使用する。無線LANで、メールで逐次 情報をやりとりできる。レディスホテルを利用する女性には、いわゆるキャリアガー ルと呼ばれるビジネスライクな人間が多い。このようなデジタル手帳を持っていても 不思議ではないから、怪しまれる危険性は低いと思う。常にオンラインにしておいて、 何かあれば書き込んで送信してくれればいんだ。カメラも搭載してあるから、これで 奴の写真が撮れれば万全だ」 「連絡なら携帯電話のメールでも十分なんじゃないですか? 写真だって撮れます よ」 「いやね。携帯電話だと、やたら迷惑メールがくるだろう?」 「それは仕方がないですよね。ドメイン指定とかして防いでますけど」 「業務用で使用するとなると困ることが多いそうだ。それで、今度からこいつで連絡 を取り合うことになったらしい。というか……これを扱ってる業者のテストモニター で無料で手に入れたらしい。業者としてもこのモニターから、気に入ってもらえれば、 ゆくゆくは官庁への指定業者となれるかも知れないだろう?」 「へえ……無料のモニターですか。モニター期間が終わったら、ただで貰えるんでし ょ?」 「ああ、まあ……そういうことになっているらしい」 「じゃあじゃあ、あの……これ、貰えるんですか? あたしに……」  非常に多機能の最新機器である。  個人として、是非とも欲しくなったのである。 「いや……。一応、この件の連絡用にと備品として手に入れたんだ。あげるわけには ……」 「ねえ、そう言わないで。何とかできませんか?」  精一杯の甘えた声を出してねだる真樹だった。  可愛い女の子にせがまれたら、男の意思もぐらつく。 「そう言われてもなあ……」  と主任取締官は、同僚達と顔を見合わせている。 「今回の件で奴を見事逮捕して、無事解決したらご褒美にあげてもいいんじゃないで すか?」 「そうそう。課長に上申してはいかがでしょうか?」 「おまえら、気楽に言うが……」 「大丈夫だ。主任も課長もやさしいから」 「そうそう! あげるというのではなくても、拳銃みたく支給貸与という名目にすれ ばいいんですから。それなら問題ないでしょう?」 「そりゃそうだが……」  というわけで、どうやら自分のものになりそうな雰囲気になって喜ぶ真樹だった。  ここは一押ししておく方がいい。 「ありがとうございます」  精一杯の笑顔を作り、出来る限り可愛い声で感謝の意を表す。 「まったく……しようがない奴らだ。みんな真樹ちゃんに甘いんだからな」 「そういう主任こそ甘いですよ」 「言うな!」
ネットワーク手帳などの機器は執筆当時のものです。 今では、スマートフォンのアプリがあって、さらに高性能となってますね。>
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2019年2月11日 (月)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 初出動(R15+指定)

特務捜査官レディー(R15+指定)
(響子そして/サイドストーリー)

(十八)初出動  相手は産婦人科医である。どんな診察がなされたかは、各自の想像にまかせるとし よう。 「……で、最後に血液を採取して終わりだ」 「ほ、ほんとに終わりですかあ……」  疲れ切っていた。  まさか、ここへ連れてきた敬も、わたしがこんなことされるために呼び出されたと は、想像すらしなかったであろう。  応接室で、欠伸を連発しながら、 「ずいぶん長い診察だな」  と思ってはいるだろうが。  やっと解放されて衣服を着なおす。  もちろん敬に気取られないように、しっかり服の乱れを直すことを忘れてはいけな い。  わたしの気持ちを知ってか知らずか、 「診断の結果が判るのは、二週間後だ。その頃にまた来てくれないか」  と平然と再来訪を求めた。 「まさか、また同じような診察するんじゃないでしょうねえ」 「するわけないだろう! 何か変に勘ぐってはいないだろうな?」 「いえ、確認しただけです。先生のことは信じてますから」  診察を出て、敬の待つ応接室に戻る。 「やあ、長かったね」  こっちの気も知らないで……。  と、思ったが事情を全く知らない敬に苛立ちを覚えてもしようがない。  うん。  妊娠したら、絶対に分娩に立ち会ってもらうからね。  覚悟してよね。  いつものようにオフィスレディーしていた真樹だったが、その日は慌しく飛び込ん できた職員の一声で、事態は急展開することになる。 「課長!」 「どうした?」 「例の女が動き出しました!} 「そうか、動き出したか」 「はい! 間違いありません」  例の女?  配属されたばかりの真樹には、何のことやら判らない。  首を捻っていると、課長が真樹に向かって言った。 「真樹君。君の出番だ」 「え?」 「この件は女性がいないとだめなんだ」 「どういうことですか?」 「相手が女だからだ」 「つまり女性しか入れない場所……」  女子更衣室や女子トイレ・化粧室などが浮かんだ。 「その通り。覚醒剤の受け渡しにレディスホテル、しかも念入りに化粧室が使われて いるんだ。男性である俺達が入れない場所だ。踏み込むには、確実に覚醒剤を所持し ているところを押さえなければならない」  話を要約するとこうであった。  覚醒剤中毒者から売人を探し出して逮捕し、流通経路を吐かせたところ、とある仲 買人の存在が浮かび上がった。しかも女性だというのだ。  その女性は、覚醒剤を自ら携行することは決してせずに、ホテルの化粧室を受け渡 しの場所として利用していた。当然その相手も女性に限ることになる。  レディスホテルのとある階の化粧室で運び人から覚醒剤を受け取り、今度はその足 で階を移動して、別の化粧室で末端の密売人に売り渡すのである。  男性ばかりの麻薬取締官にとって、レディスホテルのしかも化粧室という女性だけ に許された密室で行われる覚醒剤取引を摘発することは不可能であった。取り押さえ られるとすれば、運び人か密売人ということになるのであるが、確実に覚醒剤を持っ ているという保証はない。万が一所持していなければ、とんでもないことになるのだ。 ただでさえ相手は女性である。その身体に触ることさえ困難である。  女性麻薬取締官の真樹に白羽の矢が立つのは当然といえた。 「とにかく今回動けるのは、この課内で唯一の女性である君だけしかいない。相手も 抵抗してくるだろうし、拳銃を持っているかも知れない。自分の身を守るのも君自身 しかいない。そこでこれを君に預ける」  と言って、机の引き出しから出したものは、小さな拳銃だった。  レミントンダブルデリンジャー。 「君が以前に、制式拳銃の換わりを申請していた奴だ。やっと手に入れることができ たのだよ。手に入れるのも、当局に所持携帯の許可を取るのにも相当苦労したんだぞ。 君専用の護身銃だ。大切に扱えよ」 「はい! ありがとうございます」  早速デリンジャーを手にとって見る。  女性的な真樹の小さな手にもしっくりと馴染む大きさと形状をしていた。  これならハンドバックに忍ばせて携行することができる。 「銃弾は二発きりだが、今回の任務ならこれで十分だろう。もっと装弾数が多い銃が 必要な任務の時はまた考える」 「装弾数が多い?」 「ああ、今回は個人が相手だから、それで十分だが。組織を巻き込んだ大掛かりな麻 薬取引摘発の時には装弾数の多い自動拳銃が必要になるだろう」 「これ以外にも銃を与えてくれるのですか?」 「そのデリンジャーは、君が女性と言うことで特別に支給する護身銃だ。任務遂行中 以外でも常に携行してもらっても構わない。組織に顔を覚えられて付け狙われる可能 性があるからだ。美人だからな……」 「ありがとうございます」 「課長、いいですか?」  先ほど飛び込んできた職員が間に入ってきた。 「ああ、頼む」 「それじゃあ、真樹ちゃん。行こうか」 「はい!」  さあ!  ついに取締の現場への出動だ!  頑張りましょう。
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2019年2月10日 (日)

銀河戦記/機動戦艦ミネルバ 第二章 選択する時 IV

 機動戦艦ミネルバ/第二章 選択する時(日曜劇場)

                 IV  それから数時間後。  アレックスが自分の意思を発表したように、フランソワも自分の意思を艦内放送で 流すことにした。 「ミネルバの乗員に告げます。先の記者会見放送のごとく、共和国同盟はバーナード 星系連邦の手に落ち、旧同盟艦隊は解体され総督軍に再編されることが要求されてい ます。その一方で我第八占領機甲部隊メビウスは、タルシエン方面軍司令官アレック ス・ランドール提督の配下にあります。我がミネルバは提督の意志に従い、レジスタ ンス部隊の用兵としての任務を開始します。ゆえに乗員達には、故郷に弓引く結果を 招くことになります。しかし、それも同盟を解放するための犠牲として考えておいて ください。強制は致しません。意にそぐわなければミネルバから退艦することを許し ます。四十八時間待ちます。それまでに進退を決定してください」  残るも去るも本人の自由意志にまかせることにしたのである。 「あんなことをおっしゃって良かったのですか?」 「この艦に乗艦している者の多くは士官学校を繰り上げ卒業されて特別徴用されてい ます。軍人としての心構えも出来ないうちに無理矢理引っ張り出されたのです。学生 気分のままの者もいます。また家族のいる人もいるでしょう。元々全員、共和国同盟 の軍人なのです、同盟が消滅した時点で、軍人としての身分はすでに消失しているの です。軍人ではなくなったからには、祖国へ帰るのが自然であり、それを拘束する権 利は誰にもないのです」 「確かにそうですね。無理に引き止めても、士気の低下は避けられませんし、謀反も 起きるでしょう」 「レジスタンス活動をする人材は、自らの意思で残ってくれる人だけに限るべきで す」  そんなフランソワの気持ちを察してか知らずか、乗員達はそれぞれに結論を出しつ つあった。 「あなたはどうするの?」 「あたしは、艦長についていきます」 「そりゃ、あなたは艦長をお姉さまと思って慕ってるかんね」 「しかしランドール提督はともかく、うちの艦長さんは士官学校出たての新米艦長だ かんな。俺達の命を預けるには心許ない」 「そうはいうけど、提督が軍法会議にかけられそうになった時に、計略を案じて救っ たのは艦長らしいわよ。つまり今の提督があるのは艦長のおかげというわけね」 「結局、その時もそうだけど、艦長さんは同盟に弓引く定めの星の下に生まれたとい うことかな」 「俺達の任務って、解放軍にとってどんなもんなんだろうか」 「どういうこと?」 「解放が成功するもしないも、結局は宇宙空間における艦隊決戦にかかっているだろ う。惑星を守るのも攻撃するのも艦隊次第で、制宙権を確保したほうが周辺の惑星を 手中にできるということ。となると俺達のやっていることって何なんだろうかと疑心 暗鬼になる」 「そりゃおまえ、自分達つまりトランターにいるミネルバだけを考えるならそうかも 知れないけど、これが同盟の全惑星規模でレジスタンス活動が発起されてかつ綿密に 連絡を取り合えば大きな力になるってことだよ」 「例えば捕虜になって収容所に入れられたとするでしょう。すると敵軍は捕虜を監視 するのに貴重な兵士を裂かなければならないし、脱走されたりなんかしたらさらに捜 索のための警察や軍隊を出動させることにもなる」 「そうそう。戦う能力のない奴は速やかに捕虜になったほうが、自国のためになるっ てことさね」 「捕虜は消極的・受動的ではあるし国家が消滅してしまえば意味をなさないが、より 積極的・能動的な行動に出て国家を再建しようとするのがレジスタンスだな」 「敵の注意を自分達に向けさせ兵力分散させるとともに、隙あらば転覆させてしま う」
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2019年2月 9日 (土)

銀河戦記/鳴動編 第二部 第二章 II

第二章 ミスト艦隊(土曜劇場)

                  II  スザンナが着々と重力アシストの手順を遂行している間、後方の参謀席で退屈そう にしているジェシカだった。 「うーん……、何と言ったらいいのかしら……」  言葉が出掛かっているのだが、うまく表現できないという表情。 「どうしたのですか?」  パトリシアが怪訝そうにたずねる。 「あなた、何とも思わないの?」 「何がですか?」 「作戦参謀が主任務とはいえ、あなたも艦隊指揮を許された戦術士官でしょうが」 「そうですけど……」 「大佐で上官であるあなたが、少佐で下位のスザンナに指揮を任せていることよ。作 戦遂行中における艦隊指揮は、より上位の者が指揮を執るのが普通じゃなくて?」 「スザンナは旗艦艦隊司令官ですよ。例え階級が下位でも、職能級が上位の者が指揮 を執る。それがこの艦隊の慣例です」 「それなのよね……。普通は大佐を当てる旗艦艦隊司令に、いくら適材適所だからと いって、少佐に新任したばかりのスザンナを当てるなんて、常軌を逸脱しているとし か言えないわね」 「そこがまた提督の人となりじゃないですか。常に将来を見越して行動しているお方 ですからね。士官学校の模擬戦闘の時からずっと……」 「ああ、敵司令官を官報公表前のはるか以前から、予想的中させてその性格からすべ てを調べ上げて、模擬戦闘に勝利したというあれね。タルシエン要塞攻略の秘策もこ の頃から練り上げていたというじゃない」 「そういうことです……」  常識的には納得できなくても、将来を見越した計算の上に判断されたのであろうア レックスの決定には、誰にも口を挟むべきだとは考えない。  後方で、そんな会話が行われている間も、スザンナの操艦は続いている。 「コース設定に変更ありません」 「よろしい。これより重力アシストに突入する。全艦、重力アシスト態勢に入れ!  秒読み開始」 「重力アシスト、突入四十五秒前。進路オールグリーン、航行に支障なし」  最終カウントダウンがはじまった。 「三十秒前……5,4,3,2,1」 「全艦、重力アシスト開始!」  号令と同時に一斉に加速をはじめる艦隊。  これまでは、カリスの衛星のミストの孫衛星軌道に入るためのコースを取っていた から、カリスの重力圏から離脱するには加速が足りなかった」 「重力アシストへの投入成功。カリス重力圏離脱コースに乗りました」 「よろしい。現在のコースを維持せよ」 「了解!」  カリス重力圏離脱コースに乗り切ったということで、オペレーター達の表情から緊 迫感が消えていた。 「まずは一安心というところかしら」  ジェシカが呟くように言った。  その言葉には、次なる課題に対する思いが含まれていた。 「そうですね。あの星が、わたし達の通過を素直に認めるかです」 「ええ……」
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2019年2月 8日 (金)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 健康診断(R15+指定)

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)

(十七)健康診断 「と、納得したところで診察に入ろうか……」  表情もきりりと医者の顔になる先生だった。 「はい」  先生は引き出しから、書類を取り出して言った。 「これから君の生殖器に関する問診をするけど、恥ずかしがらずに正直に答えて欲し い。移植した臓器が完全に機能しているとかを調べるためだ。」 「はい……」  生殖器に関する質問……。  あまりにも唐突な質問に驚くが、産婦人科の医師としては当然のことなのかも知れ ない。 「じゃあ、まず最初だ。月経はちゃんとあるかな?」 「あります」 「規則的かね? 何日周期?」 「だいたい二十八日周期で規則的です」 「そうか、まずは一安心だな。排卵が規則的にあるということで、卵巣と子宮は正常 に機能しているようだ」 「妊娠も可能ということですね」 「可能性は高いが、君の血液と移植した卵巣の中の卵子とは、元来他人同士だ。それ が原因で不妊となる可能性も残っている。だからそういったこをも詳しく調査するた めに、今日来てもらったのだ。他の一般の病院では、こんなこと調べられないだ ろ?」 「確かにそうですね」 「月経の前後数日間とかに、身体の不調を覚えることはある?」 「身体がだるいと感じる時はあります」 「だるいだけかね? 苦痛に感じることは?」 「特にありません」  というように、女性なら誰しも質問されるような内容に受け答えしていく。  さらに問診は続く。 「女性としての性行為は?」 「あります」 「敬君とだね」 「はい」 「週に何回くらい?」 「せいぜい一回です」 「避妊はしてる?」 「初めての時だけしてません。後はしてます」 「今は痛みとかある?」 「ありません」 「絶頂感とかを感じたことは?」  とか性行為に関する諸症状を質問され答えていく。  前半は婦人科としての問診、後半は産科に関わる問診らしかった。  私生活の性交渉とかを聞かれるので正直恥ずかしい限りなのだが、相手は産婦人科。 当然のことを聞いているだけである。下心はないだろう。  そんなこんなで短いようで長い問診が終わった。 「うん。だいたいのことは判ったよ」  これで終わりかと思っていたら……。 「上着を脱いでくれないか。今度は触診してみる」  上半身ブラジャー一枚になって、乳房や腹部を念入りに調べられた。  そして……。  その上……。  しかも……。  さらには……。  これ以上は言葉に尽くせない診察が続くのであった。
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2019年2月 7日 (木)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 闇医師・黒沢英二(R15+指定)

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)

(十六)闇医師・黒沢英二  いわゆる裏口から入った玄関は、監視カメラに四方から見張られており、異様な雰 囲気があった。 「ここから先はこれが必要なんだ」  と敬が胸ポケットから取り出したのは、IDカードのようだった。  端末にカードを挿しいれると、ドアが自動的に開いた。 「なんか物々しいのね」 「闇の世界だからね」 「大丈夫なの? 闇の世界に踏み込んだら二度と抜け出せないんでしょ?」 「普通ならね。俺達は特別に先生の預かりとなっているらしい」 「預かり? 変なの」 「一応先生は、闇の世界の日本支部では顔ということらしいね」 「日本支部?」 「これ以上は俺も知らないし教えてくれない。知ってもいけない」 「ふうん……」  語らいながら長い廊下を歩いていた。  いくつかの扉があったが、 「勝手に入ってはだめだぞ。とんでもない事になる」  と釘を刺された。  行き止まりになった。  一番奥のドア、ここでも例のIDカードを使って開ける。 「さあ、ここだよ」  と、敬の後について入ったところは、どこにでも見られるごく普通の診察室だった。  締め切られた薄暗い部屋を想像していたが、カーテンの開けられた窓からは十分な 採光があり、壁も床も汚れ一つなく清潔感に溢れていた。 「やあ、待っていたよ。元気みたいだね」  そこには、あの黒沢先生が椅子に腰掛けて微笑んでいた。  ニューヨークにおいて死に掛けていた佐伯薫を、斉藤真樹として生まれ変わらせて くれたあの医者である。 「先生こそ、お元気でなによりでした」 「早速だが、君を診察させてくれ」 「え? いきなりですか?」 「当然だ。そのために君を呼んだんだからね」 「判りました……」  と答えて敬の方を見やる真樹。  診察となれば、当然衣服を脱ぐことになるだろう。敬の視線が気になったからだ。 「ああ、敬君は外に出ていてくれ。そっちのドアから出て待合室でな」 「ええ? こっちは表の世界の病院ですよ。しかも産婦人科なんですから」 「何を言ってるんだ。君たちは結婚するんだろう? 真樹君が妊娠したら、夫として 分娩に立ち会ってもらうからな」 「分娩に立ち会うんですか!?」 「当然だろ。子供は夫婦で共同して生み育てるものだ。分娩に苦しんでいる妻を放っ て置いて、父親だけ楽しようなんて考えるなよ」 「そんなつもりはありませんよ。立ち会えと言えば、立ち会います」 「ならいい! 実際に真紀君が妊娠したら分娩立会い以外にも、君にも来てもらって いろいろとしてもらうことがあるからな。待合室を使うことも頻繁に多くなる。今か ら慣れておいたほうがいいぞ」 「判りましたよ。待合室ですね」  とあきらめた様に入って来た方とは反対側のドアから出て行った。  ドアを開いた隙間から大きなお腹を抱えた妊婦がかいま見えた。 「表の病院と繋がっているんですね」  思ったことを口にする真樹」 「表も何も、この診察室は表側だよ。君の入ってきたドアの先が闇の病院だ」 「すると、そのドアが表と闇を区切っている?」 「そういうことだ」 「じゃあ、最初から表から入ってきても良かったんじゃないですか?」 「敬君が恥ずかしがるだろうし、闇の入り口のことを君に知っておいてもらいたかっ たからだ。何せ、麻薬と銃器を取り扱う君たちのことだ。全然無関係とは言えないだ ろう?」 「そうかも知れませんね」  確かに、知っていても損はないだろう。 「一応念を押しておくが、闇の世界のことは、君たちからは決して口を挟んではいけ ないよ。私が必要と判断して話す意外にはね。そうしないと、君たちを闇の世界に引 き入れなければならない事態にもなる。二度と抜け出すことの出来ない世界にね」 「判りました。私たちの方から質問や詮索をしなければいいんですね」 「そうそう……」
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2019年2月 6日 (水)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 黒沢産婦人科病院(R15+指定)

特務刑事レディー
(響子そして/サイドストーリー)

(十五)黒沢産婦人科病院  ある日のこと。  課長に呼ばれて、 「今日より正式に拳銃の所持を許す」  と、麻薬取締官の制式拳銃であるベレッタM84FS(M85))自動拳銃を渡された。 「いいんですか?」 「今まで、よく我慢して職務についてくれたからね。今日からは、捜査の現場にも出 てもらうことにした」 「ほんとうですか?」  真樹の瞳が爛々と輝いた。 「嘘など言ってどうする。捜査にはベテラン取締官と一緒に行動することになるが、 一応護身のためにも拳銃は必要だ。女性の君に拳銃を所持させるのは、心配ではある のだがね」 「ありがとうございます」  早速銃を受け取り、上着を脱いで専用のホルスターを装着して、銃を挿してみる。  しかしながら、真樹は身体が細い上に、薄い生地でできた女性衣料の下に、ホルス ターを提げてみると、はっきりとその装着状態が服の上から視認できて具合が悪かっ た。 「これじゃあ、銃を持っているとはっきり判っちゃいますよ」 「そうみたいだな」  ホルスターの位置をいろいろ変えてみたが無駄に終わった。 「もっと小型で、女性が持つハンドバックに入るような拳銃はありませんか?」 「と、言われてもねえ。これが麻薬取締官の制式拳銃なんだよ」 「これでは携行できません」 「やっぱり、現場じゃなくて、鑑定の方じゃだめかね?」 「課長!」 「判っているよ。何とかしよう」  と言うわけで、携帯用の拳銃は後日と言うことになった。  仕事を終えて庁舎の玄関に出ると、敬が車で迎えに来ていた。 「よお、お疲れさん」 「迎えにくるなんて珍しいわね。どこか、行くの?」 「ああ、君に会いたいと言う人の所へ行く」 「わたしに会いたい?」 「君にとって、人生を百八十度転換させた人物にね。いや、恩人と言うべきだな」  頭の回転の速い真樹のことである。  人生を百八十度転換させたとなれば……。  あのニューヨークで命を救ってくれ、斉藤真樹としての人生を与えてくれた恩人。 「黒沢先生が、日本に戻って来ているの?」 「ぴんぽーん!」 「ねえねえ。どこにいるの? 大学病院かなんか?」  あれだけの移植技術を身に着けているのだ。ただの町医者ではないと思っていた。 「行けば判るよ」  意味深な受け答えをする敬。 「もういじわるね」  敬は口笛を吹きながら、しばらく街中を走らせていたが、やがて目前に大きな建物 が現れた。  白亜の清楚な感じを漂わせているが、大学病院ではなさそうだし、個人病院にして はかなりの大きさを誇っていた。  入り口に大きな看板があった。 「黒沢産婦人科・内科病院」  確かにあの黒沢先生の病院のようである。 「ここなの?」 「ああ、そうだよ」  敬は、正面玄関には入らずに脇の側道へと車を走らせた。 「玄関から入らないの?」 「そっちは表の世界の人間が出入りする玄関なんだ。闇の世界の人間が出入りする別 の玄関があるんだ」 「闇の世界?」 「ニューヨークで真樹が性転換手術を受けた病院は闇の病院で、そこの常駐医者の一 人が黒沢先生だ。真樹も知っていると思うが、闇の世界に入ったが最期、二度と表の 世界には戻れない。表側の病院は、先生の父親が経営していて、その地下に黒沢先生 が闇の病院を運営しているというわけさ。黒沢先生にとって表側はカモフラージュ」 「あれだけの腕前を持っているのにどうして闇の世界に入ったのかしら」 「それは聞かないほうがいい! 聞いたが最後、真樹も闇の世界の仲間入りだ。まあ、 先生が話してくれるのを待つんだな」 「ふうん……」  車は裏手の藪地のような所を突きぬけ、やがて地下へ降りるスロープを降りていっ た。
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2019年2月 5日 (火)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 磯部響子のこと(R15+指定)

特務捜査官レディー(R15+指定)
(響子そして/サイドストーリー)

(十四)磯部響子のこと  とは言っても、そうそう犯罪者の家宅捜査や逮捕といった最前線には出してはくれ なかった。まずは新人らしく、麻薬などを取り扱う病院や製造業者の立ち入り検査、 大麻の栽培業者の指導や監督、野に自生しているケシや大麻の抜去、麻薬没滅キャン ペーンの広報的な活動を割り与えられていた。  まあ、当然といえば当然のことである。職場の環境や仕事内容を把握し、先輩達の 活躍ぶりを見届けることも仕事のうちということ。  どんなに優秀な野球選手でも、最初は球拾いからである。  関東信越厚生局中目黒庁舎麻薬取締部捜査課へ、土日を除く曜日に出勤し、九時か ら五時までの勤務時間を終えると退社する。  まるでオフィスレディーよろしく平穏無事な日々が続いていた。  出勤して最初の仕事は、お茶を各自のデスクを回って配ることだった。  命令されてやっているのではなく、真樹の配属された捜査課には女性がおらず、や さしい性格から率先して引き受けていたのである。  女子大卒業したての唯一の女性ということで、課内ではアイドル的存在になってい た。呼び方も「真樹ちゃん」であった。  麻薬取締りの最前線で、犯人逮捕で活躍するという当初の希望からかけ離れた内容 に、何のために麻薬取締官になったのか、と自問自答する時もあった。 「気にするな。いずれ君にも活躍してもらう時がくる。物事には順序というものがあ るのだ」  判ってはいるが……一刻も早く現場に出たかった。  磯部ひろしの件があった。(参照=響子そして/サイドストーリー)  麻薬銃器取締課の警察官として、すでに現場に出て活躍している敬から、ひろしに 関する情報が寄せられていた。  警察官に復帰した敬は、磯辺健児を挙げるべく証拠集めを行っていた。そんな中か ら少年刑務所に収監されたひろしの情報も入ってきていたらしい。  仮釈放された磯部ひろしが、とある暴力団の組長の情婦となり、響子と名乗ってい るという情報だった。 「情婦?」  それを聞いて驚く真樹だった。少年だったひろしが情婦とは……。 「俺も聞いてびっくりしたぜ。なんと! 性転換して女になってるんだ」 「女ですって? 何で性転換するような事になったのよ」 「まあ、少年刑務所だからなあ……。女のいないムショ暮らしで、欲求のたまった男 達の間にあって、新人で少年だったひろし君が、そのはけ口とされるのは自然の成り 行きだったのかもな」 「つまり、女役として扱われたのね」 「よくあることらしいんだ」 「そんな事……」 「そういう生活の中で、女に目覚めたのかも知れない。いや、そうならざるを得なか ったのかもな」 「でも、性転換までする?」 「それが、宿房の中に暴力団の組長の息子がいたらしくてね。そいつが女に目覚めた ひろしに惚れたらしくて、女性ホルモンを差し入れさせて、それをひろしに飲ませて より女らしい身体にさせていったらしいぜ。女性ホルモンのことなら真樹は良く知っ ているだろう」 「それで、身も心も女になっちゃたんだ。まだ少年だったから、女性ホルモンの効果 は絶大だものね。身体の変化はもちろんのこと、精神構造も女らしくなっていく」 「そういうことだな」 「そうか……ひろし君。女の子になったんだ……」 「ひろしじゃないよ。今は響子だよ。彼女に惚れた相手が、その親である暴力団の組 長が抗争事件で死亡して二代目を継ぎ、情婦としてそばに置きながら、性転換手術を 勧めたということさ。手術費用なら全然心配ないから、最高の技術を受けることがで きる。そしてひろし君は、女に生まれ変わって響子になった」 「しかし……抗争事件を引き起こしている暴力団組長の情婦となると、先行き不安だ わね」 「ああ、俺達。麻薬銃器対策課のごやっかいになるかも知れない。最悪、組長情婦と して対抗組織から命を狙われるかもな」 「冗談じゃないわ。これ以上、ひろし君を巻き込みたくないわ」 「だが組織は手加減してくれない」 「ひろし……響子さんには、これ以上酷い目には合わせたくないの。女の子になって しまった事情はともかくも、幸せな人生を送って欲しいもの。彼女がこんなことにな ったのも、わたし達が手をこまねいていたせいだよ。あの時、もっと積極的に強引に 動いていれば、麻薬密売人を近づかせることもなく、結果として母親殺しにも至らな かったのよ」 「そうだな。すべては俺達の至らなかったせいでもあるからな」 「とにかく、響子さんの身辺をもっと探ってくれない?」 「判っているさ」  今は、捜査の最前線にいる敬に頼るしかなかった。
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2019年2月 4日 (月)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 辞令(R15+指定)

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)

(十三)辞令  光陰矢のごとし、その年の九月に麻薬取締官の採用面接試験を受験し次の年の四月。  希望通りに麻薬取締職員となった真樹は、採用後の研修に励んでいた。  この時点での真樹の身分は、麻薬取締職員であり、取締官として正式任官されるま ではまだ幾多のハードルがあった。  麻薬取締職員及び取締官は、適宜研修を受けなければならなかった。  厚生労働省主催の麻薬取締職員研修、麻薬取締官初任者研修、麻薬取締官中堅職員 研修などの研修や、法務省主催の検察事務官中等科、高等科研修などを受講するとと もに、国外では、フィリピンにあるWHO西太平洋地域事務局で開催されている語学研 修などに参加。また、麻薬取締官は、捜査を遂行する上で危険を伴うこともあるので、 拳銃射撃訓練や、逮捕術訓練などを実施するとともに、外国人による薬物犯罪の増加 に対処するため、語学研修も行っている。  それらのカリキュラムを、教官も驚くほどの優秀な成績で終了し、ついに犯罪捜査 の最前線の現場に参加できる取締官に任官されたのである。  当初は女性ということで、押収した薬物などの鑑定を行う部門へ配属される予定だ ったのだが、研修においてめざましい成績で終了したこと、及び真樹の強い希望と男 女雇用機会均等法などから、犯罪捜査の現場への配属が決まった。  何せ男女雇用機会均等法は、厚生労働省の管轄であるから、従わないわけにはいく まい。  ここで麻薬取締官に関する概要を簡単に説明してみよう。  以下は厚生労働省関東信越厚生局麻薬取締部のホームページからの引用である。  http://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kantoshinetsu/index.html ---------------------------------------------------------------------------- 麻薬取締部 ●薬物乱用防止をめざして 麻薬取締部の業務は、薬物5法、つまり(1)麻薬及び向精神薬取締法(2)大麻取締 法(3)あへん法(4)覚せい剤取締法(5)国際的な協力の下に規制薬物に係る不正 行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例に関する 法律等に規定する取締、許認可、中毒者対策を行っています。 ●不正ルートの取締 薬物に関する法規制は、輸出、輸入、製造、製剤、栽培、所持、譲り渡し、譲り受け、 使用等の行為ごとに規制し、これらに違反した場合には、罰則を設けています。 麻薬取締部に所属する麻薬取締官は、これらの禁止事項に違反した「薬物犯罪」につ いて、刑事訴訟法に基づく特別司法警察員として、捜査権限が与えられています。 ●正規取扱者に対する指導・監督 規制薬物の中には、医療になくてはならない重要な薬物も数多く含まれています。 麻薬取締部は、これらの医薬品が製造・製剤され、若しくは輸入されてから医療現場 で使用されるまでの間、適正な流通と管理がなされるよう指導・監督を行っています。 ●許認可 医薬品である規制薬物の正規取扱いについては、厚生労働大臣、地方厚生局長、又は 知事の免許や許可が必要となっています。 麻薬取締部は、厚生労働大臣が行う免許や許可の権限の一部が関東信越厚生局長に委 任されたため、これらの許認可業務を行っています。 ●中毒者対策 麻薬取締部は、保健所、精神保健福祉センター、医療機関と協力して薬物乱用者の治 療や社会復帰のための助言を行っています。 また、麻薬や覚せい剤の乱用者の相談に応じるために相談電話を設置して、ベテラン の麻薬取締官が相談に応じています。 「麻薬・覚せい剤」相談電話 03-3791-3779(東京)/045-201-0770(横浜) ●薬物乱用防止活動 麻薬取締部は、麻薬取締官OBの専門知識を活かした規制薬物に対する正しい知識の普 及等の活動を支援するとともに、(財)麻薬・覚せい剤乱用防止センター等と協力し て広報活動や啓発活動を行っています。 ●麻薬取締官は、厚生労働大臣の指揮監督を受けて、下記の薬物関連5法に違反する 罪、刑法第2編第14章「阿片煙に関する罪」の他、麻薬、あへん若しくは覚せい剤の 中毒により犯された罪について、刑事訴訟法に基づく司法警察員としての職務を行っ ています。  また、税関や海上保安庁などの協力を得て国外から密輸される薬物の押収に努める とともに、平成4年に施行された「麻薬特例法」を適用して、薬物の密売収益の没収 や泳がせ捜査による首謀者・密売組織の摘発などを図っています。さらに、麻薬取締 官の専門性を活かして、医療関係者による薬物の不正流通・使用事犯やインターネッ トを利用した広域犯罪についても積極的に捜査を実施しています。 薬物関連5法 ●麻薬及び向精神薬取締法 ●あへん法 ●大麻取締法 ●覚せい剤取締法 ●国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための 麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(麻薬特例法) ----------------------------------------------------------------------------  こうして名実ともに麻薬取締官となった真樹のこれからの活躍を見届けよう。
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2019年2月 3日 (日)

銀河戦記/機動戦艦ミネルバ 第二章 選択する時 III

 機動戦艦ミネルバ/第二章 選択する時(日曜劇場)

                 III  艦橋から物資の補給状況や対空監視のために居残っているフランソワ。  そこへイルミナがやってくる。 「艦長。艦長もいらしてくださいよ」  といって、すでに水着にパーカー姿のイルミナ・クレソン准尉が強引にフランソワ の袖をつかんで引き連れていく。 「ちょっと、だめよ」 「だめだめ、艦長がこなくちゃはじまらないんだから」 「それに、水着だって持ってないし……」 「大丈夫。艦長の分もちゃんと用意して有ります。ほら」  といってイルミナは、ワンピースの水着を差し出した。 「もう……しようがないわね」 「いいじゃありませんか。行ってあげてくださいよ。艦長が動かなければ、他の隊員 も遠慮して、動けないじゃないですか。大丈夫、対空管制は自分が見ていますから」  副長が言うように艦橋には、まだ半数の隊員が残っていた。遠慮のない三回生を除 く、四回生の一部と正規隊員のほとんどである。 「そ、そうですか。では、すみません。後をよろしくお願いします」 「まかせてください」  フランソワが動いたことで、残っていた隊員のほとんどが同時に席を立ちはじめた。  シューマット群島は珊瑚礁に囲まれた温暖で風光明媚な島である。はるか昔、トラ ンターに人類の植民の手が入った時、地球環境より持ち込まれた生物が海や陸にと分 布を広げ、このシューマット群島にも海洋性気候に準じた生物系に進化して、今日の 姿を留めることとなったのである。また自然環境保護地域に指定され、一切の人工建 造物設営及び居住が禁止されている。  砂浜は天然の海浜公園と化していた。  海に入って泳いでいるもの。  島の砂浜にビーチパラソルを広げて、その日陰に涼んでいるもの。  ネットを張りビーチバレーに興じるもの。  各人それぞれが思い思いに短い休息を楽しんでいた。  突然大型ワゴンカーが砂浜に入り込んできた。 「何事……?」  一同が首を傾げている間にも、ワゴンカーは止まり、サイドボードを開いて即席出 店を広げはじめたのだ。 「へーい。らっしゃい、アイスクリームにホットドック、ジュースにコーラはいか が?」  ワゴンカーを持ち出したのは、料理長のニック・ニコルソン曹長であった。 「おお!」  わらわらと人が集まってきて、早速オーダーを開始した。  イルミナがホットドックとコーラを運んできた。 「はい。艦長、どうぞ」 「ありがとう。でも、お金はどうしたの?」 「認識章を見せたらツケで買えました」 「ツケねえ……後で私が払っておくわ。ニコルソン曹長でいいのよね」 「あ、ありがとうございます」  砂浜に腰掛けてホットドックを食べ始める二人。  イルミナが質問する。 「艦長、聞いてもいいですか」 「なにかしら」 「艦長は、どうしてこんな任務を引き受けられたのですか?」 「そうねえ。トランターが好きだから……といいたいけど、私の大好きな先輩のたっ ての直接の依頼だったから」 「知ってます、パトリシア・ウィンザー大佐でしょう」 「ランドール提督にしても、この作戦を任せられるのは私しかいないって、絶大なる 信頼を得ているからといって」 「それです。提督は本当に反攻作戦を考えておられるのですか?」 「もちろんです。だからこそ私を遣わせてレジスタンス活動をさせているのです」 「総督軍の足元を攪乱するためですね」
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2019年2月 2日 (土)

妖奇退魔夜行/蘇我入鹿の怨霊 全編一括表示(74kb)

(壱)刀剣乱舞  大阪府立阿倍野女子高等学校。  1年3組の教室。  数人の女子生徒が集まって、とある話題に盛り上がっていた。  京都博物館で開催されている『刀剣乱舞DAY』についてである。  最近、若い女性達の間で流行っている、古代刀剣を擬人化したゲーム及びアニメであ る。  DMMゲームズとニトロプラスが共同開発したオンラインゲーム。  いわゆるイケメンな男子が登場する。  短刀・脇差・打刀・太刀・大太刀・槍・薙刀  七つの刀種にそれぞれイケメン男子が当てられている。  ちなみに打刀の一人?として、長曽弥虎徹があり、新撰組局長・近藤勇の所持剣とし て『今宵の虎徹は血に餓えている』という決め台詞で有名。そして蘭子の御守懐剣でも ある。  話題を持ち込んできたのは、『刀剣女子』を自称する金城聡子である。  刀剣女子とは、日本刀に愛着を持ち、全国各地の刀剣展覧会などを駆け巡る刀剣ファ ン(オタクともいう)のことである。  聡子が持ち込んだ雑誌のランキング表に一喜一憂するクラスメート。 「やっぱり私の『鶴丸国永』様が一番よ!」 「あーん『山姥切国広』様が準優勝なんて嘘よ!!」  先日非公式のランキング投票が行われた発表で持ちきりであった。 「ねえ、蘭子の一押しの刀剣は?」  聡子が話しかけてきた。 「あたし?」 「剣道部でしょ。好きな刀剣くらいはあるよね?」 「剣道部じゃないわよ。弓道部だからね」 「だって、剣道のインターハイに出てたじゃない」 「あれは、助っ人で出てただけよ」  聡子の言っていることは、以前に木刀に憑依した怨念が、次々と剣道部員を闇討ちし た事件において、陰陽師として解決するために、剣道の試合に出た時のことを指してい るらしい。 「で、何が好き?」  聞いちゃいない……。 「長曽弥虎徹よ」  執拗に尋ねるのに呆れてつい答えてしまう。 「長曽弥虎徹ね……あった、37位だわ」  その順位は後ろから数えた方が早い。 「あら、そう……」  興味なさそうに答える蘭子。  やがてチャイムが鳴って始業時間となり、各々の席へと解散するクラスメートだった。  JRと近鉄の「京都駅」から地下鉄で「烏丸御池駅」下車【5】番出口から三条通り を東へ3分。  京都文化博物館の建物の壁には「刀剣乱舞DAY」開催中!という垂れ幕が下がり、玄 関入り口には立看板が立っている。  京都文化博物館は、2・3階総合展示場で一般500円、大学生400円、高校生以 下は無料となっている。  ちなみに、2017年2月25日~4月16日「刀剣乱舞DAY」の目玉である【短刀 銘 吉光 (号 五虎退)】の描き下ろしイラスト公開は年3月1日~5日まで、先着500名にクリア ファイルの配布があった。  現在、2017年10月3日~12月3日まで、4・3階展示室にてウッドワン美術館コレクシ ョンが開催されている入場料は、一般1300円、大高生900円、中小学生400円。  会場入り口付近には刀剣ファンである女子達が、開館時間前から数多く並んでいる。  やがて時間となり、お目当ての刀剣目指して足早に急ぐ。  そんな大勢の観客に混じって、金城聡子の姿もあった。  国宝や重要文化財に指定された貴重な刀剣を、ショーケース越しに眺めながら、熱心 にメモを取っている。  博物館内では、文化財保護のために、展示品やケースに触れないことの他、  ・写真撮影  ・鉛筆以外の筆記用具の使用  ・飲食・喫煙  ・携帯電話の使用  ・ペットを連れての入館  など、禁止されている項目がある。  これらの禁則は、重要文化財を展示している全国各地の博物館などで行われているの で注意が必要である。 「きみ……。刀剣に興味があるのかい?」  と、声を掛けてきた者がいた。  声をした方を振り向くと、優しそうに微笑む若者がいた。 「実は、僕も刀剣それも古代に伝わる伝説級とか妖剣とかいう類のものが興味があるん です」  刀剣の事に関しては、わざわざ大阪から京都にまで鑑賞するために来館した聡子であ る。  館内を廻りながら、それぞれの刀剣についての薀蓄(うんちく)を語る若者。  聡子は、この博学な若者とはすぐに打ち解けてしまった。 「それにしても、いにしえの刀剣って皆京都や奈良に集中していて残念です」 「何をおっしゃいますか。京都だけでなく、あなたのお住まいの大阪にも国宝の刀剣が あるじゃないですか」 「大阪に?」 「四天王寺に【七星剣】と【丙子椒林剣】という国宝剣がありますよ」 「知っています。でも、東京国立博物館に寄託されていて、模造品が飾られていますけ どね」 「ご存知でしたか」 「宝物展とかで重要文化財の仏像とか書物とかは頻繁に名宝展とか開催するけど、七星 剣とかは模造品だからか展示しないのよね」  やがて京都博物館を出た二人は、揃って京都観光を楽しむこととなった。  名所旧跡を巡りながら、会話も弾む二人が急速に懇意になるのは必然だった。  男のアパート自室。  ベッドの中で裸で寄り添い眠る聡子と男。  男がどうやって聡子を篭絡したかは分からないが、すでに深い関係に陥っていた。  女はすべてを捧げたいと思い、男は自分の物にしたという達成感に酔いしれる。 「実は聡子に頼みたいことがあるんだ」 「なあに」 「七星剣のことを話したよな」 「四天王寺の?」 「そうだよ。その七星剣を手に入れたいんだ」 「でも東京国立博物館に寄託されているんでしょう?」 「ああ、表の七星剣はね」 「表?」 「実は裏の七星剣があって四天王寺の地下に秘密裏に保管されているんだ」 「どういうこと?」  とある深夜、いわゆる丑三つ時。  四天王寺の人気の途絶えた境内を歩く聡子。  表情は虚ろで、何者かに操られているような風であった。  微かに怪しげな光を身に纏ってもいる。  向かった先は中心伽藍から東側へ離れた場所にある宝物館。  周囲をぐるぐると回りながら探っている様子。  やがて探り当てたかのように壁に手を当てる。  その時だった。  境内の照明がすべて消えた。  どうやら四天王寺全体の電源設備が、何者かによって操作され電源を遮断されたよう である。  なにやら呪文を唱えると、壁の一部に巧妙に封印され隠されていた扉が現れた。 「我に従い暗闇を開け!」  静かに開く扉。  庫内は真っ暗だが、見えているかのように確かな足取りを見せる聡子。  そして刀掛台に据えられた一振りの刀剣の前で立ち止まる。  刀剣から刀掛台に掛けて呪符が張られている。  おもむろに呪符を引き剥がすようにして刀剣を手に取る。  封印を解かれたさまざまな怨念が解放され、聡子に襲い掛かる。  しかし手にした刀剣を一振りすると怨念は消し去った。  そして何事もなかったように歩き出し宝物庫を後にして立ち去ってゆく。  四天王寺境内の外に停車している車がある。  刀剣を携えた聡子が近づく。  扉が開いて出迎えたのは、かの男だった。 「ご苦労様」  聡子は黙ったまま刀剣を手渡す。  受け取り確認する男。 「よし、本物だ」  刀剣が微かに震えていた。 「どうした、七星剣よ……そうか、血が欲しいか」  無言で立ち尽くす聡子に目をやる男。 「そうだな。儀式を始めようか」 (弐)辻斬り  夜の帳(とばり)が舞い降り、闇に包まれる街角。  道行く人の往来もほとんどない物静かな丑三つ時。  丑の刻とは、方位での鬼門である艮(ごん・うしとら)に入る時刻を指し、鬼門が開き 鬼や死者が現れる時間とされる。  そんな闇に隠れるようにして、怪しい影が蠢く。  右手に携えたキラリと光る切れ物から滴り落ちる鮮血。  その足元には、バッサリと切られたばかりの女性の死体。  夜が明ける。  赤色灯を点滅させたパトカーが、街の一角を占拠している。  一帯の交通規制が敷かれ、黄色いテープで周囲を立ち入り禁止にして証拠や痕跡を保護 する現場保存をする。  鑑識員が現場の写真撮影や状況の記録や計測、痕跡の保存を行っている。  そこへ覆面パトカーが到着し、一人の刑事が降り立つ。  大阪府警捜査第一課長、井上警視である。  被害者に覆いかぶされたシートを捲って、 「辻斬りか……」  遺体を検分する。  肩から胸元にかけてバッサリと明らかに刀で切られと思われる痛々しい傷。  何度見ても見慣れることのない永遠のトラウマである。  年の頃17・8歳というところか。 「これで何人目だ?」 「四人目です」 「凶器は?」 「まだ見つかっておりません」 「探せ!」 「はっ!」 「被害者の身元は分かっているのか」 「はい。阿倍野女子高等学校の生徒手帳を所持していました。美樹本明美。死亡推定時刻 は午前二時半頃だそうです」 「高校生が真夜中を出歩いていたということか?」 「クラブ活動で遅くなったのではないでしょうか」 「そんな時間までか?ご両親に連絡はしたか」 「連絡してあります」 「そうか……」 「遺体を運び出してよろしいでしょうか」 「ああ、たのむ」 「司法解剖に回しますか?」 「いや、とりあえずご両親の了解待ちだ」  明らかなる殺人事件と確認できる場合、原則として遺体は司法解剖に回されるのが普通 である。  また、死因が特定できない変死事件などは、遺族の承諾の必要がない行政解剖という手 順を踏む。  先の、心臓抜き取り変死事件、夢鏡魔人の往来殺人事件などが行政解剖に回されている。  しかし現状として、予算や医師不足などの理由から、警察の死体取扱い件数のほとんど が司法解剖されていない。  また、同様の事情により変死と思われるような状況でも、自殺や事故、心不全で片付け られることもあるともいわれている。  比較的司法解剖率の高い沖縄県警の17.3%を最高に、警視庁に至っては1.8%程度だとい う。  圧倒的に死亡報告が多い東京都がまともに司法解剖などやっていては、それだけで警視 庁予算の大半を飲み込んでしまう。  図表1 図表2  もっともこれらの数字は、あくまで警察庁に報告のあったものという注釈付きである。  警察お得意の隠蔽工作のことを考慮すると、もっとお寒い状況になるのは必定であろう。  既に死亡が確認されている被害者は、遺体搬送専用車に積み込まれ現場を後にすること になる。  ちなみに遺体搬送専用車は、一応緊急自動車指定となっている。  往路は緊急走行が許されても、死亡が確認された帰路は急ぐ必要もないので通常走行と なる。  搬送車を見送る井上課長。  四件の連続通り魔殺人事件。  どう考えても人間の仕業ではなさそうである。 【人にあらざる者】 「やはり陰陽師の手助けを借りるしかないか……」  土御門春代と逢坂蘭子が思い浮かぶ。  ともかく今は全力で凶器を見つけ出さねばならない。  その凶器に【人にあらざる者】が取り憑いていたとしたら、今後も殺人は繰り広げられ る。 「ふ……。俺としたことが」  いつしか妖魔などという摩訶不思議なるものを信じるようになっていた井上課長であっ た。  科学捜査が基本の現代犯罪捜査に【人にあらざる者】を考慮しなければならない事態と は……。  阿倍野女子高では、自校の生徒が被害にあったことを受けて、父兄を加えた全校集会が 講堂で行われた。  警察からの捜査状況を受けて、父兄や生徒達への注意伝達事項が、壇上の校長から発表 された。  殺人犯が明らかになるまでの間、放課後の即時帰宅とクラブ活動の自粛など。 「うそー!」 「なんでやねん!」  などという女子高生達のブーイングが広がる。 「犯人が見つかっていないんだからしょうがないじゃん」  極力保護者が送り迎えするようにとの要望も加えられた。 「いっそ、休校にしてほしいわね」 「賛成!」  その中にあって、一年三組の生徒達の面持ちは暗かった。  さもありなん、被害者の中にクラスメートの金城聡子が含まれていたからである。しか も犠牲者第一号であった。  数日後。  金城聡子の自宅にて厳かに通夜と告別式が執り行われた。 「ご愁傷さまでした」  お決まりの挨拶が交わされ、淡々と式は進行してゆく。  蘭子達も、高校の制服姿で参列している。  冠婚葬祭いずれにも着用できる、万能な高校制服は便利なものだ。  蘭子にも焼香の順番が回ってくる。  陰陽師という職業柄、何度も死体と出くわし、経験を積み重ねているので、感慨無量と いう観念からは解脱している。  たとえそれが同級生であってもである。  遺体の胸元辺りには、守り刀と呼ばれる模造刀が、足元に刃先を向けるようにして置か れている。  模造刀なのは銃刀法からである。  一般的に仏教では人は死後、四十九日かけてあの世へと到達し、成仏(仏に成る)する とされている。  そして死後から仏に成るまでの存在を「霊」と位置付け、中途半端で迷いの存在と位置 付けられている。  元々仏教には遺体をケガレた(汚れ・気枯れ)存在とする風潮はなかったが、遺体をケ ガレたものとして忌み嫌う神道の影響を受け、中途半端で迷いの存在である霊の期間を、 ケガレた存在と見るようになった。  その為死者のケガレが生者に害を及ぼさないように、或いは死者のケガレが更なる外的 なケガレ(悪鬼・邪気)を呼ばないようする為の手段として、「守刀」が置かれるように なった。  その他にも  ・邪気を払う (特に猫は遺体をまたぐと化け猫になると信じられていた為、光り物を置いて、動物が近 づくのを防いだ。)  というのもある。  ・鉄により死者の肉体に魂を沈める (死者のケガレた魂が生者に乗り移ったり、祟を防ぐ為)  蘭子は思う。  自分自身が死亡し、葬儀の対象となった時は、あの御守懐剣「長曽弥虎徹」を守り刀と されることを祈ろう。  なお浄土真宗においては、人は死後に阿弥陀様のお力により、即座に成仏すると言われ ている(即身成仏)。  その為、あの世までの道中のお守りとしての守刀や、上記のような土着信仰から来るケ ガレがケガレを呼ぶ風習の一切を否定しており、守刀は不要である。  同じ理由で死装束(旅支度)や野膳(道中のご飯)、また会葬者が塩を使って身を清め るなどの行為も不要。 (参)糸口  通夜の終わった金沢家。  これまで葬儀のため遠慮していた井上課長が蘭子を連れて、聞き込みのために来訪し ていた。 「午前二時半頃という真夜中に、聡子さんが出歩いていた理由をご存知ですか?」  単刀直入に切り出す井上。 「いえ、何も。自分のことをあまり話したがらないものですから」 「そうですか……」  親子断絶の機運ありありというところか。 「聡子さんのお部屋を見させて貰ってもいいですか?」  蘭子が切り出す。 「え、ええ。どうぞ」  許可を得て、二階の聡子の部屋に入る蘭子。  聡子は被疑者ではないので、井上課長は遠慮して居間で母親からの事情聴取を続けて いる。  あたりをぐるりと見まわして、 「別に変わったところはないみたいね……」  数々のヌイグルミが置かれたベッドサイド、アニメアイドルポスターの貼られた壁。  ふと、机の上に置かれたチラシに目が留まる。  京都文化博物館「刀剣乱舞DAY」開催!  同館の戦国時代展は、刀剣女子を集客しようと4月16日まで開催されたもので、来場 者500名限定で、アニメイラスト「五虎退」のクリアファイルが配布されている。  刀剣女子とは、2015年にオンラインゲームとして発表された「刀剣乱舞」というゲー ムソフト及びアニメの流行によって、登場するキャラクターや刀剣について、多くの女 性ファンが集まり活発なSNSでの情報交換が行われているものである。  上野・東京国立博物館では大盛況の「鳥獣戯画展」と同様に、本館1階の日本刀の展 示スペースが来場者の静かな興奮と熱気に満ちていた。  栃木県足利市では、“刀剣女子”の間で評判になっている、連日にぎわいを見せた同 市立美術館(同市通)の特別展「今、超克のとき。山姥切国広、いざ、足利」(4月2 日終了)。連日1千人以上が訪れ、入館者記録を更新したという。  ちなみに刀剣乱舞の打刀の部類に蘭子の持つ「長曾祢虎徹」も登場する。 「今、はやりの刀剣女子というとこかな……そして辻斬り事件」  事件の解決に繋がる糸口が、微かながらも見えてきたというべきか。  聡子の部屋から階下に降りてくる蘭子。 「何か見つかったかね?」  井上課長が尋ねる。 「ええ、こんなものがありました」  と、例のチラシを差し出す。 「刀剣乱舞か……」  それを母親に見せながら、 「聡子さんは刀剣に興味を持たれていたようですが、何か心当たりありませんか?」 「いえ、これといって……」 「そうですか……このチラシは頂いてもよろしいですか?」 「どうぞ」  チラシを折りたたんで胸ポケットにしまいながら、 「では、何か思い当たることが分かりましたら警察にご連絡下さい。今日はこれで失礼 します」  これ以上訊ねることもないだろうと切り上げる井上課長。  金沢家を退出する二人。  表に駐車させておいた覆面パトカーに乗り込みながら、 「ほんの少し光明が見えてきたというところですね」 「殺害は刀のようなもので行われ、被害者は刀剣に興味を持っていた」 「こうは考えられませんか。聡子は日頃から刀剣に関わる展覧会巡りをしていて、犯人 に出会い交際をはじめたのではないでしょうか。そして何かがあって犯人は聡子を殺害 した」 「十分考えられるな。美術館なり博物館を捜査対象に入れよう。近くだと四天王寺宝物 館があるな」 「七星剣と丙子椒林剣ですね」 「しかし、どちらも東京国立博物館に寄託されているからなあ」  四天王寺宝物館では、名宝展を春夏秋冬年に四回程度行っており、まれにではあるが 複製の国宝剣二点を展示することがある。  刀剣などの展示会を行う所として、大阪市歴史博物館、大阪城天守閣、高槻市しろあ と歴史館。 「ところで聡子はスマートフォンを持っていたはずです。部屋には見当たらなかったの ですが、遺留品の中にありませんでしたか?」 「うむ、なかったはずだ」 「電話会社に問い合わせて、位置情報から場所を特定できませんか?」 「できるはずだ。ただ、スマホの電池が切れてなくて、電源も入っていればだが」 「重要な情報が入っているかも知れません」 「よし分かった。問い合わせてみよう」  それから数日後、井上課長から連絡が入った。 「スマホの場所が分かったぞ。これから現場に向かうところだ。君も来てくれないか」 「分かりました。行きます」 「よし、覆面を向かわせるから、現場で落ち合おう」 「はい」  数分後に覆面パトカーがやってきた。  運転手は、例の課長の腰巾着ともいうべき若い刑事だった。 「早速、現場に向かいます」  ものの十五分で、とあるアパートの前に到着した。  井上課長は、覆面パトカーに乗車したまま、蘭子の到着を待っていたようだ。  蘭子の到着を見て、井上課長が降車すると、ぞろぞろと他の車からも私服刑事らしき人物も降りる。 「おい、例のものは持ってきたか」 「はい、捜索差押許可状ですね」  と、鞄から一枚の書状を取り出して渡した。 「これだ。これなしでは家宅捜索はできないからね」 「早かったですね」 「ああ、被害者がスマホを持っていたとなれば、裁判所の令状取って、電話番号から 通信記録を調べて、容疑者Aが浮かんだ」 「容疑者Aですか……」 「うむ。殺人犯とまだ特定されていないからな」  警察関係者ではない、一般人の蘭子には実名を打ち明けられないということだ。 「通信記録とスマホの位置情報が特定されて裁判所の許可が下りた」  殺人被害者のスマートフォンが、見知らぬ人物の手にある。  それだけで十分許可状申請の裁判手続きは可能である。 「よし、踏み込むぞ。手筈通りに動け」  部下に命じてから、突入班の数名を連れて、アパートの階段を上る井上課長。  呼び出された管理人と蘭子は階段の下で待機させられた。  容疑者Aの部屋の前で一旦止まる突入班。 「相手は殺人犯かもしれないから、銃を用意しておけ。場合によっては発砲も許可す る」 「はい」  胸元のホルスターから銃を取り出して構える刑事達。 「行くぞ」  一応礼儀として玄関チャイムを鳴らす。  が、しかし反応はない。  三度鳴らしたが相も変わらず。  ドアに耳を当てて中の様子を探るが物音一つしない。 「管理人を呼んで来い」  下に待機させておいた管理人が呼ばれる。  合鍵を使って開けようというわけだ。  鍵が解錠される。 「あなたは下がっていて下さい」  鍵が開けば取りあえずは、管理人には退避してもらう。 「行くぞ!」  慎重に扉を開けて、中に突入する一行。  警戒しながら各部屋を捜索開始。 「誰もいません」 「そうだな……」  誰もいないことを確認して、警戒体制から通常捜査体制に移行させた。 「鑑識を呼んで来い。ああ、それから蘭子さんもだ」  ここからは刑事ドラマで見慣れた場面となる。  入室してきた蘭子は、その様子を見てふむふむと納得している。 「どこにも触らないで下さい」  鑑識が注意する。 「わかりました」  やおら携帯を取り出して、とある番号に掛ける井上課長。  ややあって反応が返ってくる。  ベッドの下でコール音が鳴り出したのである。 「やはり、あったか」  鑑識がベッドの下に潜ってスマートフォンを取り出した。 「このスマホ、聡子さんのものに間違いありませんか?」  と言われても、スマホなんてみな似たり寄ったりだし……  コール音で反応したのだから、電話番号は間違いなく聡子のもの。  だが、携帯ストラップには見覚えがあった。  ハローキティ こうのとりキティ 根付けストラップ。  コウノトリがキティーちゃんを運んでいるもので、くちばしが折れると妊娠すると噂 されている。 「聡子のものだと思います」  所持者の鑑定など警察ならお手の物、一応の確認だろう。 「ところで……妖気とか感じないか?」  井上課長が蘭子を同行させた理由がソコにあったわけだ。  この事件は「人にあらざる者」が関わっている可能性が大だからである。  実は入室した時からずっと精神感応で妖気を探っていたのだが、 「感じません……」  と一言だけ。 「そうか」  と井上課長も短く答えた。 「ま、そうそう事がうまく運ぶものでもないからな」 「そうですね」 「さて、今日はここまで、自宅に送るよ」  数日後、井上課長から警察本部に呼び出された蘭子。  捜査用のパソコンの前に座る二人。 「京都府警に応援を頼んで、京都文化博物館と周辺の防犯カメラの映像を調べて貰った のだよ」 「聡子の足取りを?」 「そうだ。で、興味深い記録が残っていた」  マウスカーソルで画面をクリックしながら、記録映像を閲覧する。  国宝や重要文化財などが展示されている館内防犯カメラだけに、映像は鮮明で来館者 の表情までくっきりと映っている。 「まずはこれだ」  ガラスケースの前で、チラシ片手に刀剣を眺めている人物の動画が再生される。 「聡子!」  というところでポーズが掛けられ、クローズアップされる。  間違いなく聡子であった。 「続けるよ」  ボーズが解除されて再生は続く。  やがて聡子に近づく人影。  肩をポンと叩かれて振り返る聡子。  その相手は?  再度ポーズからクローズアップされる。 「容疑者Aだよ」  その顔は蘭子の見知らぬ人物であった。 「協力して貰っている以上、実名を知らせても良いだろう」 「実名ですか?」 「石上直弘、氏は石の上と書いて(いそのかみ)と読む」 「石上(いそのかみ)!それって物部氏の後裔じゃないですか」 (肆)四天王寺  土御門神社を訪れる意外な人物があった。  摂津陰陽師の総帥である土御門春代を頼ってのことだった。  蘭子とも顔なじみの四天王寺の住職であった。  四天王寺は、蘭子の幼少期の遊び場であり、悪戯したりして住職からちょくちょく叱 られていたものだった。 「蘭子ちゃん、大きくなったねえ」  と、頭をなでなでされそうになるが、丁重にお断りした。 「で、四天王寺の住職が何用かな」  春代が要件を切り出す。 「実は、四天王寺の七星剣が盗まれたのです」 「七星剣?」 「そうです」 「それって、東京国立博物館に寄託されているのでは?」 「表の七星剣は……です」 「表……?では、裏があったということですか?それが盗まれたと」 「その通りです。家や車の鍵は必ず二個作成されますよね。それと同じで、祭祀を執り 行うに不可欠な神器も、万が一の紛失や破損に備えて予備を作ったとしても不思議では ないでしょう」 「なるほど……」  ここでちょっと四天王寺についておさらいをしておこう。  仏教では、六道(地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人間界・天上界)という世界観 があり、地獄界から人間界を欲望渦巻く欲界という。  その上位である天上界にも(竹自在天・化楽天・兜率天・夜魔天・とう利天・四大王 衆天)という六欲天がある。織田信長が自称したといわれる「六欲天の魔王」、その六 欲天である。  とう利天、須弥山頂上に住む帝釈天に使え、八部鬼衆(天龍八部衆とは違う)を所属 支配し、その中腹で伴に仏法を守護するのが四天王(持国天・増長天・広目天・多聞 天)である。   *とう利天のとう(Unicode U+5FC9)は、りっしんべん+刀と書く。  『日本書紀』によれば仏教をめぐっておこされた蘇我馬子と物部守屋との戦いに参戦 した聖徳太子は、四天王に祈願して勝利を得たことに感謝して摂津国玉造(大阪市天王 寺区)に四天王寺(四天王大護国寺)を建立したとされる。(後、荒陵の現在地に移 転。)  四天王寺は度々の戦乱・災害で焼失しその度に再建されている。織田信長の石山本願 寺合戦、大阪冬の陣、直近では大阪大空襲。落雷や台風などの被害も多かった。  四天王寺の東側にある宝物館。  ここには一般公開されていない、住職だけが知っている秘密の地下宝物庫があった。  住職に案内されて、その扉の前に立つ土御門春代と蘭子。  その扉が呪法の結界によって封印されていることが、二人には一目で分かる。  一般人には、そこに扉があることなど分からないように、巧妙に隠されている。 「秘密の宝物庫です」 「なるほど」  住職が封印解除を行い、その重い扉を開く。 「この扉の封印が何者かによって解かれていることに気づきました」 「陰陽師か、それとも妖魔の仕業?」 「それは分かりませんが……その日境内の防犯設備の電源が切られてしまったのです」 「防犯設備がですか?」 「はい。電源を操作した者と、宝物庫に侵入した者は別人かと思われます」 「複数の人間による盗難事件というわけですか?」 「そうでなければ、こうも簡単に宝物が奪われるわけがありません」  永年もの間閉ざされていた宝物庫の空気は、重苦しく淀んでいた。  薄暗い照明の中を進んで行くとガラスで隔たれた飾り台があり、紫色のビロードが敷 かれた上に太刀掛け台が置かれていた。 「ここに七星剣が飾られていました」  太刀掛け台には剥がされたと思しき呪符の切れ端が残っていた。 「物事には必ず表と裏、光(陽)と影(陰)があるように、実は二振りの七星剣があっ たのです。表の七星剣は東京、そして裏の七星剣は四天王寺の地下宝物庫に人知れず封 印されていたのです」 「封印されていた?」 「はい」 「実は、裏の七星剣には蘇我入鹿の怨念が封じ込まれていたのです」 「蘇我入鹿?ですか……蘇我入鹿首塚の怨霊伝説なら聞いたことがありますが」 「蘇我入鹿を斬首した剣が、この裏の七星剣だという説話が残っています」  蘇我氏の怨霊ということなら、この四天王寺に伝承されていても不思議ではないだろ う。  崩御した推古天皇の後継者争いで、四天王寺を建立した聖徳太子の子、山背大兄王を 暗殺したのが蘇我入鹿である。  欽明天皇の頃、崇仏派の蘇我氏一族と、排仏派の物部氏・中臣鎌足連合が争った。  用明天皇崩御の後、継承争いとなり、穴穂部皇子を皇位につけようとした物部守屋に 対し、炊屋姫(後の推古天皇)の詔を得て、穴穂部皇子を誅殺し、さらに物部守屋の館 に討ち入ってその首を捕った。  以降物部氏は没落することになる。 「蘇我入鹿首塚はご存知でしょう」 「はい。板蓋宮大極殿で中臣鎌足によって斬首された入鹿の首が620mほど南のかの地ま で飛び、住民が手厚く葬ったという伝説によるものですね」 「その通り。葬られたものの入鹿の怨念は凄まじく、夜ごと奈良に現れ民を苦しめたと いう。そこで陰陽師が招聘されて、入鹿の怨念を一つの剣に封じ込めたという。その剣 が、この裏の七星剣のもう一つの説話なのです。どちらにしても入鹿の怨念が籠ってい たのは確かなようです」 「七星剣に入鹿の怨念が封じ込まれていたとしたら、その怨念を解き放って悪しき呪法 とすることができるでしょう」 「何か心当たりがあるのですか?」 「まだ何とも言えませんが、呪法が使われたと思われる事件がありました」 「それは困りましたね。何かお手伝いできることがあればおっしゃってください。出来 るものなら何でもご協力します」 「ありがとうございます」  宝物庫から出てくる一行。  住職は再び呪法を掛け直して扉を密封している。  その作業を見ながら春代が尋ねる。 「これからどうする?」 「明日、明日香村に行ってみようと思います。何か手掛かりが見つかるかも知れません から」 「そうか、そうすると良い」 「七星剣を盗んだ犯人は、妖魔か陰陽師の疑いが強いですね。例の石上直弘一人では、 この所業は不可能でしょう。 「つまり石上の背後で操っている物がいると?」 「はい」  奈良行きを井上課長に伝えると、 「待て!私も着いて行こう。君一人を行かせる訳にはいかない」  と、同行を求めた。 (伍)飛鳥寺にて  飛鳥の代表的なお寺の一つが飛鳥寺である。  ここは596年蘇我馬子が発願して創建された日本最古のお寺で、寺名を法興寺、元興 寺、飛鳥寺と変遷し、現在は安居院(あんごいん)と呼ばれている。奈良市にある元興 寺は平城遷都と共にこのお寺が移されたもの。  このお寺はひっそりと建っているが、近年の発掘調査では、東西200m、南北300m、 金堂と回廊がめぐらされた大寺院であったようです。現在の建物は江戸時代に再建した 講堂(元金堂)のみを残す。  又ここは大化の改新を起こした中大兄皇子と中臣鎌足が、有名な蹴鞠会で最初出会っ たと伝えられ、蘇我入鹿を天皇の前で暗殺して大化の改新となる。  〒634-0103 高市郡明日香村飛鳥682  近鉄橿原神宮駅下車→岡寺前行バス10分→飛鳥大仏下車  又は、近鉄橿原神宮駅下車 徒歩40分  拝観料大人300円  駐車場料金 普通車500円  飛鳥大仏は写真撮影可能 「着いたぞ、飛鳥寺だ」  駐車料金500円を払って、飛鳥寺に入場する二人。  併設の駐車場は有料であるが、7分歩いたところには県立万葉文化館無料駐車場(普 通車110台収容)もある。 「拝観料は300円ね」  飛鳥寺(安居院)の西門から西へ100m程度行ったところ、飛鳥川との間にある五 輪塔が蘇我入鹿の首塚といわれている。  高さ149cmの花崗岩製で、笠の形の火輪の部分が大きく、軒に厚みがあるのが特徴で ある。  田畑の真ん中にこじんまりと安置されていて、入鹿塚だと言われなければ気が付かな い。  主な観光ルートには入っておらず、蘇我入鹿に興味ある熱心な歴史探訪家くらいしか 訪れることはない。   蘇我入鹿首塚のストリートビュー  一通り首塚を調べる蘭子。 「その下に蘇我入鹿の首が埋葬されているのか?」 「伝承ではそういうことになっています」 「仮に埋葬されたとしても、後世のものによって掘り返されているだろうな」 「ありえますね」 「そろそろ飛鳥寺に戻りましょうか」 「うむ……」 飛鳥寺正門  正門の「飛鳥大佛」と刻印された石碑の前で、 「記念写真撮りましょうよ」  と、同意を求める蘭子。  記念写真となれば、立っている所がどこであるかが明確に特定できる場所が最適であ ろう。 「観光に来たのではなくて、捜査のために来たのだが……」 「いいから、いいから」  背を押して石碑の傍に立たせるようにして、自分も隣に寄り添う。 「すみませーん。シャッター押して頂けますかあ」  通りかかった観光客にスマートフォンを手渡してお願いする。 「いいですよ」  観光客も快く引き受けてくれる。 「あ、このボタンを押してください。シャッターが降りますから」  今時の若者にはスマートフォンの扱いなど朝飯前である。 「いいですか?撮りますよ」 「お願いしまーす」 「はい、チーズ」  と、ピースサインを出す蘭子。 「はい。撮れましたよ」  スマートフォンを返してくれる。 「ありがとうございました」 「どういたしまして」  旅は道連れ世は情け、見知らぬ他人とて助け合うことができるというものだ。  手を振って別れる観光客。 「次はどこへ行く?」 「蘇我入鹿が殺されたといわれる『飛鳥板蓋宮跡』に行ってみましょう」 「何かあるのかね?」 「いえ、何もありません」  というわけで、飛鳥板蓋宮跡へやってきた二人。 「GPSナビがなきゃ、こんな辺鄙なところ来れないですね」 「まったくだな……。ド田舎の畑のど真ん中、こんな所に何の手掛かりがあるか……だ な」 「まずは行動を起こすこと。捜査のいの一番ではなかったですか?」 「そりゃそうだが……」 「ここで蘇我入鹿が惨殺されたのです」 「何か感じるかね、怨霊とか」 「いえ、何も感じません」 「しかし、案内看板が一つあるだけで、本当に何もない所だな。建物一つない、休憩所 なり日陰となるものを作れば良いのに」 「観光地というよりも歴史的遺構という位置付けなのでしょうね」 飛鳥板蓋宮跡  皇極天皇4年6月12日(645年7月10日)  三韓(新羅、百済、高句麗)の使節の進貢に伴い、三国調の儀式が行われることにな り、皇極天皇が飛鳥板蓋宮の大極殿に出御することとなった。  従兄弟に当たる蘇我倉山田石川麻呂が上表文を読み上げていた際、肩を震わせていた 事に不審がっていた所を中大兄皇子と佐伯子麻呂に斬り付けられ、天皇に無罪を訴える も、あえなく止めを刺され、雨が降る外に遺体を打ち捨てられたという。  一応の調査を終えて、その夜の旅館へ。  旅費の都合もあり、親子ということにして同部屋に泊まる二人。 「宿賃……本当にいいんですか?」 「もちろんだ。捜査費用として落とせるから」  なにやら、旅館設置のTVとスマホを接続している蘭子。 「何をしている」 「スマホの画像データをこのテレビで拡大して観るの」  次々と画像データをテレビに映している。  来場客に頼んで撮ってもらったピース写真から次の写真に切り替えようとしたとき、 何気に見つめていた井上課長が声を上げた。 「ちょっと待て!」 「な、なに」 「その写真だ!」 「このピースしている写真?」 「違う!後ろの正門料金所の脇に立ってこちらを見つめている人物だ!」 「後ろ?」 「拡大できないか?」 「できますよ」 「やってくれ」  何が何だか分からないが、言われたとおりにする蘭子。 「こ、こいつは!」  拡大された画像に驚く二人。  京都文化博物館で、金城聡子に言い寄っていた、あの石上直弘であった。 「後をつけてきたのか?」 「たまたま行動が一致したのかも。蘇我入鹿の怨霊が関わっているなら、明日香村へと 帰着するのが自然ですから」 「そうか……」  としばらく考えていた井上課長であったが、 「この写真データを、府警本部の俺のパソコンに送りたいのだが、できるか?」 「メールアドレスが分かればできます」  といいながら画像データを送信する操作を行ってから、 「どうぞ、メールアドレスを打ち込んで頂けますか」  とスマホを渡すと、一心不乱にアドレスを打ち込んで、 「よし、送信!と」  スマホを返してから、さらに自分の携帯を取り出して連絡を取っている。 「ああ、井上だ。今、俺のパソコンにメールで画像を送ったから至急見てくれ。大至急 だ」  どうやら大阪府警に電話を掛けているようである。 「見たか?俺の後ろの方に映っている人物をよく見てくれ」 「そうだ。その通りだ。至急、奈良県警に合同捜査本部の設置を要請してくれ」  電話を切りパタンと折りたたんで尻ポケットにしまう。 「なんとなく背景が見えてきたというところかな」 「動き回った甲斐がありましたね」 「うむ……明日から忙しくなるな」 「わたしは学校がありますから帰りますけど、課長はどうしますか?」 「ともかく奈良県警に協力してもらうために県警本部へ行くよ」 (陸)怨霊出現  その夜。  寝静まった室内に怪しげな光が浮かび上がった。  気配を感じて、枕元の御守懐剣に手を伸ばす蘭子。  怪しげな光は、その姿をさらにくっきりと現しはじめる。 「課長!起きてください」  隣に寝ている井上課長に声を掛けるが応答はなく、ブルブルと痙攣している。  明らかに呪詛を掛けられているようだった。 「虎徹、課長を守ってあげて」  というと御守懐剣を課長の胸元に差し込んだ。  やがて御守懐剣が輝きはじめて、そのオーラが井上課長を包み込み始めた。  しだいに苦しみから解放されて安息の域に入っていく。  御守懐剣である長曽弥虎徹は魔人が封じ込まれており、【魔の者】に対しては絶大な る威力を発揮するが、【霊なる者】に対してはほとんど効力を持たない。  それでも身を守る程度なら【霊なる者】相手でも効果があるようだ。  井上課長の安全が確保されたのを見て、改めて侵入者と対峙する蘭子。 「さて、何者?」  と問われて答える相手ではない。  すでに相手は全体の姿を現していた。  見た目、奈良時代の衣装を身に纏っている。  蘇我入鹿の怨霊を使った外法、ないしは口寄せ術の類か。  外法とは、髑髏(どくろ・しゃれこうべ)を使った妖術のことだが、入鹿の怨霊が封 じ込まれた七星剣があれば代用も可能であろう。  虎徹が手元にない不利な条件下にあるが、怨霊相手の戦法はいくらでもある。 「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」  独股印を結んで口で「臨」と唱え、順次に大金剛輪印、外獅子印、内獅子印、外縛印、 内縛印、智拳印、日輪印、宝瓶印と印を結ぶ。  さらに、不動明王の真言を三回唱える。 「ノウマクサンマンダ バザラダンセンダ       マカロシャダ ソワタヤ            ウン タラタ カン マン」  四縦五横に右手刀を切りながら、 「臨める兵、闘う者、皆陣列の前に在り!行、満、ぼろん、勝、破!」  と手刀を前に突き出すと、九字印が怨霊に向かって飛んで行く。  怨霊がひるむその瞬間、懐から呪符を取り出して、 「さまよえる魂よ、浄土へと成仏させたまえ!」  と唱え奉る。  やがて怨霊は、静かに退散していった。  呼吸を整えながら、 「オン アビラウンケン ソワカ」 「オン キリキャラ ハラハラ フタラン バソツ ソワカ」 「オン バザラド シャコク」  九字印の終了の儀式を行う。  井上課長を見る。  どうやら無事のようだ。  胸元の御守懐剣を取り外し、起こそうかと思いつつも、まだ草木も眠る丑三つ時だ。  朝まで寝かせておこう。  外法を使ってきたということは、 「どうやら手出しはするなという警告のようね」  翌朝。  事の詳細を告げられた井上課長は、 「なぜ、起こしてくれないんだ」  と、憤慨しつつも自分では役に立たなかったであろうことも良く分かっていた。 「何にせよ。向こうからも動いてきたということか」 「こちらが動けば、相手も動く。犯罪捜査のイロハですね」  その時、井上課長の携帯が鳴った。 「ああ、私だ……なに、本当か!早速県警に……迎えに来る?分かった、ここで待てば 良いのだな」  どうやら事件発生のようである。 「どうしましたか?」 「首切り事件が発生したよ」 「この奈良の地で?」 「ああ、奈良県警から迎えのパトカーが来るから、それで現場に急行する」 「昨夜の呪術者の仕業かも知れませんね」 「かもな。というわけで、君には帰らないで、もうしばらく同行してくれないか?」 「わかりました」 「学校の方には連絡させるよ。警察の協力ということで、出席扱いにしてもらう」 「ありがとうございます」  井上課長がチェックアウトと宿代の支払いをしている間に、土産物屋で買い物をする 蘭子。 「これでいいかな」  と、手にしたのはごくありふれた、お守り。 「五百八十円になります」  そうこうするうちに、奈良県警のパトカーがやってくる。  そのパトカーに乗って現場に向かう二人。  課長の車は、別の警察官が運転して付いてくることになった。  パトカーの中で、買ったお守りに呪法を掛けている蘭子。 「何をしているの?」 「お守りに護法を掛けています」 「護法?」 「昨夜のこともありますから、課長の身を守るためのお守りです。はい、どうぞ」  というと、護法を掛けたばかりのお守りを手渡した。 「お守りねえ……」  受け取り、しばらく見つめていた。  釈然としない表情ではあったが、胸内ポケットにしまう課長であった。  変死とか怨霊の仕業としか思えない事件を扱い、怨霊とも直に目にしてきただけに、 「非科学的な!」  とは言い切れない心情になりつつあった。  事件現場に到着する。    物々しい雰囲気の中、現場検証が執り行われている。  その中にあって、忙しく指図する人物がおり、現場責任者だと思われる。  野次馬を掛け分けて、その人物に近づく井上課長。 「よお、おまえが担当か」 「なんだ、井上か」  馴れ馴れしい挨拶を交わしているところをみると、どうやら顔なじみらしい。  大阪府警と奈良県警では交流の機会はないだろうが。 「研修以来だな」  国家公務員採用Ⅰ種試験合格者(キャリア)で警察庁に採用された者が、警部補に任 命された際に初任幹部科研修が行われる警察大学校の同期生というところか。  蘭子に気が付いて、 「その娘は?」 「ああ、私の臨時助手だよ」 「見たところ高校生くらいのようだが……」 「学校側には許可を取っている」 「やはり高校生か、大丈夫なんだろうな」 「それは保証する。その辺の刑事より役に立つよ」  というところで、お互いに紹介しあう。 「奈良県警刑事部捜査第一課の綿貫警視です」 「摂津土御門流派の陰陽師、逢坂蘭子です」 「陰陽師?君がか!?」  さすがに驚くのも無理がない。  奈良県警本部。  連続殺人事件特別捜査本部が設置され、捜査本部長には県警本部長が任命され、副本 部長・事件主任官・広報担当官・捜査班運営主任官・捜査班長・捜査班員という編成で 運営されることとなった。  なお一段下の「捜査本部」の捜査本部長は、県警本部長が任命する。  綿貫警視は捜査班運営主任官として、事実上の捜査責任者となった。  井上課長も応援要員として誘われたが、自身の大阪府警の捜査責任者でもあるので、 配下の警部補なりを向かわせることで落ち着いた。 「他県の者から指示命令されるのがウザいか?」  とは綿貫の弁である。  井上課長としては、蘭子との協力捜査に力を入れており、科学捜査が基本の奈良県警 とは一線を画す必要があるからである。  まずは捜査線上に上っている石上直弘は、写真と共に公開指名手配となった。 (漆)石上神宮(いそのかみじんぐう)  騒々しい特捜本部を後にして、独自捜査をはじめる蘭子と井上課長。  石上直弘については、捜査本部でも未だに詳細が掴めていないようだ。  蘭子と井上課長は、独自に捜査を続けることにした。 「さてと我々は、次にどうするべきかな?」 「そうですねえ、石上神宮へ行きましょう」 「石上神宮?」 「おそらく石上直弘は、物部氏の後裔にあたる石上神社宮司に繋がる血統だと思われま す」 「そうか。では行ってみることにしよう」 石上神宮  というわけで、石上神宮に到着する。  日本書紀に、伊勢神宮と共に記載のある由緒ある古き神社である。  当時の豪族だった物部氏の総氏神であり、拝殿をはじめとして国宝も多い。  境内に入ると”神の使い”ともいわれる人懐っこい鶏がたくさんいる。 「おみくじがありますよ。占ってみましょう」  御神鶏(ごしんけい)みくじ、400円である。  目ざとく見つけた蘭子が早速、おみくじを引いている。  捜査中だというのに、こういうことにちゃっかりとした行動を取るのは、やはりまだ まだ高校生盛りというところである。  石上神宮おみくじ 第十八番 大吉  ・運勢 思う事思うがままに為し遂げて思う事なき家の内かな    目上の人の思いがけぬ引き立てありて心のままに謳い、    家内睦まじく暮らせる大吉の運なり。色を慎み身を正して    目上の人を敬い目下の人を慈しめばますます運開く。  ・神道訓話 敬神の前途に光明あり。神様の御蔭は拝めば知れる、   甘い酸いは食べて知る。    橙の酸っぱさ、柿の甘さも食べて初めて真の味がよくわかる。    神様の有難さも拝んだ者でなければわからぬ。    温かい神様の御蔭を受けたければ心正してまず拝め。  そして、願望・待人・仕事・学業などなどの運勢が記されている。 「やったあ!大吉よ」 「これじゃあ、捜査に来たのか、観光に来たのか……」 「意外とこれ、当たるんですよ」  さらに拝殿の前で拝礼する蘭子。  土御門神社の巫女でもある彼女には、一応の礼儀を尽くすのが自然だろう。  二拝、二拍手、一拝が一般的な礼儀作法である。  拝とは、お尻を後ろに引くような感じで腰を90度に折り、この際手は膝の上のあた りに置く。  続いて、二回拍手で、手の高さは胸の高さ。  拍手を打つ意味は、自分が素手であること、何の下心もないことを神様に証明するた め。身元、祈願内容などを心の中で神さまに述べ、拝礼の間は心を込めて神さまに感謝 しながら祈念する  終わったら手をおろし最後の一拝。深くお辞儀をして終了。
 さて、神社では当然、神にお願い事をすることがあるだろう。  神社で祈るとき、合掌しながら心の中で何を言えばいいか。正しい祈り方をご紹介し ます。  まずは住所・氏名を伝えます。  はじめにあなたが誰なのかを伝えます。この「個人」の特定は神さまにとって重要で す。せっかく家族の健康を祈っても誰の家族かわかりませんよね?  あなたが誰なのか住所と氏名を神さまに伝えてください。名乗るのは礼儀でもありま す。  参拝できたことへの感謝を伝え、願いを一つお伝えします。 「参拝させていただき、ありがとうございます」など感謝を伝えましょう。  その後に願い事を使えますが、あれこれ伝えるのではなく、お願いごとはひとつだけ にしてください。  祝詞とよばれる神道の祈の言葉を唱えます。 「はらいたまえ きよめたまえ かむながら まもりたまえ さきわえたまえ」 意味は「罪、穢(けがれ)をとりのぞいてください。神さま、どうぞお守りお導きくだ さい」です。「はらいたまえ きよめたまえ」だけでも大丈夫です。
 今の蘭子の祈ることは一つ。 「大阪市阿倍野区阿倍野元町1-◯番地」の逢坂蘭子です。参拝させていただき、感謝申 し上げます。最近世間を騒がす、怨霊使いを発見、無事に退治できますように。はらい たまえ きよめたまえ かむながら まもりたまえ さきわえたまえ」  とにもかくにも、昨夜に呪詛を仕掛けてきた外法者退治しかない。  蘭子が拝礼している間に、井上課長が石上神宮の宮司に事情聴取すべく掛け合ってい た。 「宮司から話が聞けることになったぞ」  というわけで、社務所で宮司の話を聞くことになった。  石上神宮の宮司は、世襲として忌火(いんび)職を務め、物部氏の本宗にあたる森家 が代々勤めている。  現在の宮司は、森正光である。  事件の概要を簡単に説明した後、 「石上直弘という人物をご存知ですか?」  単刀直入に尋ねる井上課長。 「石上直弘……ですか?」 「心当たりありませんか?」 「と言われても……ご存知かと思いますが、物部氏や石上家に連なる家系は、それこそ 数限りなくありますからねえ」 「陰陽師をやっている方とかはご存知ないでしょうか?」  軽く首を振る宮司。  いろいろと突いてみるが、石上直弘のことや関係者のことは知らないようだ。  せっかく来たのだからと、石上神宮の歴史を語り始めた。 物部氏系譜 「誰かが、私を呼んでいます」  つと立ち上がる蘭子。 「どうした?」  突然の行動に不審がる井上課長。 「行かなければ」  憑き物に取りつかれたような表情を見せる蘭子。  尋常ではない蘭子の態度に心配する二人。 「ついていきましょう。何かが起こりそうです」  神官でもある宮司にもその気配を察知したのであろう。  蘭子の後を追う二人。  蘭子は社務所を出て拝殿後方へと回り込んだ。  行く先は「禁足地」と呼ばれるところのようだった。  拝殿後方の、「布留社」と刻字した剣先状の石製瑞垣(みずがき)が取り囲む、東西 44.5m、南北29.5m、面積約1300平方mの地を「禁足地」といい、当神宮の神域の中でも 最も神聖な霊域として畏敬(いけい)されています。  明治以前は南側の半分強(南北約18m、面積約800平方m)だけで、当神宮御鎮座当初 からのものかどうかはあきらかではありませんが、古来当神宮の御神体が鎮まる霊域と して「石上布留高庭(いそのかみふるのたかにわ)」或いは「御本地(ごほんち)」、 「神籬(ひもろぎ)」などと称えられてきました。  石上神宮禁足地入口  両側の石柱に渡してある注連縄(しめなわ)を右手で持ち上げてくぐろうとする蘭子。  注連縄は神域と現世を隔てる結界の役割を持ち、禁足地の印にもなる。  気づいた職員の一人が注意を促した。 「これ、そちらは禁足地です」  しかし蘭子には、注意も聞こえていないようだった。  何かに誘われるように、禁足地に足を踏み入れる蘭子。 「ちょっと!待ちなさい」  後を追ってきた宮司が止めた。 「何者かに憑かれているようだ。様子を見てみよう」  職員を制止する宮司。 「我々は中に入れないのですか」 「だめです。禁足地ですから、ここは蘭子さんに任せましょう」  蘭子が禁足地に入ると同時に、無意識にか千鳥足のような足取りになった。  禹歩(うふ)という鎮魂のための歩行術 「天蓬」「天内」「天衝」「天輔」「天禽」「天心」「天柱」「天任」「天英」  という言葉を唱えながら一歩ずつ踏みしめて歩く。 一、スタート時点で両足をそろえて立つ 二、左足を一歩前に出す。右足を左足より一歩前に出す。左足を引きつけて右足とそろ える。 三、右足を一歩前に出す。左足を右足より一歩前に出す。右足を引きつけて左足とそろ える。 四、左足を一歩前に出す。右足を左足より一歩前に出す。左足を引きつけて右足とそろ える。 以下繰り返し。  禁足地の中ほどに来た時、右側の森が薄明るく輝いているのに気が付いた。  まさかかぐや姫か?  という冗談はさておき、近づくにつれて、それは人影のように浮かび上がった。  奈良時代のものと思しき衣装を身にまとっている女性の姿。  どうみても生身の人間ではなかった。  地縛霊か?それとも浮遊霊か?  危害を加えるような存在ではないようだ。 「あなたは?」  蘭子は尋ねてみる。  すると蘭子の意識に直接語り掛けてきた。 「布都……」  か細い声で答える女性。 「物部守屋の妹の布都姫ですか?」 「そうじゃ」  布都姫は、物部守屋の妹であり、蘇我入鹿の妻である鎌足姫の母親という説がある。 「わたしをお呼びになられたのは、あなたですね?」 「布都御魂に召されて参った」 「召された?」 「そなたに授けるようにと……」  と、地面を指さした。  女性が指さした地面がほのかに輝いている。 「ここに何かあるのね」  小枝を拾って地面を掘ってみると、古びた鉄の塊が出てきた。  土くれを取り払ってみると、錆びた刀剣だった。 「これを、わたしに?」  女性は答えず、軽く頷くと静かに姿が薄らいでいき、そして消えた。 (捌)布都御魂剣(ふつみたまのつるぎ)  禁足地から蘭子が出てくる。  一振りの刀剣を携えて。  蘭子の姿を見とめて出迎える井上課長。 「おお、帰ってきたか心配したぞ」  目ざとく蘭子の持つ刀剣に注視する宮司。 「刀剣のようですが、見せていただけませんか?」  断るわけもなく刀剣を手渡しながら、事の詳細を話す蘭子。 「そうでしたか……」  じっと検分していた宮司であるが、 「こ、これは!布都御魂剣(ふつみたまのつるぎ)です」  驚きの声をあげる。 「え?それって御神体として、本殿に奉納されているのでは?」  と、井上課長。 「確かにそうですが……1894年に禁足地を発掘した際に大量の神宝が出土しました。そ の中に伝承の中にある霊剣に相似したものがありました。それをご神体として祀り立て たのですが……。七星剣に表裏があったように、布都御魂も同様ではないかと」 「つまり確証はないけど、たぶん伝承にある布都御魂の二つ目じゃないかということで すか?」 「どちらが本物の布都御魂かどうかは、誰にも分からないでしょう」 「現在ある布都御魂の真偽はともかく、禁足地には布都御魂が埋められたのは確かなこ とですから」  この地では、須佐之男命(素戔嗚尊)が八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治した時に 用いたという神剣、天羽々斬剣(あめのはばきり、あめのははきり)が出土している。  また、建御雷神(たけみかずちのかみ)が葦原中国(あしはらのなかつくに)を平定 した際に用いたといわれる霊剣、布都御魂(ふつのみたま)も、この地に一時埋められ るが再度掘り起こされて、石上神宮の祭神として祀られている。  納得いかないような表情の井上課長であるが、 「で、その刀剣は蘇我入鹿の怨霊に対して効果があるのかね?」 「神から遣わされたものです。信じるしかないでしょう」 「それはそうだが……」 「森宮司にお願いがあります」 「何かね」 「ご説明したとおりに、蘇我入鹿の怨霊退治には、この布都御魂が必要と思われます。 しばらくお貸し願えないでしょうか」 「ああ、もちろんだとも。ご神体のご意向となれば拒否するすべがない」 「ありがとうございます」  石上神宮は物部氏ゆかりの地である。  物部氏は蘇我氏に滅ぼされたという怨念がある。  蘭子が蘇我入鹿を退治したいという願いを訴えたとき、 『ならば儂が適えてやろうじゃないか』  と、祭神の布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)が降臨し、布都姫を使わせて、 布都御魂を授けてくれたのではないだろうか。 「布都御魂……だっけ。そんな錆びた剣が役に立つのかね」 「神様が遣わしてくれた霊剣ですからね。きっと役に立ちますよ」  ここで問題となるのは、布都御魂が日本刀などの銃砲刀剣類が適用されるかである。  銃砲刀剣類に関しては、日本刀など文化財としての教育委員会のものと、警察官携帯 の拳銃など武器としての公安委員会のものと、二種類の登録制度がある。  銃砲刀剣類所持等取締法第14条に該当するものは、美術品・骨董品として価値ある ものとして、都道府県教育委員会に登録申請する。  少なくともこの布都御魂は、錆びて朽ちており美術品としては該当しないだろう。  今の時点では、御神体として奉納する価値はあるかもしれないが、石上神宮の対応次 第である。  ともかくも刀剣であることには違いないので、都道府県公安委員会の銃砲刀剣類所持 許可手続きは必要であろう。 「しかし……お堅い公安委員会の許可証が取れるかが問題だな。未成年だしな。ともか くその剣を持ち歩くに当たって、まずは石上神宮のものとして刀剣類発見届出書を提出 して、入手した上で、申請しなくてはならない。そして人目につかないように、剣道の 竹刀鞘袋にでも入れて持ち運ぶことだ」  井上課長は、大阪府警捜査第一課長の身分を最大限に利用して、捜査協力のためとし て事件解決までの期間限定の特別所持許可証を手に入れてくれた。また奈良県警捜査第 一課長の綿貫警視も一役買ってくれた。  もっとも変死事件があれば、怨霊や陰陽師の仕業と噂される古都奈良特有の事情もあ ったのだろうが。  ちなみに古都とは、「古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法」に規定さ れる京都市・奈良市・鎌倉市の他、同法の第二条第一項に定める政令で天理市・橿原 市・桜井市・斑鳩市・明日香村・逗子市・大津市などが挙げられる。 「これが許可証だ。剣と共に肌身離さず持っていてくれ」 「分かりました」  さて、蘭子は陰陽師としての行動をする時、御守懐剣「虎撤」を携行しているが、  銃刀法第22条「業務そのた正当な理由による場合を除いては、内閣府令で定めると ころにより計った刃体の長さが6CMをこえる刃物を携帯してはならない。以下略」  または軽犯罪法第1条1項2号「正当な理由がなくて刃物、鉄棒その他人の生命を害 し、又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していた 者」  とあるとおり、陰陽師としての業務遂行のために所持しているので、一応違反とは言 えない。  もっとも昇進のための検挙率を稼ごうと、何が何でも違法だと決め付けて検挙しよう とする、根性腐った悪徳警察官も多いので要注意である。  陰陽師の仕事は、夜半がメインである。  夜中に出歩いていれば、警察官の職務質問に遭遇することもあるだろう。 「バックの中身を見せてください」  と、所持品検査もされる。  職質も所持品検査も任意なので断ることができる。  警職法2条3項、「刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、 又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行されることはない」  と、刑事訴訟法によらない強制の処分を禁止している。  ところが、根性腐った悪徳警察官は、わざと腕を掴んだり、前に立ちはだかるなどの 行動をとり、うざいからと、手を振り払ったり、警察官の胸を押したりすると、 「公務執行妨害だ!」  と大げさに、警察官に暴行を加えたとして、現行犯逮捕される。  こんな場合は、 「違法行為はやめてください!」 「いやです!」 「手を離してください!」  と大声を張り上げて、毅然とした態度で対応するのが正しい。  サッカーなどの試合で、審判に抗議する監督などが、退場処分にならないように、決 して手を挙げないのと一緒である。  井上課長が所持許可証にこだわったのは、そういう警察の事情があるからである。  布都御魂を収める竹刀鞘袋を、奈良県警察署道場の講武会から借りてくれた。  その夜のことである。  旅館で一息ついていた時、布都御魂を収めた鞘袋が震えて微かに輝いている。 「布都御魂が感応しています」 「ほんとうか?奴が七星剣を持って動き回っているのか」 「そのようです」 「応援を呼ぶか?」 「いえ、多人数で行動すれば感ずかれます。私一人で対応します」 「女の子が一人で夜に出歩けば、警察官に職質されて身動きできなくなる。私が一緒に いた方が良い。それに万が一の時にはコレがある」  と、背広の内側に隠しているホルダーから拳銃を取り出して見せた。  怨霊に対しては拳銃が役に立つはずがないが、少なくとも人間である石上直治に対し ては有効であろう。 「わかりました。課長と二人だけで行動しましょう」 「良し」  旅館を出て、夜の街へと出陣する二人であった。  布都御魂に導かれるままに……。 (玖)飛鳥板蓋宮跡へ  夜の帳が舞い降りた街中。  辻を吹き抜ける風は、淀んで生暖かい。  夜道を歩いている女性。  時々後ろを振り向きながら、小走りで帰路を急いでいる。  後ろにばかり気を取られていたせいか、前方不注意で何かに躓いて倒れてしまう。 「痛い!」  足元の暗がりを探るように見たそこにあったものは人のようであった。  泥酔で寝込んでしまったのか、交通事故のひき逃げで倒れているのか。 「もし、大丈夫ですか?」  声をかけても返事はない。  それもそのはず……。  首がない!  悲鳴を上げる女性。  その悲鳴を聞いて駆け寄る人影。 「どうしましたか?」  尋ねられても声が出せず、横たわる遺体を指差す。 「こ、これは!」  遺体を確認して、携帯無線を取り出す。  巡回中の警察官だった。  女性の一人歩きを心配して、声を掛けようとしていたのである。 「こちら警ら132号、本部どうぞ」 『こちら本部、警ら132号どうぞ』 「こちら警ら132号、鳴門町132番地にて殺人と思われる事件発生。遺体は首が切 断され遺棄された模様。302号連続殺人犯の犯行と思われる。至急、応援急行を乞 う」 『こちら本部了解した。直ちに応援を向かわせる。現場の保存に尽力せよ』 「こちら警ら132号、了解」 *注・警察無線はデジタル化以降、どのように行われているか不明。 各警察機構によっ ても違いがあり、一応の目安ということで……。 「遅かったか……」  蘭子と井上課長が到着したのは、五分後のことであった。 「いえ、まだ反応はありますよ。追いかけましょう」  現場警察官が留めようとするので、 「任務遂行中だ!}  警察手帳を見せて先を急ぐ。  警視という階級を確認して、直立不動になって敬礼する警察官。  ヒラの巡査にとって、キャリア組の警視という階級は雲の上の存在。  布都御魂の導きに従って、犯人を追跡する二人。 「どうやら飛鳥板蓋宮跡へ向かっているようです」 「入鹿が暗殺されたという現場か?」 「怨念が封じ込まれた剣と、怨念が自縛霊となっている場所。相乗効果がありそうです ね」 「のんきな事を言っている場合か。昼間行った時には何事もなかったよな」 「時刻が問題なんです。鬼門の開く丑三つ時……」 「なるほどね。相手は時間と場所を選んだというわけか」  その後しばらく無言で走り続ける二人。  数分後、飛鳥板蓋宮跡の入り口へと到着する。  井上課長は胸元の拳銃、SIG SAUER P230 を取り出しマニュアルセーフティーを解除 して、いつでも発砲できるようにして再びホルスターに戻した。  発砲といっても、米国のように無条件で撃てるのではなく、正当防衛かつ緊急事態に のみ発砲が許されている。例えば、犯人が蘭子に襲い掛かり正に刀を振り下ろそうとし た瞬間とかである。  慎重に跡地内へと入っていく二人。  周囲に照明となるなるものがないために、ほとんど暗闇状態で星明りだけが頼りだっ た。それでも暗順応とよばれる視力回復が働く。  陰陽師として深夜半に行動することが多い蘭子は、霊を見透かす霊視に加えて、周囲 の状況を見ることのできる暗視能力にも長けていた。    暗順応:  角膜、水晶体、硝子体を通過した光は、網膜にある視細胞で化学反応を経て電気信号 に変換される。視細胞には、明暗のみに反応する約1億2000万個の桿体細胞と、概ね3種 とされる色彩(波長)に反応する約600万個の錐体細胞がある。光量が多い環境では主 として錐体細胞の作用が卓越し、逆に光量が少ない環境では、桿体の作用が卓越する。 夜間などに色の識別が困難になり明暗のみに見えるのは、反応する桿体の特性である。 桿体、錐体ともに一度化学反応をすると、再び反応可能な状態に復帰するまでにはある 程度の時間が必要である。視界中の光量が急減した場合に一時的に視覚が減退するのは、 明所視中において桿体細胞内のロドプシンのほとんどが分解消費してしまっており、桿 体細胞が速やかな反応のできない状態になっているからである。暗い環境の中で時間が 経過すると、ロドプシンが合成されて桿体細胞が再び反応できるようになり、視覚が働 くようになる。 明順応に対し、暗順応に時間がかかるのは、ロドプシン合成の方がロ ドプシン分解に比べて長い時間を要するためである。wikipediaより  突如、落ち武者の姿をした亡霊が地の底から湧いて出るように出現した。 「課長、気をつけてください。犯人が外法で霊を呼び出しています」 「霊?といわれても、私には見えないぞ」  といいつつ胸元のホルスターから銃を取り出す井上課長。  辺りを見回すが猫一匹見ることはできなかった。 「銃は無駄です!相手は怨霊です」 「どうすりゃいいんだ」 「夜闇を払い、光を降ろす五芒の印!」  暗視の術を唱えると、井上課長の目にも見えるようになった。  おどろおどろしい怨霊の姿にたじろぐ井上課長。  そりゃそうだろう。  怨霊などというものに、普段から接したことなど皆無だから。  お化け屋敷とは違うということである。  と、上着の内側が微かに光っているのが見えた。  内ポケットに入れたお守りが輝いていた。  おもむろに取り出してみる。  するといっそう輝きを増して、襲いかかろうとしていた怨霊を消し去った。 「なるほど……これは良いな」  蘭子が護法を掛けていた効力のようである。  怨霊程度ならお守りでも役に立っている。  それを確認した蘭子は、安心して犯人と対峙できる。 「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」  怨霊を九字の呪法で消し去りながら、板蓋宮跡の中へと歩みを進める二人。  やがて跡地の中ほどに人影が現れた。 「待っていたよ」  暗がりで佇む人影は、近づくにつれてはっきりと表情を読み取れるようになる。  石上直弘その人だった。 「石上だな!」  井上課長が尋ねる。 「その通り」  続いて蘭子が続く。 「なぜ、罪もない人々を殺(あや)める」 「なぜだと?」 「そうだ。金城聡子をなぜ殺した!」 「足手まといになったからだ」 「足手まといだと?」 「七星剣に封じ込まれた入鹿の怨念を呼び起こすためには、血を吸わせる必要があった のだ。剣を手に入れる助手として、かつ最初の生贄として彼女が必要だった」 「なんてこと……そのために人の命を弄ぶとは」 「妖刀とは血を吸うものじゃないかな?」  妖刀として名高いものに村正が上げられる。  徳川家康の祖父清康と父広忠は、共に家臣の反乱によって殺害され、家康の嫡男信康 も織田信長に謀反を疑われ、死罪と成った際に使われた刀もそろれぞれ村正である。 「話がそれたな。おまえら、一人は刑事のようだが、娘の方は……陰陽師か?」 「その通りよ」 「なるほどな。で、どうするつもりだ?」 「その刀、七星剣を返しなさい」 「せっかく手に入れたものを、返せと言われて返す馬鹿はいない」  至極当然な反応である。  しばらくありふれた問答が続いたが、 「この場所へおまえらを呼び寄せたのは何故だか分かるか?」  と、先に切り出したのは石上だった。  この場所、板蓋宮跡は蘇我入鹿が惨殺された所である。  伝承では、斬首された首が数百メートル先へ飛んでいったとか、村人を襲ったとかと かで首塚が作られているのであるが……。  「さらし首」なという見せしめは、武家社会になってからであり、貴族社会であった 当時なら、野外に遺体ともども打ち捨てられたものと思われる。  ならば……。 「蘇我入鹿か?」  当然の反問である。 「見るがいい」  というと、七星剣を上段に構えたかと思うと、えいやっとばかりに地面に突き刺した。  地面から稲光が放射状に光ったかと思うと、無数の魑魅魍魎(ちみもうりょう)が湧 き出てきた。  石上がさらに右手を水平にかざすと、手のひらから、霊光(オーラ)のようなものが 地面へと伸びていく。  その地面が盛り上がりを見せたかと思うと、何かが土中より出現した。  それはゆっくりと上昇して、石上の手の上に。  骸骨だった。 「蘇我入鹿の首だよ」  おどろおどろしいオーラを発しているその首を差し出しながら、 「入鹿の首と、怨念の籠った七星剣、入鹿が討ち取られた板蓋宮跡。そして時刻は鬼が 這い出る丑三つ時。道具はすべて揃った」 「何をするつもりだ?」 「知れたことよ」  と言いながら地に突き刺した七星剣を抜いて、天に向けて捧げた。  凄まじい気の流れが怒涛の様に周囲に広がり、闇の中から無数の怨霊が沸き出し、奈 良の街中へと拡散していった。  毒気を含んだ黒い霧が流れ出し、道行く人々が次々と倒れてゆく。  街中に溢れ出した怨霊は、至る所で災いを巻き起こし、人々を渦中に引きずり込んで いく。  台所のコンロが自然点火して火事となり、交差点信号が誤作動を起こして交通事故が あちらこちらで発生する。  板蓋宮跡にいる蘭子達からも、街や村が火に包まれていくのを目の当たりにすること となった。 「問答無用ということですね」  竹刀鞘袋から布都御魂を静かに引き抜く蘭子。 「そういうことらしいな」  石上も入鹿の首を地面に置いて、七星剣を構える。  蘭子が石上に向かって布都御魂を振りかざす。  もちろん生殺しないように、当身を狙ってである。  だが、いとも簡単に受け止められてしまう。 「おまえが剣道の猛者ということは知っている。だが、自分も四段の腕前でね」  鉄と鉄が交差する度に火花が飛び、瞬間暗闇を照らす。  井上課長は思う。  貴重な文化財を使って、チャンバラとは!  しかし、心配はご無用。  どちらも怨霊の籠った霊剣である。  そうは簡単に折れたりはしなかった。 「なるほど『霊験あらたか』ということか」  納得する井上課長であった。 (拾)魔人登場  手に汗握る戦いであったが、若さと柔軟さに勝る蘭子が押していた。  とはいえ、少しでも気を抜くと致命傷を受ける真剣勝負なのだ。  相手を傷つけることをも躊躇してはいけない。  切っ先を合わせること数十回、ついに決着が着いた。  石上が大上段から振り下ろす剣を見切り、その剣を弾き飛ばした。  空中を舞いながら井上課長の足元に突き刺さる七星剣。  井上課長が拾おうとするが、 「だめ!触らないでください!」  蘭子の警告に手を引っ込める。  怨霊の籠った剣に触れば、憑りつかれる可能性があるからだ。 「ふ……。さすが剣道の達人だな」  切っ先を交わした際に傷ついたのであろう、右手から血を流していた。 「観念しろ石上」  井上課長が拳銃を構えて投降を呼びかける。  石上は後ずさりしながら、入鹿の首の所まで戻った。 「まだ終わったわけではない。これからが本番よ」  というと、懐から短刀を取り出して、傷ついた右腕をさらに切り刻んだ。  ボタボタと滴り落ちる鮮血が、足元の入鹿の首に注がれる。 「入鹿よ我に力を与えたまえ!」 「課長!撃ってください!」  蘭子が慌てたように叫んだ。  何がなんだか分からない井上課長。 「何のための拳銃ですか!早く撃って!」  拳銃は所持していても、必要最低限の条件と緊急性がなければ、発砲などできない警 察官の性がトリガーを引くのを躊躇わせた。  どんなに悪人でも、日本警察は容易く撃たないよう訓示されている。  そうこうするうちに、入鹿の首からオーラが発して、石上直弘の身体を取り囲んだ。  見る間に、その身体がおどろおどろしい姿へと変身してゆく。 「魔人か!」  蘇我入鹿の怨霊どころではない!  紛れもなく魔人が本性を現したのである。  ズギューン!  井上課長が発砲する。  しかし、もはや拳銃などでは歯が立たなくなっていた。  人間の姿でいる間に撃てば、あるいはという状況ではあったが、時すでに遅し。  魔人が相手では、拳銃だろうと布都御魂であろうと太刀打ちできない。  どうやら魔人が蘇我入鹿をして石上直弘を操っていたのだろう。 「課長。布都御魂を預かってください」  と霊剣を手渡す。 「どうするつもりだ?」 「霊には霊、魔には魔です」  おもむろに懐から御守懐剣を取り出す。  御守懐剣「長曾祢虎徹」には、魔人が封じ込まれている。  魔人を呼び出して戦わせようというわけだ。  魔人を召喚するには、本来長い呪文が必要なのであるが、それは最初の時の場合であ って、契約を交わした魔人との間には、急を要する時のための短縮呪文が存在する。  双方が納得して取り決められれば、どんな作法となっても問題ない。  蘭子の御守懐剣「長曾祢虎徹」に封じられた魔人の場合は、剣を鞘から抜き、 「虎徹よ、我に従え!」  と、唱えれば召喚が成立する。  とはいっても、虎徹に宿った魔人には姿形はなくオーラそのもの。  いわゆるエネルギー体のような存在である。  アーサー王伝説に登場する「エクスカリバー」と言えば分かりやすいだろう。  時を遡ること数か月前。  板蓋宮跡を訪れる一人の青年がいた。  石上直弘というその青年は、ごくありふれた平凡なサラリーマンに過ぎず、日々の生 活にも困窮する時もあった。  ある日、インターネットで探し物をしていた時に、『刀剣乱舞-ONELINE』という京都 国立博物館で開催される刀剣展示の催しが目に留まった。 「刀剣乱舞か……」  多種多様な刀剣類に意志が宿って、擬人化されたキャラクターが主人のために悪と戦 うという設定だが。  アニメの刀剣乱舞はともかくも、歴史上最も有名なものは、日本書紀にも記述がある 須佐之男命が出雲の国を荒らしまわっていたヤマタノオロチを退治したと言われる『天 羽々斬剣(あめのははきり)』別名『天十拳剣(あめのとつかのつるぎ)』であろう。  その霊剣は当初、備前国赤坂郡(岡山県赤磐市)の石上布都神社に祀られていたが、 崇神天皇の代に奈良の石上神宮に移された。石上神宮では、その天羽々斬剣を布都御魂 と名を変えて奉っている。 「石上神宮か……」  石上(いそのかみ)という独特な読み名に興味を持った彼は、自分が物部氏に繋がっ ているかも知れないと、自分の戸籍を調べ始めた。いわゆるルーツ探しである。  探していくうちに、とある旧家にたどり着き、保管されていた石上家の家系図に巡り 合えたのである。  そして自分が、正しく物部氏に繋がることを発見した。 石上家の系譜  物部氏の後裔であることを知った彼は、歴史探訪の旅に出ることを思い立ったのだ。  そして、こうして板蓋宮跡の地を訪れたのである。  見渡す限りの水田ばかりの風景が広がる。 「何もないな、ここで蘇我入鹿が惨殺されたとは、想像すらできない温和な風景だ」  かつての自分の祖先である物部守屋が蘇我氏の一団によって暗殺され、今度は蘇我入 鹿も中臣鎌足によって、天皇の御前で惨殺されるという血で血を洗う抗争のあった宿命 の地であったのだが。 「見るものもないな」  数枚の写真を撮って帰ろうとした時だった。 『そのまま帰っていいのか?』  背後から声がした。  振り返ってみるが誰もおらず、殺伐とした田園風景が広がっているばかり。  しかし、声は続いている。 『力が欲しいとは思わぬか?』 「力?」 『おぬしが望むなら、ありとあらゆる力を与えることができる』  どうやら直接、自分の脳裏に語り掛けているようだった。 『その力を使えば、今の生活から抜け出すこともできる。金がないのだろう?金が欲し ければいくらでも手に入るようになる』 「どうすればいい?」  思わず姿なき声の主に問いかける石上。 『簡単なことだ』  すると、足元の大地が盛り上がってきて、地中から何かが出現した。  髑髏(どくろ)だった。 『血の契約をしなければならない』 「血の契約?」 『そうだ。おぬしの血を髑髏に注ぎ込むのだ』 「血を注ぐというのか?」 『それが魔人との契約の証だからだ』 「魔人?魔人だというのか!?」 『その通り。信じるも信じないも、おぬし次第だがな。さて、どうする?』 「一つ確認したい」 『なんだ?』 「ほんとうに、ありとあらゆる力を与えてくれるのだな?』 『いかにも』 「分かった。その契約とやらをしよう」 『その前に、もう一つ必要なものがある』 「もう一つ?」 『入鹿の首を落とした「七星剣」を手に入れることだ。それには入鹿の怨念が籠ってい るのだ。術式には是が非でも手に入れねばならぬ』 「七星剣?」 『それは四天王寺にある』 「東京国立博物館に寄託されているはずだが?」 『もう一つあるのだ。物事には必ず表と裏があるように、裏の七星剣があるのだ』 「裏の七星剣……」 『裏の七星剣は、四天王寺の宝物庫の地下施設に呪法に守られて、厳重に保管されてい る。手に入れるには仲間が必要だ。仲間を見つけろ』 「仲間といっても」 『七星剣を目覚めさせるには、血を吸わせることが必要だ。いずれその仲間も必要とし なくなる。最初の犠牲者には最適だろう』 「仲間を斬るのか?」 「所詮足手まといになるのが関の山だ。斬って捨てるのだな』  考え込む石上。 『それでは血の契約の儀式を始めようか』 (拾壱)戦いの終わり  蘭子と魔人のバトルに戻る。  魔人に対して、長曾祢虎徹を構える蘭子。 『ほほう。使い魔を従えていたとはな』  魔人が初めて口を開いた。 「この剣の本性が見えるの?」 『儂に勝てるかな?』 「やってみなければ分からない」 『ならば、かかって来るがよい!』  誘われるように、八相の構えを取る蘭子。  左上段の構えから、剣を下ろし、鍔(つば)が口元に位置し、左手は身体の中心、剣 は45度傾けて、刃を相手に向けた構えである。長期戦に備えて、無駄な体力を消耗し ない態勢である。 「いざ、参らん」  地面を蹴って、えいやっとばかりに切りかかる蘭子。 「やった!真っ二つだ」  井上課長が小躍りする。  見事に魔人を両断したかと思った瞬間、魔人は霧のように消え去った。 「なに!消えた?」  きょろきょろと周りを見回す井上課長。 「後ろだ!」  蘭子の背後に姿を現す魔人。  反転して、再び剣を振る蘭子。  しかし、今度も剣は宙を舞うだけだった。  姿を現しては、また消えるを繰り返す魔人。  斬りかかっても、斬りかかっても、剣は宙を舞うだけだ。 『どうした、先ほどの威勢は虚勢だったのか?』 (おかしい……手ごたえがない)  冷静になって雑念を払い魔人の気配を探す。 (相手が目に見えるからいけないのよ)  静かに目を閉じて意識を研ぎ澄ます。  ゆっくりと周囲を精神感応で魔人の気配を探す。  とある一点、凄まじい気の流れを感じて目を開けると、蘇我入鹿の首が怪しく輝いて いる。 「分かったわ、本体はそこよ!」  蘭子は、虎徹を入鹿の首に投げつけた。  それは見事突き刺さる。 『ぐああっ!』  悲鳴のようなうめき声を上げる魔人。  とともに、目の前の姿が消え去った。  どうやら幻影と戦わされていたようだ。  髑髏から靄のようなものが沸き上がり、魔人本体が姿を現した。  すかさず駆け寄って、虎徹を引き抜き、本体に斬りかかる。 『お、おのれえ!』  今度はダメージを与えたようであった。  さらなる追撃を掛ける蘭子。  虎徹を握りしめ精神集中すると、剣先がまばゆいばかりのオーラを発しはじめる。 「いけえ!」  全身全霊を込めて剣を振るうと、オーラが怒涛のように魔人に襲い掛かった。  オーラが魔人の全身を覆いつくす。 『ぐ、ぐあああ』  断末魔の声を上げながら、消えゆく魔人。  後には、放心したような石上直弘がゆらりと佇んでいた。  次の瞬間。  その眉間に弾丸が突き刺さり血飛沫を上げる。  先ほど井上課長が撃った拳銃の弾が、今更にして命中したというところだ。  どうやら、石上の周りが時空変異を起こしていたようだ。  どうっと地面に倒れる石上。  蠢いていた魑魅魍魎も地に戻っていき、姿を消してゆく。  やがて静寂の闇が辺り一面を覆う。 「終わったのか?」  井上課長が尋ねる。 「ええ、終わりました。彼は?」 「死んでいるよ」 「そうですか、助けたかったですね」  魔人と血の契約を交わした者は、魔人が倒れれば自身も倒れる。  悲しい現実である。  戦いは終わった。  石上直弘と魔人は倒したものの、街中に広がった怨霊達が残っていた。  各所で燃え上がる火災、火の粉が風に乗ってここまで飛んできていた。  見つめる蘭子の頬をほのかに赤く照らす。 「課長。布都御魂を返していただけますか」 「ああ、わかった。ほれ」  預かっていた布都御魂を蘭子に返す井上課長。 「ありがとうございました。さてと……、これからが大変です」 「どうするつもりだ?」 「これを使います」  と、布都御魂を示した。 「布都御魂?」 「ただチャンバラをするためだけに、託宣されたと思いますか?」  頬笑みを浮かべながら、儀式の準備を始めた。  まずは地面に突き刺さっている七星剣を、布都御魂と刃を重ね合わせるようにして引 き抜く。  七星剣を単独で扱うと、祟られる可能性があるからである。布都御魂の神通力をもっ て、それを押さえつけるのだ。  二つの刀を捧げ持ち、板蓋宮跡の中心部にある「大井戸」と推定されている窪みに入 り屈み込んで、その縁に刀を安置した。 板蓋宮跡  両手を合わせて祈るように、眼を閉じて静かに大祓詞の詠唱をはじめる。 大祓詞全文資料によっては、文言の異なる祝詞が多数存在します。  井上課長も手を合わせ、目を閉じて祈っていた。  災禍によって命を失った人々はもちろんのこと、石上直弘に対しても憐れみを持って。  やがて布都御魂剣と七星剣が輝きだし、光は四方八方に広がってゆく。  それとともに町中の怨霊達が、引き寄せられるように集まってくる。  そして布都御魂に吸い込まれるように消えてゆく。  声を掛けようとした井上課長であるが、一心不乱に祝詞を唱える蘭子に躊躇を余儀な くされた。実際にも、精神集中している蘭子には、声は届かないだろうが。  最後の祝詞が詠唱される。 「……今日の夕日の降の、大祓いに祓へ給ひ清め給ふ事を、諸々聞食せと宣る」  パンッ!  と手を叩いて手を合わせて、しばらく黙祷。  静かに目を開き、深呼吸する蘭子。  辺り一面の怨霊達は姿を消し、平穏無事な世界が広がっていた。  ゆっくりと立ち上がって、井上課長のもとに歩み寄る蘭子。 「終わりました」 「そうか……お疲れ様」  携帯を取り出して、奈良県警の綿貫警視に連絡をとる井上課長。  押っ取り刀で駆け付けた奈良県警の現場検証が始まる。  石上直弘の遺体の写真撮影、遺留品の回収など手っ取り早く進められてゆく。  事情聴取には、井上課長が詳細な報告を伝えていた。 「時間も遅いですから、詳しいことは明日にしましょう」  女子高生である蘭子に配慮して聴取は切り上げられた。  旅館に戻った二人。 「証拠物件として、これが取り上げられなくて良かったです」  と、竹刀鞘袋に納められた二振りの剣。  七星剣と布都御魂。 「綿貫警視が骨折ってくれたからな」  怨念が籠っているから、一般人が触ると呪われる。  蘇我入鹿の怨霊事件が再び繰り返し起こしたいのか?  そうやって脅しをかけて強引に、陰陽師である蘭子に、刀剣の所持を継続許可したの である。  布都御魂を元の地に返すために、石上神宮禁足地へと戻ってきた蘭子。  布都姫が現れた。 「ありがとうございました」  蘭子がお礼を述べると、軽く頷くような素振りを見せて、静かに消え去った。  足元の地面を掘り起こし、元の様に「布都御魂」を埋め戻してゆく。  手を合わせて静かに黙祷する。  禁足地の外では、井上課長が、蘭子の帰りを待っていた。  やがて戻ってきた蘭子に話しかける。 「本物の布都御魂かも知れないのに埋め戻すのかね」 「何百年間もの長い年月、人知れず眠っていたのです。元の場所でそっと静かに眠らせ てあげましょう」 「そういうものかねえ……」 「御神体がいくつもあったら、有難さも薄れるじゃないですか」 「それはそうですけどね……」  その後、拝殿に参拝して神に事件報告する蘭子。  神様のお告げで布都御魂を授けられたのであり、お礼参りするのは当然。 「明美も刀剣に興味を持たなければ、事件に巻き込まれなかったのに」  空を仰ぎながら、一粒の涙を流す蘭子だった。  社務所で談話する奈良県警の綿貫警視と宮司。 「布都御魂を埋め戻して良かったのでしょうか?あちらが本物かも知れないのに」 「あちらの方は、蘭子さんが神のお告げで授かったものです。同様に埋め戻せというお 告げがあったのでしょう。今でも禁足地を掘ってみれば、刀剣類がいくらでも出てくる でしょう」 「またぞろですか?」 「そうです。真偽のほどは神様にしか分かりません。悩んでみたところで仕方なし、伝 承にいう剣と思しきものが出土した。我々は、それを布都御魂と信じて奉るしかないの です」  傍らには、宮司らの手によって除霊されたばかりの「七星剣」が置かれている。  翌日の四天王寺宝物殿。  井上課長と土御門春代、そして四天王寺住職が秘密の地下施設扉前に揃っていた。  開錠の呪文で封印を解いて、開いた扉から入館する一同。  七星剣を元の刀掛台に戻して、改めて拝礼する住職。 「戻ってきて良かったです。それもこれも蘭子ちゃんのお陰です」  向き直ってお礼を言うと、 「取り戻したとはいえ、多くの人々の尊い命が失われました」  春代が悲しげに答えた。 「はい。重々心に刻んで、弔うことにしましょう」  宝物殿を退出して、再び呪法で密封する住職。  井上課長が告げる。 「今回の事件に際して、七星剣のことは闇に封じます。科学捜査が基本の現在の警察事 情では、怨霊や魔人による犯罪だった……なんて公表できませんからね。裏とはいえ、 これも立派な国宝の一つでもあるし。証拠物件として提出わけにもいかないし」 「ご配慮ありがとうございました」  四天王寺境内を歩きながら、 「蘭子ちゃんに会いたかったですな」 「高校生ですから、授業中です」 「そうでしたな」  阿倍野女子高等学校、1年3組の教室。  静かな教室内に、教師の教鞭の声とノートに書き写すペンの音。  窓際の机に座りながら、外を眺めている蘭子。  吹き渡るそよ風が、その長いしなやかな髪をかき乱してゆく。  一つの事件は解決したが、蘭子の【人にあらざる者】との戦いはこれからも続く。 蘇我入鹿の怨霊 了
お疲れさまでした。('◇')ゞ 蘇我入鹿の怨霊.zip(36kb)

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2019年2月 1日 (金)

性転換倶楽部/特務捜査官レディー 将来のこと(R15+指定)

特務捜査官レディー
(響子そして/サイドストーリー)

(十二)将来のこと 「ただいま!」  真樹が声を掛けると、いそいそと母親が玄関に出迎えた。  今日は、敬を連れてくると伝えてあったからだ。 「お帰りなさい、真樹」 「お母さん、紹介するわ。こちらは沢渡敬」 「はじめまして、真樹さんと交際させていただいてます、沢渡敬です」  きっちりとした態度で挨拶する敬だった。 「これはこれは、うちの真樹がお世話になってるそうで」 「お母さん、立ち話もなんだから、上がってもらいましょう」 「そうだね」  というわけで、応接室に案内され、積もる話などいろいろと話しあう三人だった。  敬を見送った後で、応接室に戻る真樹と母親。 「いい人じゃない」 「でしょ」 「結婚するのかい?」 「うん」 「そうなの……お父さんはどうかしらね」 「それよ! どうして、出かけちゃったの? 敬を連れてくるから会って欲しいって 言っておいたのに」 「やはり父親ですからねえ。娘の彼氏に会うのは勇気がいるわけよ」 「勇気がいったのは敬のほうよ」 「そうだよねえ。敬さんの方が、何倍も勇気が必要だったよね。会社から電話が掛っ てきて、なんやかんやと理由をつけて出掛けてしまわれたよ」 「もう……しようがないお父さんね」 「会えるまで、何度も訪ねてきますよって敬さんは笑って言ってくれたわね」 「そりゃそうでしょ。ちゃんと会って結婚の承諾を取り付けるつもりなんだから」 「やっぱり警察官というのに、こだわっているのかも知れないしね」 「警察官じゃだめですか?」 「うーん。ほら、殉職とかあるじゃない。それを気にしていると思うの。承諾に踏み 切れない状態なら、会わないほうが良いと思ってるのかも知れないわね」 「そんなこと……どんな職業だって、例えばタクシーの運転手とか、気を許せば死に 至るようなことは、どこにでもあるじゃないですか。警察官だけのことじゃないと思 いますけど」 「まあ、それはそうなんだけどね」 「とにかく一度会ってもらわくちゃ、話になりませんわね」 「そうね……」 「それで肝心なことなんだけど……」 「なに?」 「結婚したら、うちの家に来てもらえないかなと思ってねえ。ここ、夫婦二人で暮ら すには広すぎるんだよね。もし敬さんさえ、良かったらだけど」 「相談してみます。わたしも親孝行がしたいですし」 「そうしてくれるとありがたいわ」  母親は、すでに真樹と敬が結婚することを、前提として話を進めているようであっ た。  世の常として、娘の結婚に肯定的なのは母親であり、否定的なのが父親であるとい うことである。  自分が腹を痛めて産んだ娘であり、初めて生理がおとずれて、手当ての仕方や女の 身体の仕組みなどをやさしく教えた同性の先輩としての思い入れもある。  もっとも正確には、真樹はこの母親の娘ではないが、自分が産んだ子供は正真正銘、 この母親の孫である。 「早く孫が見たいんだけどねえ……」  それは母親の正直な気持ちなのであろう。  真樹としてもその方が話しやすかった。 「孫と一緒に暮らせるといいですね」 「父親があれじゃ、いつのことになるやね」 「そうですね」
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