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1、思いはるかな甲子園

2017年8月14日 (月)

思いはるかな甲子園/思いはるか(最終回)

 思いはるかな甲子園

■ 思いはるか ■ 『栄進高校のナイン、ダグアウト前に円陣を組みました』  山中主将が激を飛ばす。 「いいか。泣いても笑ってもこの回までだ。参考試合になったからと言って気を抜く なよ」 「はい!」 「見ろよ。浩二も観客席から観戦している」  と観客席で浩二の母親が抱いている遺影を指し示す。  梓もその姿を見て胸に熱い感情が沸き起こる。 「決勝戦を前に逝ったあいつのためにも、恥ずかしい試合はするな。全精力を掛けて 守れ、走れ。自分の所に飛んできたボールは死んでも取れ!」  山中が円陣の中心に手を差し出す。  全員がその手に自分の手を重ねる。 「いくぞ、ファイト!」 「おお!」  気合を入れる一同。  そして守備へと駆け足で散っていくナイン。 『さあ!栄進高校のナインが守備に付きます。九回の攻防戦が始まりました』 『真条寺君、マウンドに登りました。そして山中捕手に対して準備投球』  プレートを踏みしめてゆっくりと山中めがけて投げ込む梓。  スピードはないが確かなコントロールで山中のミットに収まる。 「よし!」  山中が手ごたえを感じながら、返球する。 『既定の3球を投げて、さあ!いよいよプレイボールです』  捕手の山中主将がマウンドに歩み寄り、捕球したボールを手渡しながら、 「すべて君に任せる。好きな時に好きなように投げろ!すべて俺が受け止める」 「わかりました」  にっこりと笑顔を見せる梓。 「いい顔だ」  梓の肩を叩いて、キャッチャボックスに向かう。  ミットをポンポンと叩いて構える山中。  梓は野手に向かって、人差し指を高く捧げて大声で叫ぶ。 「ワンアウト!」 「おおお!」  野手からも大きな返答が返ってくる。  前に向き直り、ロジンバックを手に取る。  城東の打者はすでにバッターボックスに入っている。 「プレイ!」  アンパイアの試合再開の合図が響く。 『さあ、真条寺君気を取り直して、セットポジションにつきました。ランナーはいま せんが制球という点でこちらの方が良いのでしょう』 『城東相手では、スピードは関係ありませんからね』 『果して試合の中断がどれだけ影響しているかはわかりませんが、ノーヒットノーラ ンを目指して投球動作に入りました』 『いえ、参考試合ですから、ノーヒットノーランというのはおかしいでしょう。記録 に残りませんし』 『そうです、失礼いたしました。参考試合ですので、ノーヒットノーランは成立しま せん』 「ストライク!」  審判の手が高々と上がる。 『第一球、ストライクです。コントロールは相変わらず抜群です。スピードはありま せんが、ボールが地面すれすれから這いあがるようにしてストライクコースを通る独 特の下手投げと、微妙なコースを巧みについて打者を翻弄。フォアボールと内野手エ ラーが四つありましたが、これまで、セカンドベースを踏んだ選手は一人もいません』 『三振! ツーアウトです。二人目の打者も見事討ち取りました。さあ、残すはあと 一人です。ネクストバッターサークルの沢渡選手、ゆっくりと立ち上がってバッター ボックスへ歩きます』  沢渡、帽子を取り主審に一礼してからバッターボックスに入る。  マウンド上では、梓が足先で地面をならしている。  梓に視線を送りながら、 「とうとう、ここまできたな梓さん。いや、浩二君というべきかな……梓さんの野球 センスは浩二君そのままだ。城東に対し、これだけ苦戦させられるのは、浩二君しか いない。やはり君の魂が、甲子園を目前にして逝った君の思いが、梓さんに乗り移っ ているのだろう?」  その背後に浩二の姿を感じている沢渡であった。 「しかし、僕は手加減しないよ。それが浩二君、君への手向けになると信じるからだ」 『さあ、今季高校球界随一と称されるスラッガー沢渡君に対して、どのようなピッチ ングを見せてくれるのでしょうか。第1球投げました』 「ストライク!」  主審の手が上がる。 『ストライクです。沢渡君ピクリとも動きません。ボールが返球されます』 『見ているだけなのに、こちらの方が緊張しますね』 『まったくですね。真条寺君、第二球を投げます。ストライク! 沢渡君、二球目も 見送りました』 『おそらく球筋をみているのでしょう。彼にはカウントなど関係ないですから』 『真条寺君、流れる汗をユニフォームの袖で拭いました。ロジンバッグを拾って、滑 り止めします』  空を仰いでいる梓。 「入院している時からずっとやさしく看病してくれたお母さん。いやな顔もせずにキ ャッチボールに付き合ってくれ、相談に乗ってくれたお父さん。これが終わったら精 一杯親孝行するからね。そして野球部のみんな、ありがとう。甲子園に行くのをあき らめてまで、このボクにすべてを預けてくれたみんなの思いを、野球にたいする情熱 を無駄にしてはいけない」  つと観客席の母親に視線を移す。 (母さん……。親孝行できなかったけど、この試合ぜひとも勝って、せめて安堵させ てあげたい」 「浩二がやり残した思いを、この一球に」  梓、ボールをぎゅっと握りしめて、プレートに足をかけてゆっくりと両手を振り被 る。 「この一球に、すべてをかける」 「浩二君、こい!」  沢渡もバットを握り締めて、打撃の体勢にとる。 『さあ真条寺君、最後の投球になりますか、足をあげて、投げました!』  一球入魂。全精神を注ぎこんだボールが梓の手から放たれ、地を這うように捕手の ミットへ、打者の沢渡の胸元へと走る。  カキーン!  するどい球音とともに梓の顔をかすめるようにライナーで飛んでいく。 『打ったあ! 球はセンター方向に一直線だ。これは大きい! ホームランか?』  センターの郷田が全速力で追っている。 「ちきしょう! 絶対に取ってみせるぜ」  フェンスをかけ登る郷田。 『なんと! センターの郷田君、フェンスによじ登りました。すごい執念です。しか し、届かないか? あ、ジャンプしました。取った、取りました。しかし勢いついた まま地面に激突だ!』  ホームランボールを補球した体勢のままグランドに落下する郷田。地面に激突し砂 塵を舞い上げたその身体はぴくりとも動かない。  観客席の人々が、フェンス越しに身体を乗り出して見つめている。  時折センターに目を移しながらベースを回る沢渡。 『郷田君、グランドに倒れたまま動きません。大丈夫でしょうか。そしてボールは?』  梓、倒れたまま身動きしない郷田を心配そうに見つめている。 「郷田君……」  郷田のもとに集まってゆく外野手とショートそして塁審。 『センター動きません。脳震頭でもおこしたか……あ、起き上がりました』  郷田、右腕支持横臥の状態からグラブを高々と挙げる。グラブの中に白い球が入っ ている。  塁審、手を挙げてアウトを宣告する。 『取った! 取りました、アウトです。ゲームセット、試合終了!』  県大会会場。  球場がわれんばかりの大歓声につつまれている。  飛び散る紙吹雪。 『ご覧ください、お聞きください!観客席の人達が総立ちで、マウンド上の真条寺梓 さんに対して、惜しみない拍手喝采を送っております』 『女性ながらも、九回を守って参考試合ながらもノーヒットノーランを成し遂げまし た。男である私も脱帽です』  浩二としてやり残したことを成し遂げた梓。 「ありがとう、みんな。これで思い残す事はもうない……」  空を仰ぐその瞳からは涙が流れ落ちる。  そして足元から崩れるようにマウンド場に倒れる梓。  薄れる意識の中で、浩二だった頃の記憶が次々と蘇り、そして消えていった。  部員達が全員、梓のもとに駆け寄っていく。  梓よ、今日の日をありがとう。  そして……。  さようなら、甲子園。  【思いはるかな甲子園】 了

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2017年8月13日 (日)

思いはるかな甲子園/声援の中で

 思いはるかな甲子園

■ 声援の中で ■  梓の父親が経営する会社の本社ビル。  その社長室の隅にあるTVからは、県大会決勝の実況中継が放映されている。  甲子園に出場したこともある父親だけに、県大会決勝の行方が気になるようだ。し かも対戦高校の一方の栄進高校には、マネージャーである娘が、記録係りとしてベン チ入りしているので、見ないわけにはいかない。ダッグアウトにカメラが向けられれ ば、当然娘の姿が映されるからだ。  その梓が、ピッチャーズマウンドに立ち、長い髪がほどけて女子である事がばれ、 アップで映し出されていた。  仕事を一時中断してソファーに座り、神妙な面持ちで実況を聴いている父親。  そのそばにいる社長秘書の麗香が口を開いた。 「社長、やっぱりお嬢さまですよ」 「ああ……」  父親は、梓が登板した時から気づいていた。どんなに変装しようとも、実の娘を見 間違えるはずがなかった。 「どうしてお嬢さまが、ピッチャーなんかやっているんでしょうか」 「まあ、梓にねだられて、練習相手をさせられたりはしたが……」 「ええ! 社長が、お嬢さまの練習相手をなさったのですか?」 「ああ……意外と、上達が早くてな。コントロールは抜群だった」 「なるほどね。社長は、お嬢さまには甘いですからね。投手としてのセンスは、父親 ゆずりというわけですか」 「そういうことになるかな」  自分の娘のことを誉められて、少し上機嫌になる父親。 『間違いありません。確かに女子生徒です。しかも、実に可愛い女の子です』 『栄進高校の行為が理解できませんねえ。女子生徒が選手として出場できないのは、 判っているでしょう。なぜ他の男子部員に投げさせなかったのでしょうか。白鳥君や マウンドの真条寺さんほど上手に投げられないかも知れませんが、少なくとも没収試 合は避けられたのです』  グラウンド上では、両校の主将と審判が、女子選手の参加についての経緯などを論 点として協議を続けている。  栄進高校の守備陣は一旦ダッグアウトに戻されている。  多くの人が持参しているラジオから、実況中継のアナウンサーや解説者の声が聞こ え、観客達が耳を傾けている。 「梓ちゃんに投げさせて!」  突然、絵利香が立ち上がって叫んだ。  カメラの矢面に立たされている仲良しの友人に対して、居ても立ってもいられなく なったのだ。  するとまわりにいた観客が同調して叫びだす。 「そうだ! 投げさせろ」 「なんで女の子が参加しちゃいけないんだ」 「ルールなんかくそくらえだぞー」 「ノーヒットノーランはどうなるの」  次々と広がっていく場内コール。  身を乗り出して応援している絵利香に、 「ありがとう、絵利香ちゃん」  声にならない感謝の言葉を送る梓であった。 『おおっと、場内から真条寺君に投げさせてというコールがかかりました』  観客総立ちになっている。 「やい! 城東学園。おまえらからも何か言ってやれ!」 「このまま、女の子にノーヒットノーランで負けるのがくやしいのか!」 「男なら正々堂々と最後まで戦え!」  中にはフェンスから身を乗り出すようにして、ダッグアウト内の城東学園に罵声を あげる観客もいた。 「沢渡君! 最後まで戦ってあげて」 「女の子に負けたままで悔しくないの?」  沢渡のファンかと思われる女子高生の声も上がる。 『これは、城東学園の応援席からも、試合続行のコールがかかりました。城東学園の 選手達、観客の場内コールに唖然として立ちすくしています』  場内割れんばかりの観客達の声援。 『これはすごい! 観客が総立ちでシュプレヒコールを一斉に上げています。これは 高校野球史上はじめてのことでしょう』 『これまでの真条寺君の真剣なプレーに感動した観客達が、次々と立ち上がって真条 寺君の続投を、試合再開を叫んでいます。かくいう私も、真条寺君のノーヒットノー ランの行方を最後まで見届けたい気持ちで一杯です。サッカーにしろ、柔道にしろ、 男女共に試合が設けられていると言うのに、高校硬式野球だけが男子だけという風習 を守っています。はたしてこれでいいのでしょうか、考えさせられる問題であります。 これを機会に女子選手による大会開催を、甲子園を目指せるような新しい組織作りを、 そして根本の大会規則を変えられないものでしょうか。私は思います。甲子園という 言葉は、野球に興味を持つすべての人々の関心事なのです』  解説者は独自の考えを持っているようだ。女子選手にたいする理解溢れる言葉の数 々であった。 『女子にはソフトボールがあるじゃないかという声もありますが、ソフトボールと野 球は似てはいますが、全く別のものと考えた方がいいものです』 『ソフトじゃなくても、全国高等学校女子硬式野球連盟というものが一応あって、第 一回全国大会が1997年から開催されています。しかしいかんせん参加校はたったの25 校です。とても話題に上がるような代物じゃないです』 『そうでしたか』  ダッグアウトにいる城東及び栄進両校の選手たちも鮮烈を覚えていた。  試合再開なるかは自分達にはどうすることもできない。  しかし決着はともかく最後まで戦いたいという気持ちは、すべての選手の胸の内に あった。 「女子ながらも、素晴らしい選手じゃないですか。チームのために身も心もボロボロ になっても、全身全霊を掛けてプレーする姿は、うちも少しは見習いたいものですね」  沢渡が感心するように言った。 「そうだな……。おまえがノーヒットに抑えられていることからしても、大した選手 だ。男子だったらプロのスカウトも放って置かないだろう」 「プロなら女子でもいいんじゃないですか?」 「うん?ああ、そうだな。プロの女子選手もいるにはいるが、活躍できていない」 「体力差はどうしようもないですからね」  改めて、梓の方を見つめる沢渡だった。 『場内、観客達の試合続行をコールする声はさらに高まっております。一向に消える 気配は衰えません。もしこのまま試合が中断されれば、暴動にさえ発展するかも知れ ません。あ、ちょっとお待ち下さい。ニュース速報が入ったようです……』  しばらくの静寂があった。速報を伝えるメモ書きを広げる乾いた音が聞こえる。 『お待たせしました。ニュース速報です。各ラジオ局やTV局には、真条寺君に続投 させてくださいという、視聴者達からの抗議電話が続々と寄せられており、大会運営 本部の電話も鳴りっ放しとのことです。この場内で観戦する人も、ラジオ・TVで観 戦する人も、思いはみな同じのようです』 『あ、運営本部から人が出てきましたね。審判達のもとへ歩いていきますよ。きっと 今のニュースの状況を伝達するようです』  運営本部の人間と審判達が話し合っている。 『あ、審判が放送室の方へ歩き出しました。結論が出たもようです。場内放送を聞い てみましょう』  場内が一斉に静まり返った。 『場内のみなさん。ご覧のように栄進高校の白鳥君に変わって登板した背番号11番、 真条寺君は女子生徒であることが判明しました。よって大会規定によりこの試合は没 収試合とさせていただきます。優勝高は城東学園高校に決定いたしました』  それを聞いた観衆達が再び騒ぎだした。 「なんだとー。俺達は金を払って入場しているんだぞ。最後まで試合を続けさせろ」  グランドに、空き缶などが投げ入れられる。 『みなさん、お静かにおねがいします。試合そのものは没収試合とさせていただきま すが、大会運営委員会と城東高校及び栄進高校のみなさんとも協議の結果、特例を認 めて参考試合という形で、このまま試合を続行することにいたします。ただし参考試 合ですので、記録には残りません。また、延長戦はなしで九回までの攻防とさせて頂 きます』 「よく言った!」  場内に大歓声が沸き起こる。 『お聞きになりましたでしょうか。試合続行です。参考試合にはなってしまいました が、引続き試合終了までこのまま真条寺君が投げます。観客や視聴者達の熱い声が審 判団をついに動かしたのです』 「えらいぞ! よくやった、それでこそ高校野球だ!」 『そうです。これは高校野球です。確かに甲子園に出場するということはナイン達の 夢です。しかしそれだけが、高校野球のすべてではありません。野球部のみなさんは、 この日のために血のにじむような練習を繰り返してきたのです。甲子園は、その努力 の報酬としてさらに戦う場を与えているのです。女子生徒がその中に入っていたとい うだけで、ナインのこれまでの努力をすべて無にしてもよいのでしょうか』  解説者が力説する声が、ラジオやTVを通して、場内の観客達に届いている。うな づいて耳を傾けている観客達。 『試合が再開されます』  投げ入れられた空き缶類を拾い集める場内整備員達。  一時ダッグアウトに避難していた栄進高校の面々がグラウンドに出てくる。

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2017年8月12日 (土)

思いはるかな甲子園/アクシデント

 思いはるかな甲子園

■ アクシデント ■ 『さあ、ワンアウト、一・三塁。絶好の先取点のチャンスです。さて栄進高校どうい う作戦にでるでしょうか』 『通常ならスクイズバントというところでしょうが、三塁ランナーはかなり疲れてい ます。これ以上、ピッチャーの真条寺君を疲れさせるわけにはいかないでしょう。や はりここはヒッティングが無難でしょうね』 『城東学園、一応スクイズにも警戒して、通常の守備に戻りました』 『疲れ切っている足の遅い真条寺君を。本塁でタッチアウトする体制ですね。たぶん 内野安打程度ではアウトになるでしょう』 『さて次の打順は、ショートの城之内君です。長打はありませんが、守備の甘いとこ ろを狙って確実にヒットしてきます』 『選球眼とバットコントロールがずば抜けているんです。甘い球は絶対見逃しません。 ただ、沢渡君や山中君ほど長打力はありませんからねえ。この場面ではつらいかも知 れません』  素振りをしながらバッターボックスに向かう城之内。梓の方をちらりと見て、 「梓ちゃんをホームに迎えたいが、内野安打や外野飛球程度ではアウトになるな…… 一発長打を狙うしかないか。たとえ梓ちゃんがアウトになっても木田が三塁に行けば 次の打者で何とかなるかもしれないし。よし、梓ちゃんからのサインはないし、自由 にやれということだから、思いっきり振りぬいてやる」  ゆっくりとバッターボックスに入る城之内。  堀米、梓の方をちらりと見てから投球モーションに入る。 『ピッチャー投げました!』 「絶対に梓ちゃんを返すんだ!」  全力で振りぬく城之内。  カキーン!  見事バットの真芯でボールを捕らえて、ボールは低空を一直線にフェンスへ直撃す る。 『打ったあ! ライナーでフェンス直撃です。これでは、守備でも抜群の沢渡君とて、 補球は不可能です』 『さすがですね、城之内君の打撃センスは抜群です、今のような長打力が身に付けば、 沢渡君にも匹敵するスラッガーになれるでしょう』 『真条寺君、楽々ホームインです。おおっと! 一塁の木田君、二塁を蹴って三塁に 走ります。これは無謀だ! 沢渡君から返球されて……アウト! アウトです』  三塁ベース上、砂塵を巻き上げながら頭から突入し、憤死した木田が倒れている。  やがてゆっくりと立ち上がって、ユニフォームについた泥を叩き落としながら 「うーん。やっぱり無茶だったか……」  とつぶやいてベンチに戻る。  梓が出迎える。 「惜しかったですね」  にっこり微笑んで健闘を湛えている。 「すまん。梓ちゃん」 「いいんですよ。それより、ナイスバントでした。あれが成功したから点が取れたん ですから」 「ありがとう」 「あ、キャプテンが打ちますよ」  バッターボックスに入る山中主将に手を振る梓。  前の三人に続けとばかりに意気込む山中であったが、惜しくもサードゴロに倒れて しまう。 「さあ、梓ちゃん。最終回だ、頑張ろう!」 「打たせていいからね。ばっちり守ってみせるから」  次々に梓の肩を叩いてグランドに駆け出す部員達。  後を追ってゆっくりとマウンドに向かう梓。 『さあ、最終回です。栄進高校、八回の貴重な1点を守りきる事ができますか。最後 の守りに就きます』 『真条寺君、グランド一周してかなり疲れていますからねえ。延長戦になっては持ち ません。この回をどう切り抜くか、見物です』 『それにしても、強打揃いの城東打線を相手に、七回以降フォアボールと内野のエラ ーで一塁に出した意外は、これまで誰一人二塁を踏ませていません。実に素晴らしい 投手です。このままいけば、ノーヒットノーランが成立するかも知れません』 『まるで去年のエース投手長居浩二君を思わせますね。これまでの試合運びをみてい ますと、長居選手とよく似た感じが伝わってきます。もしかしたら、甲子園を目前と して逝った長居選手の思いが、彼に乗り移っているのかも知れませんね。八回裏の攻 撃で見せた彼の執念は、鬼神迫るものがありましたからね。尋常な精神力ではとうて い成し得ないでしょう』 『さあ、城東は二番からの打順となります。佐々木君がバッターボックスに入りまし た。先頭打者として出塁し、逆転の足掛かりとなれるでしょうか』  梓、ゆっくりと投球モーションに入る。 『さあ、第一球目、投げました』  梓の手元から放たれたボールが打者の胸元に食い込むように進入する。 「ノーヒットノーランになんかされてたまるか!」  意地を見せた佐々木の打ったボールが梓を襲った。 『ピッチャー直撃だあ! あ、マウンドの端で、イレギュラーバウンドした。ボール は真条寺君の帽子のつばにあたって、弾き飛ばした。ボールはセカンドがカバーして ファーストへ。アウトです』  梓の髪が、帽子が飛ばされたはずみで、留めていたヘアピンが外れて、ふわりと垂 れ下がった。 『おおっと、これは! 真条寺君、帽子が飛ばされ、髪がほどけてしまいました。ず いぶん長いですねえ、腰のあたりまでありそうです』 『いや、あれは女の子ですよ』 『え? そういえば、小柄な身体つきといい、まさかとは思いますが、よくよく見れ ば確かに女子生徒のようです』 『試合が中断されます。ただ今、審判達が真条寺君の所に集まっております。どうや ら真偽のほどを確かめているようです』 『栄進高校の部員達もマウンドに集まり、主将の山中君が事情説明しているようです』 『城東高校の監督が呼ばれます』 『真条寺君が女子生徒ならば、これは没収試合ですね。ノーヒットノーランを目前に して非常に残念です。電光掲示板に八回表まで続いている”0”という数字ももはや 記録として残らなくなります』 『高校野球連盟の規定では女子生徒は出場することが出来ないことになっております。 ここまでの好投もすべて水の泡となってしまうのでしょうか。私個人の希望としては このまま投げさせてやりたいという気持ちで一杯です。しかしルールは厳粛です。野 球がルールにのっとって行われる以上、ルールを無視することは出来ません』 『それにしても栄進高校、去年の夏の試合といいこの大会といい決勝戦まできながら またもやエース投手不在のまま敗退していくのでしょうか』

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2017年8月11日 (金)

思いはるかな甲子園/執念

 思いはるかな甲子園

■ 執念 ■  さらに回は進んで八回の裏。  栄進の攻撃は九番の梓から。梓が出塁すれば、一番からの好打順が回ってくるとい う場面であった。得点は0対0。 「ここが最後のチャンスね。何としても塁に出なくちゃ」  バットを重そうに持ちながら打席に入る梓。 「ふん。女の子相手に変化球なんかいらねえや。ストレートのど真ん中で勝負してや るよ」  梓の様子を見て悟った投手の堀米は、捕手とのサインも交わさずに簡単にストライ クを放りこんできた。 「ちきしょう。女の子だと思って、ど真ん中に投げてきやがる」 『ツーストライク。ツーストライクです。真条寺君、後がありません。ピッチャー、 振りかぶりました。三球目』  梓は、それをカットしてファールで逃げた。 「しゃらくせえこと、しやがるな」 『ピッチャー、四球目を投げます。あっと! ファールです。真条寺君、ファールで 粘ります』 『しかしピッチャーの堀米君。もう少し間合いをとってじっくり投げたほうがいいで すよ。こうもぽんぽんと投げ込んでいては、なかなか討ち取れませんよ』 『おおっと、またもや、ファールです。真条寺君も、疲れきった身体に鞭打って頑張 っています』  次第に焦りだす堀米投手。相手は投手、しかも女の子を討ち取れない。 『堀米投手、一旦プレートを外して、ロジンバッグを手に取りました』  梓も合わせるように、タイムを掛けてバッターボックスを出る。 『タイムです。双方、一呼吸するように、それぞれ間合いを取っています。真条寺選 手、滑り止めスプレーをバットに吹きかけています』 『緊張して手に汗が出ますから、まあ自然でしょう』  その時、栄進高校側の応援席にちょっとしたざわめきが起こった。  長居浩二の母親が、遺影を抱えて入場してきたのだ。  それと知った応援団の一人が、観客に促し道を開けさせて、グラウンドが見渡せる 最前列に案内する。  目ざとくそれを見つけたアナウンサー。 『栄進高校応援席をご覧ください』  マウンドを映していたTV中継のカメラが、観客席を映すカメラに切り替えられる。 『去年の決勝戦を直前にして亡くなられた、長居浩二君のお母さんのようです』  カメラは遺影をクローズアップする。  アナウンサーの手元のモニターに映し出された遺影。  マウンド上で、今まさにボールが指から離れた瞬間を正面から捉えた、ユニフォー ム姿の写真であった。 『長居浩二君です。母親に抱えられて、母校の試合を観戦に、そして応援にきました』  応援席のざわめきによって、ダッグアウトの野球部員達も気付くこととなった。  もちろん梓も。 「母さん……来てくれたんだ」  目頭が熱くなり、涙がこぼれそうになる梓。  しかし今は泣いている場合ではない。  汗を拭うように、ユニフォームの袖で拭き取る。  そしてバッターボックスに戻る。 「プレイ!」  主審の声で試合再開。 『ファール!ファールです。真条寺君、相変わらずファールで粘って、絶好球が来る のをひたすら待つ戦法です』 『これは辛いですね。投手も打者も双方共に精神疲れます』 「ちきしょう。これでどうだあ!」  大きく振りかぶる堀米投手。 「コースと球種さえ判れば、このあたしにだって当てられるんだ。しかし、腕力のな いあたしが打ち返すには、フルスウィングで真芯を捕らえるしかない」  ピッチャーが振りかぶると同時に、打撃態勢に入る梓。  バットに全精力を注いで、渾身の力を込めてフルスウィングする梓。  カキーン!  そしてバットは見事真芯を捕らえて、ボールはレフト方向へ。 『打った! 打ちました。前進守備の外野の間を抜けて、ボールはフェンス際を点々 と転がっています。長打コースです。ランナーは一塁を蹴って二塁へ向かいます。が しかし足が遅い。レフトからの返球が早いか? いや、間に合いました。セーフです。 二塁打。二塁打です』 『彼は、ファールで粘りながらも、タイミングを計っていたんでしょうねえ』  グラブを地面に叩きつけて悔しがるピッチャー。 「ちくしょう! この俺が、女になんかに打たれるなんて……」  それを見た捕手の金井主将が、タイムをかけて駆け寄る。 「どうした? 堀米、おまえが打たれるなんて」 「なんでもねえよ」 「ならいいが……とにかく」  といいながら梓を見る金井。全速力で走ったので肩で息をしている。 「あれじゃあ、彼女はとうてい走れないだろう。バッター勝負で行こう」 「わかってるさ」  グラブを拾う堀米。 『さあ、打順は一番に戻って打撃好調の木田君の登場です。二塁打と単打二つを打っ ています』 『やはりここは、真条寺君を楽に返してあげる為に、ホームラン狙いで振り回してく るでしょうねえ』  二塁に達した梓に視線を送りながら、一番の木田。 「絶対に梓ちゃんをホームに迎え入れてやる。しかし梓ちゃんは足が遅い、しかも疲 れ切っているんだ。バントなんて姑息な手段は取れねえ、長打を狙うしかない……」  振りかぶって投球モーションに入る堀米。 「ちきしょう! 梓ちゃんが走れないことをいいことに、振り被りやがって」  ストライク!  梓、二塁上で息を整えながらも、敵の守備陣形を確認している。 「城東は、あたしが走れないと思ってる。となると警戒するのは、長打ということで、 かなり深い守備陣形をとっているわ。ワンアウトだから補球を確認しなきゃ進塁でき ないし、ヒットになっても、フライでタッチアップしても、あたしの足じゃ三塁でア ウトだ。やるっきゃないか……」  大きく深呼吸してから、バッターボックスの木田に合図を送る。 (なに! おい、嘘だろ?)  サインを見た木田が煩悶して再確認する。が、サインは変わらなかった。 (わかったよ。梓ちゃんが、そこまでやるというならな) 『ピッチャー、第二球投げました』  木田、ピッチャーの投球と同時にバントに構えた。  梓は、三塁へ突進する。 『あ! 木田君、いきなりバント! 真条寺君、走った。バンドエンドランだ』  打球は三塁線を転がっていく。 『これは、完全に球威を殺して、絶妙なバントになりました。サード、ボールを取り ましたがどちらにも投げられません。内野安打です。真条寺君、楽々三塁に達しまし た。木田君も一塁に生きました』 『バッターが打撃好調の木田君ということで、一打逆転を警戒して、深い守備陣をと っていた城東の野手達。その裏をかいてのバント攻撃でしたね。確か、木田君のバン トははじめてのことでしょう』 「へん。梓ちゃんに言われて、バントも練習していたんだよ」  鼻を鳴らしながら自慢気に呟く木田。  そして、センターから梓の後ろ姿を見つめながら感心する沢渡。 「さすが梓さんだ。守備の弱点を的確についてくる。しかも自分が一番疲れているは ずなのに、常に全精力を出している。見習うべきだな」

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2017年8月10日 (木)

思いはるかな甲子園/梓、登板

 思いはるかな甲子園

■ 梓、登板 ■  場内アナウンスが栄進高校の先発メンバーを打順に読み上げていた。 『栄進高等学校の先発メンバーをお知らせします。  一番、ファースト、木田考司君  二番、ショート、城之内啓二君  三番、キャッチャー、山中太志君  四番、センター、郷田健司君  五番、セカンド、武藤剛君  六番、ライト、安西次郎君  七番、レフト、熊谷健司君  八番、サード、田中宏君  九番、ピッチャー、白鳥順平君に代わりまして、真条寺梓君です。  以上です』  栄進高校の部員達が試合前の守備練習にグランドに駆け出す。  梓もピッチャーズマウンドに登って投球練習をはじめた。 『おっと、白鳥君に変わって登場しました真条寺君です。背番号11番、なんと一年 生です。手元の資料では、中学時代の記録は白紙になっております。どんな選手なの でしょうか』 『ずいぶんと小柄ですが、大丈夫でしょうか』 『投球練習を始めました』 『うーん。アンダースローですね。球威はそれほどなさそうですが、果して超高校級 スラッガー沢渡君率いる城東高校に対して、どこまで投げ切るか注目いたしましょう』  城東学園のダッグアウト。 「監督! あの真条寺ってのは、女子生徒ですよ」  梓に気づいた部員の一人が叫んだ。 「なに、本当か」 「抗議しましょう」 「そうだな」 「待ってください!」  動きだそうとした部員達を、沢渡が制止した。 「このまま黙って投げさせましょうよ」 「何を言うんだ」 「あの梓さんに打ち勝てるようでなきゃ、甲子園に出られても一回戦敗退するのが、 関の山ですよ。去年のレギュラー部員で残っているのは、僕と捕手の金井主将だけで す。いくら前年度優勝といったって、ほとんど実績はないに等しいですからね。選抜 だって一回戦で敗退したじゃないですか」 「そうかも知れないが……」 「それに仮に負けてもですよ、女子生徒であることを隠し通せないでしょう。身近で 見れば可愛い女の子だとすぐ判ります。ルール違反で没収試合となります。どっちに 転んでも僕達の甲子園出場は決まっているんですから」 「そりゃあ、そうだが」 「彼女との練習試合での雪辱をはらさなくては心残りになるというものです。栄進の 連中も、そのことを念頭に、彼女を送り込んできたんです。打ち崩せるなら打ち崩し てみろとね。これは奴等の、我々に対する挑戦状なんです。逃げるつもりですか?」  鬼気迫る勢いで沢渡が監督に進言する。 「わかったよ。おまえの好きなようにしろ」 「ありがとうございます」  監督に礼をのべて、梓の方に向き直る沢渡。 「さて、さいは投げられたよ、梓さん。君の戦いぶりをじっくり拝見させてもらおう」  グランドに二列に並ぶ両校。  一様に梓に視線を送る城東の部員達。 「城東学園高校の先攻ではじます」 「お願いします」  試合前の挨拶を交わしてグランドに散る栄進高校の部員達。 『ウォーミングアップが終って、いよいよ真条寺君第一投を投げます。試合開始です』  一番の金井主将が打席に向かう。 「おい。じっくり見て行けよ。前回のように短打で転がせ。ぶんまわしても外野飛球 だからな」  沢渡が助言を述べる。 「わかった」 『さあ一番の金井君がバッターボックスに入りました』  プレーボールの声が掛かる。 『真条寺君、ゆっくりとプレートを踏んで下手から……投げました!』 『金井君、見送ってワンストライク』 『球筋を見たようですね』 『さあ、二球目投げました。打ちました!セカンドゴロです。セカンドの武藤君難な くこれを捕って一塁へ、アウトです』  あっけなくセカンドゴロに終わる金井主将。  ベンチに頭を掻きながら戻る。 「キャプテン、何してるんですか」 「いやあ、悪い悪い。あまりの絶好球だったもんで、つい手が出ちまった」 「それが彼女の狙いなんですよ」 「わかった、次からはちゃんとやるよ」 『真条寺君。一回の表を難無く三人で終わらせましたが、その裏栄進の攻撃も三人で 終わってしまいました』  攻守を交代して移動する部員達。  梓が再び登場してマウンドに向かう。 『さて、四番打者の沢渡君の登場です。真条寺君、どんな投球を見せるでしょうか』  ゆっくりと振り被り、一球目を投げる梓。そして二球目。 『ツーストライクです。沢渡君、一球・二球と様子を見ましたか。打つそぶりも見せ ませんでした』 「なるほど、相変わらず絶妙のコントロールだ。打ち気をそそるコースをボールが通 るが、打点の直前で微妙に変化する。これでは内野ゴロが関の山だ」  ボールのコースをじっくりと観察していた沢渡が感心する。  梓が三球目の投球モーションに入る。 「しかし、この僕には通用しない」  沢渡、渾身の一撃で外野へボールを運ぶ。 「センター、右バック!」  センターに向かって指示する梓。  指定された地点の真下に走りこみ、打球が落ちてくるのを構えるセンター。  一・二塁間の線上で、打球が補球されるのを確認して立ち止まる沢渡。そして梓に 視線を送りながら引き返していく。  ベンチに戻ると、部員達の激励が待っていた。 「しかし惜しいですね……今のは完全に抜けていたと思いますが」 「まぐれですね」 「いや、違う。俺が打った瞬間に、彼女は球の行方も見ないでセンターに向かって守 備方向を指示していやがった」 「まさか」 「事実だ。彼女は打った瞬間の球音だけで、球がどの方向にかつどのくらい飛ぶかが 判るんだ。それを即座に外野に指示しているんだ。外野手にしても球の行方なんて見 ちゃいない、彼女が指示する位置にすばやく移動して、球が落ちてくるのを待ってい ればいいのだ」 「そ、それじゃ……」 「ああ、彼女がいる限り、外野飛球はすべて補球されてしまう。かといってあの絶妙 のコントロールと球速ではホームランするのも困難だ」 「球速が速ければ速いほど、ジャストミートすれば遠くへ飛びますからね。あれでは 腕力で強引に持っていくしかありませんから、外野飛球にはなってもなかなかホーム ランになりませんよ」 「どうしますか」 「球速はないんだ、じっくり見ていくんだ。ジャストミートを心がけて、ライナーで 転がせ。決して長打を狙って大振りするな」 「わかりました」 「しかし、外野に簡単に飛ばされる球威しかないのを、守備力で完全にカバーしてや がるとは……こんなにも天性の感覚を見に付けているやつは、今までにたった一人し かいないと思っていたが……」 「え? 他にもいたんですか」 「去年の夏の選手権大会県予選準決勝戦で三度ものノーヒットノーランを達成し、決 勝では我々と戦うはずだった、エースピッチャーの長居浩二だ」 「あ……」 「俺達は決勝戦を目前にして死んだ長居浩二の亡霊と戦っているのかも知れないぞ」 「よ、よしてくださいよ」  回は進んで六回表の三人目の打者をピッチャーゴロに討ち取る梓。 『おおっと、真条寺君よろけました。が、何とか体勢を立て直してファーストへ。ア ウト、アウトです。辛うじて間に合いました。スリーアウト、チェンジです』 『一年生ですからね、体力不足は否めないでしょう。一球も手を抜けない城東打線に 対し、精根疲れて果てていると思います。しかもこの暑さに、さすがに体力が持たな いでしょう。彼の体力がどこまで続くかが、勝負の分かれ道でしょうね』 『真条寺君、何とか六回の表を守り切りましたが、残る三回が心配になってまいりま した。しかし、これまで一人のランナーも出していないのは見事です』
今回もおまけの画像をどうぞ。 PC-9801VX21にマグペイントで描画。 16色MAG画像を256色GIF変換。 梓と絵利香のイメージ画像ですが、この二人は私の小説に頻繁に登場します。 ちなみに発売当初、PC-9801VX21, 433,000円で、今からは想像も出来ないお値段。 現在、オークションでは5000円台で出品されているようです。 かつて、NIFTY Serve というテキストベースのパソコン通信があって、会議室と よべれる場所があり、会員同士でわいわいがやがやと会話していた。 また付属として画像データ保管所があり、腕に覚えのある絵描き達が奮ってアッ プロードして見せあい批評しあっていた。 MAG画像形式は、盛んに使用されていたフォーマットでした。

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2017年8月 9日 (水)

思いはるかな甲子園/決勝戦

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■ 決勝戦 ■  夏の全国高等学校野球選手権大会の県予選がはじまった。  栄進高校は、一年生ピッチャーの白鳥順平を、守備でカバーしあって、記録係り兼 コーチとしてダッグアウトに入っている、司令塔の梓の作戦に従って勝ち進んでいた。  そしてとうとう決勝戦に駒を進めたのである。その対戦相手校は城東学園となった。  二年連続の決勝進出ということで、学校やOB会、地元商店街後援会が大々的な応 援団を組織して、決勝大会野球場へ乗り込んできていた。  県の決勝大会にはTV中継が入っており、各所にTVカメラがグランドや両校のベ ンチの様子を捉えている。アナウンス室にはアナウンサーと解説者が陣取って、実況 中継をしていた。 『さて、全国高等学校野球選手権県大会も大詰め、とうとう決勝戦に駒を進めました。 対するはくしくも去年と同じカードとなりました、城東学園高校と栄進高校です』 『プロのスカウトも注目の、超高校級スラッガー沢渡健児君のいる城東学園に、一年 生ピッチャーを盛りたてて勝ちあがってきた栄進高校が、どんな戦いを挑んでくるか が見物ですね』 『両校の応援席には溢れんばかりの人々が陣取り、甲子園に期待を膨らませています』  栄進高校のダッグアウト。山中主将が、うろうろして落ち着かない様子。 「遅い!」  イライラしている山中主将。 「順平の奴、どうしたんだ。もうじき試合が始まっちまうぞ」  学校から球場へバスで来ていた部員達。  そのバスの発車時刻になっても木下順平が来なかったのである。  電話連絡しても繋がらず、自宅では出た後だという。  仕方なく順平には、タクシーで来るようにと連絡要員に言付けて、見切り発車した。  いつまで経っても来ないまま、ついに試合開始直前となったのである。  その時、部員の一人が息せき切って入ってくる。 「大変です。順平のやつが!」 『ちょっと、お待ち下さい。あ、大変です。栄進高校のピッチャー白鳥君、球場に来 る途中で負傷したとの知らせが入ってまいりました。自転車で学校へ向かっていた所、 子供が路地から飛び出し、それを避けようとした際に転倒して、腕にひびが入ったそ うです』 『これは先の夏の長居浩二君の時の再来になってしまいましたね。実に不運としか言 い用がありませんねえ。白鳥君、軽傷で済めばいいのですが』 『さてエース白鳥君不在の栄進高校、誰をマウンドに送るのでしょうか』 『えーと。部員数が不足していて、ベンチ入り十二名でこの試合に臨んでいる栄進高 校です。控えの投手はいないようですが……』  病院で治療を終えた順平がダッグアウトに入ってきた。  肩から下げた三角布に、ぐるりと包帯を巻いた右腕が痛々しい。 「すみません、キャプテン。みなさん」  うなだれて言葉も弱々しい。 「事故はどうしようもないさ。まあ、ベンチで応援していてくれ」  事故の報告を受けていた山中主将が、順平の肩を叩きながら諭すように言う。 「それにしても……」  ダッグアウトから応援席に視線を移す山中主将。  栄進高校の甲子園出場を夢見て集まった大勢の人々。  このまま試合放棄となれば、黙っていないだろう。去年の試合後にだって、散々陰 口を叩かれたのだ。  なにより順平のことが心配だ。二度と立ち直れないほどの精神的ショックを被るこ とになる。来年、再来年のエースピッチャーとなる素質を失うわけにはいかなかった。 「梓ちゃん。君が投げてくれ」 「え? ボクが」 「一応、梓ちゃんを選手として登録してあるんだ。部員が少ないからね。髪をまとめ て帽子を深く被れば女の子とばれないかも知れない」 「しかし、ルール違反ですよ」 「そんなことは、わかっているよ」 「じゃあ……」 「栄進高校がここまでやってこられたのは梓ちゃんのおかげだ。これには誰も異議を となえるものはいないだろう。 「そうですよ。他の部員が投げてもコールド負けが目にみえていますよ。相手は城東 ですからね」  山中主将に答えるように武藤が賛同する。 「梓ちゃん。投げなよ、どんなになってもみんな恨みはしないよ」 「そうそう。女の子とばれちゃったりして没収試合になってもね」  みんなが異口同音に誘う。 「梓さん。僕からもお願いします。このままでは、去年死んだ長居先輩も浮かばれな いと思うんです」  最後に口を開いた順平。 「長居……」  その言葉が梓の心を動かした。 「わかった。みんながそこまでいうなら、ボク投げるよ」 「よっしゃー! 武藤、先発メンバーの変更を届けてこい」 「あいよ」  髪を掻き上げてまとめヘアピンで固定する。そして帽子を深く被って、はみ出した 髪の毛をその中に押し込む。 「うん。まあまあ、いけるんじゃないか」  準備が整った梓の姿を山中主将が誉める。 「しかし、城東の連中がどう出ますかね。梓ちゃんとは一度対戦してますから、すぐ にわかっちゃいますよ」 「そこは、彼らの野球道精神にかけるさ。梓ちゃんには破れているから、雪辱戦を挑 んでくることを期待しよう」 「野球道精神ねえ……」

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2017年8月 8日 (火)

思いはるかな甲子園/プールへ

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■ プールへ ■  とある遊園地のプールサイド。  その場内に開いているレストランのテーブル席でジュースを飲んでいる梓と絵利香。  この間、二人でショッピングした水着をそれぞれ着ている。  それを早く着てみたい為に、絵利香がプールに誘ったのである。 「梓ちゃん、それ似合ってるよ」 「ありがとう。絵利香ちゃんもね」 「うふふ……」 「ねえ、君達。二人きり?」  可愛い女の子がいれば、声をかけてくる軟派野郎はどこにでもいる。 「可愛いね、君達」  二人が困っていると、 「やあ、待たせたね」  そこには筋骨隆々とした武藤が立っていたのである。 「武藤先輩……」 「ちぇっ。男がいたのか」  といって退散する軟派野郎。  がっちりした体格の武藤に、食ってかかろうという男はいない。 「よかったね。たまたま俺達が居合わせてさ」  郷田が微笑んでいる。 「まったく。女の子のいるところ軟派ありですね。どうしようもない連中だ」  木田が、立ち去っていく軟派野郎の後ろ姿に軽蔑の表情で言った。そしてその視線 は郷田に移る。 「そういやあ、ここにも一人いたっけ」 「え? いや、僕は軟派ですけど、一応礼儀はわきまえているつもりです」 「そうかあ……」  他の部員の疑心暗鬼な表情。 「信じて下さいよお……梓ちゃんは、信じてくれますよね」  にっこり微笑んだだけで、答えない梓。  そして話題を変えるように、 「しかし、偶然ですね。同じプールに先輩方がいらっしゃるなんて」 「あれ? 俺達、絵利香ちゃんに誘われたんだよ。今日、プールに行くから、良かっ たら来てくださいってね」  驚いて絵利香を見る。 「絵利香ちゃん。なんで黙ってたの」 「ごめんなさい。つい、言いそびれちゃった。だって、さっきみたいなことだってあ るじゃない。殿方がいたほうが、安心だから」 「ところで、座っていいかい?」  立ったままで話している武藤が、紳士的に許しを請う。 「ああ、すみません。気がつきませんでした。どうぞ、構いませんよ」 「それじゃ、お邪魔して」  と腰掛ける武藤。他の部員達も椅子を持ちよって同じテーブルを囲んだ。 「ところで、キャプテンは来てないのですか?」 「はは、相も変らず出前持ちだよ」  寿司用の出前機を後ろにくっつけたバイクで、街中を走りまわっているその姿を想 像する梓。 「可哀想ですね」 「親孝行で有名なキャプテンだからね。ま、仕方がないよ」 「でも品行方正で、成績も学年で十番を下らないから、某有名私立大学への推薦入学 は間違いないそうですよ」 「へえ……キャプテンって、成績優秀なんだ」 「信じられないだろ。あの無骨で融通の利かない男がねって」 「うふふ」  まったくその通りと思ったが、口に出して言ったら失礼だろうと思い、含み笑いで ごまかす梓。 「ところで、二人とも可愛い水着ですね。とっても似合っていますよ」  軟派な郷田だけに、女の子の着ているものを誉める事は忘れない。こういうことに かけてはベテランの郷田、他の連中が口籠って言い出せない時でも、さらりと言って のける。 「ありがとう」 「ところで、泳がないんですか?」  聞かれて冷や汗の梓。  ぷるぷると首を横に振っている。 「まさか、泳げないとか?」  今度は縦に首を振る。 「あはは、梓ちゃんらしいや」  可愛い女の子が泳げないというのはよくある話しである。  じゃあなぜプールなんかに、とは聞くなかれ。微妙な女の子心理というものがある のである。もっともこれは、絵利香が誘い出したことなのであるが。 「俺達が教えてあげるよ。せっかくプールに来たんだから」 「絵利香ちゃんも泳げないの?」 「はい。それが、先輩方をお誘いしたもう一つの理由なんです」 「あはは、いいですよ。お安いご用です」  というわけで、彼らに泳ぎ方の手ほどきを受ける二人だった。  郷田は梓達の手荷物預かり係りを押し付けられていた。軟派野郎に、可愛い二人を 任せられないという、部員全員の賛同であった。日頃の行いのつけを払わされている というところだ。  浮き輪の手助けを借りて、武藤におててつないでもらって一所懸命バタ足の練習か らであった。 「そうそう、その調子ですよ」  と声を掛けながら付き合ってくれている。恐れさせないように決してプールの中央 へは行かずに、ヘリにそってゆっくりと動いてくれている。 (恥ずかしいよ……)  梓の心の内の内を察してかどうか、手を引く武藤はやさしく微笑みながら言う。 「案ずるよりは、産むが安しですよ」  その諺を使う場面が違うかも知れないが、本人が意識してるほど、周りの者は意外 と見てなくて無関心なものである。  と、本人は言いたかったのであろう。  絵利香の方はどうかと見てみると、きゃっきゃっと楽しそうに教えてもらっている。 彼らを呼んだ本人だから、こういうことには慣れているのであろう。  ひとしきり泳いだ後で、再びレストランのテーブルに戻る一同。 「あは、ちっとも巧く泳げないわ」  ころころと表情を変えながら楽しそうに、武藤達と談笑する絵利香。  そんな様子を眺めながらため息をつく梓。 (しかし、絵利香と一緒にいると、女の子っぽいことばかりに付き合わされるんだよ ね)  女の子同士仲良く一緒にと、誘ってくれているのだが。  スコート姿でアンダーがちらりの女子テニス部への誘い。ファミレスのウェイトレ ス。ウィンドーショッピング、その他諸々。今日は人目に水着姿をさらけ出すプール という具合である。  もっともこれは梓が意識し過ぎているだけで、絵利香のような普通の女の子ならご く自然な行動である。  梓の女の子指数は限りなく百パーセントに近づきつつあるが、今なお浩二の心が根 強く居座っている。それが女の子として行動する際に、拒絶反応を起こす元凶となっ ているのである。 「思いを遂げるまでは、女の子に成りきることはできないよ」  そうなのだ。甲子園出場を果たすまでは、男の子の心を完全に捨て去る事はできな かった。  もちろん女の子の梓自身が、甲子園を目指す事はできないから、栄進高校野球部の 面々に頑張ってもらって、夢を適えてもらうことである。  だから一所懸命に野球部の練習に付き合っているである。 「甲子園か……」 「梓ちゃん、ウォータースライダーやろよ」  と手を引いて誘う絵利香。 「わかったわよ」  野球に興味を持っていない絵利香には、とうてい梓の気持ちは理解できないであろ う。
本文とは関係ないですが、夏らしい画像をどうぞ。 16色MAG画像を256色GIFに変換しました。 今は懐かしきNECの初期16ビットマシン(80286)、PC-9801VXで「マグペイント」という ソフトで作画。4096色中の16色しか表現できず、ドット絵でいかにグラデーション 出すかが大変で、当時のグラフィックデザイナーは相当苦労していたようです。    当時のPC-9801でフルカラー(1670万色)を描画するには、「フレームバッファ」という 約14万円もする目が飛び出るようなグラフィックカードを使用する必要があった。 さらに8ビット時代なんてもっと大変。それでも画数やメモリ不足もなんのその、パ ソコンゲーム全盛期を闊歩した日本メーカーなのでした。 8ビットのイースやハイドライドをもう一度やりたいぜ。 PC-8801版の「イースII」のオープニングアニメーションにはぶったまげた。 有名なリリアの振り向きシーン、荘厳なるFM音源は、これが8ビットかと疑ったも のだ。 ちなみに「イースIIエターナル」では、新海誠がオープニングを手掛けている。

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2017年8月 7日 (月)

思いはるかな甲子園/ショッピング

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■ ショッピング ■  駅ビルを拠点として、北へ向かって直線的に続く、この街最大のショッピングモー ル。  数ある中でも、ファッション関連の商店が多い。  絶えることのない人の波の中に、梓と絵利香がいる。  ランジェリーショップやらファンシーショップを次々と回っている。  いわゆるウィンドウショッピングは見ているだけでも楽しいものだ。  水着売り場にやってきた二人。  時は夏。  新しい水着が欲しくなる季節である。  絵利香に誘われて買い物に付き合っているのであった。  とっかえひっかえしながら水着を物色している絵利香。  お目当ては可愛いワンピースの水着のようで、ビキニには見向きもしない。 「あ、これ。可愛い」  水着を手に取り、近くの姿見にかざしてみる絵利香。 「ねえ。これ、どう思う? 似合ってる?」  梓にも意見を請う絵利香。 「うーん。似合ってると思うよ」  とは言ったものの、似合うに合わないは主観的なものである。誰の目にも派手な柄 とか、布地が極端に少ないというのでなければ、本人さえ納得していれば、それは可 愛いと言ってもいいだろう。 「うん。じゃあ、これにするね」 「梓ちゃんは、決まったの?」 「ボクはいいよ」  梓は、絵利香が水着を買うというのに付き合っているだけで、買うつもりはなかっ たのである。 「何言ってるのよ。成長期なんだから、去年の水着なんか着れないわよ」 「あはん……そうか、泳げないからでしょね」  実は、梓はまともに泳げなかった。体育の水泳の授業で、その事実を知って茫然自 失となったものだった。小・中学時代は、お嬢さま学校だったせいか、水泳の授業が なかったからである。スポーツマンとして万能を誇っていた浩二にしてみれば甚だ納 得しがたいことであった。 「気にしないでいいわよ。わたしだって泳げないんだから」  クラスで泳げないのは、この二人を合わせて五名だった。  天は二物を与えずとはよく言ったもので、全員可愛さを売り物としているような女 の子ばかりである。 「泳げないからと言って尻込みしてたら、夏の水着シーンを演出できないわよ。男の 子達と海に遊びに行くことだってあるじゃない。水着になる機会はいくらでもあるわ よ。やさしい男性が『僕が泳ぎ方を教えてあげるよ』って、手ほどきしてくれるかも よ。そして恋がはじまる。どう?」 「あ、あのねえ……」 「というのは冗談だけどさ。持ってて損はないと思うよ。だから、ね。買いましょう よ」  絵利香は、どうしても梓に水着を買わせたいらしい。その新しい水着を持って、海 なりプールに一緒に行きたかったのである。 「わかったわよ。買います、買えばいいんでしょう」 「そうそう、女の子は素直が一番よ」 「何が、素直なんだか……」 「わたしが選んであげるね」  と言って 数ある水着の中から選びだして梓に薦める絵利香。 「はい。梓ちゃんには、これがよく似合ってるわよ」 「う、うん……」  結局。梓も水着を買わされることになってしまった。  梓達がアルバイトしているファミレス。  それぞれ紙袋を持った二人が、客としてテーブルについている。  どこかの喫茶店に入るくらいなら、自分達のお店の売り上げに協力しようというわ けである。もちろん繁忙時間帯は外してある。  やがてトレーに注文の品を持ってウェイトレスがやってくる。大川先輩である。 「お待ちどうさまです。クリームパフェは絵利香ちゃんね」 「はい」 「梓ちゃんには、チーズクリームケーキね」 「はい」 「では、ごゆっくりどうぞ」  といって一礼して、下がっていく大川。一応親しげな応対なるも、勤務中の私語は 謹むということで、マニュアル通りの扱いだ。他に客がいなければある程度の会話は 許されているが。 「これこれ、このパフェがおいしいのよね」 「相変わらず甘いものが好きなのね」 「うーん。太るとはわかっていながらも、やめられないのよね」 「女の子だね」 「お互いさまじゃない」  二人の前に、先程の大川先輩が、カスタードプリンを持ってきた。 「あの、これ。頼んでませんけど」 「これはわたしのおごりよ」 「え?」 「無断欠勤もなく一所懸命に働いてくれているから、お姉さんからのご褒美よ」 「ありがとうございます」 「遠慮なくいただきます」 「マネージャーがおっしゃってたけど、あなた達がいらしてから、男性の常連客が増 えたって。とても可愛い子が入ったから、助かったって喜んでらしたわよ」 「そ、そうですか? あは」  武藤ら率いる栄進高野球部のお邪魔虫軍団も、その常連客に入っている。 「それじゃね」  と軽くウィンクして待機場所へ戻る大川先輩。 「得したね」 「可愛い子ですってよ」  と梓を指差して微笑む絵利香。 「もう……その言葉使わないでって言ってるのに」 「梓ちゃんてば、可愛いと言われると、いつも拒絶反応起こすのよね。どうして?」 「どうしてって、言われても……。個人の能力の本性を見ていないというか、上辺だ けで評価されていると思うと、いたたまれないのよね。両親の血を引いて、可愛く生 まれただけのことを言われても」 「そうかな……。確かに梓ちゃんは可愛いけど、それだけじゃないでしょ。内面的な やさしい心が表面に溢れてきているって感じかな。ほら、可愛いけど性格が悪いって 子もいるし」 「おだてないでね」 「ほんとのことよ」 「この話しやめようよね」 「わかったわ……」  しつこく聞いていると機嫌を悪くする。適当なところで切り上げるのが、仲良しを 続けていくこつである。

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2017年8月 6日 (日)

思いはるかな甲子園/ソフトボール部の勧誘

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■ ソフトボール部の勧誘 ■  絵利香達と昼食をとっている梓。  教室に三年生らしき女子が入ってきてきょろきょろしている。  手近にいた一年生に何やら聞いている。  その一年生、梓の方を指さしている。  梓の顔を見つけると歩み寄ってくる。 「ちょっと、あなたが梓ちゃんね」 「え? そうですけど」 「あなた、野球部でピッチャーやっているそうね」 「まあ、そうですけど」 「ねえ、うちのソフトボール部に入部しない?」 「ソフトボール?」 「そうよ。山中君から聞いたんだけど、高校野球でも十分通用するんだって? だか らぜひともソフトボール部に入ってほしいのよ。もちろんレギュラーでピッチャーや ってもらうわ。どう?」 「ソフトボールねえ……やめとくよ」 「どうしてよ」 「だって、あんな子供の遊びなんかやる気ないもん」 「子供の遊びですって!」 「その通りだよ」 「言ったわねえ。だったら私達と勝負しなさい」 「勝負?」 「そうよ。勝負して私達が負けたらあきらめるわ」 「いいよ。勝負しても」 「ありがとう。じゃあ早速、放課後にグラウンドにきてね」  絵利香が質問した。 「ねえねえ、どうして勝負するなんていったの」 「だってそうでもしないと、いつまでもしつこく言いよってくるよ、きっと」 「だからって、もし負けたら……」 「負けないよ、ボク」  放課後。  ピッチャーズマウンドで、腕をぐるぐる廻して肩慣らしをしている梓。制服からジ ャージに着替えて勝負に挑んでいる。  近くのベンチに腰掛けて観戦している絵利香。 「さあ、いつでもいいわ。投げて」  バッターボックスに立って、催促する高木。 「いきますよ」 「いらっしゃい」 (野球のアンダースローしか投げた事ないはず。ソフトボール独特の投げ方はどうか しら?)  腕をぐるぐる廻し投げするソフトボール独特のアンダースローから放たれたボール は、あっという間に捕手のミットに収まった。 「は、はやい!」 「驚いてるわね。ソフトボール式の投げ方も練習していたんだよ」 「ス、ストライク!」  審判役の部員も目を丸くしている。 「まさか、こんな球が投げられるなんて……」  そして、二球目。  高木の打球はピッチャーゴロとなって梓のグラブへ、それを一塁に投げてアウト!  絵利香が微笑んで軽く拍手している。 「そ、それじゃあ、攻守を交代しましょう」 「わかりました」  マウンドを降り、絵利香にグラブを預けて打席にはいる梓。  代わってマウンドに上がる高木。地面をならしながら投球体勢に入る。 「わたしの球が打てるかしら、三年生でもたやすく打たせたことないのよ」  一球目ストライク。  にやりとほくそ笑む梓。一球目を見送ったのは球速とコースを読んだからである。  次ぎなる球を、こともなげに真芯で捉えて、軽々と外野へ飛ばした。あわやホーム ランというセンターを越えるヒットであった。  球速が速いといっても、硬式野球の速さに比べれば段違いである。マウンドとベー スの間の距離は短いし、大きな球が飛んでくるので、速いと錯覚してしまうだけであ る。  球が大きいのでジャストヒットポイントが狭いし、使用するバットも細いので、慣 れないとぼてぼてのゴロにしかならないが、じっくり見据えて、真芯を捉えてジャス トミートすれば必ず飛ぶ。  エースピッチャーが打たれたのを見て呆然としている部員達。  打球が飛んだ方向を見つめている高木。 「さすがだわ、豪語するだけのことはある。わたしの負けだわ」 「はい。お返しします」  とバットを捕手に預けて、 「じゃあ、帰りましょう」  と絵利香を誘い、すたすたと立ち去っていく梓。 「山中君いる?」  野球部の主将である山中のところにソフトボール部主将の高木愛子がやってきた。 「何だ、愛子か」  実は二人は幼馴染みであった。 「あんたのところの梓ちゃんのことだけどさあ」 「梓ちゃん?」 「そう」 「だめだ、貸さない」 「何も言ってないじゃない」 「言わなくてもわかるさ。県大会があるから、大会の間だけでもメンバーに入れたい から貸してくれ、っていうんだろ」 「さすが、山中くんね」 「18年もつき合ってりゃ、おまえの考えていることなど、お見通しさ。おまえ、梓 ちゃんと勝負して負けたそうじゃないか」 「わ、悪かったわね」 「とにかくだめだ」 「そう……お願いきいてくれたら、あたしのすべてを、あ・げ・る」 「うん。やめとくよ」 「そっかあ、他にはアイドル歌手〇〇〇のサイン入り色紙あげようかと、思ったのに なあ」  と、手にした色紙を見せびらかす高木。 「なに! 〇〇〇のサイン入り色紙」 「あんたの好きな歌手……だったわよね」 「し、しかし。これは梓ちゃんの意向にかかわることだし……」  色紙をちらちらとかざされて、つばを飲み込む山中主将だった。 「ええ? なんでボクがソフトボールの助っ人に入らなきゃならないのですか」 「だいたい。野球にしろソフトにしろ、チームプレーが大切なんですよ。ただうまい というだけで、ぽっと入った新人がすぐにチームに馴染むわけないです」 「しかしだね。あれだけの技量を持っているんだ……」 「キャプテン! ボクはソフトには全然興味がないんです。やめてください」  うだうだと言うので、ついには口調を荒げる梓。 「わ、わかった。ソフトボールの連中には、そう言っておくよ」  梓の断固たる態度を見せ付けられては、さすがに撤退するよりなかった。 「……というわけだよ。すまん」  高木愛子に報告する山中主将。 「まあ、仕方がないわね……。あの子の態度をみてると、断られるだろうとは思って いたわ。でも、まだ一年生だからいくらでも誘い出す機会はあると思うから」 「それで、例のものだけど……」 「ああ、サイン入り色紙ね」 「そ、そう……」 「いいわ。あげるわよ。一応、あの子に口利きしてくれたわけだし、わたし冷たい女 じゃないから」 「す、すまないね」

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2017年8月 5日 (土)

思いはるかな甲子園/その男、沢渡慎二

 思いはるかな甲子園

■ その男、沢渡慎二 ■  J.シュトラウス2世「ワルツ/春の声」  BGMの流れるファミリーレストラン。  いつものようにフロアで客の応対をしている梓だったが……。 「ねえ。君、可愛いねえ。仕事が引けたらドライブ行かない?」  などと言いながら盛んにデートに誘おうとする軟派な客がいる。 「いやです!」  と、梓がきっぱり拒絶しても、 「いいじゃないかあ。ね、ね」  しつこく言い寄りながら、手を握って離さない。  客と店員ということで横柄な態度に出るのだ。何かいうと、俺は客だぞ! とばか りに居直ったりする。 「やめてください」  梓の声が悲鳴に近づいてくる。  その時だった。テーブル席でしばらく様子を見ていた少年が、すっくと立ち上がっ て、梓の所にきて、 「君、失礼じゃないか。手を離したまえ。ウェイトレスさん、嫌がっているじゃない か。何だったら、外へ出てやるか?」  といいながら袖をまくる。鍛えた身体に筋肉隆々と盛り上がった二の腕の太さは、 並み大抵の男子とは比べ物にならない。その首根っこを掴んで、片手で軽々と持ち上 げてしまうほどの腕力がありそうだ。 「……沢渡君!……」  何を隠そう。その少年は浩二のライバルだったあの沢渡慎二だったのだ。  沢渡の強い口調と姿勢に尻込みした客は、おずおずと退散した。 「君、大丈夫かい?」 「は、はい。ありがとうございます」 「あれ? 君、もしかして栄進の……真条寺梓さんじゃない?」 「はい。そうです」 「やっぱり。先日は野球のユニフォームを着ていたし、今日は可愛いユニフォーム着 ているから見間違えちゃったよ」  その時、マネージャーがやってきた。 「梓さん。何かありましたか?」  梓が絡まれているのを見て、絵利香が呼んだのであった。 「はい、実は……」  事の一部始終を話す梓。 「そうでしたか。しかし、慎二が人助けをするなんて、雨が振らなきゃいいけど」 「ひどい言い方だなあ。ウェイトレスさんを助けたのに、それはないだろ」 「慎二?」  相手の名前を呼び捨てにしたり、親しそうな表情で会話する二人に、首を傾げる梓。 「ああ、これ、俺の姉さんなんだ」 「こら! 姉を『これ』呼ばわりしないでよ。ところで梓さんは、弟をご存じなの?」 「はい」 「姉さん。応接室で話ししないか?」 「そ、そうね。そうしましょう」  お客のいるフロアで立ち話するわけにもいかないので、梓の担当を三園に任せて応 接室に移る三人。 「改めて紹介するわ。弟の慎二よ。私の方は、結婚して名前が変わっているけど」 「そうそう。どういうわけか血が繋がってる姉弟なんだよな」  持ち込んで来た食べ掛けの料理を口にしながら話す沢渡。 「慎二。食べるか話すかどっちかにしなさいよ」 「だって、料理が冷えたらまずくなる」  と相変わらず食べ続ける。 「ごめんなさいね。こんな弟で。食い意地が張っていて仕様がないのよ。世間では超 高校球のスラッガーとか評判の人間も、裏に回ればこんなものなのよね」 「こんなものとは、ひどい言い方だな。武士は食わねど高楊枝だ」 「馬鹿ねえ、言ってる意味が逆よ」 「え? そうなのか」 「ふふふ。弟はね、時々喧嘩騒動起こしたりする暴力的なところもありますけど、女 の子には絶対手を挙げないとてもやさしい子なんですよ」  二人のそんなやりとりを聞きながら、互いに相手をけなしてはいるが、実に仲の良 い姉弟だとわかった。 「姉さん。俺と内輪話しするために、ここへ来たんじゃないだろ?」 「あ、ああ。そうだったわね。つい夢中になっちゃった」  姿勢を正して梓に向き直るマネージャー。姉という態度から経営者側の表情に切り 替わっていた。 「さて、本題に入りましょうか」 「は、はい」 「今日はたまたま弟がいて、助けてくれたようだけど。今後も、客に絡まれたりする ことがあると思いますが、これに懲りずに働いていただけますか?」 「はい」 「ありがとうございます。変な客が来たら、まず私か店長に声を掛けてくださいね」 「わかりました」  超高校球スラッガーとしての野球男ということしか知らなかった沢渡の意外な一面 を見て感心する梓であった。 「ふう。ごちそうさん」  目の前の料理を平らげて、一息つく沢渡。 「それじゃ、姉さん。また機会があったら、飯食いに来るよ」  持ち込んだ料理の皿を手に取って、立ち上がる。 「ちゃんと自分のお金で食べに来てね」 「あは。梓さんも、今日のことは忘れて頑張ってください」 「はい。ありがとうございました」  手を振りながら応接室を出ていく沢渡。 「びっくりしたでしょう? 憎たらしい口をきくあんな弟だけど、なんだかんだ言っ てもやっぱり可愛いのよね。赤ちゃんの頃からおむつの交換なんかしてあげたりして、 すっかり情が移ってて、母性本能というのかな、こういう気持ちって何歳になっても 変わらないものなのね」  再び姉の表情に戻って微笑むマネージャー。
ファミレスのマネージャーのイメージイラストです。

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